終章 ~児玉孝一VS量子計算情報処理省~(1)
ようやく最終章に辿り着きました。
夏中には完結したいと考えています。
少し時は戻り、岡山県の第二統合情報処理研究所に行った翌週の平日の昼間。
神奈川県の一級河川である鶴見川の土手を下流に向かい、児玉孝一は一人でゆっくりと歩いていた。量子計算情報処理省のファイアウォールの攻略法を考えながら・・・。
特に散歩コースという訳ではない。ただの通学路だった。
孝一の通っている高校は鶴見川沿いにあり、事務所兼ラボのあるマンションからは徒歩の方が好都合だった。
高校の最寄り駅のある路線はJR鶴見線で、マンションの最寄り駅はJR鶴見駅。
JR鶴見線を使って高校に行くのと徒歩で行くのは、あまり時間に差がないのだ。駅での待ち時間を入れると、徒歩の方が早いぐらいだった。
昨日、塚田先生から綾に伝言があった。
第一次サイバー世界大戦調査の進捗を説明に来いと。
家に連絡がいかない分、塚田先生の優しさが感じられる。もし家に連絡がいったら、夏期講習をサボっているのが両親にバレてしまう。
仕方なく孝一は、塚田先生からの召喚に応じるべく高校へと向かっていた。それでも午前中にある夏期講習に出ないところは、全く以て孝一らしくあった。
川風の影響と、綾から使うようにと渡された日傘で真夏の昼にしては涼しい。そのおかげで孝一は、ファイアウォール攻略法の検討に集中できていた。独り言が漏れているのに全く気付かない程に・・・。
「―――サーキット・・・サーキット・・・・・・回路か? 回路に入ったらファイアウォールを幾つ突破してもゴールに辿り着けないってなんだよ。電気回路なら、そもそも入れないじゃん。でも、電子回路なら出力信号とか情報の出力があるじゃん。なら、電子回路・・・いや待てよ。ファイアウォールを抜けるとはサーキットブレーカー・・・そんなら電気回路の配線用遮断器・・・」
サーキットをコンピューターに関連している文言と考えている孝一は思考の陥穽に落ちた。量子計算情報処理省のサーキットの本質から、全く異なる方向へと考えを傾けていた。
孝一は綾と高校の食堂で昼をとっている。そのテーブルには綾の女友達2人も一緒だった。
「―――でね。もう全然WBS通り行かなくて、ウチのチームって今日も居残りなんよ。今って夏休みじゃん。土日しか休みがないって社会人かよって、一番上の兄貴に言われちゃったよ」
ショートカットの女友達“石本咲良”が、悲しくなるような事実をあっけらかんと話した。
もう一人の綾の女友達“渡辺弥生”が、長い黒髪を弄りながら同意する。
「そうよねー。アタシも悲しいよー」
「がんばれ。応援してる」
「綾のセリフが棒読みに聞こえるんだけどー」
「綾んとこは大丈夫? 夏休みに全く開発してないんよね」
「何とかね。えーっと・・・開発はプロがいるから」
綾は微妙に歯切れの悪い言い方をし、隣でカレーライスを無言で頬張っている孝一に顔を向けた。
ホントは開発だけでなく“ICTセキュリティーのプロなの”、“実は起業してるんだよね”と、綾は彼氏自慢をしたいのだが、孝一が視線で制止してきた。そして「自分はさ、プログラム開発が得意なだけじゃん」と孝一は口にした。
病弱設定を貫かないと自由に学校を休めないからだ。
「それよか、なんでいんの? 夏期講習って午前中なんよ。もう終わってるよ」
「そうよねー。なんで?」
「ツカッダーに呼び出された」
「WBS通りなんよね?」
「ちょっと目を付けられた。第一次サイバー世界大戦を調査研究して発表しろって、課題を出された。もう自業自得と諦めたよ」
「何やらかしたん? 不正?」
「そうよねー。ツカッダーって理不尽なことしないよねー」
「・・・・・・特に何も」
「何かした顔じゃん。綾、児玉は何やらかしたの?」
孝一に訊いても埒が明かないと、友人は綾に尋ねた。
「えーっとね・・・サボってるから目を付けられた・・・かなー」
言い淀んでいた綾が漸く言葉にした内容に、咲良が疑問を呈する。
「えっ? WBS通りなんよね? だから開発に来ないんしょ。それともサボって進捗遅延、説教の上ペナルティーなん? なるほど、そっか」
自分自身の言葉に納得した咲良に対して、児玉が不機嫌そうに否定する。
「違う」
「そっかー。じゃ、なんで?」
弥生がツッコミを入れた。
「ふぅー。小姑にさ、会う度に小言をもらうのは嫌じゃん。それなら会わなきゃイイって気づいたんだ。会うのを最低限にする方法があったから、その方法をとったら姑にバレて大目玉を喰らったんだ。罰として、いくつかのお手伝い姑から申しつかったんだよ。別に、小姑になんて一回会えばいいじゃんかって思うんだ。綾もそう思うよな?」
開発完了すると、テスト専用AIアプリケーション“小姑たん”を使い、テスト結果を数値化する。数値は成績に直結するので、時間に余裕のあるチームは開発成果物を改修し何度も小姑たんを使用するのだ。
孝一は開発期間の最後に1回だけ小姑たんを使用する計画だったのだが、塚田先生にバレてしまった。
その所為で、既に開発完了している3つの開発成果物を小姑たんで使用するのと、第一次サイバー世界大戦を調査研究の発表を申しつかったのだ。
綾は毎度、孝一が自分自身に都合の良いストーリーでの誤魔化しに感心した。綾は自身の願望を叶えるため、少しばかり孝一を挑発する。
「私、反対したよね! 朝の1時間ぐらい開発すれば良いんだから、WBS通り進めようって!」
「言ってたけどさ、効率悪いんだよ。あんぐらいのシステムなんか、気分が乗った時にガッツリ開発すれば終わるんだからさ」
挑発に応えるように、孝一は前回のラボでの会話と同じ内容の言い訳をした。綾の狙い通りだった。
それとなく、孝一から開発スキルを仄めかすのに成功した。
後は咲良と弥生のどちらかが喰いついてきてくれないかなー。
ここで私からも開発完了を匂わせ・・・恋人の存在じゃないから、示唆かな? 恋人は私だってオープンにしてるし・・・。
「問題はそこじゃないでしょ! 開発完了より、姑息な欺瞞対策が塚田先生の不興をこうむったんで―――」
「あのー、ちょっと待ってくれるー」
「児玉はちゃんと説明しよっか。してくれるよねっ! それに綾もだよ。いいよね。ウチら友達じゃん。友達として綾に協力するし、友達の彼氏にもウチらは協力するんよ。どう?」
喰いついたぁー。
やったね!
