第17話「生まれた場所」
城の廊下で、アキスは窓際の椅子へ腰を下ろした。
隣でルーシャが足を組み替える。スミナは窓から庭を見ていたが、扉が開くたび振り返った。
呼ばれて入ると、卓の向こうに二人の男がいた。一人は金髪で、立ち上がって椅子を示した。もう一人は栗色の髪を片手で押し上げ、アキスの右腕へ目を向けた。
「フェデオン・レイモルトだ。こちらは弟のクシェル。腕を診てもらう前に、座って少し話そう。……レムバルから、知らせが来ているんだ。街へ戻った者たちが、原環の死を確かめたそうだよ」
アキスは椅子へ座る途中で止まった。
「死んだ……? あれが? 本当に、もう動かないんですか」
「動いていなかったそうだ。傷も閉じず、奥の方は腐り始めていた。以前、手入れをしていた術者にも見てもらったんだが……」
敵の主力が去った後、近くの守備隊が街へ戻ったという。地下へ入れたのは、その後だった。
アキスは、自分が開いた傷を思い出した。炎が入った時にも、肉はまだ動いていた。教官が残った扉の向こうを、最後まで見てはいない。
「俺が切った傷のせいですか」
「君の剣だけが原因とは限らない。天井も崩れたんだろう?」
クシェルが答えた。
「火でも焼かれている。あの傷で何が起きたかは調べるが、今は死因を一つに絞れない」
「じゃあ、デンバルたちは……? 人が倒れたのも、そのせいなんですか」
「それについても、各地から知らせを集めていたんだ。……アキス、亡くなった人たちは、みんなレムバルで生まれていた」
答えたのはフェデオンだった。
「王都でも、あの夕方に二人が亡くなった。二人ともレムバルで生まれ、何年も前にこちらへ移ってきた人たちだ」
「ほかの土地からも、同じ知らせが届いている」
クシェルが続けた。
「助かった者たちは、別の土地で生まれている。報告を何度か照合したが、出生地の違いはほぼ間違いない」
「俺と妹は、引っ越してきました。でも、デンバルたちは……」
デンバルだけではなかった。デンバルの弟や妹も、あの街で生まれて育った。隣で遊んでいたメイハは、今も生きている。
アキスは、自分の膝へ目を落とした。デンバルは故郷から出たことが少なかった。それを、いつか一緒に歩く時には笑い話にできると思っていた。
「そんなの……引っ越せばいいってわけでもないの!?」
ルーシャが言った。机へ伸ばした手が止まる。
「生まれた場所なんて、変えられないじゃないですか」
「あの二人は、何年も前に出ていた。それでも助からなかった」
クシェルが答えると、ルーシャは伸ばしかけた手を引っ込めた。
「私たちは……これからも大丈夫なんでしょうか」
スミナの問いに、クシェルは少し間を置いた。
「それはまだ分からない。今回は助かったが、この先も何も起きないとまでは言えない」
*
右腕を見せるため、アキスは上着を脱いだ。
クシェルに言われて、指を一本ずつ曲げ伸ばしした。クシェルはその動きを見てから、白い隆起の端を調べ、黒い爪の付け根へ指を添えた。
「ここを押す。痛かったら言ってくれ」
アキスは右手を卓へ置き直した。指先でゆっくり押される。触れられた感覚はあったが、痛みはなかった。
「痛くないです。……腕が変わる前に、胸が熱くなりました。古い傷があるんです」
服の胸元を開くと、クシェルは腕から手を離した。傷へ顔を近づけてから、フェデオンを見る。兄も傷に目を留めていたが、弟と目が合うと椅子へ深く座り直した。
「いつからある傷だ? どうしてできたか、覚えているか」
「小さい頃です。詳しいことは覚えていません。母なら知っていたと思いますが、三年前に亡くなりました」
クシェルは傷の周りを調べた。今は痛まないかと聞かれ、アキスは痛くないと答えた。それより、先ほど兄弟が目を合わせたことが気になった。
「……今、何か分かったんですか。戻せますか、この腕」
「……今の私には、元へ戻す方法が分からない」
クシェルはアキスを見て言った。
「出っ張った部分を切り取るのも、魔力を流して治そうとするのもやめてくれ。かえって変化が広がるかもしれない」
「広がるって……腕のほかにも!?」
「広がらないと言い切れないんだ。治そうとして、今より悪くするわけにはいかない。今は腕に手を加えずに調べたい」
アキスは左手で右の袖を探した。黒い爪が裏地に引っ掛かり、無理に引いた拍子に指が痛んだ。
スミナが布を広げた。手伝ってもらいながら、アキスは口を開いた。
「治し方が分かるまで、ここで待つしかないんですか。……ほかに、診てもらえる人はいませんか」
*
フェデオンが折り畳んだ革を広げた。城へ届いた売り物の知らせだった。
バルタナ交易都市の市場で、各地の魔力と土地の変化を記した帳面が売られる。原環を傷めずに、魔力の行き先を変えようとした研究の記録もあるという。書いた調査員は亡くなり、旅費を貸した商人が、その荷を売って貸金を回収するのだ。
「これなら、少し先に進めるかもしれない。都市へ流れる魔力が減った土地も調べているそうでね。王都から使者を出して、記録を確かめてもらうつもりなんだ」
「減った後、人がどうなったかも書いてありますか」
「そこまでは、知らせにない。買えば答えがあるとは約束できないよ」
フェデオンは折った端を伸ばした。
「腕を診られそうな人も探してみるよ。森で身体を研究している人たちがいる。ただ、その人たちが今どこにいるかが問題でね。私も、すぐに連れていってあげられればいいんだが」
「その使者と、俺も行けませんか」
口にしてから、メイハとの約束を思い出した。今日は帰る。今日だけは、必ず帰らなければならない。
「まずバルタナまで。その先に手掛かりがあるなら、そこへも行きたいです。ここで知らせを待つだけじゃ……聞きたいことができても、返事が来るのは何か月も後でしょう?」
フェデオンは壁の地図を見た。
「バルタナだけならともかく、その先までとなると……数か月では戻れないかもしれないよ」
ルーシャが椅子を前へ寄せた。
「私も行きたい。外の土地が悪くなってるって、聞くだけで、見たこともなかったから。そこで、みんなどう暮らしてるんだろうって……今は気になる」
スミナは売り物の知らせを見ていた。
「私は……母に話してから、返事をしてもいいですか。私も、知りたいです。どうして自分は助かったのか」
アキスは二人の顔を見てから、フェデオンへ向き直った。
「俺も……メイハに話してきます。今日、帰ってくるかって聞かれたばかりで。今度は何か月もいないなんて、どう言えばいいか……」
フェデオンは、腕を診られる相手を探せるよう、三人の旅費と道案内を用意すると言った。出発までには、脚も診直してもらうことになった。
帰り際、クシェルは棚から厚い本を取り出していた。フェデオンが日陰になる道を教え、従者へ三人を送るよう頼んだ。
「お二人とも、ここで研究を?」
歩きながら尋ねると、従者は少し笑った。
「フェデオン様は外へ出る用も多いのです。家を継がれるクシェル様にも、もう少し人とお話しいただければと思うのですが」
「弟の方が継ぐんですか」
「フェデオン様は養子でいらっしゃいますから」
開いた扉の向こうで、クシェルが兄へ本を差し出していた。何かを尋ねられたフェデオンが、立ったままそのページをのぞき込む。
アキスは足を止めず、出口へ向かった。メイハは帰りを待っている。これから何か月も離れたいと話したら、どんな顔をするだろう。手首へずれた布を直しながら、家へ向かう道を曲がった。




