暴かれた真実
――ルシアン視点。
翌朝、私はいつもより早く王宮へ向かった。
昨夜、リリスと交わした会話が頭から離れなかった。
『もし片方の記録が見当たらなくても、もう片方で確認できることがありましたから』
受領の記録と、返却の記録。王宮では部署ごとに管理方法が異なるが、重要書類の移動を複数の帳簿に残すことは珍しくない。
私たちは、許可変更の受領記録ばかりを追っていた。別の記録が残っている可能性を、見落としていたのかもしれない。
執務室に入ると、私はすぐに担当者を呼んだ。
「文書管理室の返却記録を確認したい。襲撃前日から翌日までの分だ」
「返却記録、でございますか?」
「ああ。問題の許可変更に関する書類が、どこへ戻されたのかを調べたい」
「承知しました」
担当者が退出すると、私は机の上に経路図を広げた。襲撃犯が利用した通路、変更された通行許可、そして記録から消えた承認者。これまで調べてきた事実を、もう一度整理する。
襲撃犯が狙っていたのは、エレオノーラ殿下だった。リリスは、その場で襲撃した男の顔を見てしまったために、後から危険にさらされることになった。
……二人を脅かした者を、必ず突き止める。
しばらくして、担当者が数冊の帳簿を抱えて戻ってきた。
「ルシアン様。返却記録をお持ちしました」
「ありがとう」
私は襲撃前日の記録を開き、書類番号をひとつずつ照合していった。返却された時刻、返却先の保管棚、取り扱った部署。
そして、ある箇所で指が止まった。
「……あった」
問題の許可変更に関係する書類番号。だが、返却先が通常と異なっていた。
「王宮警備局の内部保管庫……?」
「警備に関する書類ですから、不自然ではないようにも思えますが……」
「いや。正式な許可変更なら、文書管理室にも控えが残るはずだ」
私は返却時刻を確認した。通常の文書管理業務が終了したあとの時間帯だ。しかも、記録には『警備局責任者の指示による移管』と記されている。
「この時間帯の保管庫への入室記録は?」
「確認してまいります」
ほどなくして届けられた記録には、二人の名前があった。一人は、前日に調べた文書管理室の職員。
もう一人は――。
「……グレゴール・ヴァイス」
王宮警備局の統括補佐官。通行許可の承認に関わる権限を持つ人物だった。
……ようやく、糸口が見えた。
だが、ここで決めつけるわけにはいかない。
「返却記録と入室記録の原本を保全してくれ。それから、襲撃前後に警備局から移された書類をすべて調べたい」
「すべて、でございますか?」
「ああ。許可変更以外にも、不自然な動きがなかったか確認する」
担当者が頷いて退出すると、私は立ち上がった。次に向かうのは、アレクシスの執務室だ。
◇ ◇ ◇
「……ヴァイス?」
アレクシスが眉をひそめた。
「ああ。問題の書類が、襲撃前夜に彼の管理する保管庫へ移されていた」
私は、帳簿の写しを差し出した。
「だが、それだけでは関与を証明できない。保管庫を正式に調べたい」
「……わかった」
アレクシスは記録を確認すると、すぐに側近へ指示を出した。
「必要な手続きを進めろ。保管庫の記録は保全し、関係者への聞き取りも並行して行う」
側近が退出すると、アレクシスが私へ視線を戻した。
「……お前、何か引っかかっているんだろう?」
「許可変更の手続きが、あまりにも整いすぎている」
「……どういうことだ?」
「表向きの記録には承認者が残っていない。だが、変更された許可は警備兵に疑われず使用されている」
私は経路図を指した。
「つまり、記録を隠す一方で、現場では正式な許可として通用するようにしていた。王宮の承認手続きを熟知した人物でなければ難しい」
「……ヴァイスなら、それができる」
「ああ。だが、まだわからないことがある」
「何だ?」
私は経路図の一点を指で押さえた。
「この通路は王女殿下の移動経路へ通じている。だが、それだけではない。警備局の内部保管庫にも近いんだ」
