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始めてもらったプレゼント

――目が覚めたら知らない天上が広がっていた。ベッドに寝かされていて、体には毛布が掛けられており、痛むが両手両足……いや、体のいたるところが包帯塗れだ。

 ここはどこだ。貴族の屋敷に忍び込んで、見つかって、衛兵たちに追われて……大雨の中を血まみれで走っていた。

 足を滑らせて、岩に頭ぶつけて……


「あ! 目が覚めたんですか!」


 ベッドから起き上がり記憶をたどっていたら、明るく元気な声がする。見れば、白い髪を流れるように伸ばした女が、金色の双眸をキラキラさせて駆け寄ってきた。


「いやー、大変でしたよ。雨の中あなたが倒れていたから「助けなきゃっ!」って思ったはいいものの、見ての通り細い体なので運ぶのに苦労しました」

「……ここはどこだ? お前は――修道女か何かか?」


 見回してみると、内装は普通の家屋の中。同い年くらいの女の方は、顔を隠すようにフードを被った修道服姿だ。


「えーと、ここはどこだーって言われても、うーん……私の土地、ですかね。この家も、馬小屋よりはマシな掘っ立て小屋ってところです。それで私は――シールって呼ばれています」

「シール……どっかで聞いたような名だが……」

「ああいやいや! シールっていうのは、その、あれです! あだ名と言うか、愛称と言うか……ほらっ! ハイランドのお姫様とよく似てるからシールって呼ばれているんです!」


 騒がしい女だ。一人で慌てて一人で迷って一人で解決して。こういう女とは初めて出会った。


「なんにせよ、助けて治療してくれたことは感謝する。俺の剣は――そこか」


 まだ痛む足で立ち上がり、壁に立てかけてあった一振りの大剣を手に取る。


「世話になった」


 と、出ていこうとしたが、外はまだ大雨だった。それに傷が痛み、腹の虫が鳴り、ここ最近ろくに食べていないのも合わさって、フラッと壁にもたれかかってしまう。


「あの、私は来る者拒まず去るもの追わず、ですが困っている人はほどほどに追うの精神で生きているんですが、あなた、困っていますよね?」


 だからなんだ。もたれかかった壁に背中からずり落ちるように座ると、「ここに居てください」と、当たり前のように言う。


「大したおもてなしもできませんが、傷が治るまでくらい、ご飯食べて、寝て、起きて、またご飯食べて――そういう風にしましょう! お金なんていりませんから!」

「変わった奴だな。土地を持っているあたり、金持ちなのか?」

「いやー、まぁー……実家にはお金ありますけど、私もそろそろしっかりしなきゃって思いまして。花嫁修業中―……みたいなものです」


 花嫁、ねぇ……そういうのとは縁がない。金にも縁がないので、自分は基本的になにもない『虚ろ』だと思っている。


 変に抱え込んでも、それはそれで大変そうだ。


「ところで、まだ聞いていなかったんですが」

「あ? なんだ?」

「あなたの名前です。短い付き合いになるかもしれませんが、呼ぶとき不便なので教えてください」


 名前と言われて、ちょっと困る。親は産んですぐ捨てて、育ててもらった孤児院では「名前は親が付けるべき」と、引き取り手が見つかるまで明確な名前がなかった。

 その孤児院も火事で焼け落ちて、先生たちも孤児たちも……たぶん、燃えながら崩れ落ちた天井に潰された。だから、名前がないのだ。むしろこういう盗人生活だと名無しの方が色々とやりやすいので、自分で決めてもいない。


 どう答えたものかと、最近になって足りない頭だと気付いたところをぐるぐる回すが、結局はため息交じりにこう答えた。「そんなものは生まれてこの方皆無」だと。

 シールは頭にハテナを浮かべて「うーん」と可愛げなしぐさで悩んでから、「わかりました!」とポンと手を叩いた。


「『カイムさん』ですね!」


 それが、シールと出会った時に始めてもらった名前だった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「ああほら! 喧嘩すんじゃねぇよ!」


 だってー、と、喧嘩していた五歳と六歳の男の子二人が言い訳を口に出したが、「大人の言うことは聞け」と、孤児院の先生たちを真似て叱る。二人とも文句を言いながらも「はーい」と答えて、外へ遊びに行った。


「カイムさーん、洗濯物持ってきてくれますかー」

「今持っていく」


 二階からシールの声がしたので、子供たち十人とカイムとシールの分の洗濯物をいっぺんに抱えて持っていく。受け取ったシールに笑顔で礼を言われ、「そろそろ狩りに出る」と、剣を手に外――荒れた荒野へ。


