03
「私は負けないっ、とりゃ、ぎゃ」
勢いだけで攻め込んでそのままの勢いでひっくり返ってしまった鈴木さんがいた。
終わったので近づいてみると「いたた……」と呟きながら足を見ている彼女、それでもとりあえずは集合しなければならないから腕を掴んで歩き出した。
解散はすぐだったのでそのまま抱き上げて彼女を保健室まで運ぶ。
「どうやら誰もいないみたいね」
「あ、う、え」
「教室まで運ぶわね」
なにも解決していないけど椅子に座らせてどこが痛いのかを聞くと「佐藤!」と彼女は立ち上がった。
「すっ転んだだけでただちょっと背中が痛かっただけだよ……」
「え、そうだったの?」
これは恥ずかしい勘違いというやつだろうか、謝罪をして離れた。
ただ、私的にはいい運動になったからあまり気になっていはいない。
「なんか慣れていたよな、高橋先輩に対してしたことがあるのか?」
「お部屋まで運んだことは何回もあるわ、あの人、すぐに寝てしまうから」
「なんか高橋先輩ってずるいな」
「そうね」
休み時間を少し使って上階へといくだけでなにがずるいのかなんてすぐにわかる。
誰かといるのが当たり前、それでいて先生と密かに仲を深められている、なんてね。
一番ずるいのは毎日それだけいいことがあるのにこちらに甘えてくることだ、余裕があるのだから甘えさせてほしいところだ。
「伊藤先生、少しいいですか?」
「いいよ、廊下にいこうか」
だからせめて話を聞かせてもらうことぐらいは許してもらいたい。
「静子ちゃんがずるい?」
「はい、だって伊藤先生とこっそり仲良くしているなんてずるいですよ」
「はははっ、仲良くしているといってもただ話しているだけだよ?」
「だからそこが……先生と必要なこと以外で話せるなんて私からしたらすごいことですし……」
こちらのことをよく知っている人が見れば同級生とすら仲良くできないのになにを言っているとツッコミたくなる件かもしれない。
でも、誰か一人でもいいからそういう存在がいてほしいのだ、お友達ではない、対等でもない、それでもね。
「でも、私だよ? 長くやっていて生徒をわかりやすく支えられるというわけでもないよ?」
「間違っていたらあれなんですけど、伊藤先生も学生時代に似たような方がいたのではないですか?」
「うん、気にかけてくれていた先生はいたよ、その人達は格好よかったけど私は違うからね」
「なるほど、そうですよね、伊藤先生だって誰もいいわけではない、静子さんだからこそこうなったわけですからね」
本当にこのすぐに冷静ではいられなくなるところをなんとかしなければならない。
難しいのは一人ではどうにもならないということだった、無理だからこそ短期間で似たようなことを繰り返してしまっている。
悪い点は誰かに協力をしてもらおうとしないこと、答えがわかっているのに敢えて続けるなんて天邪鬼としか言えない。
「あ、あの、佐藤さん?」
「ありがとうございました、それとすみませんでした」
一旦リセットのつもりがやりすぎた、これでは一番迷惑をかけているのは私だ――と、落ち着きかけたそれも「伊藤せんせーい!」という聞き慣れた声のせいで駄目になったけれど。
「瑠伊ちゃんを借りていってもいいですか!」
「どうぞ、静子ちゃんに話したいことがあるみたいだからね」
「ありがとうございます!」
彼女はそのまま私の腕を掴んで歩き出す。
「もう瑠伊ちゃん!」
「羨ましかったのよ」
「羨ましい? って、そうじゃなくて置いていかないでよ」
先生といたから嫉妬的なことをしていたわけではないらしい。
ちなみに朝に一緒に登校しない件については意地を張っているというわけではない。
早めに登校したい私とゆっくり登校したい彼女では合わないというだけのことだ、意地悪がしたいわけでもない。
あのときみたいに仲良くできない、仲良くしたくないと考えているわけでもない。
「あなたは本当に求めているの?」
「求めているよ、というか学校に着いたら毎日言っているよね?」
「わかったわ、合わせるわ」
彼女に合わせたら毎回遅刻しそうになるわけでもない、ただSHRまでの時間が残り十分とかになるだけだ。
「え、瑠伊ちゃん……?」
「どうせなら仲良くできた方がいいもの、一緒に登下校できる相手なんてこれまではいなかったからあなたみたいな人がいてくれれば……」
鈴木さんに求めていくよりも遥かに楽だったのに今更になって気が付くというアホな頭が残念だった。
いい点はこうして自力で気が付けるときもあるということだ、アホだ馬鹿だと片付けてもこういうときは内側もすっきりしている。
