第4話 後輩に正体がバレました
《武甲森林ダンジョン》でオーク・ウォリアーを倒してから、およそ一時間後。
市河信太は予定していた探索を途中で切り上げ、入口にある探索者協会の管理施設へ戻っていた。
本来なら第三区域まで進むつもりだったのだが、浅い第二区域にオーク四体とオーク・ウォリアーが同時に出現した以上、そのまま奥へ進むのは避けた方がいいと判断したからだ。
自分一人なら問題ない。
しかし、今日のダンジョンにはEランク探索者も多く入っている。
信太「今日はここまでにします。さっきみたいに浅い区域へ強い魔物が出てきているみたいなので」
ドローンへ向かってそう告げる。
すでにダンジョンの外へ出ているため、周囲に危険はない。
配信の同時視聴者数は三千人を超えていた。
名無しの剣道民『お疲れ!』
ダンジョン考察ニキ『その判断でいいと思う』
新人探索者好き『今日は十分すぎる』
名無しの剣道民『四式もう一回見たい』
新人探索者好き『次回はいつ?』
信太「次はまだ決めてません。大学もあるので、空いてる日にやろうと思います」
コメント欄が流れる。
信太「それじゃあ、今日はありがとうございました。また次回の配信で」
手を軽く振って配信終了ボタンを押す。
《LIVE》の表示が消えた。
信太「ふう……」
ドローンを回収する。
二度目の配信も無事に終了した。
初配信よりも戦闘が多くなってしまったものの、特に怪我もしていない。
救援した探索者たちも、負傷者を含めて自力で帰還できている。
信太としては、それで十分だった。
信太「しかし三千人か……」
スマートフォンを見る。
チャンネル登録者数は、すでに二千人を突破していた。
昨日の朝にはゼロだったはずなのだが。
信太「配信って伸びる時は一気に伸びるんだな」
その認識がかなり間違っていることを指摘してくれる者は、今この場にはいなかった。
信太は受付へ向かい、ダンジョン内部で起きたことを報告した。
受付職員「第二区域でオーク四体とオーク・ウォリアーですか?」
信太「はい。Eランクのパーティーが戦闘になってました」
受付職員「それは……少々お待ちください」
受付職員の表情が変わった。
すぐに端末を操作し、別の職員へ連絡する。
受付職員「本日の第二区域について、一時的に警戒レベルを引き上げます。詳しい位置を教えていただけますか?」
信太「もちろんです」
信太は端末に表示されたダンジョン地図へ、遭遇地点を入力した。
受付職員「ありがとうございます。現地確認班を出します」
信太「お願いします」
受付職員「それと、市河さん」
信太「はい?」
受付職員「救助活動に参加されたとのことですので、後ほど探索者管理課へ報告が上がると思います」
信太「そんな大げさなことじゃないですよ」
受付職員「負傷者が出ている状況での救援ですから、大げさではありませんよ」
信太「そういうものですか」
受付職員「そういうものです」
きっぱりと言われてしまった。
信太は少し困りながら頭を掻き、その場を離れた。
その様子を、少し離れた場所から見つめている人物がいた。
水城香澄だった。
◇ ◇ ◇
香澄たちも探索を中止していた。
オーク・ウォリアーが浅層に現れた以上、そのまま探索を続ける理由などない。
救援したパーティーと一緒にダンジョンから脱出し、協会職員へ事情を説明したところだ。
仲間の男性探索者がため息をつく。
男性探索者「いやあ……本気で死ぬかと思った」
女性探索者「私も。あの人が来なかったら、かなり危なかったよね」
香澄「うん……」
男性探索者「シンタさんだっけ? 昨日から話題になってる配信者」
女性探索者「Cランクって言ってたよね?」
男性探索者「絶対そのうちBに上がるだろ、あれ」
香澄「…………」
香澄は二人の話を聞きながら、受付を離れていく信太を見ていた。
ダンジョンの中ではマスクをつけていた。
今もまだ外していない。
だから顔そのものは確認できない。
だが、何度見ても似ている。
立ち方。
歩き方。
声。
話し方。
そして何より、香澄には一つ思い当たることがあった。
大学で信太と話した時、彼が剣道をしていることを聞いたことがある。
シンタも剣道経験者。
名前も似ている。
香澄「……偶然にしては重なりすぎてる」
女性探索者「香澄?」
香澄「ごめん。私、ちょっと用事があるから先に帰ってて」
男性探索者「用事?」
香澄「うん。大丈夫だから」
二人と別れ、香澄は信太の後を追った。
◇ ◇ ◇
信太は管理施設の更衣室で探索装備を片づけた。
刀については専用ケースへ収める。
探索者証、魔石、ドローンも確認。
問題なし。
最後に顔を隠していたマスクへ手をかけた。
信太「もう外でいいか」
ダンジョンから離れれば、配信者として顔を隠す必要はない。
むしろマスクをしたまま電車へ乗る方が目立つ。
信太はマスクを外し、バッグの中へ入れた。