 そろそろここへシールに運び込まれて結構経つ。傷が治ったら出ていこうと思っていたのだが、シールは孤児を見つけては片っ端から拾ってきていたので、その世話で大変そうだった。だというのに、嫌な顔一つ見せずカイムの世話までしてくれるので、勝手に出ていくのは気が引けた。


 結局しばらく恩返しもかねて残ることにしたら、出ていくタイミングを完全に見失った。


「柄じゃねぇんだがなぁ……シールもタイプってわけじゃねぇし」


 もっとふくよかな女が好きなのだが、シールは貧相な体つきをしている。普段の食べ物――やせた土地でなんとか育てた米や野菜などを子供たちへ分けていたというのが大きいだろう。肉などは子供の面倒で手いっぱいなシールでは狩りに行けなかったので、代わりにカイムがやることにした。


 本当に柄ではない。少し前の自分に、盗人生活から足を洗って、その日その日の食事を女と二人で調達と料理を分けて、子供十人から「お父さん」などと呼ばれていると言ったら、変な薬でも飲んで幻覚を見ていると心配されるだろう。


 それほど、らしくない。だが、嫌ではない。むしろ、シールがくれる無償の優しさは心地いい。意識していないだろうが、シールは今まで味わったことのない感情をたくさんくれる。

 愛情、信頼、思いやり、優しさ……孤児院の先生にも僅かにあった打算的な感情は一切なく、毎日違うものをくれて、虚ろとは程遠くなった。




 狩りに出て、群れから離れた狼を仕留めて運んでいく。狼の肉は筋張っていて正直食えたものではないかが、子供たちは「お肉だー!」と喜んでくれる。今まで空虚だった心には、子供たちの純粋な笑顔と言葉が、きっと『幸せ』という感情で積もっていく。シールとの会話と感情も幸せが積もり積もって、いつの間にか抱えていた。面倒だとか考えていたというのに、離してなるものかと後生大事に守っている。


「ただいま」


 と、狼を担いで傾いた家の扉を開けると、知らない顔があった。緑髪の女で、耳が尖っている。エルフだろうか。

 とはいえ、


「誰だ?」

「こっちのセリフよ」

「……ここはシールの家だ。知らない奴は出ていけ」

「なによアンタ! アタシはシールと友達なの! アンタこそ出ていきなさいよ!」


 シールとは違う意味で騒がしい。どうしたものかと困っていると、二階からパタパタとシールが駆け降りてきた。こちらの睨み合う事態を前に、割って入る。


「子供たちもいますから喧嘩はやめてください!」


 シールに言われてはしょうがない。腕を組んで引き下がると、緑髪の女の方は唇を尖らせていた。


「あのー、個人の主義主張に口出しはしませんが、せめて紹介だけでもしていいですか?」

 構わないとしておく。緑髪の女はツーンとしたままだが頷いた。


「えーと、こちらはハイエルフのアリスさんです。ちょっと離れていますけど、里から色々持ってきてくれる友達です。それでこちらはカイムさん。この前倒れていたところを助けてから、家事の手伝いをしてくれています」

「……どーも」

「フンッ」


 馬が合わない。シールと出会った時とは大違いだ。我が強いというか、女のくせに勝気なのが鼻につくというか。


「そんな顔するんなら、アンタにはこれあげないから」


 アリスとかいうハイエルフは、背負ってきた革袋の中から酒の瓶を取り出した。


「さ、酒……!」


 思わず口走る。ハイエルフはニヤッと笑ったが……いつぶりだ? もうずっと飲んでいない。味も忘れかけている。


「中身はラム酒よ。それから山菜と川魚と木の実と――いっぱいあるけど、アンタみたいなガサツそうな男にはいらないわね。どうしてもっていうんなら頭でも下げたら? 年上よ?」


 グッ、と後ずさってしまう。ラム酒は酒の中でも特に好きだ。それに加えて普段食べられない美味そうな食い物まである。

 だが、女に頭を下げろだと? そんなのは死んでも御免だが、腹の虫は素直で、間の抜けた音を鳴らす。アリスはニヤニヤと笑っていた。


「はい、二人ともそこまでです。ご飯もお酒も、みんなで分け合います」


 シールが手を叩いて、アリスとの間にあった睨み合いをやめさせた。しかし、それとは別に、アリスがシールを不安そうに見ている。


「いいの? こんなどこの誰だか知れない男招き入れて。もしもアンタの――」

「カイムさんなら、大丈夫です」

「――そう。シールがいいなら、アタシとしては何も言わないでおくわ。でもね! アンタはよく覚えときなさいよ? 欲に任せて襲ったりなんかしたら、里のみんな総出で蜂の巣にしてあげるから」


