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楽園の獣  作者: 静原律
第二章 答えの値段

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第22話「春まで待った子供たち」

 モネサが話をしてくれたのは、洗い場の仕事を終えてからだった。


 アキスたちは夕方まで布を畳むのを手伝った。マルシカが控えた村の名を見ると、モネサは干し台に残った一枚を取り込み、その下へ椅子を出した。


「ああ、そこだよ。二度も冬を越したから、よく覚えてる」


 日付を確かめたマルシカが、帳面に記されていた火の数を伝えた。モネサは指で数え、首を振った。


「その年の終わりには、もう一つ増やした。子供の部屋だけは暖めようって、皆で燃料を持ち寄ったんだ」


「増やした後、動くようになりましたか」


「動いたよ。一度はね。もう少し、春まで待てばって……皆、そう言ってた」


 モネサは手元の布を四つに折った。畳む仕事は終わっているのに、曲がった端を直し続けた。


「葉が足りなかった。買って運んでくる間に傷むし、村で育てた物は薄くてね。みんな、自分が食べる分を減らしたよ」


 温室の中では、今いる子が身を動かしていた。


「三人、出てこなかったよ。暖かくなったのにね。もう寒くないよって、繭(まゆ)に話しかけても……」


 アキスは温室の戸口から目を離せなかった。中にはモネサの妹の子がいる。あの子も、同じ村で育っていたら、春を越せなかったのだろうか。


 マルシカが、モネサへ尋ねた。


「……書いても、いいでしょうか。お名前も一緒に。冬の記録しか残っていなくて……春にどうなったかも、知ってもらいたいんです」


「名前は書いておくれ。その子らが出てこなかったのを、寒さのせいだけにしないでほしい」


 マルシカは暖めた火を増やしたことと、葉が足りなかったことを別々に書いた。いつから足りなくなったかを確かめると、モネサは翌朝、妹にも聞いてくれると答えた。


     *


 翌朝、エミーラは木剣の届く位置に立たなかった。


 アキスが踏み込むと、横へ動く。閃駆(せんく)で距離は詰まったが、剣は誰もいない場所を打った。止まりきれず、足がもつれる。


「私が動いたら、どこへ打つつもりだった?」


「途中で曲がろうとすると、速度が落ちます」


「曲がれなかったね。なら、出る前に見なさい。私の足が上がるまでは待つ。どこへ置くかが見えてからでも、遅くないよ」


 エミーラはもう一度、同じ距離へ戻った。


 アキスは待った。肩が動くと出たくなる。しかし脚はまだ地面にあった。急げば、また横へ逃げられる。


 足が離れた。


 アキスは前へ出た。エミーラの木剣が受けに来る。押し合おうとせず、前足を横へ置き直して、剣を返した。


 連牙(れんが)の二撃目が、相手の木剣を打った。


 三撃目へ回そうとして、今度は足が遅れた。脇腹(わきばら)へ軽く木剣を当てられた。


「二つ目はよかったね。三つ目で、足が残ってしまったけれど」


「いけると思ったのに……! もう少しで、三つ目も」


「欲張ったね。二つで止めて盾を戻していれば、私は困ったのに。ほら、ここまで空けてくれた」


 アキスは盾を持ち上げた。剣を返すために開いた左側が、がら空きになっていた。


「二つで止めたら、今のは防げたんですね。もう一度、やらせてください」


 日ごとに、広場へ来る時間が早くなった。


 初めは踏み込む位置へ線を引いた。数日たつと、線を消しても同じ姿勢で止まれるようになった。エミーラは途中で小石を転がし、アキスが足を置き直せるか確かめた。速度を落とさなければ避けられない時は、技を始める前に歩く位置を変えた。


 うまくいった次の日に、同じようにできるとは限らなかった。右手を強く握りすぎると剣が流れ、盾を意識すれば踏み込みが浅くなる。エミーラはそのたびに全部を直させず、今の一撃で何がずれたかを聞いた。


