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DARKとKRAD

 小高い丘に囲まれた平地一面に黒い花が咲き乱れていた。馬からおりて歩いていけば、風が吹き荒れ、黒い花びらが空を舞う。それと相反する白い羽根の持ち主もまた、平地の真ん中で立ち尽くしていた。


「――来たか」


 振り向いたクラッドの横には、一つの小さな墓標があった。刻まれた字は掠れ、読むことはできない。だが、あれが血の石碑なのだろう。

 そこへ貢物のように、シールが冷たく横たわっている。


「逃げはしないかと思っていた。来たとしても腑抜けたままかとも思っていた。だが、どうやら杞憂だったようだな」

「ああ、こんなことは言いたくねぇが、テメェのおかげで目が覚めた――余計な物は、ぜんぶ置いてきた。シールと会っても、相応しいようにな」

「フン……残念だが貴様が再びシールと出会うことはない。貴様の役目はシールの魂をその身に宿しここまで運び、器という牢獄の中から我が妹を構成するパズルのピースを差し出す事のみ」

「そうか……そいつは困った。テメェと違って俺は空なんか飛べねぇから、ここに来るまでずっと地べたを這いつくばってきたってのに、最後になってシールに会うことすら出来ねぇなら――やることは一つだ」


 黒い血は剣の形となり、右手で握る。クラッドもまた、白い羽根を一本剣として手にした。


 黒と白。互いに反発する剣先を向け合うと、一際強い風が吹いた。


「終わりにするか、クラッド――色々とな」

 二年半前の無力だった夜に朝日を指し、二年間の停滞にケジメをつけ、半年前の死と向き合う旅の日々に終わりを告げる。


 風が止んできた。黒い花びらは地に落ち、白い羽根は天へと上った。



「……ッ!」

「……クッ!」



 次の瞬間には、二人とも踏み込んで鍔迫り合いになっていた。


 同時に、カイムはクラッドの周囲に黒い血を針のように尖らせ、一気に突き刺した。クラッドは自らを白い翼で覆うことにより跳ねのけると、カイムの我流剣術を弾き、心臓に突き刺す。


 あの時――旅に出る前、バンシィを追って森に入った時と同じだと、カイムは心臓を突き刺した剣を握る。

振り払おうとするクラッドへ拳を振りかぶり、渾身の力で殴り抜けた。


 よろめいたクラッドは、以前のように逃げたりはしない。突き刺した剣を元の羽根に戻し、カイムの殴った腕を取り、体の回転に巻き込んで地面に叩きのめす。


天使の血を引く一族だからか、それともクラッドの執念か、契約者であるカイムですら、あまりの衝撃に背中全体へ激痛が走る。


 呻くカイムへ、クラッドはすかさず羽根を剣として突き刺そうとするが、体を捻じって躱すと、足払いをかけて転ばせた。


 もはや剣を捨てていた。クラッドへ覆いかぶさったカイムは、殴れるだけ顔を殴る。その一撃一撃に眩暈を起こすクラッドも、拳を握ってカイムの腹を殴った。


 カイムの人生は結局のところ、こうなのだ。親に捨てられ、孤児院に拾われるまで己の身一つで身の程知らずと笑う世界へ拳を向けてきた。孤児院が焼け落ちるまでも、馬鹿にする年上の奴らを殴ってきた。シールと出会うまでの数年間も、チンピラとゴロツキに混じって暴力の限りを尽くしてきた。

 この二年半だけが、カイムにとっては『野蛮』でいないで済む日々だった。冗談を言い合い、酒に酔い、馬で駆けてきた。一日一日を道端で、森の中で、荒野の廃村で、街の宿で凌いで来た。


 なにもかも、シールとの日々を取り戻すため――いや、シールへの恩返しのため。


 再び立ち上がったクラッドと拳を埋め合うたびに、今この瞬間は、そのツケだと、いつの間にか思っていた。

 元より、カイムは皆無だったのだ。存在を否定されて生まれてきた。いなくてもいいと蔑まれてきた。誰一人愛してくれなかった。

 それを忘れていたツケ。それを乗り越えるためのツケ。せめてもの未来に借金を抱えずにいくため、ここで清算する。


 しかし、それにしても――清らかだ。クラッドとは、これほどまでに真っ直ぐな奴だったのか。


 いくらでもやりようはあったはずだ。ハイランドの兵を忍ばせ、不利になる――戦いになる前に押さえつける。ロスタインの王族として、アインヘルムの時のように権力を盾とする。

 この最後の場所、すべてが決まる果てで、それをしないということは、クラッドもまた『馬鹿』なのかもしれない。

親の仇のように思えていたクラッドは、あくまでハイランドの王子であり、シールの兄であるクラッドだ。なら、ここにいるクラッドはなんだ。


 なんでもない。ここにいるクラッドには背景がない。称える国民も、守るべき妹もいない、ただ一人の我儘な――皆無だ。


 そんなクラッドを、一発一発拳が交わされるたびに、どこか誤解していたのだなと、思い改めていた。


 所詮は、クラッドもシールを生き返らせたいだけ。もう一度会いたいだけ。もう一度話したいだけ。


 カイムとなんら、変わらないではないか。


 変わらないのなら、あとは気力だけだ。互いに人間とは思えない力を持ちながら、終末では原始的で野蛮な殴り合いをしている。

 その二人に決着がつく。最後に大きく振りかぶった二人の拳はぶつかり合い、ボロボロの顔で睨み合うと、カイムとクラッドは倒れた。


「――人間とは、いつだって愚かだね。皮一枚剥いだら、浮浪者も王子もいない――殴り合って、倒れて……恨み合っていたのに、すっかり忘れている」


 男二人が殴り合う中、ニオは一人、ポツンと墓標に腰掛けていた。


「そして、いつだって人間は新しい恨みを生む。もしも君たちが心のどこかで相手を赦していても、知ったこっちゃないさと、人間のエゴが包むんだ――今、この時も」

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