福豆弾大量生産計画
門の鉄柵越しに、ユウコ先生の声が静かに響く。彼女はコートの袖を軽くまくり、指を折りながら、ゆっくりと作戦を語り始めた。鬼はただ、門の向こう側で立ったまま、表情を変えない。赤黒い衣の裾が風にわずかに揺れるだけだ。
「まずは準備からね。みんなで『福豆弾』を大量生産するの」
ユウコ先生は両手を広げ、まるで紙を丸める仕草をしてみせた。指先が優しく円を描き、空気を包み込むように。
「本物の豆は危ないから、新聞紙やクラフト紙を丸めて、テープでぴったり止めた軽い紙ボールにするの。豆くらいの大きさで、山ほど作るよ。子供達と一緒に、放課後に工作みたいにね」
彼女は右手を軽く振って、色を分けるジェスチャーをした。
「それから色分けするの。赤チーム、青チーム、黄色チーム。各十人くらいずつ。子供達が自分の色を覚えやすいように。……そして、特別に『スペシャル心折り豆』も三十個。大きめのリボンをつけて、かわいくて目立つように。これが鬼さんの心を、ぽきっと折る決め手になるの」
鬼の瞳は動かない。ただ、鉄柵を握る指に、わずかに力がこもったように見えた。
ユウコ先生は一歩前に出て、園庭全体を指でなぞるように腕を広げた。
「園内の防衛ゾーンも決めておくよ。メイン戦場は園庭。中央の門が『鬼さん突入ゲート』。園舎側に『子供安全基地』――遊具の陰や教室の入り口ね。左右には『側面射撃ポジション』。フェンス沿いや滑り台の上から、皆が隠れて狙えるように」
彼女は両手を腰に当て、軽く体を左右に揺らして、挟み撃ちのイメージを伝える。
「部隊は三つに分けるの。一番前に立つのは『前衛・豆まき突撃隊』。年長さん中心の十二人。一番鬼さんに近いところで、『鬼は外ーっ!』って大合唱しながら紙ボールを連射するの。鬼さんが近づいてきたら、一斉にスペシャル心折り豆を投げる作戦よ」
鬼の視線は変わらず、彼女の顔に固定されたまま。息づかいさえ静かだ。
「次は『中衛・援護射撃隊』。年中さんメインの十人。少し離れた場所、十メートルから十五メートルくらいから正確に狙って投げるの。鬼さんの仲間が別方向から来たら、左右から挟み撃ちにするよ」
ユウコ先生は右手を胸に当て、左手を後ろに引いて、後衛のイメージを強調した。
「最後は『後衛・補給&応援隊』。年少さんとお友達の八人。安全基地で豆の補給係と『がんばれー!』の応援係。鬼さんが基地に近づいたら、ここから最後のスペシャル豆を投げる最終防衛ラインなの」
彼女は深呼吸をして、両手をゆっくりと合わせた。まるで円を描くように。
「当日の流れはこうよ。鬼さん三人が門から登場したら、全員で『鬼は外! 福は内!』の大合唱スタート。これで鬼さんの士気を下げるの」
鬼の肩が、ほんのわずかだけ下がったように見えた。だが、すぐに元の姿勢に戻る。
「鬼さんが突っ込んできたら、前衛の十二人が一斉に紙ボールを投げまくる。雨あられのように降らせるの。鬼さんが『うわっ、痛い!』って心折れそうになった瞬間、中衛の十人が『今だー!』って正確射撃」
彼女は両手を広げ、左右に振って挟み撃ちを再現した。
「鬼さんの仲間が横から来たら、側面ポジションから挟み撃ち。鬼さん本人が基地に近づいたら、後衛の八人が隠れながらスペシャル心折り豆を一斉に投げるの」
最後に、ユウコ先生は両手を胸の前で組み、目を細めて微笑んだ。
「最終奥義は『みんなでハートブレイク』。鬼さんがまだ元気そうだったら、全員で円陣を組んで、『鬼さん、心が折れるまでみんなで投げるよ~!』って。三十人全員で『鬼は外! 福は内!』『鬼さん、バイバーイ!』って叫びながら、最後のスペシャル豆を一斉に投げるの。鬼さんの心がぽきっと折れた瞬間、みんなで『やったー! 勝ったー!』って大勝利」
彼女は指を一本立て、優しく、しかしはっきりと付け加えた。
「特別ルールは安全第一よ。絶対に鬼さんに向かって走って突撃しない。逃げながら投げるだけ。豆は目や顔に当てないように、足元からお腹あたりを狙う。鬼さんが『もう降参~』って言ったら即終了。みんなでハイタッチ! 誰かが泣いちゃったら、すぐ先生がハグして『もう鬼さんいないよ~』って安心させるの」
ユウコ先生は一息ついて、門の向こうの鬼をまっすぐに見つめた。頰に冬の風が赤みを差す。
「鬼さん……どう? この作戦なら、三十人のみんなが怖がらずに、むしろ『鬼さんやっつけたー!』って大喜びだと思うな~。先生も一緒に『鬼は外!』って全力で投げちゃうから、覚悟してね~」
ユウコ先生は作戦を伝える。
恐らくこれは、持ち帰り業務だ。
幼稚園の先生も大変である。




