終章 ~児玉孝一VS量子計算情報処理省~(6)
「いえいえ、そんな~」
「娘から聞いてますよ。テストの成績、10位から落ちたことないって。この間の期末テストは3位だったとも。来年は3年生で、受験勉強しないとでしょ。うちの子も勉強に力を入れて欲しいんだけれど」
「渡辺さんのところは部活で大変だから仕方ないわよ。部活を引退したら大丈夫ですよ。それにしても、藤田さんの娘さんは本当に凄いわー。こんな凄いところで特別課外授業のサブリーダーだなんて。そうそう出来ないわよ」
ハッキングセンターの缶詰ルームで、3人の中年女性が世間話に興じていた。
3人は大学の階段状教室のような缶詰ルームの後方、一番高い場所にある大きめの丸テーブルの一つを占領していた。ここは正面の巨大壁面ディスプレイを一望できる。そして食事や休憩をとりつつも、何かあったら即座に端末のある長机へと戻れる場所だった。
「いえいえ、娘は児玉君の手伝いをしているだけなんです。娘ではなく彼が凄いんです。元々は児玉君がここでファイアウォールに挑戦するだけだったようで。その話を知った塚田先生が特別課外授業として、他の生徒にも参加してもらうようにしたんです」
「これは貴重な体験でしょ。塚田先生と児玉君に感謝ね」
「本当にそうよ。量子計算情報処理省のファイアウォールに挑戦なんて凄いわー。この部屋で挑戦してるのは企業や大学の研究室ばっかりで、高校生のグループの挑戦なんて殆どないって聞いてるわよ」
「それはそうと、その児玉君と娘さんが交際しているんですって」
「勉強に恋に、高校生活充実しているのね。羨ましいわー。うちの弥生なんて―――」
綾、弥生、咲良の女子高生3人は一番後ろの長机で並んで、端末のセッティングをしていた。母親達がいる丸テーブルとの間には4列も机がある。それでも母親達の話は筒抜けである。
「うううぅーー」
綾は顔を真っ赤にして唸りながらキーボードを操作している。
「どしたん?」
「褒め殺しだよー」
「まあ、ごめんね。うちのお母さんが・・・」
「ホントのことなんだし、褒められておきな」
「ううん。孝一が褒められて嬉しくて」
「「あーそうなのー」」
呆れ顔の弥生と咲良は、棒読みでセリフを吐く。
「ねぇ、中央の端末は設定だけ隣と違うんだっけ?」
前の席で端末を設定している女子高生3人組の真ん中の子が振り向き、声をかけてきた。
「うん。両隣の端末を監視したり、プログラムの実行命令する役割もあるから・・・。それと孝一の端末に全権限の許可を与えておいてね。突発的に必要になるかもだから」
「どうやるの?」
「マニュアルの全権限許可の章を見て設定してみて。それでも分からなかったり、マニュアル通りいかなかったりしたら確認するよ」
「おっけぇー」
綾たち3人は2列に並んでいる隣の長机へと移動して、同じように設定を始める。
長机は2×8列。
一番前列、壁面ディスプレイに向かって左側の列の長机の左端の端末を1Aとし、横の端末から順に1B、1Cと続く。1Aの対角線上の一番後ろ右端の端末は、管理番号が4Fとなる。
綾が4D端末を設定している時、3C端末を設定している女子高生から声がかかった。
「ねぇねぇ、綾ぁー。1人で3台操作すんだよね。大丈夫かなー。できるかなー」
「基本的に中央の端末から操作できるから大丈夫だよ。命令が実行されなくなったら直接マウスやキーボードから入力する必要があるかもだけど・・・その時ってハッキングされたったことだから、その端末をネットワークから物理的に外せばいいよ」
「こっちのケーブルだっけ? こっちのケーブルは外しちゃいけないんだよね?」
「なんか、ハッキング用のネットワークとデータ収集用のネットワークがあるみたい」
さっきまで斜め前の席で設定していた3人組が、綾たちの前の席に移動してきた。
その3人組の1人が、作業しながら綾に質問する。
「そういえばさー。今セッティングしてるハッキングプログラムとか、全部児玉君が開発したってホント?」
「ホントだよ。先生とシステムの方向性とか議論して、攻撃プログラムを開発したんだ。あっ、1からプログラミングしたんじゃなく、大体はオープンソースソフトウェアを組み合わせてたよ。それに足りない機能とかはAIに命令して、ソフトウェアを探して追加して・・・ソフトウェア同士の連携機能とかは開発したみたい。だから、ね。OSSの開発プラットフォームに孝一の名前でソフトウェアが提供されてるんだぁー」
すまし顔で孝一自慢を入れた。しかし綾の頬が微かながら震え、口元がニマニマしてるので、表情をみれば丸わかりなのだが・・・。
ただ、ファイアウォール攻撃用プログラムの殆どが、孝一の開発とは言わなかった。流石に拙いからだ。どこから孝一が、バンドルワンだとバレるか分からない。いくら自慢したいからといっても、彼氏が犯罪者予備軍だと知られる訳にはいかない。
そんな娘の気持ちを忖度せず、綾の後ろから声がかかる。
「あら、綾。仕事用にプログラムも自作しているんだから、今日の攻撃にも使うんじゃないの?」
あーあー、お母さん。
どうして余計なことを言うのかなー。
ウチが我慢しているのに・・・。
それは、すっごく拙いのっ!
綾は別の意味で頬を震わせながら、平静を装い母に返答する。
「すこしはあるよ。だけど―――」
母親連合と孝一を除く同級生5人からの質問に、綾は虚実あわせて対応する。
なんとか孝一への追及は躱したが、次に綾が身につけている指輪とネックレスに話題が移り、別の意味で再度追い詰められる。
「その指輪って児玉君からのプレゼントだよね?」
「いいなー。ネックレスもでしょ?」
「えーっと。色々あって・・・お手伝いの報酬っていうか、お詫びっていうか・・・」
言葉を濁し明言を避けようと苦心している時、またもやフレンドリーファイア・・・ペアレンツファイア?・・・が放たれる。
「親よりも高価なジュエリーを身につけているのよねー」
その後も続いた母親連合と同級生からの質問の嵐を、綾はどうにか乗り切った。それにより、彼氏自慢は程々にすべきと学習したのだった。




