四十秒とは言わないから旅の支度と心の整理は早くしろ
追放の身になったとはいえ、あれだけサーラルがカイムとクラッドの罪や罰について詳しく説明し、順序良く事が運び、クラッドに関しては捨て台詞を吐いて逃げた。
冒険者たちは「報酬はどうした!」と空に向かって抗議し、騎士たちは王族であるサーラルに対し大きく出られない。
それに、アインヘルムの誰かがカイムに私的な恨みを持っているというわけでもなく、クラッドが無理やり陥れようとしていた哀れな一市民という見解が多い。
そういうわけで誰もすぐに出ていけと言えず、むしろ「災難だなぁ」と同情する始末だ。
しかし、
「気まずい……」
アリスが想いを告げ、カイムも跳ねのけることなく、その好意を嬉しく受け止めている。それだけに、今までのように顔を合わせて軽口を言い合うようなことができず、借りた宿の部屋で昼間からベッドに寝転がっていた。
「いいんじゃないかな。アリスが好きなんだろう?」
「ばっ! てめぇ! 俺はシールが……ああー……」
「シールが、なんだって?」
「いや、俺はだな――恩返し、しねぇとな。シールに。拾ってもらって、今こうして生きてるのもシールのおかげだ。クラッドの野郎が持ってた天使の羽根だとかがあるってのに、血を渡さなかったしな……あっ、ちょっと待て」
そこまで言って、アリスが好き云々の前にどうしても確認しておきたいことがあった。
「女の口説き方かい?」
「ちげぇ、真面目な話だ。ほら、クラッドの野郎が言ってた、子供たちを蘇らせることとか、シールの魂のこととか、よくよく考えれば解決してねぇだろ」
ニオは「そのことか」と、特に意識もせず答えた。「ハッタリ」だと。
「物覚えの悪いというか、記憶力がないというか――契約するとき言ったろう? 『君の体に血と意思が入った子供の魂は、君の中で永遠にこの世を彷徨い続けることになる』って。重要な事だから一言一句覚えてるけれど、説明いるかい?」
「少しは頭良くしようとしてるんだが……すまねぇが、教えてくれ」
馬鹿は死ななきゃ治らないからね。これもまた鉄格子のなかでのセリフだが、ニオは窓枠に腰掛けて「君の中に魂もある」と答えた。
「意思と魂はそもそも同一なものだよ。どちらか一方が先走って大きくなるなんてこともない。いちいち分けて言うのが面倒だったから意思で統一してたけれど、同じものだから子供たちの復活もシールの復活もない。ついでに言っておくけれど、シールなら遺体が残っているだろうから生き返れても、子供たちは君が埋葬したろう? 人形じゃないんだから、別の体に別の意思と魂は入らないよ」
子供たちはどうしたって蘇らない。ハッキリ言われて、それはやはり悲しいが、本当なら一度死ねば、それっきりなのだ。育ちの悪いカイムでも、それくらいの常識はある。
「つーか、だったら最初に教えろっての」
「君が勝手に絶望してたろう! ボクだって必死に説得したのに聞こえていなかったし。この先クラッドと正面から戦う時のためにも、精神力鍛えなよ――そんなことしなくても、今の君には新しい意思の『よりどころ』があるみたいだけれど」
なんのことかわからずにいると、扉を開けたところでアリスが顔を真っ赤にしていた。
「やぁ、カイムのよりどころさん」
「っ……ツラ、貸しなさい。ニオちゃんは来ないで」
断り切れず、カイムも顔を赤くしながら部屋を出た。
「やれやれ、頼りない契約者だね」
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アインヘルムの街を歩きながら、カイムとアリスは無言のままだった。お互いなにを言ったらいいのかわからないのだ。
それでも時間は進むし、いつまでもアインヘルムにいては、サーラルの努力が無駄になる。
だから、カイムは恥ずかしく、そして情けないことを打ち明けた。
「えーと、だな。お前の気持ちはうれしい。慰めとか気遣いじゃなく、心の底から嬉しい」
「う、うん……」
うん……だと? いつもならもっとぶっきらぼうだというのに。アリスらしくないしおらしい声でそんなことを言われるとは……
