↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽園の獣  作者: 静原律
第二章 答えの値段

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/45

第19話「繭の市場」

 荷を受け取った手とは別の手が、代金を取りに来た。


 アキスは硬貨を落としかけた。店主は下の左手で受け止め、上の二本で袋の口を結ぶ。空いた下の右手が、次の客へ品を示した。


「どれを買うんだい」


「あ、これ、これです! ……さっき渡しませんでしたっけ?」


「もらったよ。だから次はどれかと聞いたんだ。そんなに見つめられちゃ、まだ欲しいのかと思うだろ」


 隣でルーシャが笑った。アキスは受け取った干し果実を袋へ入れ、店先を空けた。


 王都を出て四日。赤土の坂を下った先に、バルタナ交易都市が広がっていた。門を抜けた通りは、市場へ向かう荷車と人で埋まっていた。市場に並ぶ低い土壁と丸い屋根の間を、色のついた長い布が渡っている。布の下を通ると、頭に触れそうな高さから別の客が降りてきた。


 四枚の翅(はね)を畳んだ、四本腕の人だった。首元は柔らかい毛に覆われ、額(ひたい)には二本の触角(しょっかく)がある。


「繭翼人(ルウェン)だよ。初めて見た? ほら、頭にも気をつけて。荷物ごと下りてくるからな」


 カフリが自分の袋を持ち替えた。


「道の真ん中で止まると、今度は後ろから来る」


 ルーシャが空を見上げた。小さな箱を抱えた繭翼人(ルウェン)が、隣の屋根へ渡ろうとしている。途中で高度が下がり、土塀へ足をついた。休んでから、また翅(はね)を開く。


「あれ、もう休むの? 隣の屋根まで行くのかと思った」


「荷物もあるしな。……ルーシャ、あの屋根で競争する気じゃないだろうな?」


「今、考えてただけ! ……言う前から止めなくてもいいじゃない」


 門で結ばれた剣の封が、歩くたび腰に触れた。細い糸を切れば剣は抜ける。その代わり、抜いた理由を市場の警備兵へ説明しなければならない。王都の使者も、四人の護衛も同じだった。


 この都市を治めているのは商人たちの寄合(よりあい)だと、使者が話していた。王都の旗を掲げても、列の先へは通されなかった。


     *


 宿の裏の洗い場で、スミナが空の桶(おけ)へ手を伸ばした。


「待って。それは布を洗う方だよ」


 四本の腕で洗濯物を抱えた女性が、片足で別の桶(おけ)を寄せた。赤茶の翅(はね)の端に、薄い粉が付いている。


「私はモネサ。洗う物があるなら、そこの台に置いておくれ」


 スミナは靴を持ち直した。


「泥を落としたいんです。お水、分けてもらえますか」


「その壁際でね。布の方へ流さないでくれればいい」


 アキスとルーシャも靴を脱いだ。モネサは洗った布を上の二本の腕で絞りながら、下の手で次の布を水へ沈めていく。アキスが見ていると、乾いた布の束を渡された。


「おや、こっちに空いてる手があるね。ほら、これ持っておくれ。見物のお代はそれでいいよ」


 抱えた束の向こうで、スミナの肩が揺れた。アキスはそちらへ顔を向けたが、彼女は丁寧に靴を洗っていた。


 隣の小屋には、壁の高い位置に明かり取りがあった。暖かい空気が漏れてくる。ルーシャが鼻を向けると、モネサは戸を開けてくれた。


 大きな籠(かご)の中に、長い繭(まゆ)があった。


 薄い表面が、内側から押されて動く。アキスは息を止めた。丸い影がゆっくり端へ寄り、また奥へ戻った。


「妹の子だよ」


 モネサは声を落とした。


「寒いと育たないから、窯(かま)の熱をもらってる。ここは部屋代が高いんだけど、ほかへは移れなくてね」


 壁の下から温風が来ていた。向こうでは、職人たちが器を焼いている。人が働いて生まれる熱が、この子の眠る部屋まで届いていた。


「いつ出てくるんですか」


 スミナが尋ねた。


「まだしばらくかかるよ。……おやおや、今日はよく動くこと。待っておくれ、葉が欲しいのかい?」


 モネサは棚の鉢を持った。中の葉は柔らかく、切り口が湿っていた。それを繭(まゆ)の根元へ差すと、薄い筋が葉へ伸びた。


「この子も食べるんだよ。見てごらん、もう葉に筋を伸ばしてる」


 アキスは布を抱えたまま、小屋の外へ下がった。通る場所を空けると、モネサが鉢を元へ戻した。


「それじゃ、その布を北の織場(おりば)まで……おっと、嫌な顔をしないでおくれ。市場の行き方も教えるから。もう少し付き合ってくれないかい」


     *


 布を届け、使者と合流したのは、市場の中央にある広い庭だった。


 卓の向こうで、深い茶色の毛を持つ商人が、客の示す品を確かめている。四枚の翅(はね)には、大きな黒い丸が一つずつあった。


「ゲルモン殿、王都から参りました。記録の下見について伺いたい」


 使者が声を掛けると、商人は受け取った品を返し、こちらへ向いた。


「知らせは届いていたようだね。下見は明後日、売るのは十日後の日没だ。日が暮れる前に来てもらえるかな」


「亡くなった調査員の帳面を、先に確かめたいのですが」


「私から、あちらのお客さんにそう話してみようか? 王都から来た方を先に通します、と」


 ゲルモンは別の客が待つ椅子を示した。人間も、矮人(ドワーフ)も、繭翼人(ルウェン)もいた。


「……皆さん、同じ条件なのですね」


「そう。皆さんに同じ日を知らせてある。私の信用まで売るつもりはないんだよ」


「帳面のほかに、図があると聞いています」


「古い道の図だね。三つの包みと、一緒にして売るよ。貸した金を返してもらわないと、私も困るのでね。寄合(よりあい)にも認めてもらっている」


 庭の奥から声がした。


「三つとも買うと言っている。値を決めれば、今ここで払える」


 肩幅の広い繭翼人(ルウェン)が立っていた。上の二本の腕を組み、下の右手で革の袋を持っている。背後には、淡い金色の翅(はね)を持つ護衛がいた。


「その袋は、十日後まで閉じておいてくれ。値の問題じゃないんだ。ほかの客にも同じ日を知らせてあるのでね」


 ゲルモンが答えると、客は袋を閉じた。


「ゼキト、戻るぞ」


 客は護衛とともに庭を出た。


 ゼキトは細い通路で荷運びの人とすれ違った。上の手で幅の広い長剣を押さえ、下の手で積まれた布を避ける。腰には、もう一本の刃が見えた。


 アキスはその四本の腕を見た。さっきは、仕事の手際に驚いていた。あれが全部、自分へ向けられたら、どこを見ればいいのだろう。


 使者が宿へ戻ると言った。アキスは剣の封を確かめ、仲間たちと庭を出た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。