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ANDOLL*ACTTION魔法使い編  作者: 文丸くじら


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24/26

その数日後

事件が連続して起きた時間から、二日の時が過ぎた。

とある病院内で一人の少女と少年が手術室の前にいた。扇動美鈴と神崎伊予だ。

扇動美鈴は真っ赤な顔で涙目をしつつ、落ち込んでいる神崎伊予の様子に気付かないまま終わった作戦の愚痴を告げる。


「だからなんで僕が女装をする必要があったのか一から十の説明および反省文の提出をお願いしたいと思うんですが」

「……」

「そうやって無視されても困るのは貴方であって、大体あの女装姿を何故かばっちりアラリスさんが写真にして楓さんや柊さんが手に入れているという事態が起きていまして」

「……」

「さらにはクラカさんが今の体格なら自分の服が着れると言って父さんと一緒に意気揚々と買い物に出かけた結果がこれですからね!!?」


耐え切れずに最後の大声を出したのだが、それでも神崎伊予は無反応で、扇動美鈴はスカート姿で静かに泣き始めた。

その姿も実はしっかりと周囲に写真として撮られており、さらにはアルバム制作の話題が出ていることを本人は知らない。

アラリスは扇動美鈴のデバイスの中でデータで作り上げたカクテルジュースを呑気に飲みながら笑っている。

そしてそのデバイスを手にしているクラカは冷静な声で話しかける。


「楓から聞いたのですが、どうやって妨害ジャミングの中通信を取ったのですか?貴方の移動方法も通信のはずですよね」

<ジャミングも乱れているようで、一定のリズムや隙があるからそこを突いただけ。自然現象ではなく機械のアナグラムだから、最強ウィルスの前じゃ赤子同然だね>

「なるほど。それにしてもスカート短すぎませんか?一応元男ですよね?」

<えー?似合わないかなー。可愛いでしょう?>

「似合うから困るんです。しかもさり気なく顔をクラリス寄りにしていますね?そうやって周囲をからかっていると思われます」

<うぐぅっ。やはり僕の天敵は姉さんに詳しいクラカになるか……>


そんな会話をしている間に手術室のランプが消える。手術終了の合図だ。

出てきたのは玄武明良と扇動岐路、マスターと楓という、明らかに医者ではない四人である。

しかし問題はない。手術、というより修復していたのはアンロボットの柊であり、体中のパーツを整備点検するために青頭千里のコネを使って病室を借りたのだ。

玄武明良は出てきて早々に扇動美鈴の格好に瞠目し、一瞬考えた後に扇動岐路を見る。

馬鹿親代表の扇動岐路は病院内であるためわざわざ買ってきたインスタントカメラで写真を撮っている。

その音に扇動美鈴が慌てて顔を上げて、さらに顔を真っ赤にさせて玄武明良に視線で助けを求める。


「おい、馬鹿親」

「なんだい?」

「焼き増し料は払う」


しかし助けを求めた人物も女装写真を買う商談を始めてしまい、扇動美鈴は涙も枯れ果てた。

柊は自分自身で何事もなかったように起き上がって、ベットから降り立って服を着始める。

マスターは苛立った顔で楓達から離れていく。今からとある人物の頭を蹴り上げようと歩を進めていく。

そうやって通り過ぎたある病室には常連客が見舞いと称して大量の花束をプレゼントされている筋金太郎。

老婆から幼女、身内から幼馴染少女にツンデレ系やミステリアスまで選り取り見取りの女性集団。

そして部屋を埋め尽くしていく薔薇を始めとした恋愛関係の花言葉を持つ花束達。普通の人から見れば、植物園と言いたくなるような光景だ。

むせ返るような花の匂いと女性の声を感じて、お見舞いの花束を持ってきた駿河瑛太と音波千紘は固まっていた。

音波千紘の場合、袋桐麻耶から筋金太郎はモテると聞いていた。しかしここまでラノベにもあり得ないモテ方だとは知らなかったのだ。

もうお面をつけずに素顔のまま駿河瑛太は口を開いたまま呆けてしまう。世の中にここまで好かれる人がいるとは思わなかったのだ。

そんな二人の後ろには籠鳥那岐と御堂霧乃、そして袋桐麻耶と錦山善彦と葛西神楽の事件に関わった五人。


「どうした、入らないのか?」

「別に地雷があるわけじゃないなりよ?」

「むしろ地雷原だった方が俺は音の能力で感知して避けれたよ……」


