生還への一歩
俺は懐中電灯の細い光を頼りに、塔の内部を見回した。 行きで通過した時は全く気にする余裕がなかったが、上へと続く螺旋階段があり、塔には「2階」や「3階」が存在していることに気がついた。
「上だ。何か脱出の糸口があるかもしれない」
重い足を引きずり、藁にもすがる思いで階段を駆け上がった
2階は、ホコリを被ったキャビネットやデスクが並ぶ「資料室」のような空間だった。 散乱するバインダーや書類の束をパラパラと捲ると、この異常な空間の「生い立ち」が少しずつ見えてきた。
【管轄エリア一覧:農村、学校、病院、研究所、塔、エネルギー管理所、水道、湖、ホテル、管理宿舎】
施設全体を俯瞰した古い見取り図だった。 俺が死に物狂いで逃げ回ってきた場所は、ただの廃墟の寄せ集めではない。もともと存在していたこの巨大なインフラ群を、丸ごと「何か」を収容・管理するための施設として転用していたのだ。
「どうやって幽霊や怪異の類を物理的な施設で管理していたのかは謎だが……運営は、この『元・怪異の施設』をそのままデスゲームの舞台として再利用しているってことか」
長居は無用だ。さらに上の3階へと足を運んだ。 そこは2階の事務的な雰囲気とは打って変わり、異様で禍々しい空気が充満していた。
棚に並んでいるのは、「霊障」「怪異」「呪術」「降霊」といった、オカルトや民俗学の禁忌に触れるようなおぞましい専門書の数々。ここは物理的な管理だけでなく、怪異そのものを「研究」していた区画らしい。
「ふざけた場所だ……こんなものを研究して、何を企んで……」
俺はデスクの上に広げられたままになっていた大量のオカルト資料の中から、異質な「一枚の図面」を引っ張り出した。 それは施設の地下配管網を描いたブループリント(青写真)だった。
図面には、この『塔の地下』から、先ほどの資料にあった『研究所』という建物へと一直線に繋がる、秘密の抜け道(地下通路)がはっきりと記されていたのだ。
「……塔の地下から、研究所へ抜けられる。外はもう怪異の包囲網ができてるはずだ。ここから逃げるには、この図面を信じて地下へ潜るしかない!」
ドォォォォンッ!!!
階段を駆け下りようとしたその時、1階の正面扉から、施設全体を揺るがすような凄まじい衝撃音が響き渡った。 緑の雨合羽の非力な打撃ではない。重量級の怪異――あるいは『赤い女』が、ついにこの塔に到着して扉を破壊しにきたのだ。
俺は転がるように1階へと降りた。 図面によれば、地下への入り口は階段の真下にあるはずだ。
懐中電灯の光を階段の裏側に走らせると、壁のパネルと完全に同化するように隠された、古びた鉄の扉を発見した。 重いノブを両手で掴み、力任せに押し開ける。
カビと埃の匂いが、暗闇の中からブワッと吹き出してきた。 そこは、ガラクタや古い備品が山積みになった「倉庫」だった。図面が正しければ、この倉庫のどこかに、研究所へと続く地下通路への隠しハッチがあるはずだ。
メシャアァァッ!!
背後で、塔の正面扉のカンヌキが限界を迎え、ひしゃげる嫌な音が響いた。 突破されるまで、あと数秒。 俺は振り返ることなく、暗い倉庫の中へと転がり込んだ。
倉庫に滑り込んだ俺は、極限まで息を殺し、暗闇の中に身を潜めた。 もしあの『赤い女』が塔に侵入してくれば、いずれ風の流れや匂いで居場所がバレるかもしれない。だが、今ここで焦って「音」を立てれば、ヤツらの異常なスピードで一瞬にして詰め寄られ、確実に殺される。
メキィィィッ……!!
外から、塔の正面扉が限界を迎え、ひしゃげる音が聞こえてきた。時間がない。 俺は頭を動かさず、視線だけで倉庫内を舐め回すように探し続けた。図面にあった地下への入り口を。
だが、どこを見ても床にハッチのようなものはなく、地下へ降りられそうな階段も見当たらない。秘密の通路というからには、隠し階段があるものだとばかり思い込んでいたが、その予想は完全に覆された。
(どこだ……どこかに必ず仕掛けがあるはずだ……!)
焦燥感で視界が歪みそうになった時、ふと、明らかな「違和感」に気がついた。 俺が今入ってきた倉庫の扉のすぐ横。壁に設置された照明スイッチのプラスチック枠が、ほんのわずかに浮いている。
俺は音を立てないよう慎重に指先を伸ばし、浮いている枠の隙間に爪を引っ掛け、そっと外した。 すると、通常の照明スイッチのさらに下に、隠されるようにして「二つの小さなボタン」が姿を現したのだ。
(これだ……!)
俺は迷わず、上にあるボタンを押し込んだ。 ……無反応。モーターの駆動音すら聞こえない。
(嘘だろ、勘弁してくれ。電気が通ってないのか? いや、さっきのパネルは生きていた。頼む、これしかないんだ……!)
背後の壁越しに、塔の正面扉が完全に破られ、複数の異形が1階へ雪崩れ込んでくる気配がした。
俺は祈るような気持ちで、震える指をスライドさせ、下のボタンを強く押し込んだ。
ガコンッ!
足元から、鈍く重い衝撃が走った。 直後、俺が立っていた倉庫の「床」そのものが、まるで巨大な油圧式エレベーターのように、ゆっくりと、しかし確実に地下の暗闇へと沈み始めたのだ。
頭上で倉庫の天井が遠ざかり、四方をコンクリートの壁に囲まれた冷たい縦穴を降りていく。 上階からは、塔に侵入した怪異たちが暴れ回る凄まじい物音が聞こえてきたが、それも次第に厚い岩盤に遮られて遠ざかっていった。
「……助かった」
暗闇へ降りていく密室の中で、俺は緊張の糸が切れ、その場にへたり込んだ。 間一髪だった。あともう数秒ボタンを見つけるのが遅れていれば、間違いなくあの倉庫で八つ裂きにされていただろう。
床のエレベーターは、機械的な低い駆動音を響かせながら、どこまでも深い地下へと俺一人を運んでいく。 この先が、図面に記されていた『研究所』に繋がっているはずだ。 怪異たちの管理・研究施設の中枢。そこに行けば、この狂ったデスゲームの「真の出口」があるかもしれない。
ガァァァンッ!!




