別れの選択
鬱蒼とした森の木々の隙間から、遠くに、見覚えのある「中央塔」のシルエットが黒々とそびえ立っていた。
「……嘘だろ。俺たち、全然進んでなかったのか」
絶望的な徒労感に襲われる。俺たちは出口に向かっていたつもりで、無意識のうちに塔と出口の中間地点をぐるぐると回っていただけだったのだ。
だが、方向感覚を取り戻したことで「出口側」の景色も明確になった。 塔の反対側、森を抜けた先に、行きで俺たちが這いつくばって通り抜けた「床下のある建物」が見えた。
目を凝らすと、さらに信じられない変化が起きていた。 行きではルートを塞ぎ、俺たちを分断していたあの分厚いガラス壁が、跡形もなく消え去っているのだ。
「壁がない……! あそこを通れば、出口のエリアへ一直線だぞ!」
「……罠かもしれないが、行くしかないな。それに、もう限界だ」
肉体も精神も、すでにレッドゾーンを振り切っている。俺たちは這うようにしてその建物の中へと滑り込み、安全を確認すると、床下の影に倒れ込むようにして泥のように眠りに落ちた。
腕時計を確認する。デスゲームの開始から、39時間が過ぎた。
「……起きたか、神堂」
俺が声をかけると、神堂もゆっくりと身体を起こした。彼の背中にはもう、あの重みはない。その顔には、1億円を失った未練と喪失感が色濃く残っていた。
俺は自分の背中のボロキレに手を入れ、硬く冷たい金属の感触を確かめた。 4キログラム。たったこれだけの重さの「金塊」。
俺はそれを取り出し、神堂の目の前にポンと投げた。
「……忌部?」
「命を大事にしようぜ、神堂」
俺は真っ直ぐに彼の目を見て言った。
「欲をかいて死んだ奴らを、行きも帰りも嫌というほど見てきた。一万円札は惜しかったが、生きていればそれでいい。確実にこの1億だけを持ち帰る。そして、俺とお前で山分けだ」
5000万円。借金を返すには十分すぎる額だ。大金持ちにはなれないが、あの底辺の生活から這い上がるための切符にはなる。
神堂は目を見開き、しばらく金塊と俺の顔を交互に見ていたが、やがてフッと自嘲気味に笑い、力強く頷いた。
「……悪ィな。恩に着る」
「気にするな。お前がいなきゃ、俺は黄色い靴に殺されてたか、湖の底だ。……よし、行くぞ。残る色は『緑』と『紫』。何が来ても、二人で出し抜いて、絶対に生きて帰るぞ」
俺たちは立ち上がり、消えたガラス壁の先――出口へと続く最後のエリアへ向かって、静かに歩き出した。
―――これまでの苦労はなんだったのかというくらいあっけなく出口の前に辿り着いた。
俺は4キログラムの金塊を取り出し、神堂の手に無理やり押し付けた。
「行け。お前が先に出ろ」
神堂は金塊を握ったまま、信じられないものを見る目で俺を見た。
「正気か!? お前こそ行くべきだろ! この状況で残るなんて……!」
「聞け神堂。冷静に状況を判断できるのは俺だ。あの怪異たちのルールを紐解いてきたのは誰だ? 俺だろ」
確かに、こんな地獄、一秒だって早く出たい。心臓が今も嫌な音を立てている。だが、神堂にこの先を託すより、俺が残って、俺のこの「悪運」を囮にする方が、確実に二人とも助かる気がした。黄色い靴の時だって、最後には奴の標的は神堂へ向かった。俺の悪運は、死ぬべき時は死なないが、泥沼に引きずり込む力も強い。
「それにお前は『もし何かがあったら、俺のことは気にするな。お前は生き残って、動画を投稿して、金塊を全部換金してこい』といっていた。自己犠牲は輝かしいがハングリーさがたりない。俺は二人での脱出を諦めたことはない。いざというときに必ず差が出る」
俺は神堂の背中を、出口の扉に向けて強く押し出した。
「いいか、俺は絶対に生き延びる。お前の知っている『忌部』っていう悪運の塊を信じろ。俺はそう簡単に死なない。この出口の向こうで、金塊を大事に抱えて待ってろ。俺が必ず、その悪運を掴んで追いかけてやるから!」
神堂の目が潤むのが見えた。彼は何かを言いかけて、結局、何も言わずに力強く頷いた。 俺に背を向け、彼が扉の向こう側の光へと足を踏み入れる。
重い扉が閉まる音。 静寂が戻った出口前で、俺は独り残された。
「……さて。残り時間はあとわずかだ」
現在、中央塔から西の方角へと進んでいた。 外壁に沿って歩き、いくつか「脱出扉」を見つけたものの、パネルには無情にも【使用済(USED)】の赤い文字が点灯していた。すでに誰かがこの地獄から抜け出した後だった。
壁沿いを歩いていると、不自然な光景に出くわした。 泥だらけの地面に、大量の「100ドル札」が散乱していたのだ。
「……ここまで持ってきて、重さに耐えかねて捨てたのか」




