もう一度、あなたに誓う
――リリス視点。
午後には、以前から結婚式の相談に乗ってくださるとお約束いただいていたエレオノーラ殿下が、屋敷を訪ねていらした。
「アマリリス!」
応接室に入ってこられた殿下は、私の顔を見るなり嬉しそうに微笑まれた。
「結婚式の準備は進んでいる?」
「はい。今日もいろいろと決めたところです」
「まあ!それなら、ぜひ聞かせてちょうだい」
私たちはソファに腰を下ろし、花や招待状について話した。
「それで、花嫁衣装は当日までルシアン様には秘密にすることにしたんです」
「まあ、それは楽しみね!」
エレオノーラ殿下が、いたずらっぽく微笑まれた。
「きっとルシアン、あなたを見た瞬間に固まってしまうわ」
「……そ、そんなことは……」
否定しかけて、言葉が止まった。先ほど、ご本人も同じようなことをおっしゃっていたような……。
エレオノーラ殿下は、そんな私を見て楽しそうに笑った。
「ふふ。想像できるでしょう?」
「……少しだけ」
そう答えると、殿下はますます嬉しそうにされた。
しばらく笑い合ったあと、エレオノーラ殿下がふっと表情を和らげた。
「……でも、本当によかったわ」
「……エレオノーラ殿下?」
「あなたが、幸せそうで」
私は、思わず目を瞬かせた。
「事件のこともあったし、婚約のことで悩んでいた時期もあったでしょう?」
エレオノーラ殿下は、そっと私の手を握られた。
「だから、こうしてあなたが笑っているのを見ると、私まで嬉しくなるの」
胸の奥が、じんわりと熱くなった。
「……ありがとうございます、エレオノーラ殿下」
私がそう答えると、殿下は優しく微笑まれた。
「それに、ルシアンにはちゃんと幸せにしてもらわなくちゃ」
「……はい」
「もし泣かされたら、すぐに私に言うのよ?」
思わず笑ってしまった。
「ふふ。ありがとうございます」
エレオノーラ殿下も、楽しそうに笑われた。
……本当に、私は恵まれている。大切な友人がいて、愛する人がいて。
こんな幸せが、自分に訪れるなんて。少し前の私には、想像もできなかった。
◇ ◇ ◇
夕暮れが近づいた頃、私は庭園を歩いていた。
結婚式の準備が進むにつれて、嬉しい気持ちが大きくなっていく。けれど、同時に、少しだけ不思議な気持ちにもなっていた。
……本当に、私がルシアン様の妻になるのですね。
そう考えると、胸がくすぐったくなる。
「……リリス」
振り向くと、ルシアン様がこちらへ歩いていらした。
「ルシアン様」
「こちらにいらしたんですね」
彼は私の隣に立ち、庭園へ視線を向けた。
「何か考え事ですか?」
「……少しだけ」
私は微笑んだ。
「結婚式のことを考えていました」
「……そうでしたか」
ルシアン様は、そっと私の手を取った。
「……不安なことはありませんか?」
その問いに、私は少し驚いた。
「……不安、ですか?」
「ええ。準備が進む中で、何か気になることがあれば、遠慮なく話してください」
私は、彼の顔を見上げた。
……本当に、優しい方。いつも私の気持ちを、大切にしてくださる。
「……不安ではないんです。ただ、少しだけ……」
「……少しだけ?」
「夢みたいだな、と」
ルシアン様が、静かに私を見つめた。
「少し前まで、私はこの婚約がいつか終わるものだと思っていました。それなのに今は、こうして結婚式の準備をしているなんて……」
私は、彼の手をそっと握り返した。
「……幸せすぎて、まだ信じられないんです」
ルシアン様は、しばらく何もおっしゃらなかった。それから、私の手を持ち上げ、指先にそっと口づけた。
「……では、何度でもお伝えします」
「……え?」
彼は、まっすぐに私を見つめた。
「私は、あなたと結婚したい。あなたと同じ家で暮らし、同じ朝を迎え、同じ未来を歩んでいきたいんです」
胸が、きゅっと締めつけられた。
「一度目は、あなたを守るための婚約だと思われていましたから」
ルシアン様は、私の手を包み込むように握られた。
「今度は、何の誤解もないまま、あなたに伝えたいんです」
そして、まっすぐに私の目を見つめた。
「……リリス。私の妻になってくださいますか?」
……っ!
思わず、息を呑んだ。
婚約は、もう決まっている。結婚式の準備だって、進んでいる。
それなのに、改めてこんなふうに尋ねてくださるなんて。
私は、彼の瞳をまっすぐに見つめた。
「……はい」
声が、少し震えた。
「喜んで、ルシアン様の妻になります」
その瞬間、ルシアン様の表情が、たまらなく優しくなった。
「……ありがとうございます」
彼は、私をそっと抱き寄せた。
「……愛しています、リリス」
「……私も、愛しています」
腕の中は、いつものように温かかった。私は、そっと目を閉じた。
もう、この幸せを疑わなくていい。
誰かのための仮の婚約者ではなく、私は自分の意思で、この方の花嫁になる。
「……ルシアン様」
「はい?」
「……結婚式が、楽しみです」
そう告げると、彼は嬉しそうに微笑まれた。
「……私もです」
夕暮れの光が、庭園を優しく染めていく。
この先、どんな日々が待っているのだろう。きっと、楽しいことばかりではないかもしれない。
それでも、この方となら、どんな未来も一緒に歩んでいける。
私は、ルシアン様の手をぎゅっと握った。すると彼も、同じくらい優しく握り返してくださった。
……早く、あなたの妻になりたい。
そんなことを思ってしまう自分が、少しだけ恥ずかしくて。けれど、今はもう、その気持ちを隠したくなかった。




