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RE.Ver【悪役転生 レイズの過去を知り、未来を変える】  作者: くりょ


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二話 レイズ=アルバード

ヴィルは深く目を閉じ、黙したまま思考を巡らせた。


 ――レイズに、何が起きているのか。


 やがて低く呟く。


 「……いや。あれは、もはや“レイズ”ではない」


 リアナが顔を強張らせる。


 「で、ですが……」


 「後は、わたしに任せなさい」


 静かにそう告げると、ヴィルは立ち上がり、奥の部屋へ姿を消した。


 しばらくして戻ってきた彼の姿を見て、リアナは息を呑む。


 ――使用人の装い。


 上質だが簡素な衣服に身を包み、腰には掃除用の布を下げている。

 堂々たる当主の威厳は、跡形もなく消えていた。


 「ヴィ、ヴィル様……? そのお姿は……」


 リアナが困惑を隠せず問いかける。


 ヴィルはただ一言だけ残した。


 「……それでは、行ってきます」


 振り返ることなく、静かに廊下を歩き去っていく。

 その背中は、屋敷の主というより――まるで影に溶ける“探る者”のようであった。




 「はぁ……はぁ……なんで……剣一本でこんな疲れるんだよ……」


 ふらつく視線の先で、ふと一本の木刀が目に止まった。


 その木刀だけ、他の武器とは違い、台座に丁重に置かれていた。


 「……なんで、木刀なのに……あんなに大事そうに?」


 そう呟いた瞬間、背後から声がした。


 「――気になるなら、手に取ってみてはいかがですか?」


 「うわぁぁっ!」


 振り返った俺は飛び上がるほど驚いた。


 まるで気配を感じなかった。

 そこに立っていたのは――老人姿の使用人、ヴィルだった。


 「……なんなんだよ、お前……忍者かよ……」


 ぶつぶつ言いながらも、俺は言われた通り木刀に手を伸ばした。


 だが――


 「……な、なんだこれ!? 重っ……!!」


 両腕にずしりと圧し掛かる重み。


 ただの木刀のはずなのに、まるで何百キロの鉄塊でも持ち上げているようだ。


 「両手で……もっと中心を握りなさい」


 「なに偉そうに言ってんだよ……っ」


 文句を言いながらも言われた通りにすると――


 「……うおおおおっ……!」


 なんとか持ち上がった。


 だが、その瞬間に滝のような汗が噴き出す。


 ただ構えるだけで全身が悲鳴を上げ、膝ががくがくと揺れた。


 「……ぜぇ……ぜぇ……な、なんだよこれ……持つだけで死ぬ……」


 ヴィルはそんな俺に近づき、静かに告げた。


 「――では、それを振ってみなさい」


 「ムリムリ!! 絶対無理!!」


 俺が悲鳴を上げるや否や、ヴィルはふっと微笑んだ。


 そして次の瞬間――


 「失礼」


 片手で、俺の手から木刀をひょいと取り上げた。


 信じられないほど軽々と。


 ヴィルは木刀を片手に持ち、ゆっくりと構える。


 その動きには一切の無駄がなく、まるで大気すら静まり返るような気配を放っていた。


 そして――一振。


 「――ッ!」


 地面へ振り下ろされる直前、寸止め。


 だが、その刹那。


 轟、と空気が震えた。


 剣圧だけで石畳が抉れ、地面がぼこりと陥没する。


 砂塵が舞い上がり、訓練場全体を覆った。


 「はぁぁぁぁぁぁぁ!? な、なんだよそれ! 化け物かよ!!」


 思わず悲鳴が漏れる。


 ヴィルはちらりとこちらを見やり、静かに口を開く。


 「……これを持てただけでも、常人ではありません」


 その目が細められ、鋭く光る。


 「――さて。改めて問います」


 木刀の切っ先をわずかに下げ、低く、しかし圧のある声が響いた。


 「あなたは……誰です?」


「アルバード……レイズだ!! 氷属性と……死属性を扱う!!」


 やけくそ気味に名乗った瞬間、ヴィルの眼が細く鋭くなった。


