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家族に内緒でダンジョンに潜っていたら、いつの間にかCランク探索者になっていた件  作者: バモス
第一章 家族に内緒のダンジョン配信

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第3話 C級ダンジョンで出会った後輩

 二度目の配信をすると決めた翌日。


 午前八時過ぎ、市河信太は自室で探索装備の点検をしていた。


 今日向かうのは、埼玉県西部に存在する《武甲森林ダンジョン》。


 探索者協会からC級に指定されている森林型ダンジョンで、奥武蔵第三ダンジョンより明確に危険度が高い。


 内部にはゴブリンやコボルトだけでなく、オーク、フォレストウルフ、ポイズンスパイダーなどが生息している。深層部へ入れば、複数のオークを従える上位個体が確認されることもあるらしい。


 Cランク探索者である信太なら、単独探索そのものに制限はない。


 信太「刀よし。救急用品よし。予備バッテリーも問題なし……」


 机の上には、前回使用した探索用ドローンが置かれていた。


 充電は満タン。


 動作確認も終わっている。


 信太「今日は前よりコメントも拾えるようにしないとな」


 初配信では戦闘へ集中するとコメントを見る余裕がなくなっていた。


 もっとも、ダンジョン探索中なのだから戦闘を優先するのは当然なのだが、配信をする以上は視聴者とも多少は会話したい。


 そんなことを考えながら黒い探索用ジャケットを着たところで、部屋の外から声がした。


 莉奈「お兄ちゃん?」


 信太「っ!」


 反射的にジャケットの前を閉じる。


 直後、ドアが開いた。


 莉奈「今日――」


 莉奈の動きが止まった。


 信太「…………」


 莉奈「…………」


 兄妹の視線がぶつかる。


 莉奈の視線がゆっくりと下がった。


 黒いジャケット。


 丈夫なカーゴパンツ。


 探索用ブーツ。


 明らかに大学へ行く格好ではない。


 莉奈「お兄ちゃん」


 信太「なんだ?」


 莉奈「その格好、何?」


 信太「……山」


 莉奈「山?」


 信太「写真撮りに行こうと思って」


 莉奈「お兄ちゃん、そんな趣味あった?」


 信太「最近始めた」


 莉奈「ふーん……」


 明らかに疑っている。


 しかも莉奈は昨日、新人ダンジョン配信者《シンタ》の正体を疑い始めたばかりだった。


 莉奈「昨日の《シンタ》って人さ」


 信太「またその話か?」


 莉奈「今日あたり配信しないかな」


 信太「知らないよ」


 莉奈「お兄ちゃんも今日出かけるんだよね?」


 信太「偶然だろ」


 莉奈「まだ何も言ってないけど」


 信太「…………」


 墓穴を掘った。


 莉奈「怪しい」


 信太「考えすぎだ」


 莉奈「じゃあ、そのバッグの中見せて」


 信太「嫌だ」


 莉奈「なんで?」


 信太「プライバシー」


 莉奈「余計怪しい!」


 信太がどう誤魔化そうか考えていると、階下から母の声が飛んできた。


 美咲「莉奈! 出かけるなら早く準備しなさい!」


 莉奈「はーい!」


 返事をしてから、莉奈は信太へ顔を近づけた。


 莉奈「帰ってきたら聞くからね」


 信太「何をだよ」


 莉奈「いろいろ」


 そう言い残して、莉奈は部屋を出ていった。


 信太はドアが閉まったことを確認し、大きく息を吐いた。


 信太「……配信始めてから一気に難易度上がってないか?」


 ダンジョンではない。


 家族への隠蔽難易度が、である。


     ◇ ◇ ◇


 午前十時二十分。


 《武甲森林ダンジョン》入口。


 ダンジョン周辺には探索者協会の管理施設が整備されており、駐車場や休憩所、素材の簡易査定所なども設けられている。


 信太は受付で探索者証を提示した。


 受付職員「市河信太さん、Cランクですね。本日は単独探索ですか?」


 信太「はい。配信もします」


 受付職員「承知しました。現在、第三区域までは通常開放されています。第四区域以降は昨日からオークの目撃数が増えていますので、ご注意ください」


 信太「分かりました」


 受付職員「それと、今日はEランク探索者の方も多く入っています。撮影時の映り込みには十分お気をつけください」


 信太「はい」


 受付を終えた信太はダンジョン入口へ向かった。


 岩壁に開いた巨大な空間。


 そこを抜けると景色が一変する。


 頭上には青空のようなものが広がり、木々の間から柔らかな光が差し込んでいた。