施設の裏手にある出口から外へ出る。
信太「さて、帰ったらレポートやらないとな」
昨日は配信。
今日はダンジョン。
しかし大学生である以上、課題から逃げることはできない。
そんなことを考えながら歩き始めた、その時だった。
香澄「市河先輩」
信太「…………」
聞き覚えのある声だった。
ものすごく聞き覚えがある。
嫌な予感とともに振り返る。
そこに立っていたのは、大学の後輩である水城香澄だった。
信太「……水城さん?」
香澄「やっぱり」
信太「え?」
香澄「市河先輩だったんですね」
信太「何が?」
香澄「…………」
香澄がじっと信太を見る。
その視線がバッグへ移る。
刀のケース。
探索用ドローン。
先ほどまでシンタが使っていたものと同じ装備。
信太はゆっくり視線を逸らした。
香澄「先輩」
信太「はい」
香澄「《シンタ》ですよね?」
信太「…………」
沈黙。
香澄「…………」
さらに沈黙。
信太「人違いじゃない?」
香澄「今、私を助けてくれた人が、そのバッグと同じものを持ってました」
信太「似たバッグなんてたくさんあるよ」
香澄「刀のケースも同じです」
信太「市販品だから」
香澄「声も同じです」
信太「似た声の人はいる」
香澄「名前もシンタです」
信太「全国のシンタさんに謝った方がいい」
香澄「右片手平突き」
信太「…………」
香澄「剣道をやってる人でも、あんな技を使う人はそうそういないと思うんですけど」
信太「…………」
逃げ道がなくなってきた。
香澄は少し頬を膨らませた。
香澄「それに私、助けてもらったんですよ? ちゃんとお礼を言いたいのに、そこまで隠します?」
信太「……分かった」
信太は周囲を確認した。
他に人がいないことを確かめてから、小さく息を吐く。
信太「俺がシンタだよ」
香澄「やっぱり!」
信太「声、大きい」
香澄「あっ……すみません」
香澄は慌てて口元を押さえた。
信太「まさか二回目の配信で大学の知り合いにバレるとは思わなかった」
香澄「私も、まさか先輩が探索者だとは思ってませんでした」
信太「水城さんこそ」
香澄「え?」
信太「探索者だったんだな」
香澄「あ……」
今度は香澄が気まずそうな顔をした。
信太「知らなかったよ」
香澄「私も大学ではあまり言ってないんです。まだEランクですし」
信太「Eランクだからって恥ずかしがることないだろ」
香澄「恥ずかしいわけじゃないんですけど……探索者だって言うと、いろいろ聞かれるので」
信太「分かる気はする」
もっとも信太の場合は、父親へ知られたくないという別の事情が大きい。
香澄は少し迷ってから、信太へ頭を下げた。
香澄「改めて……今日はありがとうございました」
信太「いいよ。怪我がなくてよかった」
香澄「先輩が来てくれなかったら、私……」
信太「結果的に全員帰ってこられたんだから、それでいいだろ」
香澄「……はい」
香澄は顔を上げる。
そして、しばらく信太を見つめた。
香澄「先輩って、すごく強かったんですね」
信太「いや、Cランクとしては普通じゃない?」
香澄「普通じゃないです」
即答された。
信太「そこまで?」
香澄「そこまでです」
香澄は探索者だからこそ分かる。
オーク・ウォリアーはCランク探索者なら討伐可能な魔物だ。
しかし「討伐できる」と「真正面から一撃で倒せる」はまったく違う。
ましてや信太は、その前に巨大な斧の攻撃を刀一本で受け流している。
香澄「四式でしたっけ?」
信太「右片手平突き・四式」
香澄「あれ、どうやったんですか?」
信太「どうって……踏み込んで突いただけだけど」
香澄「絶対それだけじゃないです」
信太「身体強化も使ったよ」
香澄「だから、その身体強化がおかしいんです」
信太「おかしいって言われてもな」
香澄「私なんて脚を強化した状態から腕へ魔力を移すだけでも、少し時間がかかります」
信太「慣れればできると思うよ」
香澄「先輩はどれくらい練習したんですか?」
信太「身体操作そのものなら何年も。探索者になる前からやってたし」
香澄「探索者になる前から?」
信太「剣道で身体の使い方をずっと研究してたから。力を抜いた方が速く動けるし、足から力を伝えた方が腕だけで振るより強いだろ? 魔力も同じように使えばいいかなって」
香澄「…………」
簡単そうに言う。
しかし、それを実際に戦闘中に行うことが難しいのだ。
香澄「やっぱり先輩、自分がおかしいって分かってませんよね?」
信太「水城さんまでそれ言うの?」
香澄「配信のコメント欄が正しかったです」
信太「ひどいな」
香澄は思わず笑った。
ダンジョン内で見た時は、とんでもなく強い探索者だと思った。
しかしマスクを外せば、大学で時々見かける市河信太そのものだ。
その差が少しおかしかった。
香澄「でも、どうして隠してるんですか?」
信太「探索者やってること?」