 なんとも物騒で男勝りな奴だ。あとから聞いた話だと、アリスは一年以上シールの所へ泊りに来たりしている仲だそうだ。女同士の世界には踏み込めないと、たまに遊びに来るアリスと酒を飲みかわしては、楽しそうなシールを眺めていた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 毎日が充実していた。二か月、三か月と入り浸っているうちに、シールとの仲も、友達ではなく異性として縮まっている。

 たくさんの物をくれたシールが、もし同じ気持ちなら、子供たちから何まで全部背負ってこの先の人生を生きてもいい。虚ろだったカイムと、なにやらわけがあって男との関わりのなかったシールは惹かれあい、アリスが来るたびに「べたべたね」と呆れられるほどだった。


「まだ、礼を言ってなかったな」


 ある晩、子供たちが寝静まってから、月が綺麗だからと外でアリスの残した干し肉を肴にラム酒を酌み交わしていた時、ずっと言いたかった事を口にする。不思議そうなシールへ、我ながら不器用だろう笑顔を見せた。


「命を救ってもらった。他にもたくさん、かけがえのない物をくれた」


 月に照らされたシールの瞳を真剣に見つめて礼を言い終えると、「その、なんだ」と恥ずかしがりながら、「もしよかったら」と吹っ掛ける。


「恋人って奴に、ならねぇか? 俺がシールをこの先守って、シールは子供たちの面倒を見て……」


 そこまで言うと、シールは顔を真っ赤にしながら笑った。


「それって、いつものことじゃないですか。カイムさんが夜も野獣たちから守ってくれて、私は家事をして――で、ですからね。同じ屋根の下でこれだけ過ごしていたら、その、恋人っていうのは、もう過ぎてるのではと……」


 過ぎてる? と聞き返せば「言わせないでくださいよぅ」と弱気だ。


「家族……みたいじゃないですか。まだ二十歳にもなっていないので、こ、子供は作れませんが……」

「俺とシールの、子供……」

「言わないでださい!」


 そう言い合いながらも、月を見上げながらの晩餐は過ぎていく。そうして、シールの肩がカイムに寄り添い、体重を預けられる。

 暖かい。一人では決して味わえない、人肌という奴だ。

 まさかこんな自分に、こんな幸せが訪れるなんて……

「夢みたいだな」



「そうだ、夢だ」



 一瞬、意識が飛んだ。誰かが目にも止まらぬ猛スピードで突っ込んできて、カイムを後方の家に叩きつけた。

 背中と腹の激痛から身をよじると、ハラハラと舞う白い羽根が目に映る。月の光が作った翼の生えた人影は闇夜を飛び上がり、カイムごと子供たちの眠る家に氷の魔術で造った巨大な氷塊を落とした。


 寸でのところで瓦礫に潰されなかったカイムだったが、家がペシャンコに潰されている。


「……え?」


 血が、瓦礫の中から流れてくる。誰の血だ? 誰の――

――子供たちの


「テメェ!」


 置いてあった剣を握って、シールの前に降り立った白髪金目の男に向ける。


「死んだんだぞ! まだ十歳にもなっていねぇ子供が十人! テメェが殺した!」

「だからなんだ。お前は誰だ。この二つは考えるにも値しない」


 バサッと広げた白い翼の相手に、シールの制止を振り切って斬りかかる。バラバラにしてやると、渾身の力で振るった。


 だが、翼の生えた男は羽根を一本手にして、それだけで剣を受け止めた。そのまま腹を膝で蹴られ、体勢を崩すと風の魔術でまた吹き飛ばされる。吐血しながらなんとか起き上がろうとしたら、無数の羽根が嵐のように飛び交い、ナイフのように体を切り裂いた。


