青い空を超えて真っ白な部屋の中赤い結末を見る
多分いつも通り見上げた先には青い空に積乱雲がある、夏の日だった。
最初は何の違和感も持たないまま、過ごしていた。テレビで流行りの世界終末論も聞き流すほど。
どんな言葉を吐いても必ず明日は来ると、どうせあの青い空の積乱雲をもう一度見るのだろうと信じていた。
誰も保証してくれない、確証もない明日を信じていた。笑って、またね、と誰かに手を振る夕方に蝉が鳴いていた。
それが普通だと思っていた。でも普通じゃなかったのは世界という、それだけのくだらない話だったんだがな。
満月が輝き始め、夕暮れが姿を消したばかりの時間帯。NYRON郊外の、道路舗装はされているものの民家の少ない場所。
そこを神崎伊予の手を握って歩くマーリン。いつもの毛布ではなく外を出歩いてもおかしくない格好を神崎伊予にさせている。
しかし真冬でもないのに分厚いポンチョを着た神崎伊予にやはり視線は集まってしまう。それでも関わろうという者はいない。
おかしいと思いつつも厄介事に関わらない、国民性に近い性質は大体の事件で取り沙汰される物だ。
もう少し早く通報があれば、もっと早く異変に気付けば、そんなことは毎日のように新聞に載っている。
それでもなくならない辺り、手遅れというのはむしろ普通のことかもしれない。むしろ手遅れは発見した時にしか現れないのかもしれない。
こんなことを論議しても結果や過程は変わらない。神崎伊予は誰にも認知されない子供で、予知の能力者である。
マーリンにとってその力は必要だった。未来を知る、それだけで未来が変わるという観測者効果というのがあるからだ。
神崎伊予は黙々とマーリンについて行く。握った手を離さないように力を込めている。
「あと少しだ。そしたら、わかるな?」
「はい」
すでに内容は伝えてある。あとは最後の確認だけ。神崎伊予は短い返事だけをする。
神崎伊予は自分が関与した事柄の可能性が見える。パソコンでいくつも画面を開いて見るように、あらゆる可能性。
マーリンが確認したいのは自分が死ぬ可能性でも生き延びる可能性でもなく、これから出向く場所にいる人間の可能性。
デッドオアアライブなどと大袈裟な話ではないが、二択なのは変わらない。シンプルな話である。
しかしシンプルな話をこじらせるのは邪魔者という存在で、角を曲がった先にそれは立っていた。
「……竜宮健斗?」
「応。で、魔法使いはお前でいいんだよな?」
帽子で目元を隠しつつも竜宮健斗は尋ね返す。初めて相対する青年。
どこからどう見ても普通の人間に見えて、それでも少し慣れてきた違和感に気付く。
声。どうしても機械では再現しきれない肉声ではない、機械音声。
青年の声はそれそのものだった。外見だけではわからない、声を交わさなきゃ気付かない異変。
竜宮健斗は大馬鹿であるが、間違えないように生きている。そして今も間違えずに判断した。
マーリンはアンロボットである、と。
「伊予、どういうことだ?」
不意に手を離した子供に対して振り返らずに問いかけるマーリン。
季節に合わない厚手のポンチョを着た神崎伊予は一歩二歩下がって冷静な目を向ける。
それは覚悟した少女の瞳。足掻いてやると、誰かに祈らずに自分で行動すると決めた証。
神様は助けてくれない、魔法使いは消えてしまう、頼れるのは自分とその周囲であると現実に向き合った。
ずっと可能性でしか語られない未来を見てきた。本当に見なくていけないのは、目の前の出来事。
能力に頼って頼られて、目を曇らせていた神崎伊予はやっと心地のいい夢と決別すると誓った。
「先生、私は子供だけど、道具じゃないよ」
「伊予?」
「先生の思い通りにはいられない、もう弟子なんてやめる。先生を止められるなら!」
そう言い放った瞬間、遠くから様子を窺っていた布動俊介が瞬間移動で神崎伊予の横に現れる。
そしてすぐに手を取って見えた場所まで能力を使って移動を始める。竜宮健斗に気を取られていたマーリンは一拍遅れて追いかける。
デバイスにかかってきた電話に対し、竜宮健斗はマーリンを追いかけずに通話状態にして話しかける。
「あ、美鈴?とりあえず第一段階成功。俺も追いかけてみるけど、本当に大丈夫か?」
『いや、僕も心配ではあるんですけど……冷静さを欠いている今なら大丈夫でしょう、多分』
