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スペクトル・ハザード 〜金のために参加したサバイバルゲーム、運営はオニでした〜  作者: おのののののの
色鬼編

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12/26

赤靑

 声を出して説明している暇は1秒もない。ハイヒールの音は、確実にこの建物の外、コンクリートの犬走りを踏む距離まで迫っている。

 俺は神堂の肩を力強く掴み、身振り手振りと、狂気すら宿った鋭い視線だけで、俺の命懸けの作戦を伝えた。


『お前が発電機を起動しろ。その爆音に紛れて、赤い女を躱し、この建物から脱出する!』


 聴覚に異常なほど過敏に反応するあの怪異にとって、密室で鳴り響く大型ディーゼル発電機のエンジン音は、強烈な目眩まし――いや、極大の「音響手榴弾(スタングレネード)」になるはずだ。


 神堂は一瞬目を丸くし、恐怖に顔を引き攣らせた。だが、俺の瞳の奥にある確信を読み取ったのか、力強く一度だけ頷いた。彼は覚悟を決めたように、両手で発電機の太いスターターロープをしっかりと握りしめる。

 扉の向こう側で、カツン、とヒールの音が建物のエントランスのタイルを踏んだ気配がした。入ってきた。もう猶予はない。

 俺は出口へのルートを見据え、神堂に合図を送るべく、静かに右手を高く振り上げた。

 俺が右手を力強く振り下ろした瞬間。

 神堂が全身の体重と、生き残るための執念のすべてを乗せてスターターロープを真後ろに引き抜いた。


 キュルルッ……ドルルルンッ! ガガガガガガガッ!!!


 長年放置されていた巨大なディーゼルエンジンが、鼓膜を物理的に破らんばかりの爆音と、むせ返るような黒煙を吐き出して目を覚ました。密室でのその音量は凄まじく、腹の底を揺らすような重低音がコンクリートの壁に反響し、部屋全体が激しく振動する。

 そして狙い通り、部屋の隅で淀んでいた「闇の監視カメラ」が、空間を震わせる音の衝撃でかき消されるようにブレて、霧散した。


「走れッ!!」


 俺の怒声すら、エンジンの轟音に完全にかき消された。

 俺たちは転がるように発電機室を飛び出した。廊下に出ると、煤とカビの混じった空気を肺いっぱいに吸い込みながら、操作盤のある管理室へ駆け込んだ。

 パネルを見ると、死んでいたはずの通電を示す赤いランプが点灯している。システムは生きている!

 俺は迷わず『開門』と書かれたボタンを、拳で力任せに叩き込んだ。


 ギィィィィィィィィィィッ!! ギャガガガガッ!!!


 動き出した頭上の滑車と、完全に錆びついた極太のチェーンが、まるで怪鳥の悲鳴のような耳障りな金属音を周囲の森に撒き散らしながら、重い鉄格子を引き上げ始めた。


「クソッ、音がデカすぎる!」


 目眩ましのつもりだったが、これでは周囲のすべての怪異に「ここに新鮮な獲物がいるぞ!」と大音量で触れ回っているようなものだ。案の定、俺の不運は最悪の形で連鎖した。


 ズドォォォォォンッ!!!


 突如、外からダンプカーが激突したような凄まじい衝撃音が響き、引き上げられつつあった巨大な鉄格子の門が、内側に向かって大きく拉げた。


「な、なんだ!?」


 粉塵の舞う窓越しに見ると、夜霧の向こうから「何か」が猛スピードで門に突進してきたのだ。


 ゴアァァァンッ!!


 二度目の突進。

 建物の基礎すら揺らぐ衝撃。老朽化していた蝶番が完全に千切れ、あんなに重かった鉄扉が、まるでボール紙か何かのようにあっけなく吹き飛んだ。そればかりか、巻き上げ機構を支えていた太い鋼鉄の支柱までもが根元からへし折れ、放物線を描いて遠くの森の中へ落下していく。


 ドッスゥゥン!!


 地響きを伴う重い落下音が響いた。門は完全に破壊され、開け放たれた。

 だが、その圧倒的な破壊力に驚愕している暇はなかった。

 吹き飛んだ支柱が落ちた方向に向かって、森の奥から強烈な冷気を伴う「青い火の玉」が猛烈な勢いで飛来してきたのだ。

 火の玉はまるで明確な意思を持っているかのように、大きな音を立てて落下した支柱に向かって、ガンッ! ガンッ!と何度も執拗に体当たりを繰り返している。金属がひしゃげる音が森に響き渡る。


(……あれも、音に反応しているのか?)


 赤い女だけじゃない。このエリアに潜む怪異は、大きな音を立てる獲物を優先して狩るシステムになっているのかもしれない。あるいは、あの青い火の玉は「衝撃」そのものに群がる性質があるのか。


「おい、道が開いたぞ! 今のうちに……」


 神堂が叫びながら振り返り――そして、喉の奥で言葉を失った。

 俺も背筋に氷をねじ込まれたような悪寒を感じながら、ゆっくりと背後、つまり俺たちが飛び出してきた管理棟の奥の暗がりを振り返る。

 発電機の爆音、門がひしゃげる轟音、そして支柱が叩きつけられる音。

 これだけ派手な「音の宴」が開かれたのだ。このエリアで最も耳のいい最悪の怪物が、釣られないはずがなかった。


 ザッ……ザッ……ザッ……!


 管理棟の薄暗い通路の奥から、真っ赤なトレンチコートの裾を大きく揺らしながら、「顔に二つの黒い穴が空いた女」が姿を現した。

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