「どうする、孝一?」
綾のセリフは質問系だが、上目遣いで可愛く孝一にお願いしている。
いいよね?
私、少しは話したいなー。
孝一の耳に口を寄せ、小声で囁くように、甘えるように訊く。
「仕事してるとこまで? ラボがあるとこまで? 経営しているとこまで? どこまで話していい? 孝一」
「・・・仕事までで」
孝一は綾が示した最低ラインを選択した。
誤魔化すという選択肢があれば、迷わずそれを選択しただろうが・・・。
「えーっとね。他の人には内緒にして欲しいんだけど。実は―――」
嬉しそうな綾の表情がチラチラと見え隠れする。綾は自分の希望通り友達に彼氏自慢が出来た。
しかしその結果、藤児チームの開発完了がバレたので、綾は咲良と弥生が所属しているチームの手伝いを約束させられたのだ。
先に食事を終えた孝一は会話から外れ、新調したウェアラブルPCを設定していた。青梅街道でハッキングされ、自分で壊したウェアラブルPCの代わりに購入したものだ。
当然に最新機種の最高スペックを、もちろん会社の経費で購入した。
最低限の設定が完了したので、ネットで電気回路を検索してみた。
「電池などの電源から、スイッチ、抵抗、導線をつないで電流が流れる閉じた道・・・つまりはサーキット・・・ファイアウォールであると考えると・・・サーキットブレーカーがファイアウォールの役割? ブレーカーはサーキットを切断するんだから、通信を切断・・・ネットワーク機器で物理的に? ネットワーク機器がどうやって攻撃を判断する? やっぱり量子コンピューターが・・・そうだ量子コンピューターにネットワークケーブルを2つ以上接続しネットワーク機器として―――」
「ブツブツと独り言は怖いよ、孝一」
鶴見川の土手を歩いている時と同じように一人の世界に入り込み、独り言が漏れていたのだ。夏の昼日中の土手には誰もおらず、気味悪がれたり不審人物扱いされなかった。
しかし、今は食堂のテーブルに4人でいる。そして孝一の声は聞こえるのだが、何を言っているのか分からない声量だった。
そう、つまり不気味だった。
「悪い。ちょっと考え事してた」
「なになにー。綾だけじゃなく児玉までウチらの手伝いしてくれるん? ICT関連の仕事してるんよねー。プログラムはバッチしかー。ありがとね! 良かったら唐揚げ一個あげよっか? すっごい期待してるんよ」
綾だけでなく孝一までも手伝いに巻き込もうと、咲良がグイグイと来る。一つしか残っていない唐揚げ定食のメインを渡してまでも巻き込みたいらしい。だが、当然孝一の答えはNoだ。
「ありがとー」
「いらない」
孝一の返事と同時に弥生はお礼を言った。
弥生も咲良を真似て買収を試みる。
「アタシの揚げ焼売も1個どう? 美味しいよー」
孝一は買収案を無視し、頭の中を一杯にしている言葉について意見を聞いてみる。
「うーん・・・サーキットって何だと思う?」
「うわーん、話逸らされたー。綾ー」
「あーあー、弥生を泣かすとは。これはお手伝い確定よね。いいよね?」
弥生と咲良の小芝居を無視し、孝一は再度質問する。
「サーキットって何だと思う?」
「うっわー。サーキットって何だと思う、ボットかい」
「サーキットって何だと思う?」
「孝ちゃん」
綾の迫力に孝一はボットを止める。
「わかった。手伝うから、サーキットって何だと思う?」
孝一の意図を正確に汲み取り、綾が咲良と弥生に提案する。
「もう・・・ブレストすれば良いんでしょ! ちょっと咲良と弥生も意見くれないかな? 孝一のお手伝い券のために、ね」
「児玉の悩みはサーキットって言葉の意味するところなんよね? ウチはレースのサーキット場だと思うんよ」
「あー、アタシはサーキットトレーニングかなー」
「サーキットトレーニングって色んな運動をするんだっけ? 弥生って意外にも運動できるんよね」
「どんなトレーニングなの?」
綾の質問に、弥生にしては詳しく説明する。
「いくつかの異なる運動をトラックに配置して、順番にやってくんだよ。普通は何周か回るかなー。あー休憩ありでもいいよ。持久力向上じゃなく、効率よく全身を鍛えるのが目的だからねー」
「どんな運動するの?」
「腕立て、腹筋、スクワット、腿上げ、プランクとか色々あるよー」
色々な方向へと話が取っ散らかりながら、3人はサーキットについて真剣なブレーンストーミングを行った。それを聞きながら、孝一も色々な方向へと考えを巡らせていた。