 稽古(けいこ)を始めて八日目、ルーシャが木剣を持って前へ出た。


「今日は、私が相手」


「手加減するなよ」


「ふふーん。その顔、今日は勝てるって思ってるでしょ。いいよ、来なよ!」


 ルーシャは笑って、先に踏み込んだ。


 アキスは盾で受け、右へ下がった。ルーシャが追う。彼女の足が浮いたところで、逆に間合いを詰めた。


「閃駆(せんく)!」


 木剣を防がれた。身体を返し、二撃目を横から通す。


 ルーシャの袖(そで)に、剣先が触れた。


 アキスは三撃目を出さずに盾を戻した。飛んできた反撃が、金属の面を鳴らした。


「今の、当たったよな」


「かすっただけ! ……だけ、だけど、当たった。ああもう、今のなしにしたい!」


「なしにはするなよ!? こっちも防いだんだから!」


「分かってるって! 次! 次は私が当てる!」


 ルーシャは袖(そで)を引き、木剣を構えた。エミーラが二人を止め、水を飲ませた。アキスは杯を持つ右手を見た。白い筋の下で、指がまだ細かく震えていた。


     *


 スミナの練習に付き合ったカフリは、二度続けて小石を取り損ねた。


 卓の上にある石だった。手を伸ばすと、指が石の手前へ下りる。次は届くよう腕を伸ばしたが、今度は向こうへ行きすぎた。


「……あれ? いや、待て。今、動かしただろ!?」


「動かしてないってば。カフリが近く感じたり、遠く感じたりするようにしてるの」


 スミナが術を解くと、カフリはすぐ石を拾った。


 寸狂(すんきょう)という術だった。長くは続かず、見た位置を頼らずに手で触れて確かめれば、距離のずれを補える。カフリは次に、卓の端を手で探りながら石へ指を進めた。


「取れた」


「そうやって触って探されたら、ずらしてもばれちゃうんだね」


「剣でも、刃が当たった後は位置が分かるってことか」


 アキスが尋ねると、スミナは少し考えた。


「たぶん、同じだと思う。……それでずっと当たらなくできたら、私も苦労しないのに」


 ルーシャが石を持って振り返った。


「私にもやって。取れるか試したい」


「もうやったよ。さっき、杯を持とうとしてた時」


「あれ!? 私がこぼしかけたやつ!? スミナだったのー!?」


 スミナの口元が緩んだ。カフリが笑い、ルーシャは次こそ取ると椅子へ座り直した。


 もう一つの術は、洗い場の外で見せてもらった。


 割れた瓦(かわら)を土の上へ置く。スミナの指先から細い光が伸び、瓦(かわら)の端へ当たった。明るい筋が消えた後に、小さな黒い焼け跡が残った。


「こっちは光条(こうじょう)。……触らないで、熱いから。これは幻じゃないよ」


 アキスは指を止めた。少し離れていても、熱が感じられた。


「これも、自分で練習してたのか」


「明かりを細くまとめるところから。広がると、熱くなる前に消えちゃう」


「当たったところ、焦げてる」


「……残ってる。よかった、今度は途中で消えなかった」


 スミナは言ってから、瓦(かわら)を見た。失敗した時より長く、焼け跡を眺めている。アキスは笑いかけたが、彼女がこちらを向いたので、いつから続けていたのかを聞いた。


     *


 競売(きょうばい)の前夜、部屋へ戻ったアキスはメイハへの手紙を広げた。


 四本の腕を描いた人の横に、六本の焼き魚を描き足した。エミーラのことを書き始めると、魚の説明より長くなった。


 剣を教わっている。踏み込んで、続けて打つ技だ。まだ二回目までしか続かないことが多いけれど、ルーシャの袖(そで)に当たった。


 そこまで読んだルーシャが、卓へ顎(あご)を寄せた。


「ちょーっと待った。私がその前に何回当てたか、そこ飛ばしてない?」


 アキスは少しだけ筆を止め、次の行へ付け足した。手紙を閉じる前に、教官のことも書こうと思った。だが、あの人に見てもらいたかった、と書くと、その先が続かなかった。


 乾くまで待ってから、革を畳んだ。その一行は消さなかった。翌朝の伝書鳥(でんしょちょう)へ預けてもらうため、封をして宿の主人へ渡した。


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