アレクシスの表情が変わった。
「……襲撃以外にも、目的があったということか?」
「まだわからない。ただ、あの通路が選ばれた理由を調べる価値はある」
私は経路図を閉じた。
……もし、襲撃が別の何かを隠すためにも利用されていたとしたら。
調べるべきものは、通行許可だけではない。
その日の昼過ぎ、警備局の書類移動記録を調べていた担当者から報告が入った。
「ルシアン様。襲撃当日の記録に、不自然なものがございました」
「見せてくれ」
差し出された帳簿には、警備設備の更新に関する書類が、襲撃の直前に内部保管庫へ移されたと記されていた。しかも、移動の指示を出したのはヴァイスだった。
「……警備設備の更新記録?」
私は書類番号を確認した。その番号は、以前、王宮の支出を確認した際に目にしたものと一致していた。
「この案件の支出記録も取り寄せてくれ。それから、実際に設備が更新されたか確認したい」
「承知しました」
調査の結果、帳簿には交換済みと記された設備が、実際には古いまま残されていることがわかった。さらに、通常より高額な更新費用が繰り返し計上され、支払いを受けた業者からヴァイスと関係のある名義へ、不自然な送金が行われていた。
……警備費用の不正か。
だが、なぜその書類を襲撃直前に移す必要があった?
私は、再び経路図を広げた。
襲撃犯が利用した通路。警備局の管理区域。そして、書類が移された内部保管庫。
三つの位置を見比べた瞬間、ある可能性が浮かんだ。
……そういうことか。
王政反対派による王女殿下への襲撃。その混乱に乗じて、警備局の不正に関する記録を持ち出す。
ヴァイスは、二つの目的を同時に果たそうとしていたのではないか。
私は、すぐにアレクシスのもとへ向かった。
「……王政反対派を利用した?」
アレクシスが、険しい表情で聞き返した。
「ああ。ヴァイス自身が王政反対派に加わっていたとは限らない。だが、彼らに王宮の警備情報を渡していた可能性がある」
私は経路図と書類の移動記録を並べた。
「襲撃犯の通路は、警備局の内部保管庫に近い。そして、襲撃直前にそこへ移されたのは、ヴァイスの不正に関わる書類だ」
「……偶然にしては、出来すぎているな」
「ああ。王女殿下への襲撃に警備を集中させ、その隙に書類を持ち出させるつもりだったのかもしれない」
アレクシスは、しばらく黙って記録を見つめていた。
「……だが、実際には書類が残っていた」
「そうだ。何らかの理由で、計画どおりには進まなかったのだろう」
私は顔を上げた。
「ハインツを再聴取したい。彼なら、ヴァイスから何を指示されたのか知っているはずだ」
「……頼む」
アレクシスの声には、いつもの軽さがなかった。
「エレオノーラを利用したことも、アマリリス嬢を危険にさらしたことも、見過ごせない」
「ああ。必ず明らかにする」
◇ ◇ ◇
ハインツは、当初、ヴァイスとの関係を否定した。だが、書類の移動記録と不正な支出の証拠を示すと、その表情が変わった。
「……ヴァイスから、金を受け取っていたな」
「…………」
「襲撃前日、通行許可を変更したのも彼の指示か?」
ハインツは唇を噛んだ。
「……俺は、通路を使えるようにしただけだ」
「誰のために?」
「…………」
「王政反対派の人間を通すためだろう」
長い沈黙のあと、ハインツは俯いた。
「……あいつが、全部仕組んだんだ」
「……ヴァイスが?」
「そうだ。連中が王女殿下を狙っていると知って、利用しようとしたんだ」
私は、彼をまっすぐに見据えた。
「何のために?」
「……警備局の書類を持ち出させるためだ。襲撃で騒ぎになれば、誰もそっちには気づかないって……」
……やはり。
「ヴァイスは、王女殿下が襲われると知っていたんだな?」
「……ああ」
「それでも、通路を使わせた」
「…………」
ハインツは、何も答えなかった。
「王政反対派は、なぜ書類の持ち出しに協力した?」
