お帰りなさい、リリス
やがて、見慣れた門が見えてきた。
ルシアン様のお屋敷。
少し前まで、もう二度と戻れないと思っていた場所。
馬車が止まり、ルシアン様が先に降りて手を差し出してくださる。
「……お帰りなさい、リリス」
その言葉に、胸が熱くなった。私は、その手を取って馬車を降りる。
「……ただいま戻りました、ルシアン様」
ルシアン様は、とても嬉しそうに微笑まれた。
玄関には、以前お世話になった使用人の方々が並んでいた。
「お帰りなさいませ、アマリリス様」
その声を聞いた瞬間、目の奥が熱くなる。
「……皆さん。ただいま戻りました」
深く頭を下げると、皆さんが温かな笑顔を向けてくださった。
……帰ってきた。
本当に、帰ってきたんだ。
◇ ◇ ◇
部屋に案内され、荷物を置いたあと、ルシアン様が少し改まった様子で声をかけてくださった。
「……リリス。お渡ししたいものがあります」
「……何でしょうか?」
ルシアン様は、手にしていた小さな箱を開かれた。
そこには、淡い紫色の石が輝く、あのブローチがあった。
「……あ……」
胸が、きゅっと締めつけられる。
私が、手紙と一緒に置いてきたもの。もう、身につける資格はないと思っていたもの。
「……これを」
ルシアン様は、静かに微笑まれた。
「もう一度、あなたに贈らせてください」
「……ルシアン様……」
「以前、これをお渡ししたとき、私は大切な言葉を伝えられませんでした」
灰緑色の瞳が、まっすぐに私を見つめる。
「……この石を見つけたとき、あなたの瞳を思い出したんです」
「……私の……?」
「ええ。あなたに似合うと思いました。そして、あなたに身につけてほしかった」
ルシアン様は、そっとブローチを取り上げた。
「……今度は、ただの婚約の証としてではなく」
一度、言葉を区切られる。
「……愛する女性への贈り物として、受け取っていただけますか?」
「…………っ」
涙がこぼれそうになり、私は何度も頷いた。
「……はい。もちろんです……!」
ルシアン様が、優しく微笑まれる。
「……では、失礼します」
そうおっしゃって、そっと私の胸元にブローチを留めてくださった。指先が近づくだけで、心臓が大きく跳ねる。
やがて、ルシアン様が一歩下がられた。
「……やはり、よくお似合いです」
私は、胸元のブローチにそっと触れた。
「……ありがとうございます」
声が、震えてしまう。
「……大切にします。今度こそ、ずっと」
ルシアン様は、静かに首を振られた。
「……リリス」
「はい……?」
「大切にしていただきたいのは、贈り物よりも、あなた自身です」
「…………」
「もう、何かを我慢して、一人で離れようとしないでください。悩んだときは、私に話してほしい」
その言葉に、胸がいっぱいになった。
「……はい」
私は、涙を拭いながら微笑んだ。
「……もう、一人で決めたりしません」
ルシアン様が、そっと私の手を取られる。
「……お帰りなさい、リリス」
二度目の、その言葉。
今度は、迷わず答えられた。
「……ただいま、ルシアン様」
ルシアン様は、私の頬にそっと手を添えられた。
「……ずっと、こうして迎えたかったんです」
そう囁くと、私の頬に優しく口づけられた。
「…………っ!」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
頬に残る柔らかな感触。目の前には、穏やかに微笑むルシアン様。
……い、今……!
「……覚悟しておいてくださいね」
「……え?」
「これからは、毎日あなたに会えますから」
「…………!」
ルシアン様は、私の手を優しく握り直された。
「……これからは、毎日あなたを甘やかしてしまいそうです」
「……あの、ルシアン様」
「はい?」
「……毎日、ですか?」
「ええ。朝も、夜も」
「…………!」
「……もちろん、あなたが嫌でなければ」
「……嫌なわけ、ありません」
思わず答えると、ルシアン様が嬉しそうに微笑まれた。
「……では、明日の朝食から、ご一緒してください」
……明日の朝食。
そんな当たり前の約束が、こんなにも嬉しいなんて。
「……はい。楽しみにしています」
そう答えると、ルシアン様は私の手を握り直された。
「……私もです、リリス」
その笑顔に、また胸が高鳴る。
……どうしよう。
どうやら、私の心臓は、これから毎日忙しくなりそうです。




