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楽園の獣  作者: 静原律
第二章 答えの値段

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第24話「四人でも届かない」

 長剣を受けた盾が、アキスの胸へ戻された。


 左の肘(ひじ)を伸ばし切らずに耐える。足が滑る前に、ルーシャの剣が横から入った。ゼキトは下の右手で受け、上の長剣を持ち上げた。


 重い刃が、頭上の横木に当たった。


「こっちだ、ルーシャ!」


 アキスは織機(しょっき)の間へ下がった。狭ければ、あの長い剣を振り回せない。ルーシャも意図を読んで、隣の木枠へ身体を寄せた。


 ゼキトは追ってきた。長剣を横に寝かせ、二人の間へ突き出す。


 アキスが盾で先を外すと、刃は後ろの木枠へ深く刺さった。そこで止まると思った。ゼキトの下の左手が向き、胸を押し潰(つぶ)すような力が来た。


 アキスは盾ごと弾かれた。ルーシャは横へ跳んだが、木枠に肩が当たった。ゼキトは刺さった剣を引き抜き、次の突きへ移る。


「獣相(じゅうそう)!」


 ルーシャの脚が床を蹴(け)った。


 速さを増した剣が、長剣の下から腕を狙う。ゼキトは身を引き、曲刀(きょくとう)で刃を受けた。上の手が長剣を回し、ルーシャの頭を狙う。彼女は身体を折って避けたが、また一歩、後ろへ押された。


 カフリの投げナイフが、ゼキトの顔へ飛んだ。空いた左手の前に光が広がり、刃を落とした。


 アキスは踏み込んだ。盾を当て、ルーシャと逆から剣を入れる。ゼキトは盾を長剣で押さえたまま、下の刃を返した。


 右手の甲に熱が走った。指が開きかけ、アキスは剣を握り直した。深く切られたわけではない。それでも血が手首へ伝い、布の中へ入ってくる。


「二人とも、その木枠から離れて!」


 スミナが北の柱から呼んだ。


「足元を東へ傾けるから! 二人はそこから出て!」


 アキスはルーシャの肩へ盾を当て、合図して一緒に下がった。スミナが指していたのは、ゼキトの立つ織機(しょっき)一台分の床だった。カフリも投げナイフを持つ手を下げる。そこへ投げれば、刃も東へ引かれてしまう。


「傾界(けいかい)!」


 床に散っていた糸巻きが、東へ跳ねた。


 ゼキトの両脚が浮いた。織機(しょっき)も脚を滑らせ、床に固定された隣の台へぶつかる。ゼキトは上の片手を長剣から離し、頭の横を通った横木をつかんだ。


 身体は東へ引かれている。だが、手が離れない。


 下の左手が北へ向いた。


「スミナ、来るぞ!」


 空気が鳴った。柱の前で、スミナの光の壁がへこんだ。同時に糸巻きが床へ落ちた。スミナは傾界(けいかい)を解き、両手を壁へ向けていた。


 ゼキトの脚も床へ戻った。


 長剣を上の二本の手で持ち直すと、倒れた織機(しょっき)を踏み越えてくる。


     *


 アキスは、その足を見ていた。


 横木を越える時だけ、前へ出す脚が決まる。そこへ回り込めば、剣を返す前に横へ出られる。


「閃駆(せんく)!」


 床を蹴(け)り、ゼキトの右へ走った。


 剣が届く前に、下の曲刀(きょくとう)が向きを変えた。アキスは盾を寄せたが、速く踏み込んだ分、横へ逃げられなかった。刃先が盾の下を通り、右の脇腹(わきばら)を切った。