 「アルバード……レイズ?」


 低い声が訓練場に落ちる。


 「――やはり、おまえはレイズではないな」


 木刀の切っ先が、ほんのわずかに俺へ傾いた。


 「問う。なぜ“死属性”を知っている?」


 空気が一気に張りつめる。


 死属性――それはアルバード家が外へ出さない“事実”。


 禁じられているわけではない。


 だが名乗った瞬間、人は劣等と断じる。


 家は侮られ、縁は切れ、騎士団も門戸を閉ざす。


 だからこそ、徹底して隠されてきた。


 「死属性は悪徳でも禁忌でもない。だが、この国では“劣印”だ。」


 ヴィルの声は静かだったが、砂塵よりも重く胸に沈んだ。


 「知る者は限られる。屋敷の者ですら、上の許しなくして口にはしない。……にもかかわらず、おまえは自ら名乗った。」


 木刀の影が、俺の足元に伸びる。


 「答えろ。誰に聞いた。――おまえは何者だ。」


 喉が焼けるほど乾く。


 言い訳を探すより早く、背中を冷たい汗が伝った。


 そのとき、指先がかすかに白む。


 氷の気配――いや、違う。


 影が滲むように、熱でも冷でもない“空白”が皮膚の下で蠢いた。


 ヴィルの眉がわずかに動く。


 「……やはり反応するか。」


 俺は無意識に一歩後ずさる。


 この世界では、ただ名乗るだけで“下”へ転げ落ちる烙印。


 それを俺は、覚悟もなく口にしてしまった。


 ヴィルは木刀を肩に載せ、静かに告げる。


 「ここで嘘を重ねれば、おまえは守れない。レイズも、家もだ。」


 心臓が強く跳ねる。


 ――どうする。


 “俺”を言うのか。

 それとも、“レイズ”を演じ切るのか。


 砂塵が、音もなく落ちる。


 やけに澄んだ空気の中、俺は叫んだ。


 「……俺は、死……死属性の使い方を知っている! だから殺気を向けるのはやめてくれ!」


 必死だった。


 (ムリムリ……ほんと怖い! この人、マジで強いよ! ゲームでもこんな強キャラいなかったのに……!)


 ヴィルの眼がさらに鋭くなる。


 「死属性の“有効性”を知っている、だと?」


 声は重く、冷たい。


 「……そんなことは、誰にも解明できていない。この世に“扱える者”など存在しないはずだ。なぜ嘘を重ねる?」


 「ほ、ほんとに! 本当に知ってるんだ!」


 必死に首を振る。


 「証明だってできる! ただ……今は使い方が分からない。だから……教えてくれ! 教えてもらえれば示すから! だから殺すのは待ってくれ!」


 長い沈黙。


 やがてヴィルは木刀をゆっくり下ろし、俺を見据えた。


 「……示せるのか?」


 「お、教えてもらえれば……! 必ず!」


 さらに、沈黙。


 やがてヴィルは吐息を漏らした。


 「……いいだろう」


 「ほ、ほんとに!?」


 「だが覚えておけ。これは“修練”ではない。生まれ持った属性を、どう生かすかを探るだけだ。……死属性が本当に使えるというのなら、ここで初めて証明される」


 その言葉は冷静で、容赦がなかった。


 彼にとってこれは現実だ。

 ゲームもチュートリアルも存在しない。


 あるのはただ、生まれ持った属性と、それを使う覚悟だけ。


 そして――


 ヴィルは静かに、俺を正した。


 「……それと、名を違えるな。」


 木刀の柄で地面を軽く叩く。


 「重大な間違えをしている。アルバード・レイズではない。――レイズ・アルバードだ。」


 重い沈黙が落ちる。


 その一言は、訂正ではない。


 “家に生きる者”としての在り方を、突きつける宣告だった。


俺は深く息を吸い、頭を整理してから口を開いた。


 「……落ち着いて聞いてくれ。俺は、この世界の人間じゃない。別の世界から来た」


 ヴィルの眉がわずかに動く。だが口は挟まず、ただ静かに俺を見つめている。


 「俺のいた世界では、この世界の“未来”――少なくとも数十年先が、ある形で解き明かされていた。そして、その未来の中で“死属性”は解明され、とても有用なものだと分かったんだ……」


