第15話「帰れない荷主」
列を止めたのは、レムバルへ向かう一台の荷車だった。
丘を下りてまだ半日もたっていない。道の端へ寄るよう兵に言われ、アキスは杖代わりの枝を先についた。左脚を動かすと、包帯の下が熱くなる。メイハが荷車を見つけて手を上げかけたが、荷台に横たわる長い包みを見て、兄の服へ手を戻した。
「街には入れない。引き返してくれ」
兵の言葉に、荷車を引いていた二人が顔を見合わせた。
「待ってくれよ。帰してやるって、約束したんだ。家族が待ってるんだよ! 俺たちだけでも通してくれないか」
年上の男は包みへ手を置いた。布から靴の先が出ていた。アキスはそれを見たまま、足を止めた。
レムバルが襲われたことを、二人は知らなかった。
兵が街で起きたことを話す間、男は何度も布の端を直した。もう一人は引き手を放せずにいた。長い道を戻ってきたのだろう。車輪には、こちらの丘にはない赤い土がこびりついている。
「あんたらは、いつ出た」
「十日前だよ。荷主に頼まれて、北へ染料を買いに行ってた。昨日、宿でいきなり倒れてな。夕飯の支度を始めた頃だ。せめて家にって……」
ルーシャが隣へ来た。男の話が続くうちに、彼女の耳が後ろへ伏せられた。
荷主は宿の庭で買った品を数えていた。途中で手を止め、そのまま横へ倒れた。助けを呼んだが、術者が来た時には息をしていなかった。宿にいたほかの者は倒れていない。
デンバルも、水を受け取ろうとしていた。
アキスは荷台に触れた。十日前なら、学校へ通っていた日だ。街の外へ出ようとも考えていなかった。ここにいる人は、敵が来るよりずっと前に旅立っていた。それでも、デンバルと同じ夕方に死んだ。
*
男たちは、避難する列の後ろへ入った。
レムバルへ帰れないと分かっても、すぐ別の場所へ葬るとは決められないらしかった。兵は次の町で休める場所を探すと言った。荷車の横を歩く男は、ときどき包みを見ていた。
「その人も、お兄ちゃんが知ってる人だった?」
メイハに聞かれ、首を振った。
「知らない人だよ。……あの人、敵が来る前から街にいなかったんだな。それでも、デンバルと同じ時に」
「どうしてか分かったら、次は助けられる?」
メイハは列の後ろを見ていた。昨日、倒れた子供たちを呼び続けていた妹の声を思い出した。
「……分からない。助けるって言って、また何もできなかったら、俺……。でも、知らないままも嫌だ。メイハに何かあってからじゃ、嫌なんだ」
メイハは返事をせず、兄の上着をつかんだ。二人の歩幅が合わなくなると、少し先へ出てから待った。
*
夕方には、脚が前へ出なくなった。
休憩の合図で道端に座ると、立ち直るところまで考えられなかった。ルーシャもすぐには座らず、木に背を預けて腹の包帯を押さえていた。
「肩、ありがとな。ずっと借りっぱなしで……もう大丈夫だから」
「へえ。じゃあ、立ってみて?」
「ルーシャも痛いだろ」
「痛いってば。二人で無理してたら、二人とも転ぶよ。次は誰かに頼もう? ついでに私の荷物も!」
言われて、アキスは道へ目を向けた。歩ける兵が、負傷者を順に休ませている。自分より重い傷の者がいると思って、声を掛けずにいた。
ルーシャは木から背を離した。
「ほら、その顔。私が言ってくる! アキスが頼まなくても、私がもう持てないんだからね」
ルーシャが離れると、アキスは教官の名を呼びかけた。頼る人を考えた時、いつも先に浮かぶ名前だった。
アキスは口を閉じた。道の向こうで、ルーシャが兵を呼び止めていた。
スミナが、離れた場所から水を持ってきた。片足をかばい、ルネハに支えられている。アキスが腰を浮かせると、彼女は先に杯を差し出した。
「待って待って、立たないで! こぼす……そのまま、手だけ出して」
「俺が取りに行けばよかったのに。スミナも足、痛むだろ」
「母さんに持ってもらったの。……いいから、先に受け取ってよ。私も座りたいんだけど」
アキスは座ったまま受け取った。水面が落ち着くのを待って飲む。スミナも隣の石へ腰を下ろし、自分の杯を両手で持った。
ルーシャが兵と戻ってきた。次の休み場所までは、負傷者を運ぶ荷車に乗せてもらえるという。アキスは水を飲みきり、剣と布包みを受け取ってもらった。兵の肩を借りて立つと、メイハも荷車のそばまでついてきた。