籠鳥那岐と葛西神楽の問いに音波千紘はげんなりした表情で言う。

能力で捉えられる音は女の子らしい黄色い声に、いつも通りに話している筋金太郎の元気な声。

車にぶつかって血を流したというのに、どうやったら数日でここまで元気になれるのか。

実は前日に時永悠真と一緒に笹塚未来が見舞いに来て、細胞命令で健康に近い状態まで回復させたというのを音波千紘達は知らない。


「飛び込めないならこの外見美少女御堂霧乃ちゃんが背中を押してやろうか?」

「そう言ってドロップキックかますんやろ?お客様、病院内ではお静かに―、や」

「大体お前のたくらみ事って何気に一度も成功してないよな、外見美少女とかマジで外見だけ……」

「霧乃ちゃんスペシャルラブリーキュア★キュアハッピーアタックと見せかけた背中ドーン」


前半の技名は必要があったのかと誰かがツッコミを入れる前に、御堂霧乃に背中を突き飛ばされる錦山善彦と袋桐麻耶。

さらに突き飛ばされてバランス保てないまま前進した二人に押される格好で病室に入り込んでしまう駿河瑛太。

結果として三人はもつれ合うように大きな音を立てて転んでしまい、近くにいた看護婦から注意を受けることになった。

しかし駿河瑛太達の乱入により、気を使った見舞客たちはお友達と仲良くと言い残して全員帰っていった。


「二人共元気そうでよかったんだなぁ!」

「ちげーだろ、ゴリラ。お前が無事でよかったのまちが、い……あ」

「……麻耶が心配、してくれた……おろろろろろろろろろん、すっごく嬉しいんだなぁ!!!!」

「あー、あー、俺は何も言ってねーよ、ゴリラ!!勘違いして泣くんじゃねぇよ、筋肉もりもり野郎がぁっ!!!」


顔を真っ赤にして怒鳴る袋桐麻耶だったが、誰から見ても照れ隠しというのがばればれであった。

籠鳥那岐など珍しく微笑ましい目をしているのだが、袋桐麻耶から見たら憐みの目に見えていた。

錦山善彦などは明らかににやけた顔で素直になりーやなどと言うものだから、脛に蹴りを入れられる羽目になる。

声も出せない痛みに錦山善彦が耐えている間に駿河瑛太と音波千紘が筋金太郎に花束を渡す。


「ありがとうなんだなぁ。どっちの花束も素敵なんだなぁ」

「あの、その……僕の方は両親と一緒に元に……戻れるかも……って」


しどろもどろに駿河瑛太は一番伝えたかったことを告げる。

駿河瑛太は能力の性質から、事情を知っている人物以外から認知されていない。

つまり事件にたまたま巻き込まれた一般人として処理されることが決まり、さらに病院で両親と連絡を取ったのだ。

葛西神楽の付き添いという条件のもと、両親と対面した時は怒りの質問攻めに会い、そして最後は涙を流された。

ずっと探していたのだと。諦めかけていたけど、諦めなくて良かったと最後は声にもならないほど小さな声だった。

そうして駿河瑛太の両親は答えたくないなら、何も言わなくていいから、家に帰っておいでと駿河瑛太の手を握った。

特に父親は痛くなるほど手を力強く握った。消えたあの日、手を離したのを後悔しているように。

駿河瑛太は自分の能力について話した。そして父親の言葉にショックを受けて帰れなくなったということも、時間をかけてゆっくり話した。

両親は最初は驚いていたが、どんな形にせよ自分の子供であると、目の前から急にいなくならないでくれ、とやはり泣いた。

そして父親は目頭を押さえてすまないと何度も謝罪した。駿河瑛太も涙の筋をいくつも作って謝った。

葛西神楽はそれをずっと無言で見守っていた。自分が手を触れていなくても、両親の前からもう消えないだろうと駿河瑛太のことに安堵していた。

それに両親は駿河瑛太の手を離さない。それなら透明に消えたとしても、決して見失うことはない。

一つの隔たりが消え去って、家族が一つ元に戻った。


ただし、もう戻らない物もある。


「俺は書類送検に事情聴取を含めた刑務所送りかもだって」


音波千紘は平然と言うが、筋金太郎は目を大きく見開く。

残念ながら音波千紘は最初の硝子窓騒動を含め、警察監視下から脱走や再度の事件併発主犯。

少年院に送ることや少年法の適用も論議されているが、凶暴性があると判断されて甘い判決は期待できそうにない。

一応笹塚雄三や袋桐甲斐が減刑できないかと奔走してくれているが、難しいだろうと音波千紘自身が重い結果に納得している。