 訓練場に乾いた沈黙が落ちる。


 嘘をついているつもりはない。


 だが、この話を信じろという方が無理だと分かっていた。


 「……だから俺は“使い方”を知らない。理屈は知っている。でも実践がない。だから、もし教えてくれれば……示せるはずだ。死属性の有用性を、証明してみせる!」


 必死の言葉。


 ヴィルの目が細められる。


 「……なるほど。よく回る口だな」


 疑念は消えていない。


 だが、完全な拒絶でもない。


 やがて彼は肩をわずかに落とし、小さく息を吐いた。


 「よかろう。魔法の使い方が分かれば――おまえは本当に扱える、ということだな?」


 「……ああ。必ず!」


 ヴィルは木刀を収め、静かに頷いた。


 「ならば教えてやる。基礎からだ。……もっとも、たとえ扱えたとしても――私の敵ではない」


 その言葉に背筋が凍る。


 警戒は解いていない。


 だがそれ以上に、実力差が歴然であることを、彼自身が理解している。


 「よく聞け。魔法とは属性を“外へ押し出す”術だ。呼吸と同じだ。力を吸い込み、体内で巡らせ、言葉や動作で形を与える」


 低い声が訓練場に響く。


 「炎は熱を。氷は冷を。風は動きを。……死は――存在そのものを“薄くする”」


 一拍。


 「そしてそれは、この国では“無用”と断じられてきた力だ」


 喉が鳴る。


 何だかんだ言いながらも、ヴィルは丁寧だった。


 「違う、そこではない! 力を集めるのは胸でも腹でもない! “巡らせる”感覚を掴め!」

 「肩に力を入れるな! 流れを止めるな!」


 失敗するたびに叱責が飛ぶ。


 だがそこに苛立ちはない。導きと、確かな意志だけがあった。


 数時間が経つ。


 汗で全身が濡れ、喉は焼け、何度も力は霧散した。


 それでも――


 ふと、体の奥で小さな灯のような感覚が生まれた。


 「……これか?」


 胸の奥から、じんわりと広がる何か。


 熱でも冷でもない。


 “薄さ”の感覚。


 ヴィルが一瞬だけ、表情を緩める。


 「……よくやった」


 その声に、思わず目が潤む。


 「ありがとう……名前も知らないおじいさん……!」


 次の瞬間。


 ヴィルの表情が、ぴたりと凍りついた。


 「……では、それで“できる”のだろうな?」


 鋭い眼差しが俺を射抜く。


 空気が一瞬で冷え込む。


 「あぁ……やってみる!」


 俺は大きく息を吸う。


 ふと思い出し、口にした。


 「その……おじいさん、名前は?」


 ヴィルはわずかに眉をひそめる。


 「……私の名はヴィル。この屋敷の執事長を務めている」


 「え、執事長!?」


 思わず地面に額をこすりつける勢いで頭を下げる。


 「ははぁぁーー!」


 カツン、と木刀が床を打つ。


 「いまはふざけている場合ではない。証明するにはどうすればいい?」


 「……じゃあ、俺に属性をまとった攻撃をしてくれ」


 「……本当にいいのだな?」


 ヴィルの目が細く光る。


 俺は全身に汗をかきながら、必死で頷いた。


 「は、はいっ!!」


 次の瞬間。


 木刀に紅蓮の炎がまとわりついた。


 空気が歪む。


 「――行くぞ」


 振り払うように、炎が放たれる。


 轟、と爆ぜる衝撃。


 「ちょ、どんな火力だよ!!」


 思わず叫びながらも、両手を突き出す。


 (消えろ……“無”になれ……!)


 ふわり。


 炎は――跡形もなく消えた。


 熱も、焦げ跡も、煙すらない。


 最初から存在しなかったかのように。


 「……なっ……!」


 ヴィルの目が見開かれる。


 確かに手加減はした。


 だが、ただでは済まない威力だった。


 それが、魔法を覚えたばかりの少年に、あまりにも容易く消された。


 「……本当に……」


 驚愕が震える。


 だが次の瞬間。


 ヴィルの眼差しに宿ったのは、敵意ではなかった。


 「……ふ、はは……!」


 静かな笑み。


 やがて、それは抑えきれぬ歓喜へと変わる。


 「やはり――“死”は無駄などではなかった!」


 その声は、長年押し殺してきた希望の解放だった。


 俺は思う。


 ――ヴィルって、何者なんだよ。


 試すにしても、桁が違うだろ。


 あの炎の火力……俺じゃなかったら、本当に死んでた。


 背筋が、ぞっと冷えた。

ヴィルは、しばらくのあいだ俺の顔をじっと見つめていた。


 その瞳の奥には、驚きと安堵、そして――柔らかな何かが混ざっているのが、はっきりと分かる。


 「よくやった、レイズ……いや」


 一拍置いて、ヴィルは言い直す。


 「――おまえ」


 そう言って、俺の肩に手を置いた。ぎゅっと力を込められた掌の重みは、厳しさよりも、年長者としての確かな信頼を感じさせるものだった。


 「驚くことはない。別の世界から来たという話は、確かに突拍子もない。だが――おまえがここにいて、この屋敷で生きている以上、我々はまず“現実”を受け止めねばならぬ」


 ヴィルの声は落ち着いている。


 「謝る必要はない。だが、一つだけ覚えておけ」


 その眼差しが鋭くなる。


 「この体は、ある家の縁者と深く関わる者のものだ。外面での立場、過去の因縁、人間関係――それらは消えない。おまえが誰であれ、外部は“レイズ”としておまえを見る。軽率な振る舞い一つで、屋敷全体が動くこともある。その責任は、おまえの肩にもあると自覚せよ」