香澄「はい。Cランクなら普通に言ってもいいと思いますけど」
信太「……家族が知らないんだ」
香澄「え?」
信太「特に親父が探索者を嫌っててさ。昔から死亡事故のニュースを見るたびに、『命まで賭けてやる仕事じゃない』って言ってる」
香澄「それで秘密に?」
信太「最初はちょっと試すだけのつもりだったんだよ。Fランクになって、少し探索して、それで向いてなかったらやめればいいって」
香澄「でも……」
信太「気づいたらCランクになってた」
香澄「気づいたらCランクにはならないと思います」
信太「俺も最近そう思う」
香澄はまた笑った。
だがすぐに真剣な表情になる。
香澄「じゃあ、私がシンタさんの正体を知ってることも……」
信太「できれば秘密にしてほしい」
香澄「もちろんです」
即答だった。
信太「いいの?」
香澄「命を助けてもらった人の秘密を、勝手に言いふらすわけないじゃないですか」
信太「ありがとう。助かる」
香澄「ただし」
信太「ただし?」
香澄が人差し指を立てた。
香澄「一つお願いがあります」
信太「俺にできることなら」
香澄「身体強化の使い方、今度教えてください」
信太「そんなことでいいの?」
香澄「そんなことじゃありません!」
信太「別にいいけど」
香澄「本当ですか?」
信太「俺のやり方でよければ」
香澄の表情が一気に明るくなる。
香澄「ありがとうございます、市河先輩!」
信太「ただ、俺も人に教えたことはないから、うまく説明できるか分からないぞ」
香澄「大丈夫です。頑張ります」
こうして、大学関係者の中で初めて《シンタ》の正体を知る人物が生まれた。
それが後に信太と最も近い位置でダンジョンへ挑むことになる水城香澄だった。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
信太が帰宅すると、リビングから騒がしい声が聞こえてきた。
莉奈「お兄ちゃん! ちょっと来て!」
信太「今度は何だよ」
嫌な予感しかしない。
リビングへ入る。
ソファに座っていた莉奈が、スマートフォンをテレビへ接続していた。
大画面に動画が映っている。
信太「…………」
今日の配信だった。
しかも。
『――右片手平突き』
映像のシンタが低く構える。
『――四式』
オーク・ウォリアーの胸を刀が貫いた。
莉奈「見てこれ!」
信太「……すごいね」
莉奈「でしょ!? 昨日言ってたシンタって人!」
信太「へえ」
莉奈「今日、C級ダンジョンでEランク探索者助けたんだって!」
信太「そうなんだ」
莉奈「反応薄すぎ!」
信太「疲れてるんだよ」
莉奈「山行ってただけなのに?」
信太「山は疲れる」
莉奈「…………」
じーっと見られる。
非常にまずい。
そこへ母の美咲がキッチンから出てきた。
美咲「その人が昨日から言ってる探索者?」
莉奈「そう! シンタ!」
美咲「ふうん」
テレビを見る。
ちょうど動画が最初へ戻った。
シンタがオーク・ウォリアーの攻撃を受け流す。
美咲「…………」
次に四式。
美咲「…………」
信太は気づいていなかった。
美咲が動画ではなく、その横に立っている息子へ視線を移したことに。
美咲「信太」
信太「ん?」
美咲「今日、どこの山に行ったの?」
信太「……西の方」
美咲「具体的には?」
信太「武甲山の……近く?」
美咲「へえ」
母が微笑む。
信太「何?」
美咲「別に?」
信太「…………」
莉奈「お母さんも怪しいと思うでしょ?」
美咲「何が?」
莉奈「お兄ちゃんとシンタ!」
美咲「さあ、どうかしら」
そう答えながら、美咲は信太の足元を見た。
朝にはきれいだった探索用ブーツ。
今は泥が付着している。
そして、その泥には通常の山道ではあまり見かけない、わずかに青みがかった植物片が絡みついていた。
ダンジョン由来の植物。
個人投資家としてダンジョン関連企業の情報にも目を通している美咲は、それを見逃さなかった。
美咲「信太」
信太「何?」
美咲「今日は楽しかった?」
信太「まあまあかな」
美咲「そう」
それ以上、美咲は何も聞かなかった。
ただ、微笑んでいる。
信太はそのまま二階へ上がっていった。
莉奈「お母さん?」
美咲「何?」
莉奈「なんか分かった?」
美咲「まだ何も」
莉奈「まだ?」
美咲「ええ。まだね」
美咲はテレビへ視線を戻す。
画面の中では、《シンタ》が刀を右手一本で構えている。
母親というものは、子供が思っている以上によく見ている。
歩き方。
立ち方。
癖。
声。
そして、何かを隠している時の表情まで。
美咲「……シンタ、ね」
小さな呟きは、二階へ上がった信太には届かなかった。
大学では香澄に正体を知られ。
家では妹に疑われ。
そして母親までもが、秘密の輪郭を捉え始めていた。
家族に内緒のCランク探索者生活は、信太が思っていたよりずっと早く限界へ近づきつつあった。




