オムマ入学試験 第四話
いつもより暗い夜だった。月は見えない。森は深く、さらに闇を濃くしている。小動物の物音があちこちから聞こえ、人の気配と見間違えそうになる。空気には、じっとりとした不安が漂っていた。
ダイケはオットーを背負い、戦闘のあった場所から離れていく。
……俺は情けないな。
「名誉をもって戦うべきだって言ったのは俺だ。お前にもそうさせたのに……結局、失敗して、お前に助けられた」
疲れた声でオットーが言う。
「まあな。これからは俺のやり方でいこうぜ。ちょっとくらい品がなくてもさ」
ダイケは少し得意げに返した。
そのまま歩き続け、十分に距離を取ったところで足を止める。
「でもさ、そこまで気にする必要ないと思うぞ。お前の相手、俺よりずっと強かったしな」
ダイケはオットーを地面に降ろし、自分も腰を下ろした。
「……そうかもしれないな」
「とりあえず、早く治療しないとな」
ダイケはそう言いながら、オットーの足に包帯を巻いていく。
「なあ、俺はずっと、正面から戦うのが理想だと思ってた。変な小細工はなし、数で押すのもなし……そういうのは好きじゃないんだ」
オットーがぽつりと漏らす。
「んー……理想の世界なら、それでいいかもな。でも現実は違う。小細工でも、優位を取るのも、弱ってるやつを狙うのも……別にズルじゃない」
ダイケは淡々と続ける。
「もしお前が戦士になったとしてさ、名誉のために敵に勝ちを譲るのか? 悪いやつらを見逃すのか?」
オットーは体を起こした。包帯はもう巻き終わっている。
しばらく沈黙が流れる。
やがて、オットーは息を吐いた。
「……なんて言えばいいのか分からない。お前に反論できない。でも……簡単に名誉を捨てることもできない」
少し間を置いて続ける。
「この話は明日にしよう。いいか?」
ダイケは立ち上がり、しばらく無言で考え込む。
(気絶したやつとか、どうやって判定するんだ? 誰か見張ってるのか? 寝てもいいのか? あの野郎、説明が雑すぎる……)
(オットーは回復が必要だ。残りは二日……さすがに寝れるよな?)
「なあオットー、寝るのってアリだと思うか?」
「当たり前だろ」
ダイケは一瞬迷ったが、決めた。
「いいか、作戦だ。少しの間起きてろ。俺は薪を集めて、何か食えるものも狩ってくる」
「戻ったら飯にして、お前は寝ろ。俺が夜は見張る」
「でもそれだと、お前が明日きついだろ。タルモも回復しきらないはずだ。前半は俺が寝て、後半はお前が寝るってのはどうだ?」
ダイケは歩き出しながら答える。
「……足のこと考えたら、お前の方が休むべきだけどな。でも確かに、俺も寝ないとタルモは戻らない」
「じゃあ、その案でいこう」
「分かった、ここで待ってる」
しばらくして、ダイケは立ち止まった。
(これだけあれば、焚き火は十分だな)
「……は?」
(イノシシか……いい獲物だな)
ダイケは枝を地面に置き、木に登る。
(今日はタルモを無駄にできない。慎重にいく)
剣を静かに抜き、タイミングを見て飛び降りる。
そのまま、イノシシの頭を一突きで仕留めた。
「……命、もらうぞ」
小さく呟く。
――数時間前。
試験が始まってすぐ、アーサーとリンは水晶玉の提出場所の近くにいた。
その辺りは森もそこまで密集しておらず、遠くからかすかにテントの方の物音が聞こえる。おそらく補助員か兵士の会話だろう。
「ねえアーサー、もう少し奥に行った方がよくない? この辺、人がいなさすぎる気がする」
リンが尋ねる。
「心配いらない。すぐに残りの二つを手に入れて、合格するさ」
アーサーは余裕の笑みで答えた。
しばらく、気まずい沈黙が流れる。
やがてアーサーがふいに口を開いた。
「少しの間、一人でいられるか? すぐ戻るよ、我がメイド」
「うん、長くなければ大丈夫だと思う」
アーサーは一気に走り出した。
リンはその速さに目を見張る。
(あんなに速い人、見たことない……)
(単純な身体能力でも、タルモ強化でもない……それ以上の速さ)
(もうすぐだな)
アーサーはそう思いながら進む。
やがて、二組のペアが戦っている場に辿り着いた。全員剣士だが、アーサーは武器を持っていない。
四人とも戦いに集中し、タルモを使って強化しているため、彼の接近に気づかない。
次の瞬間、アーサーは一人に近づき、拳一発で気絶させた。
「水晶玉を渡せ。今すぐだ」
低く、威圧的な声。
倒れた男の仲間は一瞬も迷わず、水晶玉を差し出して逃げていった。試験はもう終わりだと理解したのだ。
「二人相手に勝てると思ってるのか? さっきのは不意打ちだろ。タルモで脅せると思うなよ」
残ったペアの一人が言う。
アーサーは何も答えない。
次の瞬間――
瞬きの間に、蹴りが放たれた。
男の体は宙に浮き、そのまま木の幹に叩きつけられる。小さなひび割れる音が響いた。
それでも意識はあったが、立ち上がれない。
「分かった、分かった! 気絶だけはやめてくれ! 渡す、渡すから!」
「はは……いいね。お前みたいなクズは、地面で命乞いしてる姿が一番似合う」
もう一人が水晶玉を差し出す。
アーサーはそれを受け取り、そのまま何も言わずに去った。
「やあリン、大丈夫か?」
息を弾ませながら戻ってくる。
「うん。何してたの?」
「残りの二つ、取ってきた」
アーサーは手を差し出した。
「こっちのは持ってるよね?」
「うん。ってことは……もう合格?」
「そういうこと。簡単だったな」
少し間を置いて、リンが口を開く。
「ねえ……ちょっと聞いていい?」
「もちろんだ、我がメイド。そんなにかしこまらなくていい」
「どうして、そんな短時間でタルモが半分も減ってるの?」
「簡単だ。戦って、使ったからだ」
「……そっか。じゃあ、テントに戻ろう。確実に合格にしておこう」
二人は何も言わず、静かに歩き出す。
――こうして、最初の合格者が決まった。
初日の夜を迎える前に。