それだけの会話で通話を終えて、竜宮健斗は走り出す。おそらく途中で見失う可能性が大きい。
なぜなら相手が次に追いかけるのは人間ではありえない身体能力をした機械の体、アンロボット。
アンロボット同士の動きに追い付くのは子供である竜宮健斗には過酷な話である。
それでも騙すには追いかけて相手の警戒心を募らせる必要がある。扇動美鈴はそう言った。
警戒心を持っている時は、逆に一番不注意なのだと。他のことに気を取られる余裕がない状況だと。
布動俊介は後ろから追いかけてくる気配に青い顔をしつつ、神崎伊予の手を引いて走る。
しかし普段から外に出ない神崎伊予はもうすでに息を荒げており、足は震えている。
そして追いつかれそうになると視点を動かして瞬間移動で距離を遠ざける。その度にマーリンからきつい視線を背中に受ける。
半分涙目のまま布動俊介は予定されていた場所まで辿り着く。マーリンがそこに着いた直後、真上から落ちてくる影一つ。
褐色の肌をした長袖の少年に見える、アンロボットの楓。柊とは違い、戦闘目的で作られたため、運動能力が一桁は違う。
マーリンは舌打ちしつつも楓の弱点を知っているため、そこを突いて行く。
「俺が辿り着いた未来のクローバーについて知りたくないか?」
「博士の?」
「脳味噌だけだったよ。白い部屋で保存溶液の中、大事にされていた」
しかし楓は逆上することもなく、機械的な態度のままマーリンを捕えようと手を伸ばす。
伸びてきた手を掴んで、飛びついて来た反動を利用して投げ飛ばす。投げ飛ばされた先で体を回転させて着地し、もう一度マーリンに向かう。
マーリンは小さな動きで体の位置をずらし、足のつま先だけを上げて楓をひっかけて転ばす。
予想していた楓は空中に浮いている間に地面に向けて手を伸ばし、倒立してから足を動かして地面に着地する。
大味な動きの楓に対し、マーリンの動きは最小限の受け流す戦法だ
その動きに見覚えがあった楓はマーリンの体を一通り眺めて、声をかける
「俺の未来でもう一体、戦闘用として作られたアンロボット、柳という奴がいた」
「おそらく素体はそれだろうな。ただし中身は俺だがな」
力尽くの制圧、攻撃される前に攻撃するというコンセプトで作られたのが楓。
柳というアンロボットはその逆で受け流し、攻撃されたら倍返し、というコンセプトで作られたアンロボットだ。
クローバーが昔好きだった漫画の柔と剛という格闘技に憧れて、二体作ったという背景だ。
楓はその柳が苦手だった。力で押し潰そうにも受け流されて倍以上のダメージが返されるのだ。
しかしそんな柳の弱点も知っている。攻撃しなければ柳自身は非力に近い。
だからといって攻撃しなければ倒せないので、お互いに手を出せないというドローの結果を脳代わりのCPUが弾き出してしまう。
その結果によって楓の戦闘意識は薄れていく。そして相手を見逃してしまうという失態を、わざと、起こす。
横を走り抜けたマーリンを追おうとして、息を荒げて今にも倒れそうな竜宮健斗の到着に気付く。
「だ、第二段階……」
「成功です。追いかけますが、俺がおぶります」
問いかけに簡潔に答えつつ、楓は背中に乗りやすいように屈む。
竜宮健斗は言葉に甘えておぶってもらう。でないと絶対追いつけないという自信があった。
人間ではありえない脚力で走り始めた楓の背中はお世辞にも乗り心地は良くないが、我儘は言ってられない。
特に新たに判明したのがマーリンの体が楓と同じ戦闘目的で作られたという面が不安を大きくしていく。
次の段階で重要なのは柊という、主にクローバーの補佐で作られたアンロボットだ。
別に弱いわけではないのだが、むしろ人間と比べれば十分強いのだが、相手が楓並のアンロボットの場合話が違う。
「そういえば、マーリンは自分のことについてなんか話してなかったか?」
「マーリンの未来において博士は脳味噌だけの存在らしいです。察するに俺達の進む未来世界とは別物と考えて良いでしょう」
「てことは、やっぱり未来から来たのかぁ……俺達の周り、そういうの多すぎない?」
「過去が未来を夢見るように、未来は過去を変えたいのでしょう」
竜宮健斗に対する返事を終わらせ、楓は速度を上げる。
柊に関していえばつい最近大きな損傷を受けたので、万全とはいえない状況。