 だが、ここは地下に存在するダンジョン内部だ。


 なぜ空があるように見えるのか。


 なぜ太陽のような光が差すのか。


 二十年以上研究されている現在でも、ダンジョンには分からないことが多い。


 信太「さて」


 安全区域を抜けたところで、ドローンを起動した。


 小型機が信太の斜め後方へ浮かぶ。


 配信タイトルを入力する。


《第2回 C級・武甲森林ダンジョンを探索します》


 信太「これでいいか」


 配信開始。


 前回はゼロだった視聴者数が、開始から十秒もしないうちに増え始めた。


 十二人。


 二十八人。


 四十三人。


 そして一分もしないうちに百人を超える。


 信太「……早くない?」


 名無しの剣道民『待ってた』


 ダンジョン考察ニキ『来た!』


 新人探索者好き『二回目きたあああ!』


 名無しの剣道民『今日はC級か』


 信太「皆さん、こんにちは。シンタです。今日は武甲森林ダンジョンに来ています」


 ダンジョン考察ニキ『そこ普通にC級なんですが』


 信太「俺もCランクなので大丈夫ですよ」


 新人探索者好き『その理論怖い』


 信太「なんでですか?」


 名無しの剣道民『本人がこれだからな』


 よく分からない。


 信太は首を傾げながら歩き始めた。


 しばらく進むと、茂みが揺れた。


 直後、灰色の影が飛び出す。


 フォレストウルフだ。


 信太「一体か」


 低く身を沈めたフォレストウルフが地面を蹴った。


 牙が首元を狙ってくる。


 信太は刀を抜かなかった。


 身体を半歩ずらす。


 フォレストウルフの牙が空を切る。


 その瞬間、信太は相手の側面へ回り込みながら柄へ右手をかけた。


 一閃。


 フォレストウルフの身体が地面へ落ちる。


 数秒後、魔石だけを残して消滅した。


 信太「こういう素早い相手は、追いかけて斬ろうとすると疲れるので、向こうから来てもらった方が楽です」


 名無しの剣道民『さらっと解説始めた』


 新人探索者好き『今の回避どうなってんの?』


 ダンジョン考察ニキ『身体強化ほとんど使ってなくない?』


 信太「今のは使ってないですね」


 新人探索者好き『は?』


 信太「動く方向が分かりやすかったので」


 名無しの剣道民『Cランクってこうだっけ?』


 ダンジョン考察ニキ『少なくとも全員こうではない』


 信太「そんな大げさな」


 配信開始から十分。


 視聴者数は三百人を突破していた。


     ◇ ◇ ◇


 同じ頃。


 武甲森林ダンジョン第二区域。


 水城香澄は槍を握りながら、仲間二人と森を進んでいた。


 香澄「今日は第三区域の入口までにしよう」


 男性探索者「了解。昨日オーク増えてるって話だったもんな」


 女性探索者「無理しないのが一番だね」


 香澄「うん。私たちはEランクなんだから、危ないと思ったらすぐ戻ろう」


 三人ともEランク探索者。


 経験を積むため、定期的にD級からC級の浅い区域を探索していた。


 C級ダンジョンへ入ること自体は禁止されていないが、Eランクだけのパーティーなら浅層までに留めるのが普通だった。


 香澄は槍を握り直した。


 昨日見た《シンタ》の映像が頭から離れない。


 香澄「……身体強化を必要なところだけ、か」


 男性探索者「何か言った?」


 香澄「ううん。何でもない」


 香澄自身も身体強化魔法は使える。


 しかし、シンタのように一連の動作の中で強化部位を細かく切り替えることなどできない。


 普通は脚を強化するなら脚。


 腕なら腕。


 あるいは全身。


 それだけでも集中力を必要とする。


 ところがシンタは剣術の動きに合わせて、流れるように魔力を移動させていた。


 香澄「どうやってるんだろう……」


 その時だった。


 前方から金属音が響いた。


 続いて、人の叫び声。


 探索者「誰か!」


 香澄「!」


 三人の表情が変わる。


 香澄「行こう!」


 三人は音の方向へ走った。


 森を抜けた先。


 そこでは別の探索者パーティーが魔物と戦っていた。


 相手はオーク。


 それも一体ではない。


 四体。


 男性探索者「四体!?」


 女性探索者「なんで第二区域に!?」


 本来、オークは第三区域以降で遭遇することが多い。


 しかも四体同時。


 明らかに浅層としては異常だった。


 戦っているパーティーは三人。


 一人はすでに負傷している。


 香澄「助ける!」


 男性探索者「香澄!」


 香澄は地面を蹴った。


 槍へ魔力を通す。


 身体強化。


