私を愛してくれますか?
ニオがなにやら語り終えると、二人に寄り添った。回復魔術の光で二人を照らす――クラッドさえも。
「もういいだろう? 決着はつかなかった。この下に眠る神獣ウルーの力を使って、君たちの愛する人に血を戻そうよ。神獣は血液というあらゆる生物に存在する魂の通貨を操れるんだ――もしかしたら、本当の本当に最後のチャンスかもしれない」
「ニオ、なんだ、なんなんだ? 最後って」
「私はまだ諦めてなどいないぞ、リャナンシー」
クラッドも、ニオの不可思議な言動と行動に意味を見出せないでいた。
「ボクの魔術じゃ、君たち二人どころか片方だって万全には治せない。わかるだろう? カイムは心臓だって貫かれているんだ。そこを治して、尚且つ二人とも万全にするなんて、無理だ」
「だったらクラッドを治さなくていいだろ。俺一人いれば――」
そこへ落雷が降り注いだ。咄嗟にクラッドが翼を広げてカイムごと守ったが、ぞろぞろと丘の上に人影が現れ始めた。
「黒い甲冑――ロスタインの騎士? それに、今の魔術は……」
「二人をせめて戦えるくらい治してあげた理由だよ。たぶんこれが、最後の戦いだろうから」
最後? と聞き返して、「そうだとも!」と叫ぶ声がした。
「いやぁクラッド、それにカイム! そこの精霊に感謝したまえよ? せめて抗える程度には戦ってくれなくては、この最果ての地まで直々にやって来た意味がない!」
空には魔女、地には騎士、それらを束ねるのは――
「スティーリア……!」
カイムが今、最も嫌う相手。狡猾な罠にはめ、アリスと引き離した張本人。
「そのような顔をするなよ。君がいたからここまで来ることができたのだから!」
わけのわからないカイムに、スティーリアは落雷を降らせた魔女に空から降りてくるように呼んだ。「サーラル」と。
「……ああそうか、そういうことかよ、クソッ」
スティーリアの隣に降り立ったサーラルは、分厚い雲のかかった顔で、死んだような目をしていた。
そう、サーラルはクラッドが渡した羊皮紙を見ていた。それを、バニスから帝都に戻る途中のスティーリアに知らせた。
「カイム様、あなたがいけないのです。あなたが、今の私を愛してくださらないから――」
「それは独りよがりだって、何度も言っただろうが!」
「それのなにが悪いのですか。私にはそれしかないのです。愛して愛される渇望しかありません」
「そのために、スティーリアに俺を売ったのか」
「――私は」
と、そこでスティーリアがパンパンと手を叩いた。
「かつての仲間の言葉に惑わされるなよ? あの男はお前を捨てた。やはりお前の居場所は私の近くだけだ!」
「……はい。でしたら、かつての仲間としてカイム様の危険性を取り除く必要があると提案します」
「ほう、『あれ』を使ってか?」
「そのために、奪ってきたのでしょう」
状況の飲み込めないカイムとクラッドだったが、スティーリアが取り出した物を見て、目を疑った。
「天使の羽根、だと……馬鹿な! 私は確かにハイランドへ持ち帰った……まさか!」
「そのまさかだよクラッド。ずっとカイムばかり追っているからこうなる。国を離れ過ぎていたからこうなってしまう! 簡単な戦いだったよ。ハイランドを侵略するのは」
「貴様!」と、飛び立とうとしていたクラッドへ、空から魔女の魔術が降り注ぎ、騎士たちは矢を放つ。翼で身を覆い守っているが、あれでは動けない。
「そのまま動かせるなよ。私は、天使の羽根の力で神獣ウルーを蘇らせる。その力をもってロスタインを支配し、やがては世界を手中に収めよう!」
騎士を引き連れて、スティーリアの乗る絨毯が飛んでくる。傍らに箒で飛ぶサーラルの魔術だろう。カイムは追い払おうとしたが、クラッドと同じように魔術と矢の嵐から黒い血で身を守るので精いっぱいだ。
そんな二人を無視して、血の石碑――シールの遺体の前へとやって来た。
「この女か。クラッドの妹であり、カイムの愛するシールとやらは」
スティーリアはシールの遺体を見下して、下らんと吐き捨てた。
「もはや蘇ることはない! お前たちの拠り所である血の石碑は神獣ウルーの復活によりなくなり、天使の羽根も私が持つ! さて、ここに復活を宣言する!」
天使の羽根が異様なまでに輝いた。煌々とした光に目を覆い、やがて地響きがする。
「どうだリャナンシー! カイムの精霊よ! 生みの親の鼓動は!」
「……ボクの親は、こんないびきなんかかかないよ。それより、天使の羽根がそろそろ力を使い果たすよ」
「ん? なんだ、天使とはこの程度なのか。残念だ」
「これで神獣ウルーの復活には時間がかかる。それまで、君は生きていられるかな」
「何を馬鹿な!」。スティーリアは下品な笑みを浮かべたまま、「誰が私を殺せる?」とニオへ問う。
「カイムもクラッドもボロボロで動きも封じた! まさかリャナンシー、お前一人が戦うというのか? ならば相手になるぞ! ここに連れてきた騎士とサーラルで事足りる!」
「――やっぱり、君は愚かだ。ボクにとって一番嫌いな種類の人間だよ」
なにを、と言いかけて、スティーリアの口から血の泡が噴き出た。周りの騎士も炎に飲まれてのたうち回っている。
「君は弱い。それを受け入れていれば、ここで『裏切られる』こともなかったろうに。そうだろう? サーラル」
スティーリアの背後。そこに、血に濡れたナイフを手にするサーラルがいた。
「はい、私は何年もの間、虎視眈々とこの瞬間を待っていましたから」
「お、まえ……愛人の子供の分際で……!」
あの血は、スティーリアの血だった。その最後の言葉を聞いて、サーラルは息を荒くして、壊れたようにスティーリアを何度も刺突した。
そうして豚のように地に付したスティーリアから、天使の羽根を奪う。
「……人間一人くらいなら、これに残った力で生き返ることはできる。そうですよね、ニオさん」
「そうだね――最後の警告だ。それをボクたちに渡してほしい。君の考えはあまりに歪んでいる」
「私の心中が見えるような口ぶりですね」
「見えなくてもわかるとも。ボクは人間と契約する精霊なんだから」
「そうですか……では、私は愛されたいだけの人間です」
サーラルは天使の羽根を天に掲げた。その僅かな光が途絶えると、サーラルは倒れた。しかし、その体からは血が流れ出て――シールの遺体へと入っていく。
もう立ち上がることはないと諦めかけていたシールの体がピクリと動いた。手をついて起き上がり、金色だった瞳は赤に染まっていた。
「カイム様、これで愛してくださいますか?」
シールの声で、サーラルが語り掛ける。愛してくれと。




