06
「し、心配だわ……お金もお財布も持っていないなんて」
「大丈夫だよ、ピンポイントでなにかが起きたりしないよ。それよりもさあ……」
彼女は腕を組んでから「なんで私達がお出かけするときに限ってピンポイントで雨が降るんだろうね、もう少し空気を読んでほしいよ」と不満を吐いていく。
「でも、ここまで濡れずに済んだわ、それにここも濡れないじゃない」
「だってここから出られないんだよ? これじゃあせっかくのお出かけが……」
「そう? 私はあなたとこうして会話できるだけでも嬉しいけれどね」
「それだけじゃいつかは限界がくるから駄目だよ、もっとも、さっきも言った通り動けないんだけど」
会話だけでは限界がくるとは言うけど私はそうは思っていない。
何故なら出会ってからそればかりをしてきたからだ、他のことで時間をつぶそうとしたことは……あ、あってもなにもそればかりではなかったということだ。
それに私は彼女が優先してくれていることが嬉しい、これはこの前からずっとそうだ。
「お友達みたいに伊藤先生も誘えたらよかったわ」
「だから……」
「だって見てみたいもの、伊藤先生だけが知っている静子さんだっているのでしょう? それはずるいじゃない、一緒に暮らしているぐらいなのにどうして私は見られないの?」
これは別に先生の真似をしろと言われているわけではないから重ねていく。
今回はなかったことにして片付けることはできない、ほんの少しなにかを変えるだけで見せてくれるようになるのなら努力をする。
だから無理なら遠回しな言い方ではなく直接言ってもらいたかった。
「前にも言ったけどただお喋りをしているだけだからね? しかもこれもそうだけど、最近は伊藤先生からも私からも瑠伊ちゃんのことばかりなんだから」
「褒められているといいわね、私の悪い部分の話が出ているのなら直接言ってもらいたいわ、そうでもないと気が付けないまま終わってしまうもの」
「悪く考えないの」
そう言われても困ってしまう。
彼女もそうなのかはわからないけど相手によっては演じうこともできてしまうからだ。
もちろん、こちらの場合は鈴木さんに対して口にしたことも嘘ではない、適当にしているわけではない。
だけど彼女は? もし気に入られようとしている彼女がいるのなら先生といるときのそれと私といるときのそれではわかりやすく差があるはずなのだ。
流石に彼女ならこう動いてくれるなんて期待はできない、押し付けてはしまっているから説得力はないけれど……。
「私が悔しいのはね、リセットしていい方向に傾いたきっかけが藍佳ちゃんってことなんだよ。四月から一緒にいたのに出会ったばかりの子がそれか! ってね。正直、とてもじゃないけど余裕を持ってはいられなかったよ」
「その割にはわかり合えないと言ってきたのは鈴木さんと関わり始める前だったじゃない」
あのときだって無理やり片付けようとしただけでなんにも気にならないというわけではなかった。
元々夏と冬以外は少し寒く感じる程度だったのに響いた、あのままだったらなにも動けなかった。
「だ、だからそのときもそうだったんだよ! そもそもキーパーのことで勝手に暗くなっていたところにあれだったから……」
「そう、ならそう信じておくわ」
「だ、大体ね、藍佳ちゃんも急なんだよっ、それまで全く関係ないとばかりに存在していたのにさあ!」
「あははっ、あなたも変わらないじゃないっ」
「わ、笑っちゃ駄目なんだからっ、というかね、笑っている場合じゃないんだよ!」
嘘の笑みではないものの、確かに笑っている場合ではないか。
なんでもはっきり言っていかないとなにかを言う前に終わってしまう。
前までならそれでよかったのに、彼女が、というか関わってくれている人達が楽しそうなら、幸せそうならいいと思っていたのに私は変わってしまった。
「でも、あなたは鈴木さんに自由にやられてドキドキしていたじゃない」
「うっ、あ、あれは……お昼にやるにしては過激だったから……」
「私だってあなたにやられてドキドキしたけれどね」
あまりに唐突で、アホで、先輩がいたら笑われていたかもしれない件だ。
「え? 瑠伊ちゃん……?」
「ただ、そこにも差があって一人になったときに思い出して駄目になったのよ」
だって彼女は慌てたりしなかった、ただこちらを見ていただけだった。
わかりやすく影響を受けていた、私が真似をしたところであんな反応にはならない。
「だから悔しいの、それなのに全く考えずに誘ってきて少しむかついた私もいたのよね」
「ひぇっ、お、怒らないで!」
「怒らないわよ、結局、こうして二人で緩く会話をできた時点でどこかに消えてしまったもの」
怒るとすれば自分にでしかない、情けないところや恥ずかしいところばかりを直視することになったからって他人に八つ当たりをするなよとそういう風にね。
「あとは連れ出してもらえてよかったと感じている私もいるの。だからありがとう、静子さんはやっぱり優しいわね」