なにより音波千紘にはもう身元引受人のマーリンはいない上に、親戚は絶縁状を送り続けてるという毎日を過ごしている。

母親も父親もおらず、帰る場所のない身としては最適だろうと音波千紘は冷静に受け止めていた。

横では駿河瑛太が暗い顔をしているが、能力が使えたとしても解決できない問題などいくらでもある。


「瑛太が暗くなるなよ。意外と刑務所から音楽を届ける世界的ミュージシャンとかで大活躍する未来が俺にはある!」

「うわー、ナルシー」


ポジティブに無茶なことを言う音波千紘に御堂霧乃は冷ややかな視線を送る。

しかし御堂霧乃の発言に対して籠鳥那岐を含めた数人が、お前がそれを言うのかと声に出さないままツッコミをいれていた。


「そんなわけで花屋さん、もしよかったら俺の母さんの命日に交差点に花捧げてくんない?代金は、払うからさ」

「え?嫌なんだなぁ」

「花屋さん、意外と即答でショックというか……でも、犯罪者の頼みを聞きたくないというのはわか……」

「違うんだなぁ。自分が大好きな千紘なら、その大好きな自分を生んでくれた母親に自分で花を捧げたいはずなんだなぁ」

「……」

「だから諦めないでほしいんだなぁ」


筋金太郎のまっすぐな言葉に、照れくさそうに頬を掻く音波千紘。

ほんのりと目元が赤く染まっているのは錯覚ではない。しかし涙は零さない。

涙を零せば許されるようなことをしたわけではない。だから贖罪を誤魔化すような涙は流さない。


「……実刑は免れることができなくても、延期をすることができるかもしれない」


少し考え込んでいた籠鳥那岐は提案するように呟く。

警察を目指して勉強を始めた身として、少しだけ法律にも触れるようになった。

そして裁判の場において重要なのは証拠と真犯人であること。偽証として真犯人ではなくても罪に問われる場合はまた別の裁判が開かれる。

また証拠も物的証拠で鮮明な検査を通してないものの場合、疑わしいとして論議の余地ありと判決が伸びる場合がある。

それらを加味して籠鳥那岐は音波千紘に自分の考えを伝えてみる。


「マーリンを主犯として、恐喝及び脅しを受けていたとすればマーリンが見つかるまで……」

「それはできない。恩人を売るほど、俺も化け物になったつもりないよ」

「……なるほど。良い奴だなお前」


真顔で冗談のような本気のことを言う籠鳥那岐に対し、御堂霧乃は声も出ない笑いを体験することになる。

錦山善彦も同じ目に合う前に、籠鳥那岐から放たれる冷徹な視線に肝が冷えて変な顔のまま停止する。


「だが一つ目の事件は無理だが、二つ目の交差点はかなり引き延ばせる」

「どういうこと?まさか瑛太の能力をばらすとかは止めてよ」

「そうではなくて、お前はその場にいただけの脱走犯であり、信号機が消えたなどは証言のみでしか実証されない可能性が大きい」

「……?」

「例えば信号機が消えたせいで事故を起こしたとかどうだ?そんなの言い訳にしかならん。なにせ、信号機は姿を消しただけで通常稼働していた」

「あ」

「機械の異常はない上に、あの信号機の防犯カメラは走る車をしていても、信号機は映さないと、とある筋から聞いた」


籠鳥那岐が言うとある筋、不真面目な態度でいつも笹塚雄三に怒られる若い警官、袋桐麻耶の従妹である袋桐甲斐のことである。

福利桐麻耶が減刑できないかと奔走していることを聞いたため、信号機について尋ねたのだ。

するとカメラは設置されていたが、常日頃から映っているのは車だけだという。信号無視の車発見ではなく、スピード違反の車を確認するためである。

しかも精度が悪く、映像もかなり不鮮明とまでお節介という情報漏洩をしてくれたおかげで、籠鳥那岐はそこまで考えることができた。


「で、能力について今は解明中ということでかなり細かい精密検査をする羽目になる。そこでお前の能力が二つあるのではないかと疑う奴が出てくる」

「いやでも俺一つしか…」

「それでも、お前のことを知らない奴は疑う。当たり前の話だろう。しかしそのおかげで検査期間が長くなる。つまり証拠が揃わないまま判決を伸ばせる」

「つまり?伸ばしても俺の罪は……」

「消えないが、送られる場所を変えられるかもしれない。実はどうやらある奴が企てしていることがあるらしくてな」


籠鳥那岐は脳裏に青白い顔をした青年を思い出す。人間ではない、青い血が流れる人外。


その人外は現在進行形で金髪巨乳美女のマスターに背中から蹴りを入れられていた。

