第13話「街の灯りが消える時」
日が落ちても、レムバルの西側は赤かった。
丘の下の街道を見張る兵が、火のそばへ戻ってきた。東門の外に敵の姿はないという。兵は別の者と交代し、何も食べずに地面へ横になった。
アキスは左脚を伸ばして座っていた。手当てを受けても、少し曲げるだけで傷が引きつれた。遠くで王都へ向かう支度をするよう、声が上がっている。全員がすぐ歩けるとは思えなかった。
「明日は、一緒だよね。お兄ちゃん、途中でどっか行かないよね?」
メイハが毛布の端を引き寄せた。
「行かないよ。こんな脚じゃ、メイハに置いていかれそうだ」
「置いてかない。でも、寝たら起こして。勝手に出発しないでね」
アキスは妹の肩へ毛布をかけた。メイハが眠る前にどこかへ行く用事を作りたがるのは、いつも自分の方だった。剣の練習でも、学校へ忘れた物を取りに戻る時でも。
「ちゃんと起こすよ。今夜は、もうどこにも行かないから」
デンバルの弟が、母親から受け取った器を両手で運んできた。母親と妹は、火の向こうに並んで座っている。
「兄ちゃんも飲んで」
デンバルは膝を立て、右手を差し出した。
その手が、器へ届かなかった。
デンバルの上半身が横へ倒れた。弟の指も器から外れ、落ちた器が石に当たって割れる。アキスは音に驚いて弟を見た。小さな身体が兄の脚にかぶさるように崩れ、動かなくなった。
「デンバル? ……デンバル!?」
アキスが肩をつかむと、頭が後ろへ傾いた。
火の向こうで、母親と妹も倒れていた。並んで座っていた二人の身体が折り重なり、母親の腕が草の上へ投げ出されている。
誰かの短い悲鳴の後、丘のあちこちから人を呼ぶ声が上がった。立っていた兵が前へ伏せ、隣に座っていた人が抱き起こす。道の方で人が転ぶ音が続いた。アキスのそばの火は、何事もなかったように燃えている。
「誰か!! 治せる人、早く来てくれ!!」
メイハが駆け出した。アキスはデンバルを仰向けに寝かせ、左腕の包帯を見た。血は増えていない。胸にも腹にも新しい傷はなかった。
「デンバル、聞こえるか! 聞こえたら、何か言ってくれよ!」
耳を胸へ寄せた。呼吸の音がしない。服の留め具へ指をかけたが、黒い爪が布を引っかくばかりで、うまく外せなかった。
ルーシャが手を伸ばし、留め具を外した。
「開けたよ。ほら、苦しくないでしょ? デンバル……ねえ、息してよ……」
声が細くなっていた。彼女は弟の顔を横へ向け、口元の草を払った。倒れて口に何か入ったのかもしれない。アキスも同じことを思い、デンバルの口を確かめた。何も見つからなかった。
メイハが連れてきた治癒術師は、二人の間へしゃがんだ。首へ触れ、胸の肌へ手を当てる。手の下に淡い光が集まった。
「腕の傷は、ちゃんと治療してもらったんです。いきなり倒れて……」
「倒れる前に、どこか痛がったか」
「だから! 普通に話してたんです! さっきまで、ここで!」
術師が顔を上げた。アキスはデンバルの口元から目を離せずにいた。
「……痛いとは、言いませんでした。水を飲もうとしてました」
術師は胸と腹へ順に手を移した。傷口をふさぐ時とは違い、長く手を置いている。光が消えるたびに、デンバルの口元へ顔を寄せた。
スミナも母とともに来ていた。母親は倒れたデンバルの母へ呼びかけ、スミナは妹の手を握っている。どちらからも返事がない。
「この子たちも……お母さんも、一緒に倒れたんです」
スミナが言うと、術師の顔が上がった。見回した先で、別の術師も膝をついていた。起こされて立ち上がる者は、一人も見えなかった。
デンバルの胸から光が消えた。
「腕の血は止まってる。これが原因とは思えない。……だが、息が戻らない。心の臓も動かないんだ」
「なんで止めるんですか!」
アキスは術師の腕をつかんだ。
「もう一度やってください! まだ温かいじゃないですか! ここ、ほら、まだ……!」
「胸も診たんだ。だが、傷がない。どこを治せばいいのか、私にも……」
「でもっ!! ……まだ、ここにいるのに」
術師はデンバルを見たまま、アキスの手を振りほどこうともしなかった。その肩越しから、別の人を診てほしいと叫ぶ声がする。
「手を離してくれ。弟も診たい」
アキスはデンバルの顔を見た。術師にいてほしい。だが、すぐ横にいる弟の胸も動いていなかった。つかんだ指を一本ずつ緩めた。
メイハがアキスの服を引いた。
その手へ目がいった。妹の指は動いている。ルーシャも、スミナも、スミナの母も息をしていた。すぐ隣にいる自分は息をしているのに、デンバルは起きない。
術師が弟の方へ移った。アキスはデンバルの胸へ右手を置いた。まだ温かかった。指を当てる場所を変え、呼吸で上下するのを待った。
背後の誰かが、街の灯りが消えたと言った。
アキスは振り返らなかった。
*
人々が倒れた時、祈り堂の地下では、原環が最後の収縮を終えていた。
南側の天井は崩れ、切断された石柱が横倒しになっていた。その下から、岩翼人の折れた翼と、巨角人の武器が突き出している。
オルガストは、崩れた石に囲まれて立っていた。
頭上には防御魔法が残っていた。その外側へ石柱と天井の破片が積み重なり、南の階段も北の出口も埋まっている。黒い衣には石の粉がついていたが、翼も両脚も損なわれていなかった。
オルガストは壁際へかがみ、原環につながる太い管へ触れた。指の下で張りが失われ、管は床へ垂れた。中央の肉も動かない。少年の触れた裂け目から奥を焼かれ、もう傷を閉じる力は残っていなかった。
壁の灯りが消えた。
頭上で石を動かす音がした。地上の別部隊が、崩れた天井へようやく穴を開けたところだった。岩翼人の兵が下り、オルガストの前で頭を下げる。
「地上でも、原環へ向かう魔力の流れが止まりました」
オルガストは手を離し、立ち上がった。
生きた原環は失った。それでも、協力した国や一族へ約束した魔力吸収の停止は示せる。
「協力した各種族の代表へ使者を出せ。原環が死に、魔力の吸収も止まったと伝えろ」
兵は頭を下げ、地上へ戻っていった。
オルガストは倒れた柱を越え、兵が下りてきた穴へ向かった。頭上へ手を向けると、防御魔法が開き、穴の縁に残っていた石を外へ押し上げた。




