05
「まだ梅雨が終わっていなかったのかもしれないわね」
「少し濡れたな」
「少しじっとして、タオルを持ってきているから拭いてあげるわ」
効果があったのかはわからないけど私が濡れないように頑張ってくれていた、だったらこういうことで返しておかなければならない。
「なあ、これって元々私のために持ってきていたのか?」
「そうよ? 汗を多くかいていたら拭いてあげようと思っていたの、水筒を二つ持ってきている理由もあなたのためよ」
「マジかよ……やっぱり新しい佐藤には慣れねえ……」
「慣れてちょうだい、すぐに新しい私と接することの方が多くなるのだから」
彼女の中に存在している恥ずかしくて情けない私をいますぐにでも上書きして消したい。
彼女はまだ私に恥ずかしいところを見せていないから気持ちがわからないのだ、きっと似たようなことがあれば静子さんでもすることだ。
「でも、やみそうにないから解散かどちらかのお家に移動した方がいいわね」
「それなら私の家に来いよっ、ここから近いんだ!」
「そうさせてもらうわ」
通り雨というわけでもなかったから仕方がなかった。
走っている最中、普段ならどんどん差ができていくはずなのにずっと距離が変わらなかった。
私は合わせてもらってばかりだ、なにかできることはないだろうか。
「ただいま。タオルを持ってくるから待っていろ」
「それなら先に拭いてあげる」
「えー……恥ずかしいんだけど」
「気にしないで、少しであっても廊下が濡れてしまうよりもいいでしょう?」
顔をじっと見ながら拭いていたらぷいと違う方を見られてしまって無理になった。
少し踏み込みすぎた、二人きりでお出かけができて浮かれすぎていたのだと思う。
「はい、軽くだけど拭けたわ」
「……びしょ濡れだったわけじゃないからな、色々なところを真剣に拭かれても困るよ――た、タオルを持ってくるから!」
「これでいい――」
「駄目だっ、ちょっと待っていろ!」
怖い顔でいることが多い。
知ることができるのは嬉しいけどなにも感じないというわけでもない。
自分のせいだとしてもすぐに憶病な自分が出てきてしまうからよくなかった。
「はい」
「ありがとう」
「拭いたらっ、あ……拭いたら私の部屋にいこう、漫画とかあるぞ」
「あなたに従うわよ」
それでも帰ることを選ぼうと自分はいない、なら、付いていくしかない。
二階に上がって一番手前にあるお部屋、入らせてもらうと一番最初に出てきた感想は広いというものだった、普段は静子さんと寝ているのもあるのかもしれない。
「飲み物を持ってくる」
「付いていってもいい?」
「え? 別に、わかったよ、一人だと不安なんだよな」
「ええ、それにどうせこうして一緒にいられているのならあなたのことをよく見ておきたいの」
「私は私だよ、学校でも家でも変わったりはしない」
話し方に合わせているのか男の子寄りの服装と内装だった。
少しもったいない気がする、でも、少し格好よくもあるから難しい。
「私の服を着てみない?」
「はあ!?」
「大きな声ね、ほら、ここなら脱いだって問題はないでしょう?」
「そ、その間、佐藤は……?」
「廊下にいればいいでしょう。じゃ、脱ぐわね」
静子さんにおすすめされた服をそのまま着ているだけだからセンスなんかに関しても問題はないはずだった。
少し冷えるけど彼女が着替えるまでは我慢だ、ブランケットも結局常備してあるから風邪を引いたりはしない。
「ど、どうだ?」
「んー髪が長かったらもっとよかったわね」
長いスカートも悪くないことがわかっただけでも収穫ではないだろうか。
「それならこれが似合うことはないってことだな――じゃないっ、早く着ろよ!」
「それならあなたが着ていた服を着るわ」
「な、なんだこいつ……」
彼女に関しては許可を貰ってから写真を撮って静子さんに送っておいた、すぐに返ってきた内容が『ずるい!!!!!』というものだったので笑ってしまったぐらい。
でも、今日の私は真似をできないと思っていた静子さんの真似をできたはずだからいい傾向だと言えた。
「それにしても本当に沢山の本があるのね」
「小説はないんだ、悪いな」
「謝る必要はないわよ、それに漫画は好きよ? 視覚的にわかるから」
残念ながら目を閉じて想像をしようとしても大雑把にしかできないから。
多分、他の人にはある鮮明に想像できる能力があったら読書ももっと楽しめたはずだった。
その点、漫画なら他の誰かがわかりやすく絵にしてくれているから困らないのだ。
「だけど今日はいらないわ、私は本のことではなくてあなたのことを知りたいの」