座ったまま蹴られたが、バランスを崩すだけで床に倒れることはなかった。マスターはその事実に舌打ちする。

今回の魔法使いの件は青い血がほぼ関与していなかったように見えて、裏から表まで真っ青なほどの黒幕容疑。

しかも原因は一番と二番の確執。それだけで多くの子供達が命の危機に近い状態に追い込まれ、不幸に塗れた人生となった。

だがマスターはそんなことでは怒らない。怒っているのはそんな面白そうな事件に関与してないと黙っていた青頭千里だ。

もっと早く関与していると言っていたらマスターはあらゆる嫌がらせという名の技術の駆使と暇つぶしができたのに、やって来たのは最後の後始末のような作業だけ。

しかも豊穣雷冠から送られた座標軸にネット経由でありあとあらゆる嫌がらせを送ったというのに、それにも負けずにジョージ・ブルースは逃げていた。

耳の鼓膜を破壊できるほどの緊急警報を流す嫌がらせもしたのに、その結果を見て見下し笑いもできない結末。

さらに今は柊の修理を含めた諸々でやりたくもない作業に追われ、青頭千里からの仕事、青い血の体に適応する赤い血の開発にも着手できない。

不満はたまりにたまって、マスターは手加減を忘れて苦笑いしている青頭千里を見下す。


「おいこら、この人外社長さんよぉ、どう落とし前つけるか計算したか?」

「あ、ちょっと芝居口調……怒ってる?」

「当たり前の助だよ、こんにゃろう。お前は私を怒らせたんだよ、どっかの漫画みたいにオラオラとかしちゃうノリなんだよ、馬鹿野郎」

「まぁまぁ。黙っていたのは悪かったけど、でもおかげで僕の方も準備ができてね……これ」


そう言って青頭千里はデスクに置いていたノートパソコンに保存していた資料を見せる。

最初はどんな忌々しい物を見せる気だと疑っていたマスターだが、読み進めていく内にあくどい笑みへと変わっていく。

青頭千里はいつも通りの白々しい笑顔でいた。マスターなら喜んでこの大きな計画に参加するだろうと予測していたからだ。

マスターからの蹴りなど青頭千里からすれば猫のじゃれつきだ。怒るほどのことではない。

むしろ見下ろして可愛いねぇと笑いかけるような、それだけの価値しかない蹴りである。


「ジョージ・ブルースもたまには僕の役に立つね。でもそろそろ退場してもらいたいから、そこも手伝わない?」

「いいぜ。青い血の化け物退治、ヒーローみたいでぞくぞくするぜ」

「あははは。本当は僕達こそ黒幕みたいなのに、少し視点を変えれば英雄になるから人間は可愛いね」


余計なことを言った青頭千里の椅子に再度マスターの蹴りが入り、最終的に青頭千里は床を転がった。



それに関与しないよう隣室でアイスを食べていた七園真琴と白子泰虎。

竜宮健斗の同級生でありながら、青い血の七番目と八番目であることを今回の事件でばらしたのだ。


「おじさんはどうやら……ぐー」

「あはははははは!そこで寝る!?」

「むにゃむにゃ、おじさんは魔法使いの弟子達を集めるため、汚い手をいっぱい使うだろうね」

「あはははははは!結果的には救われるんだからいいんじゃない?それに汚い綺麗というのは野暮じゃない?」

「ぐー……そうかもね。それが拡大する事件の前兆だとしても、きっと誰も気付かないからね」


そうやって会話してアイス食べて笑って寝てを繰り返しながら、二人は着実に青い血の道を進んでいく。

いつかは青の字も受け継いで、本格的に青い血の血族に仲間入りする日がやってくる。それは避けることはできない。

何故なら二人の体内を流れる血脈は全て青く染まっているからだ。紛れもない人外の体になっていた。



二人きりの病室に響く、紙に鉛筆を走らせる乾いた音。

絵心太夫はそれを子守歌代わりに瞼を閉じて明かるい陽ざしに微睡んでいた。

新しいスケッチブックに新しい絵を描く彩筆晶子は、無言のまま腕を動かすのを止めない。

膝にはラッピングした箱があるのだが、見舞いに来てからずっと渡せないまま温まり始めている。

無言という名の結界に包まれてしまった部屋の外で、様子を眺めつづけている相川聡史と猪山早紀。

なにせ絵心太夫は告白して倒れた後、返事や顛末を知らないまま入院中ずっと大人しくしていた。

それこそいつものような長い口上一つでないまま、普通の少年みたいに入院に飽きることなく、大人しいのだ。

もしかして頭に異常が出たのだろうかと相川聡史は疑ったが、診断書において脳のダメージはなしと書かれている。

