幸せの報告
――ルシアン視点。
翌朝。
私は、いつもより少し早く王宮へ向かった。
昨日、リリスと想いを伝え合った。
胸の奥に秘めていた気持ちが、ようやく届いたのだ。彼女もまた、私を愛してくれていた。
……今でも、信じられない。
馬車の窓に映る自分の顔が、妙に緩んでいることに気づき、慌てて表情を引き締めた。
今日は仕事がある。浮かれている場合ではない。
そう思いながらも、昨日の彼女の声が頭から離れなかった。
『ルシアン様のことが、大好きです』
…………。
まずい。
朝から、これはまずい。
私は軽く咳払いをして、手元の書類に視線を落とした。
◇ ◇ ◇
「……お前、何かあったな」
執務室に入るなり、アレクシスがそう言った。
「何のことだ」
「いや、何のことだじゃないだろう。その顔は何だ」
「いつもどおりだが」
「どこがだ」
アレクシスは、呆れたように笑った。
「昨日、アマリリス嬢に会ったんだろう?」
「……ああ」
「で?」
「……で、とは?」
「お前な」
彼は深々とため息をついた。
「ちゃんと気持ちは伝えたのか?」
私は、手にしていた書類を机に置いた。
「……伝えた」
アレクシスの表情が変わる。
「……ほう?」
「婚約は最初から本物だったことも、三年前から愛していたことも、すべて話した」
「それで?」
私は、一度息をついた。
「……彼女も、俺を愛していると言ってくれた」
数秒の沈黙。
「……は?」
アレクシスが、珍しく間の抜けた声を出した。
「だから、リリスも三年前から俺を想ってくれていたと……」
「いや、それは知ってる!」
彼は勢いよく立ち上がった。
「そうじゃなくて!ようやく本人同士で言えたのか!?」
「……ああ」
アレクシスは私を見つめ、それから大きく息を吐いた。
「……長かったなあ」
「……そうだな」
「三年だぞ、三年。お前たち、何をしていたんだ」
「……返す言葉もない」
「まったくだ」
そう言いながらも、アレクシスは嬉しそうに笑った。
「まあ、おめでとう。今度こそ、ちゃんと幸せにしてやれよ」
「……ああ」
私は、静かに頷いた。
「そのつもりだ」
すると、アレクシスがにやりと笑った。
「……で、昨日はどこまで進んだ?」
「…………」
「おい、何で黙る」
「……抱きしめた」
「……ほう」
「手も繋いだ」
「…………」
「それから……」
「それから?」
私は少し考えた。
「……隣に座った」
アレクシスが、固まった。
「…………は?」
「……何だ」
「いや、お前……」
彼は額を押さえた。
「隣に座ったことを、そんな重大事項みたいに報告するな!」
「俺にとっては重大だ」
「……重症だな」
アレクシスは、とうとう声を上げて笑い出した。
……失礼な。
私にとっては、本当に大切なことなのだが。
◇ ◇ ◇
昼前。
執務室の扉が開き、エレオノーラ殿下が姿を現した。
「ルシアン!昨日、アマリリスに会えたのでしょう!?」
その声に、アレクシスが顔を上げる。
「エレオノーラ。ちょうどいいところに来たな」
「……何がですの?」
「ルシアンから、報告があるそうだ」
……おい。
私は思わずアレクシスを見た。彼は、実に楽しそうな顔をしている。
「……報告?」
エレオノーラ殿下の瞳が、すっと細くなった。
「まさか、アマリリスのこと?」
「……はい」
「それで!?ちゃんとお話ししたのでしょうね!?」
「……はい」
「婚約は仮ではなかったって?」
「はい」
「三年前から愛していたって?」
「……はい」
「それで、アマリリスは!?」
私は、少しだけ微笑んだ。
「……リリスも、私を愛していると言ってくれました」
エレオノーラ殿下が、ぴたりと動きを止めた。
「…………え?」
「三年前から、ずっと想ってくれていたそうです」
殿下の瞳が、大きく見開かれる。
「……よかった……!」
その声は、思いがけず震えていた。
「本当に……よかったわ……!」
殿下は両手で口元を覆った。
「もう……!あの子がどれだけあなたを好きだったか……!」
私は、静かに頭を下げた。
「……ご心配をおかけしました」
「本当よ!」
殿下は、すぐに顔を上げた。
「まったく!三年間もお互いに好きだったくせに、どうしてこんなに遠回りするのよ!」
「……おっしゃるとおりです」
「しかも、ようやく婚約したと思ったら、アマリリスを泣かせて!」
「……申し訳ありません」
「もう二度と、あの子を悲しませないでちょうだい!」
「……はい」
私は、まっすぐに殿下を見つめた。
「今度こそ、必ず幸せにします」
エレオノーラ殿下は、しばらく私を見つめていた。そして、ふっと表情を和らげた。
「……なら、いいわ」
小さく微笑む。
「私の大切な友人ですもの。幸せになってほしいの」
「……ありがとうございます」
「でも!」
殿下が、びしっと指を立てた。
「今度泣かせたら、許さないんだから!」
「……肝に銘じます」
「それから、アマリリスにも伝えてちょうだい。落ち着いたら、ぜひ会いに来てって」
「承知しました」
そのとき、横からアレクシスが口を挟んだ。
「エレオノーラ。もう少しルシアンを褒めてやってもいいんじゃないか?」
「お兄様?」
「三年間もかかったが、ようやく告白できたんだぞ」
「……それは、褒めるところですの?」
「……確かに」
二人が顔を見合わせ、同時に笑い出した。
……私は、何も言えなかった。