「カハッ……」


 血が止まらず、その場に倒れる。翼の生えた男はそこへ歩み寄り、羽根を剣の形に変えて、振り下ろそうとした。


「待ってください!」


 シールの叫びに顔だけ上げて見れば、自らの喉元にナイフを突き立てている。


「その人をこれ以上傷つけたら、私は死にます……!」

「――情けか? それとも本当に愛し合っているとでもいうのか?」

「愛していては、ダメですか」

「ダメだ。愛するのならハイランドの民から選べ。このような薄汚い野良犬に、我が一族が想いを寄せてはならない」

「クラッド兄様! 私はそれが嫌でハイランドを出たのです! 人を人とも思わぬ心が、やがてはハイランドさえ滅ぼすからと……」

「それで滅びるのなら、天使の信仰はその程度だったというだけだ。だがお前の死は、滅びに繋がるかもしれないな。自害とあっては、余計に……いいだろう。この男は生かしておいてやる。もっとも、この傷で生きていられるかは知らないがな」


 だから帰るぞ。クラッドと呼ばれた男は、シールから強引にナイフを奪い、連れて行こうとする。


「ま、て……待ってくれ……シール」

「……ごめんなさい。嘘をついていてごめんなさい。こんな事態に巻き込んでしまいごめんなさい――待てないこと、本当にごめんなさい」


 そこまでだった。シールも背中に白い翼を生やすと、空へ飛んで行ってしまう。月の中へ消えていくような二人の影へ手を伸ばし、「必ず迎えに行く」と吐き出した。



「君にそれができるかな」



 なんだ、今の声は。耳に聞こえたのではない。頭の中に響いた、中性的な声は。


「ああ、無理して喋らなくていいから。言いたいことは聞こえるようになってるから、思い浮かべるだけでいいよ」


 ……なら、お前は誰だ。まさか死神の類か?


「死神か……命をつかさどっているという意味では近いかもね。まぁそんな物騒な存在じゃないよ。名乗らせてもらうと、リャナンシーっていう精霊のニオだ」


 聞いたことのない名前だな。それで、何の用だ。だんだん意識が朧げになってきたから早くしろ。


「ボクも実のところ長い命じゃない。そろそろ一人じゃ限界だから本題に入ろう。ズバリ、ボクと契約してほしい」


 契約? なんのためだ。


「まず一に、君もボクもこのままだと死ぬから、お互いに死なないため。二に、君に力を与えてあげるため」


 そんなうまい話があるか。どうせ、幻聴だろ。


「いや? なんなら少しくらい動けるようにしてあげようか? どうせ君と契約できなかったら死ぬから、ちょっとくらいサービスしてもいいよ」


 そう聞こえると、霞んできた視界がハッキリと輪郭を取り戻した。痛むが体も起き上がり、目の前にはウサギか鳩くらいの大きさをした精霊が飛んでいる。


「ボクは見た目に自信がある。でも、君が見るべきは後ろだよ」


 後ろ。見れば、氷塊に潰された家の中から子供たちの血が流れ出ている。細い川のように赤い血が流れ、足元に集まってきていた。

 自然と膝から崩れ落ちて、地面に手をついていた。


「絶望しているところ悪いけれど、いいかい? 契約すれば、さっきの天使にも勝てる力を手にできる。ボクも君も生き延びて、復讐なり奪還なり好きにすればいいさ」

「……どうせ、それだけじゃねぇんだろ」

「もちろん。それだけで契約できてたら、もっと優良物件探すよ。でも難しく考えなくていい。サインも身分証もいらない。ただ、契約するならそこに流れている子供たちの血と、血に宿る意思を体の中に受け入れてもらう」

「それだけか?」

「それだけが大変なんだよ。契約の際に嘘を付けないからしっかり話すけれど、君の体に血と意思が入った子供の魂は、君の中で永遠にこの世を彷徨い続けることになる。君が死ねばあの世へも行けず、生き返ることもなく、この世界が果てて滅びるまで孤独を過ごさなくてはならない」


 地獄だ。素直にそう思う。生き地獄ではなく、死に地獄とでも言えばいいだろうか。


「その永遠を終わらせるためには、詳しい場所は知らないけれど、血の石碑って場所に行く必要がある。そこに行って初めて、契約の際に支払った代償を精算できる――簡単に言うのなら、君の中から血を抜いて、真っ当な死者としてあの世へ送ってあげられるのさ」


 だがそれまではカイムの中に居続けることになる。もしもカイムが死ねば、子供たちの魂を救う方法はない。


「この契約は大切な人の血じゃないとダメなんだ。でもそれだけ強力だよ。それでどうする? 結ぶかい?」


 あの時は、絶対に子供たちをしっかり見送ってやると決意していた。

 それだというのに……


「なに、やってんだろうな……俺……」


 過去のシールと過ごした日々の夢から覚めると、鉄格子のなかへゴミのように投げ入れられていた。

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