それではなぜ大人しいのか、それすらわからないまま彩筆晶子がプレゼントを持ってきてお見舞いに来たのだ、一人で。


彩筆晶子は絵心般若の教会で預かることになった。家族と和解したように見えて、傷ついた溝は深い。

すぐには戻れない。しかし少しずつでいいから、新しい道を進んでいこうと、定期的な面会や補助の話を具体的に進めている段階である。

最初は一か月に一度の面会、少しずつ回数を増やしてコミニュケーションの回復。学校も義務教育だけでなく本人の希望があれば大学進学まで支援すること。

娘を取り戻してもショック状態が続いている夫婦の精神治療も必要な状態。絵心般若は崩壊した家族の再生に尽力することを決めた。

そのために必要な金策や生活保障に保険、法律問題などを誠心誠意取り組んでいるため、息子の見舞いも不可能な状態になっている。

絵心太夫からすれば、自分よりも助けの手を必要としている人間がいるなら、父親にはそちらを優先して欲しいと考えているため問題はない。

新聞やネットニュースでは結晶の城で戦う絵心太夫の写真が掲載されているが、激しく動いていたため姿が不鮮明で、誰も身元に辿り着けていない。

だから静かな入院を過ごしていると言える。しかしニュースの煽り文句は現代ヒーロー登場!?と突飛な内容で閲覧者を増やしている。

本来なら喜びそうなそんな状況で絵心太夫は嬉しそうでも悲しそうでもなく、平常心で休んでいた。


「……晶子」

「な、なにさねっ!?」


声をかけられえて明らかに動揺し、鉛筆の芯を折ってしまった彩筆晶子。

その顔は真っ赤というよりは真っ青という、なぜか緊張しすぎて体調を悪くしている人間の様子に見える。

そんな表情を眺めながら絵心太夫は普段とは違う穏やかな調子で言葉を続ける。


「今日はいい天気だな」

「そ、そうだね……」


そしてまた微睡み始める絵心太夫。日常を謳歌する話題は返事一つですぐ終わってしまう。

相川聡史はツッコミを入れようにも、普通に考えてどこもおかしくない内容のため、病室に入れない。

猪山早紀もあの二人きりの空気を邪魔するほど野暮ではない。しかし焦れてしまうので、急展開を欲している。

折れた鉛筆を筆箱にしまい、新しい鉛筆を取り出して再度絵を描きはじめる彩筆晶子。

平和な空気が病室を満たし、穏やかな幸せがそこに演出されているようだった。ただし演出という言葉を使ったように、それは真実ではない。

絵心太夫の手の中には古びたゴーグル。今回の一件でレンズ部分にひびが入ってしまっている。

かつてマーリンが脳味噌だけのクローバーに頼まれて、幼い絵心太夫を助けた時に渡した物。

もし絵心太夫が不遇な人生だったら彩筆晶子のように、マーリンの弟子になっていたかもしれない事件。

しかしそうはならなかった。絵心太夫が幸せでも、恵まれているわけでも、ヒーローを目指したからというわけでもない。

マーリンは手を伸ばさなかった。絵心太夫は必要とされていなかった、それだけの話である。

そして計画はあやふやな結果のまま、弟子達を残してマーリンは消えてしまった。青い血の人外、ジョージ・ブルースの手によって。

絵心太夫はそのことを知らない。しかし割れたゴーグルと彩筆晶子の様子を見てなんとなく勘付いていた。


「マーリンは?」

「せ、先生は……色々あって……」

「そうか。ふむ、そうか」


わずかに上体を起こして、微睡むのを止めた絵心太夫は今度は瞑想するために瞼を閉じる。

最初から目的は全部救う。おかげで彩筆晶子の無事を確認、誰も何も言ってこないということは他の弟子も無事だと判断できる。

失敗して怪我に差支えないように黙っているという路線も考えたが、それにしては彩筆晶子が普通に絵を描いているので心配する必要ない路線である。

そしてマーリンに関して尋ねたところ、曖昧な反応。生きているが、少々問題が起こったようだと捉えられる。

さすがにこれ以上は状況判断だけでは無理だと思い、点滴を吊るす道具を支えに絵心太夫はベットから降りる。


「え、ど、どこにいくの?」

「まだベットから降りてはいけないと言われているが、これ以上寝ているのも退屈になってきてな。なによりヒーローは不死身……」

「じゃねぇよ、馬鹿!!」


いつもの調子を取り戻し始めて無茶しようと動き出した絵心太夫を止めるため、思わず相川聡史は病室に入ってナースコールを押す。

即座に本当に女かと疑うような屈強な体格をした看護婦が部屋に入り、立ち上がっている絵心太夫を見て憤慨する。