 息を吸うと痛んだ。飛び込んだ勢いでゼキトの横を抜け、木枠へ手をつく。


「アキス!」


「くっ、まだ……! ルーシャ、そっちへ戻る! 少し、止めててくれ!」


 ルーシャが追撃を止めた。アキスは盾を上げ直したが、ゼキトの長剣が、二人の剣をまとめて押し下げてきた。先ほど切った右手から力が抜けそうになる。


 ゼキトには、まだ下の二本の腕があった。


「寸狂(すんきょう)!」


 曲刀(きょくとう)の先が、アキスの胸の手前で止まった。


 届くと思った位置が違ったのだ。アキスは長剣を外へ払い、ルーシャと左右へ分かれた。スミナの術が続く間に、もう一度距離を詰める。


 だがゼキトは空いた左手で木枠へ触れた。指を滑らせ、身体と木枠の間を測り直す。次の刃は、アキスの盾の縁(ふち)を正確に打った。


「もう当ててくるのかよ!? 今、ずらしたばっかりだぞ!」


 東の棚の前で、カフリが腕を振った。


 ゼキトの顔が東へ向く。防御魔法が、飛んできたナイフを受けた。その時には、スミナの指先が別の方向からゼキトを捉(とら)えていた。


「光条(こうじょう)!」


 北から細い光が伸びた。防御の横を抜け、右肩を焼く。


 ゼキトが身体をひねった。長剣が、ほんの少し下がった。ルーシャはその下へ入り、上の左前腕へ剣を走らせた。


 血が落ちた。


 ルーシャは追おうとして、足を止めた。


 ゼキトの長剣が横木に載っていた。傷ついた腕の代わりに木で重さを支え、上の右手だけで刃を横へ押し出している。


 ルーシャが剣を受ける。そこへ下の曲刀(きょくとう)が重なった。


 アキスは盾を差し入れた。二つの刃を止めたところへ、ゼキトの左手が向いた。退こうにも、ルーシャがすぐ後ろにいる。


 胸が大きな力で押された。


 盾の下端が肋(あばら)へ食い込み、背中が柱へぶつかった。ルーシャも隣へ叩(たた)きつけられた。口を開いても息が入ってこない。肩に載った盾を、アキスは下ろせなかった。


 ゼキトが迫った。


 ルーシャは柱を押して立ち上がろうとした。曲刀(きょくとう)が低く走り、右の腿(もも)を切った。


「ああっ!! 脚、いっ……!」


 ルーシャの片脚が崩れた。アキスが盾を前へ戻すより早く、二人とゼキトの間に光の壁が立った。


「木枠の後ろ!! 早く、お願い、もう割れるっ!!」


 スミナの声だった。


 アキスはルーシャの帯をつかみ、引いた。彼女も左脚で床を押す。二人が木枠の陰へ入る間、ゼキトは長剣を壁へ打ち込んでいた。


 ひびが走った。スミナの手が震えている。


 木枠の下へ血が広がった。ルーシャが右の腿(もも)を押さえたまま、剣を持ち上げる。まだ立とうとしていた。


「立つな、ルーシャ!! 血が……なんで立とうとするんだよ!」


 アキスの声が止まった。


 ルーシャが、木枠の反対側から走り出していた。


     *


 足音はなかった。


 灰褐色(はいかっしょく)の髪が跳ね、尾が身体の回転に合わせて流れる。走り出したルーシャは、肩を入れて剣を振った。


 ゼキトが長剣の向きを変えた。


 刃はルーシャの首を通り抜け、床へ刺さった。振られた彼女の剣も、ゼキトの首と上着を、何も切らずに抜けていった。


 アキスの手には、まだルーシャの帯があった。


「今!! 二人とも、今のうちに下がって!!」


 スミナの叫びで、アキスは彼女を引いた。左腕に盾をぶら下げ、右肩でルーシャの身体を受ける。彼女も片脚で動き、二人で三歩、北へ退いた。


 走っていたもう一人のルーシャは、次の足を出す途中で崩れた。腕と脚の色がずれ、何もない空間へ消えていく。


 ゼキトが床から長剣を抜いた時、再び光の壁が立った。


「モネサさん、お願い!! ルーシャの脚、血が止まらないんです!」


 スミナは壁から目を離さずに呼んだ。モネサが乾いた布を持って柱の陰から出てきた。


 アキスはルーシャを渡し、剣を持ち直した。


 ゼキトの右肩は焼け、上の左手から血が流れていた。それでも長剣を持ち上げ、下の二本の腕を別々に動かしている。


 アキスは息を吸おうとした。胸も、右の脇腹(わきばら)も痛んだ。今の幻がなければ、二人ともあそこに倒れたままだった。


 北では、格子(こうし)を外から打つ音が続いていた。


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