「で、でもな! やっぱりシールは俺にとって初めてできた大切な人なんだよ。それまで、誰かを好きになるなんてなかったからな――だからその……」
「いいわよ、今じゃなくても」
アリスは深呼吸してから両頬を叩くと、いつもの勝気な顔に戻った。
「アタシはハイエルフだから。時間なら売るほどあるのよ。アタシを選んでくれるのが、たとえおじいちゃんになってからでも、それはそれで面白そうだから。ってことで、しばらくはこのままでいましょうよ」
このまま。つまり、いつものようにいればいいのだろう。頷くカイムに、アリスはもう一つ付け足した。
「最初に言ったでしょ。シールはアタシの友達でもあるんだからって。なにもアンタとクラッドだけが生き返ってほしいって願ってるわけじゃないの。はい! だから旅は続けるからね!」
それもそうだ。男女の関係だけが全てではない。
「それじゃ、追放されるわけだからな。アインヘルムを出る前に必要な物を買い足しとくか」
いつもの二人に戻り、役割分担をして買い物に出る。
追放の旅は、少しばかり今までと様式が変わるだろうから。
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「本当にいいんだな」
ヘルバムからアインヘルムまで走ってくれた二頭の馬をロープで荷馬車と結び、アインヘルムの出口でサーラルに最後の確認をする。
「いくら荷馬車にクマの毛皮やら積んでもベッドほど暖かくねぇ。また体調こじらせるかもしれねぇんだぞ?」
「はい、その点に関しましては、私としても色々用意しましたから」
荷台には三人が寝ても余るほどのスペースがあり、そこへ最初に立ち寄った薬屋で仕入れたショウガなど、体を温めるものやら健康にいい物が詰まった袋がドンとある。
薬屋であれだけ買えば、いったいいくら使ったのか。王族とは恐ろしい。
「それに地図もまだですが、帝都に戻ったら……その……」
「スティーリアだろ? クラッドの野郎があれこれ言ってたからな。一応手を組んでるクラッドの邪魔をして帰ったらヤバいってことくらいわかる」
背中の傷は、おそらくスティーリアによるもの。小耳にはさんだ話では、姉の第一王女サスーリカへの劣等感が傍目から見ても明らかだそうだ。
そのサスーリカはクラッドと結婚したわけだが、これにはどのような背景があるのか。カイムの頭では到底足りないのでニオとアリスに訊けば、「スティーリア一派の仲間割れを狙った」だそうだ。
スティーリアとスブレンドーレ、そこにクラッドがハイランドを従えていたわけだが、クラッドは手段を択ばずカイムを殺そうとしている。そこにうまくつけこみ、仲間割れを狙った。話だけ聞けば、サスーリカとはかなりのやり手だ。
「……この旅がどのような結末を迎えるのか、私にもわかりません。ですが、万事つつがなく終われば、私は帝都に戻るのでしょうか……」
「お前がいなかったら、今頃クラッド率いる騎士と冒険者に追われることになってた。この借りはでけぇ。たとえスティーリアが帝王になっても、なんとかしてやるよ」
「カイムさん……」
「いくら帝王だからって、クラッドの野郎に比べたらちいせぇもんだ」
「ありがとう、ございます……カイム様」
「……様付けはやめろ。それとアリス! サーラルを睨むな!」
「フンッ、サーラルじゃなくてアンタを睨んでたのよ。いい? アンタは二股してるようなもんなんだからね。サーラルにまで手出すんじゃないわよ」
はいはい。カイムはこれまで通りでいこうというアリスの考えに乗っ取り、適当に返していた。
「……少し、注意が必要かもね」
「なにか言ったか?」
「ん? ああいや、こっちの話さ」
まだ確証は持てない。ニオはサーラルを見ながら、この輪の中で一人、その危険性を感じ取っていた。
「しかし、この街には思いのほか長居しちまったな」
「次の街はサーラルの地図の進捗次第だけど、いくら近くても遅い荷馬車じゃ十日以上はかかるわわね」
「俺も荷馬車の旅は初めてだから、どんなトラブルがあるかわからねぇ。買い忘れがないか確認したな?」
各々大丈夫な事を告げると、御者台に座る。二匹の馬の手綱も握り、聞きかじった知識で走らせた。