「カンジャサン、治療中アブナイネ」

「うおっ!?これがヒーロー再復帰の第一難関か!?しかし俺はこの難関を飛び越えるためあえて立ち向かお……」

「ネンネコロリヨ」


子守唄の一節を使った割りには寝んねではなく、昇天コロリ殺虫コロリの勢いの早業。

一応怪我人に対する処置なのだろうか、と相川聡史がツッコミを忘れるほどの圧倒的な制圧。

絵心太夫は声もないどころが、意識もない状態でベットに転がされる。そして屈強な体の片言看護婦は病室から出て行く。

入れ違いで猪山早紀が苦笑しながら病室に入ってくる。相川聡史が入ったことで二人きりの空気が胡散霧消したからだ。


「えーと、晶子ちゃんは太夫くんにプレゼントあるんじゃなかったの?」

「あ、え、あ、うん。あの、こ、ここ、こここここ、告白の返事……」


顔を真っ赤にして茹蛸のように湯気を出しそうな勢いの彩筆晶子。

それを見て猪山早紀は初々しい少女を見る微笑みになり、相川聡史はだからなんで俺の周囲ばっかとやさぐれる。

しかし一番肝心の告白返事相手が意識無い状態でベットに転がっているため、雰囲気は台無しである。


「その、ごめんなさい、って……」

「……え?」


猪山早紀は彩筆晶子の答えに目を丸くする。確かに場面にそぐわない告白だったが、命がけの告白である。

もし玄武明良が命がけで告白してきたら、猪山早紀は間も置かずに了承する。命がけでなくても、好きという一言で舞い上がれるが。

なんにせよ女子としては一度は経験してみたいけど、現実はそう甘くないよねという大告白。

それに対して断りの返事をするつもりの彩筆晶子に、思わず問い詰めたいと思ってしまっても仕方がないだろう。


「け、けけけけ、結婚は、その、ママやパパのことあるし、考えられない、というか……余裕ないから……これ」


猪山早紀の視線に気圧されつつ慌てて事情説明しつつ、膝で温めていたラッピングされた箱を手に取る。

派手ではないが色味が綺麗な紙とリボンで構成された、贈り物としては十分な品物。

相川聡史や猪山早紀も中身を知らないプレゼントの正体を、照れてしまい小声になった声で彩筆晶子は呟く。


「だから、まず……交換日記、から、と……おもって」


手まで真っ赤な彩筆晶子の傍には新しいスケッチブック。

そこに描かれているのは鉛筆だけで明るい病室と微睡む絵心太夫の姿。

相川聡史は静かに病室から離れて、出入り口から外に出て中庭の大きな木がある場所へと行き、そこでやっと心の声を出す。


「ただのリア充オチかよっ、ど畜生ぉおおおお!!!!!!」





そんな相川聡史は知らない。もう一つの裏社会リア充オチを。

飛行機が次々と飛び交う国際空港、顔の怖い大人に囲まれたアントニオ・セレナと凜道都子。

仁寅律音は求道哲也、豊穣雷冠、時永悠真、最後に笹塚未来と一緒に遠い所から仁義なき睨み合いを眺めている。

そしてその睨み合いの真ん中に堂々と立っているが、げんなりした表情の火鼠小僧こと氷川露木。

体半分以上の火傷、その上に彫られた刺青。一般人から見ても怪しい容姿の少年である。

その左手には仕掛けが施された銀の婚約指輪。アントニオ・セレナにきついサイズのを無理やり嵌められた物だ。


「お嬢、やはりこの婚約話は御破算ですよ!?お嬢という相手がいながら男の恋人を作るボスなんて信用できやせん!!」

「それはこっちの台詞でーす。日本がいくら平和な国とはいえ彼を連れまわした挙句に危ない場所に鉢合わせなど暗殺と疑われても仕方ありませーん」


騒ぐ部下達に対し凜道都子は頭を抱えて聞き流し、アントニオ・セレナは片手一つ上げて制止させる。

アントニオ・セレナが女ということはマフィアの中でも極秘、今回の日本同行では知っている部下は二人。

それ以外はその事実を知らないため、アントニオ・セレナは女性もいける男色家という器のでかさと偏見を持つことになる。

しかしそれすら抑え込める教育と偉大なるボスの血をひく少女は微動だにしない。ただいつも通りに家稼業に心身を尽くすのみである。

逆に凜道都子はまたお嬢と呼ばれたことにショックを受け、アントニオ・セレナが早く女とばれて婚約話が自然消滅することを願う。

そして既に怖い顔の大人達に男色家の恋人扱いされた氷川露木は脱力していた。人生の闇奈落に落ちる準備はできていたが、もっと別の方に転がり落ちている錯覚が襲う。