「……警備情報を渡す代わりに、書類も運び出すよう要求したんだ。連中にとっては、王女殿下へ近づけることの方が重要だったらしい」
私は、静かに息を吐いた。
……王女殿下を襲うためなら、不正の証拠を運ぶことなど、取るに足らない条件だったということか。
「……ベルフォード嬢については?」
ハインツが顔を上げる。
「……あの令嬢は、予定になかった」
「…………」
「襲撃した男の顔を見たんだろう? それで、あとから口封じが必要になったと……」
胸の奥が冷たくなった。
リリスは、最初から狙われていたわけではなかった。王女殿下を守ろうとしたあの場で、襲撃した男の顔を見てしまったために、危険にさらされたのだ。
「……ヴァイスからの指示を証明できるものは?」
ハインツは、しばらく迷ったあと、口を開いた。
「……指示書を残してある。あいつに全部押しつけられたときのために」
保管場所を聞き出し、正式な手続きを経て回収した書類には、襲撃犯を通すための時間帯と経路が記されていた。
さらに、内部保管庫から見つかった許可変更の控えには、ヴァイス自身の承認署名が残されていた。
通常の記録からは承認者の名前が消されていたが、保管庫には別の管理番号で控えが残されていたのだ。
許可変更の控えは、警備局内で一定期間保管することが義務づけられていた。ヴァイスは廃棄すれば不自然な欠落が生じると考え、通常の照合では見つからない管理番号で保管していたのだろう。
だが、その控えが、今は彼自身の関与を示している。
……今度こそ、逃がさない。
グレゴール・ヴァイスは、王宮警備局の執務室で身柄を確保された。彼は当初、すべてを否定した。
「私は、通常の承認業務を行っただけです」
「……では、なぜ正式な控えを別の管理番号で保管していたのですか?」
私は机の上に書類を置いた。ヴァイスの表情が、わずかに強張る。
「……それは、事務上の判断で……」
「その判断によって、承認者の名前が通常の記録から消えた理由は?」
「…………」
私は、さらに資料を並べた。警備設備の更新費用、実際には交換されていない設備、業者を経由した送金記録。そして、ハインツが保管していた指示書。
「……これでも、すべて偶然だと?」
ヴァイスの顔から、血の気が引いた。
「……ハインツが、何を言ったかは知らん」
「彼の証言だけで判断するつもりはありません」
私は、静かに答えた。
「だからこそ、記録を調べました。あなたが隠したものも含めて」
ヴァイスは、何も言わなかった。
「……あなたは王政反対派の動きを利用し、王宮の警備情報を流した。そして、襲撃の混乱に乗じて不正の証拠を持ち出させようとした。違いますか?」
ヴァイスの目が、わずかに揺れた。
「……連中が、勝手に王女殿下を狙っていただけだ」
「ですが、あなたはそれを知りながら手助けした」
「…………」
私は、彼をまっすぐに見据えた。
「……王女殿下に危害が及ぶ可能性を、承知していたのでしょう」
ヴァイスは、顔を歪めた。
「……少し騒ぎになれば、それでよかったんだ! 王女殿下がどうなるかなど、私の知ったことではない!」
その言葉に、胸の奥で何かが冷たく沈んだ。
「……それに、あなたの計画に関係のなかった令嬢まで危険にさらした」
ヴァイスは、苛立ったように吐き捨てた。
「……あの令嬢が、襲撃した男の顔など見なければ……!」
「……彼女が悪いと?」
私は、声を荒らげなかった。
「殿下を襲わせたのは、あなたです。彼女は、ただその場にいただけだ」
「…………」
「あなたの不正を隠すために、殿下も、彼女も、危険にさらされた」
私は、机の上の証拠へ視線を落とした。
「あなたが守ろうとしたのは、王宮の安全ではない。自分の地位と利益だけだ」
ヴァイスは、何も答えなかった。
だが、もはや言い逃れはできない。不正な支出、許可変更、王政反対派への協力、そしてハインツへの指示。
事件の全貌が、ようやく明らかになった。