「そ、それよりさ、学校なのにいいの?」
「あなたが求めるなら敬語に戻すわ」
「いいよっ、瑠伊ちゃんはそのまま続けて!」
「ええ、あなたがそう言うなら」
今日は気持ちよく授業を受けられそうだった。
「やっと暖かくなってきたわね」
「はあ……? 七月だぞ、あっちーだろ……」
「そう? その割には汗をかいていないじゃない」
これは静子さんも同じだった、暑い暑いと言っている割には全く汗をかいていない。
「タオルで何回も拭いているだけだ」
「匂いも、うん、いい匂いだわ」
「……汗拭きシートでなんとかしているだけだ、つか嗅ぐなよ……」
何故か距離を作られてしまったから追ったりはしなかった。
とにかく私からしたらやっと暖かくなってきてブランケットもいらなくなったからありがたいぐらいだ。
地味に鞄の中を占領するから困っていた、持っていかなければすぐに風邪を引くから耐えるしかなかった。
ただもちろんいい点もあって本を保護できたのは本好きの私からしたら最高だったけれど。
「あのさ、そろそろどこかに出かけないか? なんかご飯を食べて帰るだけでもいいからさ」
「いいわよ? 静子さんも呼ぶ?」
「ああ、どうせなら仲良くできた方がいいな」
「わかったわ、私から言っておく――」
「もうメッセージを送っておいた、ほら」
わかった、これは私がいた方が静子さんが来てくれる可能性が高まるからか。
教師と生徒ということで難しい関係ではあっても頑張ってもらいたいと考えている私からしたらうーんと言いたくなる件だけど止められたりはしない、あの人が受け入れているのならなにも言えない。
「土曜日にお出かけしましょう、あなたのお家にいくから今日教えてちょうだい」
「お、おう」
わかりやすく自分ではない誰かを求めている場合はどれぐらい会話に参加すればいいのかがわからない。
そこらへんの経験値が圧倒的に足りない、この場合は静子さんに相談もできないから詰んでしまっている。
当日、空回った私が空気を悪くするところが容易に想像できてしまうのがなんとも……寧ろ最初からなかったことにしてしまった方がいいのだろうか?
だって静子さんなら頼めば二人きりでだってお出かけしてくれるだろう、出会ったばかりの私にもそうしてくれたぐらいなのだから明るい彼女が頼めば尚更……。
「おっと、ちゃんと前を見て歩かないと危ないよ?」
「すみません、失礼します」
「ちょっと待った、付き合ってくれないかな?」
先生は前回の件だけではなく四月のときからなにかと気にかけてくれている。
でも、それは多分というか絶対に静子さんの口から私のことを聞いていたからだ、そうでもなければこれはおかしい。
「どうしたの? 言えることなら言ってほしいな」
「今度、鈴木さんと静子さんとお出かけすることになったんです」
「おお、いいねっ」
そう、細かいことに意識を向けなければいいことだ。
誰かとお出かけできるなんてこんな貴重な機会、自ら無駄になんかしたくない。
お休みに一緒にいられているということはもう十分お友達だと言えるだろうから上手く利用してもっと仲を深めたいのだ、だけどそれはあくまで私にとっての話でしかないのだ。
「でも、鈴木さんは静子さんに来てもらいたいために私を誘いました。その場合、参加することをやめるべきなのでしょうか?」
「おーいおい……せっかく盛り上がったのに佐藤さんはすぐにそういうことを言うんだから」
やっぱり少しは知られているみたいだ。
本当ならこれだってよくないことだ、それでも頼れるのはもう先生しかいない。
「ここからが本題です、そのまま参加した場合にどれだけ会話に参加をするべきなのかを悩んでいるんです」
「え、そんなの全部に参加するぐらいでいいんだよ」
「全部ですか? そうなんですね、ありがとうございました」
駄目だ、先生も静子さんや母寄りの考え方をする人だった。
変化にはすぐに気が付けるから悪くなりそうになる前に動けばいいだろう、そもそも初心者が想像だけでなんとかしようとしても無駄だと思うから。
「早く土曜日がきてほしいわ」
「休めるから?」
「それもあるわね」
って、誰……。
すぐに年上、二年生だと気が付けたからすみませんと謝っておいた。
「土曜日、僕も付いていく」
「二人に聞いておきます」
「お願い」
戻ろう、まだ数時間は残っている。
正直いまは自分どうこうよりもあの人のことが気になってどうでもよくなっていた。
第三者の方に回れれば私は上手くやれる、そのつもりでいようと思う。
「え? 知らない人が参加したいって言ってきた?」
「ええ、同性よ、それなら大丈夫でしょう?」