届かなくてもいいから言っておきたかった。
それから少しの間は黙っていることにした、雨音だけがずっと響いていた。
「全然やまないね」
「そうね、今日はこのままかもしれないわ、天気予報ではそもそも曇りのち雨だって言っていたからね」
「え、じゃあ……」
「そうよ、まあ、百パーセント降るというわけでもないしね、結果はこれだけれど」
それでも出てきたということを少し考えてほしい。
彼女だけ放置して盛り上がっているわけではないと、わかってくれれば出てきた甲斐があるというものだ。
濡れて風邪を引くことになってもそれもまた一つの思い出となるのではないだろうか? 三日ぐらいは犠牲にしなければならないことには変わらなくてもだ。
「つまり、それだけここに来たかったってことか」
「そ、そうね」
冗談でもそうでなくても質が悪い。
他の誰かと仲良くしているところを見て気にしているぐらいが丁度いいのかもしれない。
彼女の側にいられる権利を戦って勝ち取ろうとしてもこの様子では……。
「はは、冗談だよ、雨に濡れる覚悟で付き合ってくれたってことだよね、嬉しいなあ」
「寄りかかってくるのはありなの?」
「え、いいでしょ」
まあ、裏で他の人に同じようなことをしていても知らないままならいいか。
私といるときは自身が年上とか気にせずに甘えてきてくれていることをいい方に捉えておけばいい。
ただ、少し邪魔をする感情がある、取られるにしても先輩に取られてほしいというそれがね。
同級生の鈴木さんに取られてしまうよりは……と考えるようになってしまったのだ。
「実は――あ、あれ?」
「すごい降ってきたわね、そろそろ帰っておかないと不味いかもしれないわ」
「よ、よし、それなら走ろう!」
遠出をしてきているわけではなかったけどわかりやすく影響を受けた。
お家に着いたときにはどちらもびしょ濡れでどうしようもなかった、留まっていることもできなかったからわーと洗面所にいくしかなかった。
「一緒に入ろ」
「さ、流石にそれはどうなの?」
「いいからいこ、瑠伊ちゃんに風邪を引いてほしくない」
はぁ、逃れるのは無理だと諦めて服を脱いで浴室へ。
「あ、あんまり見ないでよ?」
「ちょっ、瑠伊ちゃんがじっと見てきているよ!」
「誘っておきながらドキドキしているの? よくわからない子ね」
夜に入る場合と違って溜まっているわけではないから中々に大変だった。
それでもなにもない状態よりはマシだからすぐに温かくなった、洗ってあげたことが影響したのか静子さんは顔を赤くしていたけれど。
「はあ~温泉じゃなくてもすっごく気持ちがいいよ~」
「そうね、濡れた後だと尚更そう感じるわ」
「二人で入ってもこの余裕、素晴らしい」
「そこそこ大きいのかしらね」
他の人のお家でお風呂に入るということをしないからわからない、また、温泉にいくことも全くないからわからない。
でも、二人で入っても窮屈ではないのは確かなことだ、精神的には問題があるとしてもだ。
一緒に暮らしていても家族ではないから一緒に入ったりはしていなかったのに、少し変わったところでこれはだいぶきつい。
「もう出るわ」
「私はもうちょっと浸かってから出るね」
「ええ」
なんにも気にならない彼女が羨ましい、わかりやすい弱点が増えてしまった形となる。
何回もあることではないからいいと言えばいいのかもしれないものの、これなら私は見ておきますモードがよかった。
だって自分のせいでこれまではなんにも感じてこなかった行為にもいちいち驚くことになる、それを想像するだけで疲れてくるというものだ。
「はぁ……」
あと、風邪を引く感じがするのもあれだった、結局は問題ないと片付けたつもりになっているだけだ、だからもうその日の夜には弱ってひっくり返っていた。
「申し訳ないのは出てもらうしかないことよね……」
一緒のお部屋で寝ていればどうしたって移してしまうからどうしようもないこと……だとはわかっていても気になる。
しかも弱っている状態だと一人でいることが寂しく感じるから更に問題で寝られなかった、当然、寝られなければ治ったりはしない、そもそも半日程度で治るほどでもない。
「瑠伊ちゃん水を飲んで」
「ありがとう」
「これ、いつものことなんだってね」
「ええ、雨と同じように絶対ではないけど風邪を引いたらこうなるのよ」
一気に熱が出るかわりに緩めのそれが続くだけ。
「やっぱり一緒に寝る」
体調が悪いことには変わらないからご飯なんかは任せるしかないけどそれは許せない。
揺らいで受け入れてしまわないように背を向ける、が、なにも言わなかったことが悪い方に働いたのか彼女はそのまま……。
「こうしていれば安心して寝られるでしょ?」
「後悔したくないならやめなさい」
「後悔なんかしないよ」
先にできないから後悔なのだ。
私のと同じで所詮は口先だけでしかない、のに……。
結局はごちゃごちゃ考えると長引きそうだからと片付けて寝ようとしている自分がそこにいた。