「世の中見かけじゃないよね、ね、未来ちゃん」

「お前が言うと説得力半端ないな」


仁寅律音の言葉に笹塚未来は反論の余地がなく、申し訳程度の皮肉を返す。

アントニオ・セレナは先程から笑顔の種類が変わらない。先程というよりは凜道都子に出会った時からであるが。

いつも同じ笑顔でふざけたことからかなり本気のことまで、また先程部下達を片手で鎮めた時も同じ笑顔である。

どういう教育と環境で育ったらああなるのか、平和な国日本で暮らしている仁寅律音からすれば敵に回したら死ぬと直感できる相手だった。

求道哲也はお気に入りの哲学の本から目を背けないまま話し出す。


「で、あいつはまだイタリアに行かないんだろう?マーリンを助けるために」

「そうらしいよ。で、事が解決するまでは凜道都子ちゃんの家に預かるということで、警察の目を誤魔化す予感」

「雷冠と戦った時はこの馬鹿のせいで辺り一帯の電気製品から監視カメラまで全てデータ吹っ飛んだという話だけどな」

「それでも電車溶解の件があって、映像はあるからね。特に彼、あんな目立つ容姿だしね」

「俺様もトレードマークとして額に雷の傷とかつけるべきか?」

「やめろ。哲学的に考えなくても著作権問題に発展する」

「僕もそんな予感するなー」


知っているようで知らない間柄だったはずの三人は、慣れた会話をしている。

笹塚未来はそんな光景を見て、やっぱ男友達に勝つのは相当な努力が必要かと溜息をつく。

なにせ時永悠真はその二人の親友のため、二度と戻れないと知りつつ過去に来て人殺しの覚悟をしていた少年だ。

時永悠真が知っている二人はもういない、しかし作り出した可能性の未来から二人はやってきた。

戻らない、だけど新たな関係を築くことはできる。それを目の当たりにして、なんとなく笹塚未来は持っていたデバイスであるデータ呼び戻す。

密かに教えられた通信コードを入力した、次の瞬間に相手は画面の横からこっそり顔を覗かせていた。


<な、なに……未来>

「えーっと、アダムスじゃなくてアラリス。あのさ……俺と友達、になろうか」


小声で少しだけ怯えつつ笹塚未来は告げる。かつては別れを突きつけた相手に、裏切った相手に。

アラリスは画面横に隠れつつ、少しだけ驚いた顔をする。変わったとはいえ、根本は変わらない。

アラリスはウィルスAliceを取り入れたアダムス、笹塚未来もそれくらい理解している。

しかしいつまでもしこりが残っているのは辛い。だからこそほんの少し歩み寄る。

誰かが見たら滑稽、蝙蝠、身勝手と罵るかもしれない。それでも笹塚未来は忘れていない。結果論であってもアダムスは笹塚未来を助けてくれた。

本当の笹塚未来に付き合って無茶な作戦を立てて、能力に目覚めさせてくれて、傍にいてくれたことを。

最初から悪い奴はいるかもしれない。しかしアダムスがそれに該当するかといえば、否だった。


<……未来の恋バナしてくれるなら、いいよ?>

「ぶはっふぅっ!!?」


アラリスからの予想外の返答に笹塚未来は思わず人目があることも忘れて顔を真っ赤にして盛大に吹き出す。

空港では多くの人が行き交い、吹き出した笹塚未来に何人か注目するが、すぐに搭乗時間を思い出して視線を逸らしていく。

仁寅律音が横目で何話してるのやらと呆れた顔をしており、時永悠真達はいきなりデバイスの画面に吹き出した笹塚未来を見ている。


「あ、ああ、アラリスちゃん?なんのお話かしら~」

<言っとくけどいまさら僕に対して誤魔化し効かないからね。いやー、女の子の一目惚れって友情を壊す要因だって僕はあの時に学習したよ>

「て、てめぇもあの時最悪な性格だったじゃねぇか!?俺だけのせいじゃないだろうが、バーカ!!」

<変わったんで無効ですぅー!今の僕は超絶可憐ネット最強美少女アラリスちゃんでーす、僕っ娘要素も完璧なんですぅー>


言い争いしている間に画面を覗きこみはじめる時永悠真達三人組。仁寅律音は他人を貫き通している。

求道哲也は好奇心を顔に覗かせ、豊穣雷冠は改めて見て驚き、時永悠真はそれ以上刺激してまた暴れたら困るといった顔をしている。

特に豊穣雷冠は指先に電気を発生させて、電波に変換後、デバイスに通信してアラリスに刺激を与える。


<ひゃんっ!?え、ちょ、なに!!?今何したの!?>

「いや俺様電気を扱える人間兵器で、未来ではこう言った自律意識を持ったデータに干渉する技術を身に着けているからこんなことも……」