「まあ、そうだな」
「ありがとう、改めてよろしくね」
新しく目標を作ってそれを達成できるように頑張ればいい。
絶対に失敗にはさせないと内で呟いた。
「ちょ、ちょっと痛いよ縫ちゃん」
迎えにいかなければならないという話だったから別行動をした結果がこれだった。
なんだ、彼女のお友達ならなにも怖くない。
「佐藤はともかく鈴木は怖いから守って」
「えーその藍佳ちゃんに誘われたから今日はこうして集まっているんだよ?」
「とにかく静は僕を守って」
メインの鈴木さんが色々とお店を見て回りたいと言ったのでその通りに動くことになった。
お休みということで人が結構多い、油断しているとはぐれてしまいそうだからその点でも気を付けなければならない。
でも、一番口を出したくなったのは静子さんがお友達とばかり盛り上がってしまっていることだ、これだと出てきてもらった鈴木さんからしたらつまらないだろう。
「任せてちょうだい、静子さんを連れてきてあげるわ」
「いいよ、多分あの感じだとあんまり出かけられていなかったみたいだからな、邪魔をするべきじゃない」
「駄目よっ、少なくとも今日は駄目よ!」
「お、落ち着け落ち着け、どうしたよ?」
本人に言ったところでいまみたいな答えになるに決まっているのだ。
何故なら優しいから、相手のことを考える子だから、だから動かなければならないのだ。
「えっと津崎先輩、私に付き合ってくれませんか?」
結局二人でも三人でもサポートみたいなことをしなければならなかったことには変わらない。
大きなところだけ合わせておいて細かいところは二人で行動しても問題はないはずだ、あってはいけないのはメインが楽しめないことだった。
「佐藤なら問題ないからいいよ」
「それならあそこのお店を見て回りましょう」
「ん、いこう」
適当に指を差した場所に入ってみたけど雑貨屋さんみたいだった。
可愛い小物なんかが多数置いてあってついつい足を止めてしまう、でも、すぐにしなければならないことを思い出して捨てる。
「佐藤、あの二人に仲良くしてほしい?」
「それもありますけど今日はあの二人に楽しんでもらいたいんです。静子さんは津崎先輩といることで楽しいでしょうがその場合は鈴木さんが仲間外れになってしまう、今日誘ってくれたのは鈴木さんなので微妙な状態で帰ってほしくないんです。もちろん、津崎先輩が協力をしてくれたら今度必ず協力します、今日だけ守ってくれたらいいんです」
「いいよ」
「ありがとうございますっ」
いい人だ、今後はどうかはわからないけど現時点ではそうとしか言えない。
「じゃあ手を繋ご、離れたら困るでしょ」
「わかりました」
「それに静なら大丈夫、放っておいて他の子と盛り上がることなんてしない」
それなら安心だ。
あと一応、四人で遊びに来ているわけだから二人だけで行動する時間は少なくした。
矛盾しているけどこればかりは仕方がない、それこそ自分が原因で早めに解散になってしまったら困るから。
「ねえ瑠伊ちゃん、もしかして縫ちゃんと前々から一緒にいたとかかな?」
「えっと」
何故すぐにはっきり答えなかったのか、嘘をついたところで後の自分が苦しくなるだけなのに、基本的には抑えようとするその考えが足を引っ張っている状態だ。
「そうだよ静、佐藤とは前から一緒にいた、だから違和感があるんだと思う」
どちらにしても縫先輩みたいにやるべきだったのに本当に情けない。
「そっか、んーなんか寂しいなあ」
「でも、結局佐藤の中で大きいのは静と鈴木の存在だから」
「え、私も……ですか?」
「そうだよ、そこは僕とは違うよ」
助けてくれるのはありがたいのにその差にやられそうになっているアホがいた。
そもそも差があることなんてわかっていたことだ、それなのにこうして気にしてしまうのは自分のことを無自覚に上げてしまっていたからだ。
こちらの手は掴んだままだからこれすらも縫先輩には丸わかりだと思う。
だから私は夏なのに初めて暑いと感じるぐらい恥ずかしくなった、できれば逃げ帰りたいところだったけどそれもできないことになる。
「おい佐藤、全身が赤いぞ?」
「大丈夫よ、やっと暑いと言っていたあなたの気持ちがわかっただけだから」
「いや駄目だろそれじゃあ、ちょっと休憩にしませんか?」
「いいよ」
ああ、やってしまった……。
でも、これならこれで飲み物を買わせてもらうとかもできるから悪くはないか。
最初から体力には自信がなくてどこかで休憩させてもらわなければならなかったため、早いか遅いかの違いでしかない。
何故か今日はそこそこポジティブ思考気味だった。