しかも第三段階の作戦は不安要素が大きく、失敗した時の結果によっては大変なことになる。
実は立案者が神崎伊予なのだが、その突飛な内容はマーリンの隙を突くには充分なのだが正直無茶だろうという側面もある。
それでも採用したのは神崎伊予が一番マーリンを知っており、好きな相手を裏切ってでも守りたいために布動俊介に声をかけたのが始まりだ。
神崎伊予の意思を尊重すべく、この作戦は動いている。しかし他の三つと違って、一切の百%が存在しない。
どうなるかわからない状況は心臓が爆音をたててくる。竜宮健斗は真剣な目で揺れる背中の上、前を見据えた。
マーリンが追いかける先には厚手のポンチョを着たツインテールの少女、つまり神崎伊予をお姫様抱っこして走る柊。
途中で布動俊介に追いついて脅しかけたところ、指差した先に二人がいたため布動俊介を見逃して走り出したのだ。
目的は相手の殲滅でもないし、邪魔者の排除でもない。神崎伊予を取り戻して目的地に向かうこと。
ならば無駄なことをしている時間はない。マーリンは目を逸らさずに二人を追いかけていく。
柊には瞬間移動という能力はない。だから見失うことはない、それでも平静を崩さない柊。
実は体の内部の調子が悪く、前に竜の尻尾によってビルの外に落ちた衝撃が残っているようだと判断する。
それでも逃げるには十分な機能が残っており、戦闘では楓には敵わないが、逃げるだけの基本能力自体ならひけは取らないはず。
特に無線通信で楓から持たされた情報にマーリンの素体は柳と聞いている。柊もその名前のアンロボットには覚えがある。
戦ったことはないが、基本が相手が攻撃してから行動する仕様である。これはあとで正当防衛と建前を作るためである。
そのため楓との戦いにおいて柳から手を出すことはなかった。手を出せば受け流すこと出来ずに力に押し潰されるからだ。
「もう少しスピード上げます。舌を噛まないように口を閉じててください」
柊の言葉に少女は無言で頷く。手は成功を祈るかのように組み合わせており、わずかに汗ばんでいる。
マーリンは目的地から遠ざかるのを感じつつも、神崎伊予がいなくては意味がないため追いかけ続ける。
追いかけつつなぜ目的地に向かうか、という根源を思い出す。それはとてもシンプルな話。
世界を救いたい、どこかの主人公が考えるような単純な話である。
マーリンは深い眠りから目覚めた時、データの海を漂っていた所を誰かに救い上げられた。
その誰かは簡単な質問をマーリンにした。朧げな意識の中で質問に順に応えていった。
どこから来たの?青い空の街NYRON。
名前は?よく覚えてない。
今が何時かわかる?わからない。
多分だけどね、君がいた時間よりもずっと未来って言ったら信じる?……信じたくない。
戻りたい?戻りたい。まだ目的を遂げてない、それが俺の生まれた理由……だった気がする。
どんなに辛くても、苦しくても、それでも?戻りたい。
じゃあ教えてあげよう、僕が知っていることを。少し長い話で、話せない部分もあるけど。
次に目覚めた時はアンロボットの体で動いていた。見渡せば真っ白な部屋。
青い空が目に焼き付いていた身としては、その白は痛々しいほど眩しいように感じた。
その部屋の中央に脳味噌が一つ、保存溶液の中で浮いていた。電極やコードがいくつもつけられている。
しかし脳味噌には意識があるらしく、パソコンに文字を表示させて会話を成立させた。
脳味噌の持ち主はクローバー。かつて扇動美鈴という名前だったが、その名は捨てたという。
アニマルデータという魂をデータ化した存在になり、そのデータを基に自分の体細胞から培養した脳味噌を動かして意識を保っているらしい。
本当の体は誰かにあげて、ないという。その誰かの名前に覚えがないマーリンは聞き流した。ただ女性の名前ということは理解できた。
マーリンを見つけたのは時空の歪みを感じたからだという。脳味噌だけで魂という概念から、生身では受け取れなかった部分に敏感になったと説明する。
そして歪みを調べていった先にアニマルデータに等しい、しかし仕組みが少し違う人間一人分のデータを見つけたという。
それがマーリンだった。どう違うのかと聞いたら少し曖昧に、魂の違いかな、と苦笑が薄く見えるような文が打ち込まれた。