<や、ん、ちょ、やめてよー!!変態兵器―!!>

「これは面白いな。俺の時代ではアニマルデータ自体が少なくなっていたから、悠真もっと仕組みを、出来れば哲学的に、教えてくれ」

「え、あ、うん。あ、あだ、じゃなくて…アラリスも協力してね?」


少し戸惑いつつ時永悠真もアラリスに歩み寄る。豊穣雷冠に電気技術で弄ばれていながらも、その声はしっかりと聞こえた。

豊穣雷冠に止めるよう頬を膨らませつつも、その口は笑みがこぼれていた。少し照れくさそうな、前進したのが嬉しそうな表情だ。


<もう、仕方ないひゃん!!!!ちょ、そこの話聞かない馬鹿を早く止めてよー!!>


いい雰囲気を読めなかった豊穣雷冠は求道哲也が持っていた分厚い哲学書の角で殴られ、笹塚未来の回し蹴りを腹に食らう。

時永悠真は出遅れたと思いつつも傍観し、仁寅律音はひたすら他人の振りだとあらぬ方向を根性で意味もなく見続けた。



凜道都子と凜道組の大人達が帰り、イタリアマフィアの者達もアントニオ・セレナの指示で先に搭乗する。

残っているのは氷川露木とアントニオ・セレナが信頼を置いている性別を知っている昔ながらの部下だけ。

空港のロビーは様々な人間が行き交う。しかし誰もすれ違う人間がどんな人間かまでは判断できない。

明るい日差しが入るこの場所で、薄暗い闇からさらに深く、闇と呼ぶには生易しい、過酷な世界に足を踏み入れようとしている少年がいた。

帰る家は崩壊していて、待っていてくれていた父親も見捨てて、成長した弟の顔だけを忘れないように必死だが、すでに顔は朧になっている。

それに太陽の下へ帰るには氷川露木の手は血がこびり付いていた。怪しい研究材料として、資金確保のために、闇の世界を荒らした咎もある。

だからこそアントニオ・セレナに目をつけられた。左手の薬指につけられた銀の指輪は、犬の首輪のように見えない鎖で二人を繋ぐ。


「外したり燃やそうとしたら、その指輪の仕掛け作動しますからやめてほしいですし?」

「しねーよ。それよりセレナ」

「なんですし?あ、もしかして最初の子供の性別はどっちでSHOWな白い壁で赤い屋根の家に犬一匹というウェディングアフターライフの相談を僕とした……」

「俺は一人称が私の女が好みだ。直せ」


まくしたてるアントニオ・セレナの言葉を遮って、氷川露木ははっきりと告げた。

思わぬ普通の言葉にアントニオ・セレナは目を丸くする。体の半分を火傷と刺青に覆われた少年とは思えない、普通の言葉。

男の振りをするためにアントニオ・セレナは一人称を僕という日本語で使ってきた。海外だったらIの一文字で済むのだが、日本語を学ぶ時に選んだのは男の一人称。

丁寧な時は私、荒々しく表現するなら俺、威厳を持たせるなら我、など日本では様々な人称が存在する。

そしてこれから将来、日本に戻ることも少なくなるであろうと承知しているはずの氷川露木は、とても小さいながらも譲れない意見を突きつけてきた。

宣戦布告に近い、お前の思い通りには行くと思うなよ、という意思表示。その反抗を感じ取ってアントニオ・セレナは衝動的な行動をする。


氷川露木の首元を掴んで、無理矢理頭を下げさせて口づけをする、恋人にするには強引なキス。


ロビーがざわつくのも気にせず、分単位で口づけしたアントニオ・セレナは氷川露木が放心している間にあっさりと離れる。

そろそろ搭乗時間だと部下に耳打ちされ、今のことをなかったように手を振りながら告げる。


「イエッサー、露木。私の魅力でメロメロンでーすし。ちゃんとそっちのマニアック嗜好反映させてあげますから、早目にセンセーとやら助けちゃってくださいですし」


鼻唄でも歌いそうな気分でアントニオ・セレナはあっさりと氷川露木の目の前から姿を消した。

そして残された氷川露木は疲れた表情で一人、空港から姿を消した。逃げたわけではなく、立ち向かうための準備をするために。

白い機体の飛行機が青い空に雲を作って、海の向こうにある大陸へと飛んでいく。少し暑い風がコンクリートの上をなぞる。

世界は平和に回っている。いきなり逆回転を始めることもなく、誰も見知らぬ誰かの不幸に気づかない。



神崎伊予が病院からこっそりと消えた。帰る場所もない、生まれたことすら知られてない少女はNYRON郊外に向かっていた。


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