「それなら少し過ごしただけで十分だろ」
「なにかご飯を作ろうかしら、好きな料理はなに?」
「カレー」
「ふふ、それなら拘る人以外は誰が作ってもほとんど同じね。流石に私は市販のルーを使わないと無理だから期待はしないでちょうだい」
彼女のお母さんかお父さんかは知らないけどそれでも作ってくれる人というのは重要だ。
だから最初から負ける戦いではあるものの、お腹も空いたから作らせてもらうことにした。
「寝てしまったわね、察して帰るべきだったかしら?」
「でも、呼んでもらえて嬉しかったよ、瑠伊ちゃんはすぐに勘違いする点があれだけど」
「あなたの伊藤先生に対するそれは本当のことじゃない」
「だーかーらーっ」
「しー」
私の中でそうであってほしいという願望だ、明るい生徒としっかり者の先生の恋なんていいだろう。
正直に言えば楽しく過ごせる相手なら誰でもいい、それで幸せになってくれれば十分だ。
「それより縫ちゃんが瑠伊ちゃんのことを気にしているみたいなんだ、藍佳ちゃんにもそうだけどなにをしたの?」
「リセットした私を見せているだけよ」
「はあ~いいことなのに喜べない私がいる……」
開き直っているだけでリセット後も何回も失敗をしているから彼女の言う通り喜べることばかりではない。
それでも積極的にマイナス思考をしていたあのときよりも遥かにいいからこのまま続けるつもりだ、いまならわかり合えないとも言われないのではないだろうか。
「あなたはなにを気にしているの?」
「藍佳ちゃんも縫ちゃんもずるい、私も瑠伊ちゃんと仲良くなりたい」
「ちゃんと相手をさせてもらうわよ、私もあれから変わったの」
「私も水滴とか汗でいいから拭いてもらいたいなあ、これまで一度もそんなことなかったしね」
「それなら今度ね」
それならタオルを多く持っていっておかなければならない。
いつでもブランケットが必要なのも影響して鞄の中はそれらでいっぱいだ。
「うん、お願いね。あとこれさあっ」
「そうね、いまは交換している状態なの」
「それでも慌てたりはしないけどね、だって私はもう何回もしたことがあるんだしー」
「ふふ、そうなのね」
実際にやっていなくても彼女におすすめされた服を着ている時点でそういうことになる。
周りが変なことを言わなければ変な自分が出てくることもないからこのままでいてもらいたかった、そうすれば疲れなくて済むのだから頑張るべきだと思う。
「瑠伊ちゃんが藍佳ちゃんの服を着ていても瑠伊ちゃんは瑠伊ちゃんだからね」
「それはそうよ、だから――これはありなの?」
こちらを優しく床に押し倒して見つめてくる彼女、その顔は真剣で茶化すことができない雰囲気だ。
「伊藤先生とは確かに仲良くしたいよ、でも、勘違いをされないためにはっきりしておく必要があるの」
「それでも押し倒すのは過激なような……」
「じっと見つめるだけ、もっとも、もっと仲良くなったらどうなるのかなんて――ぎゃっ、なんで服を引っ張るの藍佳ちゃん!」
「人の家でなにをしてくれているんですか」
現在は家主兼お部屋主の鈴木さんが起きてしまえばここで終わりだ。
はぁ、よかった、あのままだったらやれることが限られていたから助かった、流石の私でも真剣な彼女の顔をずっと見ておくのは現実的ではなかった。
真剣なふりをしているだけで冗談かもしれないのに心臓が影響を受けて慌てている。
「欲情するにしてもせめて自分の家でしてくださいよ」
「だっていい雰囲気だったから」
「もう高橋先輩に敬語を使う必要はないな。ほら佐藤、こっちに来い」
「ええ」
それでももし本気だったら? 二人きりになった途端に毎回やられると大変だ。
ただ、だからといってせっかくいい方に変わってきたのに距離を作るなんてしたくない、二人きりを避けるために他の人を利用したくはない。
なにより、続ければ悲しい顔になってしまうだろうからそれを一番避けたいのだ。
表情で揺さぶろうとしているわけではないはずだけど私には効くのだ。
「今日の佐藤は私のだから取るなよ」
「私は年上で余裕があるから譲ってあげるよ」
「できていなかったけどな」
ふぅ、なにもないのになにを一人で期待をしているのか。
人とちゃんと過ごしてこなかったからだ、だから影響を受けやすい。
同性同士のふざけ合いみたいなものなのに本気にしている馬鹿だった。
「う、うるさいよ」
「ふーん、そんなに可愛くないことを言う人には罰を与えないとな」
「そんなことを言って結局はなにも――え、ちょちょ、藍佳ちゃん……?」