クローバーはそこから本当に長い話をした。アニマルデータから始まる気が遠くなりそうな悲劇の話。
扇動美鈴は義理の父親に娘の依代として育てられ、子供達は塔の中で体を失い、女王は体の限界に耐えられずに壊れた。
地底遊園地は誰にも知られないまま神隠しは続き、未来世界からの干渉で現実は好き勝手に改変された。
そして魔法使いの弟子という事件で、また多くの子供が死んだ。最終的に誰もが泣きながら打ちひしがれて倒れていくような話の数々。
マーリンは聞きながらそんなに不幸な世界の話と、自分がいた世界を少しずつ思い出しながら比較する。
幸せに溢れて誰もが笑っているような、でも限界がある世界。それでもクローバーが語る話よりも素敵な場所に思えた。
<まだまだ話すことあるんだけど、一つだけ君に頼みたいことがあるんだ>
「頼み?」
<僕はタイムマシンを開発した。一方通行だけど、それでも過去を変えられる可能性>
「……」
<僕はね、変えたい。愚かだって笑われてもいい、例え僕が脳味噌のままだとしても、それでも違う結末が欲しいんだ>
複数世界理論。選択によって世界が増えていく、過去を変えても現実が変わらないが、違う未来世界が増えるという理論。
クローバーは脳味噌のまま変わることはない。それでも過去の自分に違う未来を与えたいと言う。もしかしたら幸せに溢れた可能性。
未来が不確定なように、過去だって不確定だと、クローバーは告げる。未来が決めつけない限り、過去は自由だと。
マーリンはその言葉に希望を抱く。もしかしたら自分の過去も変えられるのではないかと。自分の意思で、行動で、世界が救えるのではないかと。
クローバーにさらに詳しく聞いたところ、変えたいことは山ほどあると言う。時永悠真を巡る三人の話、地底人の兄弟、女王クラリス、そして魔法使いの弟子。
一番強く頼まれたのは魔法使いの弟子。これが一番酷い結末になる可能性を持つからだと言う。だからマーリンに頼むのは、弟子達にある子供達と接触させること。
そのためにはさらに遡って、ある山で少年を助けること。ゴーグルもその際に渡す、というか渡すことになるだろうと言う。
それでも可能性は低く、どうしようもないかもしれない。その時はマーリンの目的を優先していいと告げる。
マーリンは頷き、理解し、そして魔法使いの弟子達の結末を見る。血と炎に塗れた、全員死亡という終わり。
原因は魔法使いという存在の消失。クローバーはその魔法使いになれと言うが、マーリンの目的は最終的に自分自身が消えることになる可能性が大きい。
それでは本末転倒だと苦悩する。それでもマーリンは戻りたかった、青い空の暑い日が一週間は続くと言われたあの日に、戻らなければいけなかった。
<どうしてもと言う時は見捨てるといい。これは頼みであって命令ではないから、君を強制することはできない>
「いいのか?俺は本当に、見捨てるぞ」
<それもまた、変えた結果だろう。でも叶うならば、叶えてほしいとは思うよ>
マーリンはそうやってクローバーからあらゆることを聞いて、タイムマシンを使って過去へ向かう。
竜宮健斗がアニマルデータのセイロンと出会う、ずっとずっと前の、絵心太夫が山で死にそうになるよりも前の、彩筆晶子が親に捨てられた直後に。
女王クラリスと地底遊園地、未来世界の事件にはあえて関わらなかった。なぜなら魔法使いの弟子達に専念したためだ。
それでも近づくタイムリミットを感じて、また竜宮健斗達が事件を解決していくことを感じ、自分の目的を優先しようと思い始める。
子供達と弟子達を接触させるには事件を起こすしかない。それが魔法使いの弟子達の事件。あえて音波千紘に早めに動いてほしいと実はそそのかしていた。
おかげで予想以上に子供達は魔法使いの弟子達に関わってくれた。さらに他の未来からクローバーが望んでいた人物もやって来たのを確認できた。
あとは予定通りに自分は目的を叶えるだけだという時点まで来たとき、予想以上に関わったせいで竜宮健斗達が邪魔してきた。
しかも神崎伊予まで裏切るという始末。それでもマーリンは突き進むしかなかった。
青い空を思い出して、白い部屋であらゆることを知り、赤い結末を変えるために。
そして世界を救う。それだけのくだらない話である。




