第16話「借りた部屋」
王都エスカディの門をくぐったのは、レムバルを出て四日目だった。
城壁の内側では、店の灯りが次々とともっていた。水場では蛇口をひねれば水が出て、パンを焼く店の前には順番を待つ人がいる。アキスは人の流れに押されて立ち止まった。ここでは、昨日も今日も店が開いたのだ。
案内された広い庭には、故郷から来た人々が集まっていた。名前を呼ぶ声が飛び交っている。呼ばれた者が走り、呼ぶ側が名を変える。アキスは教官の名が聞こえた時だけ、そちらを見てしまった。
庭の隅に敷かれた布へ座り、傷を診てもらった。左脚の包帯を外すと、術者は傷口よりも、その周りを押した。
「これは、ずいぶん歩いたな。傷を閉じれば済むわけじゃないんだ。腫れが引くまでは、脚を休ませてくれ」
「でも、もうあまり痛くないんです。少しなら――」
「そこで少し、をやめてくれ。傷の周りがまだ腫れてるだろう。明日また診るから、今日は休ませなさい。走るのは論外だぞ」
左前腕の傷も洗われ、巻き直された。肩の打ち身は、腕を上げた時だけまだ痛んだ。
メイハが隣から兄を見た。アキスは走らないと答えたが、妹は目を離さなかった。
右腕は、包帯を取ると人を集めた。黒い爪と白い隆起を見て、術者の手が止まる。痛む場所を確かめ、指を順に動かすよう言われた。術者も、どうしてこうなったのかは分からなかった。
布を巻き直す時には、メイハが人々の前へ立った。小さな背で隠れる腕ではなかったが、アキスは妹の肩越しに見える視線を気にせずに済んだ。
*
ルネハが見つけた部屋には、寝台が二つあった。
家主の縫い仕事を手伝う代わりに、二階を貸してもらえることになったという。アキスとメイハが一つ、ルネハとスミナがもう一つを使い、ルーシャは床へ厚い布を敷いた。
「ルーシャ、明日は交代しよう。ずっと床じゃ、背中が痛くなるぞ」
アキスが言うと、ルーシャは敷いた布を押した。
「やーだ。せっかく広い方を取ったのに。こっちなら、好きなだけ寝返り打てるもん」
「寝返りでこっちまで来るなよ」
「アキスこそ、尾を踏まないでね。メイハも。朝、寝ぼけて降りてくるでしょ」
「私、そんなことしない! ルーシャこそ、通るところに尾を出さないでよね」
メイハは言い返してから、自分の荷を寝台の端へ寄せた。真ん中を空けて、兄の顔を見上げる。
アキスが腰を下ろすと、細い寝台が鳴った。妹の肩が触れる。ここには、昨日からの荷をほどいていいらしかった。
夜中、目を覚ました。天井が低く、窓の外が明るい。どこの家か分かるまで、剣へ手を伸ばしていた。
隣で眠るメイハの顔を見て、手を戻した。
家の鍵は、まだ布包みの中にある。持ってきても仕方のない物だったとは思いたくなかった。アキスは包みを足元へ押し込み、妹の頭が自分の腕から落ちないように寝直した。
*
翌朝、左脚をもう一度診てもらって部屋へ戻ると、メイハが針を隠した。
「何してるんだ?」
「まだ見ないで。できてから見せるの」
隠すには大きすぎる白い布が、膝から垂れていた。ルネハが横で糸の結び方を教えている。
「腕の替え布よ。今のを洗ったら、巻く物がなくなるでしょう」
「ああーっ! ルネハさん、内緒って言ったのに!!」
メイハは布を引き上げ、兄に背を向けた。アキスが隣へ座ろうとすると、置いた針を取るまで待たされた。
「……もう見ちゃったんなら、手伝って。ここ持ってて。引っ張ったら駄目だからね」
左手で布を押さえた。妹が針を進めると、端に藍色の糸が並んでいった。
その晩、軍から来た使いが階下を訪ねた。腕を調べられる者がいるので、明日、城へ来てほしいという。
使いが帰ると、メイハは針を置いた。
「診てもらうだけだよね。そのまま、どっかに行ったりしないよね」
「帰ってくる。終わったら、寄り道もしない。……この布、明日も一緒に作ろう」
アキスは妹を見て答えた。メイハは縫いかけの布を右腕へ当て、手首まで届くか確かめた。