 「……わかりました」


 俺は俯いたまま答えた。


 「本当に……すみません。あなたと関わりのある人の体を……乗っ取ってしまって……」


 声は震え、視界が滲む。


 申し訳なさと、安堵と、整理しきれない感情が胸の奥で絡み合っていた。


 ヴィルは、静かに首を振る。


 「謝る必要はない。だが、まずは事実の確認だ」


 彼は一歩踏み出し、落ち着いた口調で続けた。


 「おまえがどれほどの記憶を持っているのか。レイズとしての過去、関係者、知っていることを聞かせてくれ」


 その声音には、冷酷さはなかった。


 実務的で、そして人を切り捨てない者の優しさがあった。


 ――この屋敷で長く仕えてきた執事長。


 情だけでは務まらず、しかし情を捨てることもできない男。


 「ゆっくり話せ。可能な限り正直にだ。分からないことは、分からないと言え。隠し事は許さんが、無理に作り事をする必要もない」


 そう言ってから、ほんのわずかに表情を和らげる。


 俺は深く息を吸い、胸の中に散らばっていた断片を拾い集めるように語り始めた。


 ゲームの知識。

 “レイズ”という名の役割。

 この世界で耳にした断片的な情報。

 そして、自分がここに来た経緯――転生に近い感覚であること、レイズ本人の行方が分からないこと。


 話し終えるまで、ヴィルは一言も口を挟まなかった。


 ただ静かに頷きながら聞き、表情を変えていく。


 険しくなり、


 寂しげになり、


 そして最後には、何かを決意したように静まった。


 「……よかろう」


 ヴィルは、低く告げた。


 「まずは屋敷での立場を保て。無用な外出は厳禁だ。だが同時に、我々で調べる。屋敷の記録、家の関係者、近隣の動き――私も手を貸す」


 「そして――」


 一拍、間を置く。


 「おまえが“死”を扱えるという事実は、祝福にも、呪いにもなり得る。今はまず、それを制御し、どう扱うかを学べ。心と体を鍛え、屋敷に害が及ばぬようにする」


 ヴィルの視線が、真っ直ぐに俺を射抜く。


 「私が教えたのは基礎に過ぎん。さらに丁寧に、細かく教える。だが――安易に人前で示すな。分かるか?」


 「はい……分かります」


 胸を張ったつもりだったが、声はまだ震えていた。


 それを見て、ヴィルは短く息を漏らすように笑う。


 「よろしい。では、今は休め。夕刻にまた来い。必要なら、相談に乗る者も探そう」


 そして、最後に。


 「忠告しておく。誰もが善人ではない。おまえを利用しようとする者、恐れて封じようとする者は必ず現れる。信じる相手を見極めるのも、おまえの役目だ」


 張り詰めた空気の中で、その温もりは確かな支えだった。


 夕刻へ向かい、屋敷の影は長く伸びていく。


 だが、俺の胸には小さな決意が芽生えていた。


 ――ここで、何かを成せるかもしれない。


 たとえ他人の体であっても、今はこの命を預かる者として、責任を果たそう。


 そう、心に言い聞かせた、そのとき。


 ヴィルが、再び口を開いた。


 「……おまえが悪しき者でないことは、先の鍛練で理解している」


 その一言で、胸の奥がじんと熱くなる。


 ヴィルは目を閉じ、先ほどの光景を思い返しているようだった。


 失敗を重ねながらも投げ出さず、必死に魔力を扱おうとする俺の姿。

 それを叱咤しつつ、導いていた彼自身の姿。


 「……あれは、誰が見ても師と弟子だった」


 ヴィルは静かに笑う。


 「その、真っ直ぐに学ぼうとする姿勢。私は、そこが気に入った」


 堪えていた涙が、一気に溢れた。


 「ヴィルさまぁぁぁ!!」


 叫んだ俺に、ヴィルは木刀の柄で床をコツンと叩く。


 「……私は執事長だ。敬称は要らん」


 少し照れたように目を逸らし、短く告げた。


 「ヴィル、と呼べ」


 「……っ、ヴィル!」


 俺は涙を拭い、その名を力いっぱい呼んだ。

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