 脚力を高め、一気に間合いへ入る。


 香澄「はあっ!」


 突き。


 槍の穂先がオークの脇腹を捉えた。


 オーク「ブゴオオッ!」


 だが浅い。


 オークが腕を振る。


 香澄「っ!」


 槍で受ける。


 衝撃。


 身体が後ろへ飛ばされた。


 香澄「くっ……!」


 地面を転がりながら受け身を取る。


 男性探索者「香澄!」


 香澄「大丈夫!」


 立ち上がる。


 しかし、状況は悪かった。


 助けに入ったことで敵が分散したものの、今度はこちらまで戦闘へ巻き込まれている。


 そして――。


 森の奥から、さらに低い唸り声が聞こえた。


 香澄「……嘘」


 木々の間から現れたのは、他のオークより一回り大きな個体だった。


 手には巨大な斧。


 全身に古い傷が刻まれている。


 男性探索者「オーク・ウォリアー……!」


 D級上位からC級相当の魔物。


 Eランク探索者が正面から戦うには危険すぎる相手だった。


 オーク・ウォリアー「ブオオオオオオッ!」


 咆哮が森を震わせた。


     ◇ ◇ ◇


 その頃。


 信太は第二区域へ入ったところだった。


 ダンジョン考察ニキ『シンタ、なんか音しない?』


 信太「音?」


 足を止める。


 耳を澄ませる。


 遠くから何かが聞こえた。


 金属音。


 そして魔物の咆哮。


 信太の表情が変わった。


 信太「戦闘してるな」


 名無しの剣道民『結構激しくない?』


 信太「見に行きます」


 新人探索者好き『気をつけて!』


 信太は走り出した。


 ただし全力ではない。


 木の根や岩を避けながら、最短距離を選んで進む。


 身体操作と部分的な身体強化を組み合わせ、速度を上げる。


 ドローンが自動追尾で後を追う。


 視聴者数が急増し始めた。


 三百五十。


 四百。


 五百。


 信太には確認している余裕などない。


 数十秒後。


 木々の向こうに戦闘中の探索者たちが見えた。


 信太「……六人か」


 負傷者あり。


 オーク四体。


 さらにオーク・ウォリアー一体。


 その瞬間だった。


 オーク・ウォリアーが巨大な斧を振り上げる。


 その正面には、一人の女性探索者。


 槍を構えている。


 香澄だった。


 香澄「っ!」


 避けられない。


 香澄がそう判断した瞬間。


 横から別のオークが迫っていたからだ。


 一方を避ければ、もう一方に襲われる。


 オーク・ウォリアーの斧が振り下ろされる。


 信太「危ない!」


 考えるより先に身体が動いた。


 右脚へ魔力。


 地面を踏み込む。


 腰へ。


 背中へ。


 肩へ。


 魔力を一瞬ずつ連動させる。


 身体そのものが一本の鞭のようにつながった。


 信太の姿が配信画面から一瞬消えた。


 名無しの剣道民『!?』


 新人探索者好き『消えた!?』


 ダンジョン考察ニキ『速っ!?』


 香澄の視界へ、黒い影が割り込む。


 香澄「え――?」


 信太は抜刀した。


 オーク・ウォリアーの斧が迫る。


 まともに刀で受ければ、重量差で押し潰される。


 だから受けない。


 斧の軌道へ刀を斜めに添える。


 力の方向をずらす。


 甲高い金属音。


 巨大な斧が信太の身体すれすれを通過し、地面へ叩きつけられた。


 信太「重いな」


 香澄「…………!」


 香澄は目を見開いた。


 マスク。


 黒い探索装備。


 刀。


 昨日、何度も見返した姿。


 香澄「シンタ……さん?」


 信太「え?」


 名前を呼ばれて、信太は一瞬だけ振り返った。


 信太「俺の配信、知ってるんですか?」


 香澄「昨日見ました!」


 信太「ありがとうございます」


 香澄「今それ言ってる場合ですか!?」


 もっともだった。


 オーク・ウォリアーが斧を引き抜く。


 信太は改めて相手を見る。


 信太「オーク・ウォリアーか」


 香澄「気をつけてください! 普通のオークよりずっと強いです!」


 信太「そうですね」


 オーク・ウォリアー「ブオオオオッ!」


 巨体が突進してくる。


 信太は刀を右手一本で握った。


 刃を水平に寝かせる。


 香澄「その構え……」


 昨日の映像と同じだった。


 だが、少し違う。


 踏み込みが深い。


 重心が低い。


 そして何より、信太の右脚へ集まる魔力の密度が先ほどまでとは明らかに違った。


 信太「普通の壱式だと、ちょっと足りないかな」


 配信のコメント欄が加速する。


