ドングリコロコロ
果てしなく続くかのような薄暗い廊下を歩いていると、突然床が割れて自由落下したかと思うとすぐに、滑り台のごとく滑り落ちていく。滑り終えると大きな部屋に満たされた水に落下した。
ドボォオン
どうやらほかの参加者もいるらしく、あとから何人か落ちてきた。
近くにあった島状の陸地に上がる。それぞれの参加者も近くの島に上がる。
するとまた童謡が流れ始める。
『どんぐりころころ どんぶりこ お池にはまって さあ大変』
(俺らはドングリってことか?)
『どじょうが出て来て こんにちは ぼっちゃん一緒に 遊びましょう』
先ほどまでいた水の中に何かが放たれ泳ぎ始める。
ドジョウなんてかわいい大きさじゃない。
巨大な水音が響き、ドス黒い水面が不気味に波打った。
浮島のような足場から身を乗り出して水中の影を見た参加者の一人が、「ヒィッ……」と短い悲鳴を上げて尻餅をつく。
水面下をうねりながら泳いでいるのは、丸太のような太さの、ぬめり気を帯びた黒褐色の巨体。水面に突き出したヒゲは、太いワイヤーのように硬く、長く伸びている。
間違いなく「ドジョウ」の特徴を持った何かだ。だが、体長は優に5メートルを超えている。
『今日は ぼっちゃん一緒に 遊びましょう』
童謡の無邪気な歌詞が響いた直後。
ザバァァァァッ!!!
隣の島にいた男の足元から、巨大なドジョウが水柱と共に跳躍した。
ワイヤーのようなヒゲが男の足首に巻き付き、そのまま空中に引きずり上げる。男が絶叫する間もなく、巨大な口が開き、ヤツは男を咥えたまま凄まじい勢いで水底へと引きずり込んでいった。
ボコボコと浮き上がる赤い泡。
ドジョウが獲物を振り回し、引き裂く水音が響く。あれがヤツにとっての「遊び」だ。
(ふざけるな……! 一緒に遊んだら、5秒で肉片にされるぞ!)
他の島に落ちた参加者たちがパニックになり、狂ったように助けを求め始めた。だが、ここは閉鎖された巨大な水槽だ。逃げ場はない。
水面が再び盛り上がり、ヤツが次の「どんぐり」を物色し始めた。その太いヒゲが、俺のいる島に向かってスルスルと水面を這ってくるのが見える。
(考えろ、童謡のルールには必ず「終わり」か「抜け道」があるはずだ!)
スピーカーから、間髪容れずに二番の歌詞が流れ始めた。
『どんぐりころころ よろこんで』
『しばらく一緒に 遊んだが』
(このままじゃ「遊ばれて」死ぬ! その先だ、歌詞の続きはどうなる!?)
記憶の糸を必死に手繰り寄せる。昔、近所の子供が歌っていたあのフレーズ。
『やっぱり お山が 恋しいと』
『泣いては どじょうを 困らせた』
(――『泣いてはどじょうを困らせた』!)
これだ。どんぐりが山を恋しがって「泣く」と、ドジョウは困り果てて遊びを中断する。この童謡の結末は、ドジョウを打ち倒すことじゃない。「困らせて、手を引かせる」ことだ!
ドジョウの巨大な頭が水面を割り、俺の島に乗り上げてこようとしたその瞬間。
俺はプライドも何もかもをかなぐり捨て、肺の空気をすべて使い切るほどの声量で絶叫した。
「うわあああああああん!! お山に帰りたいよおおおおおおおおっ!!」
みっともなく顔をくしゃくしゃにして、両手で目を擦りながら、幼児のように地団駄を踏んで泣き喚いた。
他の島でパニックになっていた参加者たちが、俺のあまりの奇行に一瞬動きを止める。
ピタッ。
俺の足元まで迫っていた巨大なドジョウの動きが、嘘のように完全に停止した。
奴の濁った巨大な眼球が、激しく泣き喚く俺を困惑したように見つめている。ヒゲが所在なさげに宙を泳ぎ、ヤツは「どうしていいかわからない」というように、ズルズルと水の中へ後ずさりし始めたのだ。
『泣いては どじょうを 困らせた』
スピーカーからその歌詞が流れた瞬間。
ガコンッ! と、水槽の壁面の高い位置(ちょうど俺たちが落ちてきた滑り台の横)で、ロックが外れる音がした。壁の一部が開き、そこから通路へと続く短い鉄のハシゴがせり出してくる。
(あれが『お山(出口)』へのルートか!)
「おい! 泣け!! 泣いて『山に帰りたい』って叫べば、ヤツは動けなくなる!!」
俺は他の参加者たちに怒鳴りながら、水に飛び込んだ。
ドジョウはまだ俺の「号泣」に困惑して硬直している。俺はその隙に水を掻き分け、ハシゴへと全力で泳いだ。
後ろから「うわぁぁぁん! 帰りたいよぉ!」という、大の大人たちの必死の嘘泣きが聞こえてくる。あまりにシュールな地獄絵図だが、それで死を回避できるなら安いものだ。
俺はハシゴに飛びつき、濡れて重くなった身体を必死に引き上げた。
後ろを振り返ることはしない。この狂った童謡のルールがいつ「三番」の解釈などという理不尽を突きつけてくるか分からないからだ。




