終章 ~児玉孝一VS量子計算情報処理省~(4)
500名分の座席のある講堂が一杯になり、立ち見までいる。
講堂の巨大ディスプレイと壇上の映像は、それぞれが統合情報処理研究所内へと配信されている。端末の画面に両方表示させれば講堂で見るより、遥かに見やすく意図も正確に捉えられるのだが、講堂に人が集まっていた。
量子計算情報処理省設立の英雄譚の主人公“三枚堂”を一目見ようと多くの所員が集まったのだ。
舞台下手に配置した演台のマイクに向かって、司会者が声を張る。
「さてさて皆様お待たせしました。開始時刻の8時になりました。本日は先日起こった闇落ちAI対サイバー作戦隊の戦闘記録を本省設立の立役者にして伝説・・・いや、神話になったと言っても過言ではない三枚堂閣下からご説明いただきます。また、弊省の可動防護壁VSバンドルワン・・・おーっと、もとい児玉孝一君率いる高校生チームの戦いに関してもコメンテーターとして参加していただく予定です。それでは三枚堂閣下。よろしくお願いいたします」
司会者は児玉孝一の紹介を間違えたかのように言ったが、明らかに態とだった。
三枚堂は舞台袖から現れ、スポットライトを浴び、中央へと歩を進めた。そこで輝く禿頭をひと撫でしてから軽い自己紹介をした。喋ろうと思えば、一時間でも二時間でも武勇伝を語れるのだが、「本日の主役はサイバー作戦隊だからな」と言ったのだ。
舞台下手へと三枚堂は移動し、演台に載せてある端末を操作し、編集した記録映像を流し始めた。
重厚なBGMと共に、作戦に参加した全隊員が、それぞれの武装を装備しポージングを決めている。そこにタイトルが一文字ずつ画面に打ち込まれていく。
タイトル名は“サイバー作戦隊ある限り、第二次サイバー世界大戦は起こりえない!”
動画は、ドキュメンタリー映画風に作成されていた。
そして動画の所々に、使用されたサイバー作戦隊の兵器を360度回転させて解説映像が入っていたり、隊員がインタビューで熱い想いを語ったりと、西川のセンスが遺憾なく発揮されていた。
サイバー作戦隊で独自運用しているAI搭載の量子コンピューターの能力を3日間に亘って使用し、映像クオリティーを向上させた力作である。
何処からも「量子コンピューターにそんな仕事をさせるとは」との苦言は出なかった。他の部隊であれば苦言どころか使用禁止とされたかもしれない。しかしサイバー作戦隊では当然と考えられて、三枚堂は「良い判断であり、良い仕事だ。この動画視聴をサイバー作戦隊隊員への必修科目だな」と宣ったのだ。
「門倉さん」
舞台袖でサイバー作戦隊の活躍を見ていた門倉に、真田が声をかけた。
今、講堂で流されているこの映像は、昨日のうち星野たち研究所の主要メンバーとAI監査室メンバーが確認という名の検閲を済ませていた。一応、一民間人である児玉孝一が闇落ちAIに襲われていたのは非公開としたかったので確認したのだ。
統合情報処理研究所の3研究所には、襲われたのは真田圭のみと説明した。そして、ダークウェブで闇落ちAIが外部に影響を及ぼしているのを、児玉孝一が発見したとしたのだ。
またその縁で児玉に、可動防護壁に再戦のためハッキングセンターの缶詰ルームを提供したと説明している。
しかし、児玉がバンドルワンであるとの情報は統制していないので、耳聡い連中には話題の一戦として注目が集まっている。
なお耳聡い連中というは、本日観戦しているほぼ全員であった。その上、司会者が間違えを装い暴露したのだが・・・。
すでに動画を見ていたので、話しかけても構わないだろうと真田は判断したのだ。
「何かな?」
「孝一君の挑戦期間は3日間の予定ですが、皆さんの予想では本日中に決着がつくと推測しています。大半は17:00までには終わるとの予想です」
金銭は賭けられていないが、研究所の全所員が終了時刻を予測し、それを集計していた。これは総務課が所員に呼びかけ、所内イントラネットのアンケート機能を使って実施したものだ。
なお発案者は所長の星野であり、総務部部長の小林がノリノリでアンケートを作成した。アンケート内容のAIにアイディアを出させてチェックに3分。アンケート実装に1秒だった。ここでも量子コンピューターの圧倒的な演算能力が発揮された。
三枚堂と星野は、ある意味似た者同士なのだ。
終了時刻の設問に対するアンケート結果は17:00終了が70%、今日中が20%、明日の朝が10%だった。因みにその設問の選択肢で一番早い終了時刻が17:00であり、設問最後の自由回答欄には13:00終了との予測を書き込む者もいた。
「そうだね。それで?」
「明日からの2日間は通常のハッキングセンターのファイアウォールに挑戦させてはどうですか? 彼の実力を測るには、他と条件を一緒にすべきです」
「実力を測る必要があるのかい?」
「彼は・・・孝一君はバンドルワン。ならば量子計算情報処理省に取り込むべき。具体的には大学卒業後にキャリア採用したい。それがダメなら外局に。いずれにしても、まだ数年は後になる。その間、孝一君を監視する必要がある。できれば量子計算情報処理省の手駒として使いたいでしょう。情報交換するにしても、案件によってはサイバーセキュリティーに業務を発注するか、泳がせて今回の様に無償協力者へと仕立て上げるにしても窓口がいる。公的ではなく、私的な」
警察庁で実績を重ね政界へ進出する。そして警察庁で学んだ法律関連の知識を駆使し、より公正な世の中を実現する。それは真田圭の将来像であり、人生設計だった。
理想を語る厳正な祖父、現実的でいながら夢を追い求める父。幼い頃、その二人から薫陶を受けたからだ。
門倉から警察庁に戻れないと聞いた時、どうしようかと頭を抱えた。しかし、量子計算情報処理省で、世の平穏のために力を揮えると分かった。
法を守らせるための警察庁とは随分と文化が違うが、祖父や父と比べて柔軟な真田にとっては、量子計算情報処理省の方が水に合う。
いわば遵法の警察庁に対して、脱法の量子計算情報処理省。
量子計算情報処理省は法整備が間に合わないグレーゾーンを突き、世の中の公正を実現する・・・のではなく、世の平穏を守るのだ。そしてオレは、合法と違法の間のグレーゾーンを渡り歩く、そういうバランス感覚には優れているという自負がある。
そういう思考を経ての真田からの提案だった。
「どうです、オレなんて?」
「里見君でも良いと思うよ」
二人は軽い口調で、今後重要となる窓口担当者の人選を自薦他薦する。
「香奈ちゃんだけでは無理でしょう?」
「そうだね。・・・もはやAI監査室のAIはアクティブ インクルージョン(Active Incrusion)といったところかな」
アクティブ インクルージョンとは、すべての市民、特に最も不利な立場にある人々が社会に完全に参加し、仕事を得ることを支援するための政策や戦略。この場合、闇に紛れている児玉孝一を含めたハッカーたちへ仕事を支援する。
AI監査室は、その状況を監査する部署となる。
設立趣旨からは、少しだけ外れるのだが・・・。
「それは良いですね。孝一君だけでなく、ハッカーたちにまともな仕事を与えて見せますよ」
「なるほどねー。サイバー作戦隊での仕事より面白くなりそうだな。ボクも全力で調整しよう。そうして今後、AI監査室のAIはアクティブ インクルージョンになるのさ」
二人は口角をあげ、悪い笑みを交わしたのだった。