 名無しの剣道民『普通の?』


 ダンジョン考察ニキ『待て、別の型あるのか?』


 新人探索者好き『何する気だ!?』


 オーク・ウォリアーが斧を横薙ぎに振る。


 その瞬間、信太の姿勢がさらに低くなった。


 予備動作を削る。


 呼吸。


 脱力。


 重心移動。


 脚から生まれた力を全身へ通す。


 そこへ身体強化魔法を重ねる。


 信太「――右片手平突き」


 次の瞬間。


 信太の身体が弾けた。


 香澄には、踏み込んだ瞬間すら見えなかった。


 一直線。


 ただひたすら速く。


 右手一本で突き出された刀が、オーク・ウォリアーの胸部を貫通した。


 信太「――四式」


 遅れて衝撃音が響く。


 オーク・ウォリアー「――ブ、オ……」


 巨体が停止した。


 斧が手から落ちる。


 そして信太が刀を引き抜いた直後、その身体が光の粒子へ変わって消滅した。


 地面へ、通常のオークより大きな魔石が落ちる。


 静寂。


 香澄だけではない。


 周囲にいた探索者全員が動きを止めていた。


 配信コメントも、一瞬だけ完全に止まった。


 信太「……あ」


 信太は周囲を見る。


 まだ普通のオークが四体残っている。


 信太「先に全部倒しましょう」


 香澄「え……あ、はい!」


 そこからは早かった。


 信太が二体。


 香澄たちが一体。


 救援されたパーティーが最後の一体を仕留める。


 戦闘終了まで一分もかからなかった。


 負傷者の応急処置を終えたところで、ようやく全員が息をつく。


 香澄「助かりました。本当にありがとうございます」


 信太「間に合ってよかったです」


 香澄「それにしても……すごかったです。あの突き」


 信太「四式ですか?」


 香澄「はい。昨日の配信で使ってたのは……」


 信太「壱式ですね。四式は速度重視です。予備動作をできるだけなくして、一気に間合いを詰める感じで」


 香澄「それだけでオーク・ウォリアーを一撃……?」


 信太「急所に当たりましたから」


 香澄「…………」


 絶対にそれだけではない。


 香澄はそう思った。


 すると男性探索者が信太へ声をかける。


 男性探索者「シンタさん、でしたよね?」


 信太「はい」


 男性探索者「ランクを聞いても?」


 信太「Cです」


 男性探索者「……C」


 なぜか複雑そうな表情をされた。


 信太「?」


 その時、ドローンが信太の横へ移動してきた。


 信太「あ」


 配信中だったことを思い出す。


 視聴者数を見る。


 信太「……二千八百?」


 昨日の最大同時視聴者数とは比較にならない。


 コメント欄も、とんでもない速度で流れていた。


 名無しの剣道民『四式ヤバすぎる』


 新人探索者好き『オーク・ウォリアー一撃なんですが』


 ダンジョン考察ニキ『予備動作ほぼ見えなかった』


 名無しの剣道民『これ本当にCランク?』


 新人探索者好き『今日だけで何回「普通」の基準壊すんだよ』


 信太「いや、でもCランクならオーク・ウォリアーくらい倒せますよね?」


 コメント欄がさらに加速した。


 香澄「倒せる人はいますけど……普通はあんな一撃じゃありません」


 信太「そうなんですか?」


 香澄「そうなんです」


 はっきり言われてしまった。


 信太は少し困ったように頭を掻いた。


 その仕草を見ていた香澄は、ふと違和感を覚えた。


 声。


 話し方。


 何気ない首の傾け方。


 そして、立っている時の姿勢。


 香澄「…………」


 知っている。


 この人を、自分はどこかで知っている。


 配信で見たからではない。


 もっと以前から。


 香澄は信太をじっと見つめた。


 信太「どうしました?」


 香澄「……いえ」


 マスクで顔の半分は隠れている。


 だが目元までは隠れていない。


 香澄の記憶の中で、一人の人物が浮かび上がる。


 同じ大学。


 一学年上。


 何度か話したことがある先輩。


 香澄「まさか……」


 小さく呟いた声は、信太には届かなかった。


 しかしその日の夜。


 《新人Cランク配信者シンタ、右片手平突き・四式でオーク・ウォリアーを一撃》


 そんな切り抜き動画が急速に拡散されることになる。


 そして水城香澄は、《シンタ》の正体へ大学関係者の中で最初にたどり着こうとしていた。


 信太本人が、その事実に気づくのはもう少し後のことだった。

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