「確かさっきはこうやって押し倒していたよな、なんだ、やられる側だと静子はそんな顔をするのか?」
ふざけ合いだった私のときとは違ってこちらは本格的だった。
鈴木さんが指摘しているように彼女の顔は一切余裕がなかった。
「静子」
「ち、近いよ……」
「終わりだ、はは、そんな顔をほいほい見せたりするなよ」
「だ、誰のせいだと……」
どうせ三人で集まっているのならここに津崎先輩もいてもらいたかったと内で呟く。
学校にいるときとは違った姿を見られたかもしれないからと今度は別の期待をしている自分がいる。
あとはやはり鈴木さんが彼女に興味を持っていることが知られてよかった。
あれは冗談なんかではない、私がいたから終わりという風にしただけだ。
「――ということがありました」
「僕もいきたかった、なんで呼んでくれなかったの」
「ごめんなさい、そもそも静子さんを呼んだのだって途中からだったので」
参加したところで遠回しにやる鈴木さんを見ることができただけだ。
静子さんがふらふらしているからこうなる、あの人がじっとしていてくれれば少なくとも私を経由する必要はなくなる。
「まあいいや。それより佐藤はどこかつまらないといった顔をしているけどどうしたの?」
「上手くいかないからですよ」
「もしかして面白くないとか?」
「別にそんなことは、一緒にいる人達が楽しそうにしていてくれればそれでいいです」
実際に影響を受けてしまったわけだから必死に言い聞かせているようにしか見えないのだろうか、あの場にいなかった先輩に指摘されてしまうぐらいにはわかりやすく出ていると……。
「あ、静と鈴木だ」
「本当ですね」
「なんか前よりも仲良くなっている気がする」
衝突しない限りはあのまま仲が深まっていくだけだ。
昨日のあれ的に同性が無理というわけではないだろうから気が付いたらくっついていた、となる可能性もありえる。
でも、その大事な情報を教えてもらえるだけでいい。
欲張りな私はなにかが変わりそうなこの一カ月ぐらいは封印だ。
「よしよし、僕が相手をしてあげる」
「ありがとうございます」
「少し歩こう」
ここでも手を握られていたけど嫌な感じはしなかった。
小さくて熱いとも感じる手に意識を向けていると「大丈夫だよ」と言われて持っていかれた、続きは言ってくれなかったけれど。
距離ができて気が付いていなければ、追っていなければ絶対に遭遇できないところで先輩は足を止める。
「僕的には静の相手は佐藤がいいと思っているよ」
「どうしてですか?」
「だって一緒の家に住んでいるから」
「はは、一緒のお家に住んでいても誰を好きになるのかはランダムではないですか、それに一緒に住んでいるのならほとんどは期待はできないわけですからね」
「でも、姉妹でもない、義理の姉妹でもないよ」
鈴木さんも悪くないけどそれならやはり先生とお付き合いをしてもらいたい……って、封印なんて全くできていないことに呆れた。
「津崎先輩では駄目なんですか?」
「静は求めないよ、そもそも僕らは五月から関わり始めたばかりだから」
「えっ」
それなら四月から関わり始めた私とほぼ変わらなかった……ことはないか。
人間性の違い、コミュニケーション能力の高い低いの違い、どうしても差があるから一緒とはならない、でも、追いつけないほどではない。
「はは、佐藤のその反応だけで満足できたよ」
「い、いや、笑っている場合ではありませんよ」
「実は付いてきているから聞いてみたらいいよ」
後ろを見てみると静子さんだけが立っている。
動けば鈴木さんも出てくると思ったけど全くそんなことはなかったからとりあえず近づいた。
「藍佳ちゃんは付いてきてくれなかったんだ、だからそこがちょっと残念かな」
「まあ、いいことがあるわけでもないから仕方がないわよ」
「でも、瑠伊ちゃんや縫ちゃんといられるよ?」
それでもだ、教室にいても来てくれる可能性が高くて会話はできるのだからわざわざ移動してまでやることではない。
いますぐにでも言いたいことがあったとしても目的の人物以外にも人がいる状態ならそれならまた後でとなる。
「静、今度からは僕も誘って」
「いいよー」
「話はそれだけ、戻ろう」
「うん。瑠伊ちゃんいこ?」
「ええ」
先輩には言えること、私には言えること。
いまはその差が気になる、彼女はどれぐらい私に心を開いてくれているのか。
全てとまではいかなくても鈴木さんとなにを話していたのかぐらいは教えてくれるだろうか? というか、なんでこんなに私は……。
少し前までは自分から線を引いて遠ざけていたぐらいなのにおかしかった。




