第2話 親友が俺の配信を布教してくる
初めてのダンジョン配信を終えた翌朝。
市河信太は、いつもと変わらない時間に駿我代大学へ向かっていた。
昨日の《奥武蔵第三ダンジョン》探索は、信太としては特に変わったことのない一日だった。
ゴブリンを何体か倒し、途中でコボルトやホーンラビットとも遭遇したが、危険らしい危険はなかった。深層へ入る前に探索を切り上げ、手に入れた魔石を探索者協会へ持ち込んで換金してから帰宅している。
問題があるとすれば、初めて行った配信だった。
配信開始時には誰もいなかった視聴者が、終了時には百人を超えていた。
さらに朝起きて確認してみると、配信のアーカイブ再生数は三千回を突破している。
登録者数も二百人を超えていた。
信太「配信って、意外と見てもらえるんだな」
電車の中でスマートフォンを眺めながら、信太はそんな感想を抱いていた。
比較対象を知らないため、それが初配信としてはかなり異常な伸び方だとは気づいていない。
特に再生されているのは、三体のゴブリンを相手に《右片手平突き・壱式》から横薙ぎへつないだ場面だった。
視聴者が切り抜き動画を作り、SNSへ投稿したらしい。
信太「切り抜きって、勝手に作られるものなんだな……」
コメント欄を確認する。
『このCランク、動きがおかしくない?』
『身体強化の使い方どうなってるんだ』
『片手で刀使ってるのに軸が全然ブレてない』
『右片手平突きとか初めて見た』
『剣道経験者らしいけど、これ本当に剣道だけか?』
『本人が一番自分のおかしさを理解してなさそう』
最後のコメントを見て、信太は首を傾げた。
信太「別に普通だと思うけどな」
剣道を始めた頃から、何度も繰り返し身体の使い方を研究してきた。
腕力だけで竹刀を振れば疲れる。肩に力が入れば速度も落ちる。上半身だけで技を出そうとすれば威力も安定しない。
だから脱力を覚えた。
足から生まれた力を、股関節、腰、背骨、肩、腕へ伝える。
探索者になって身体強化魔法を覚えてからは、そこへ魔力操作を加えただけだ。
本人にとっては、それまで積み重ねてきた技術の延長でしかなかった。
やがて大学最寄りの駅へ到着し、信太はスマートフォンをポケットへしまった。
◇ ◇ ◇
午前十時過ぎ。
講義開始前の教室へ入った信太は、いつもの席へ向かった。
すると後ろから肩を掴まれた。
悠斗「信太!」
信太「うおっ!?」
振り返ると、親友の神谷悠斗が興奮した様子で立っていた。
信太「なんだよ朝から」
悠斗「お前、昨日の《シンタ》見たか!?」
信太「…………」
一瞬、思考が止まった。
まさか大学へ来て数分でその名前を聞くとは思わなかった。
信太「……シンタ?」
悠斗「ダンジョン配信者だよ! 昨日が初配信だったらしいんだけどさ!」
信太「へ、へえ」
悠斗「これ見ろ!」
悠斗がスマートフォンを突き出してくる。
画面に映っていたのは、昨日の信太だった。
黒い探索装備。
顔を隠すマスク。
腰には刀。
そして目の前には三体のゴブリン。
信太「…………」
完全に自分である。
悠斗「ここからだぞ」
信太「いや、別に――」
悠斗「いいから見ろって!」
再生された。
映像の中の信太が身体強化を使い、一気に前へ出る。
刀身を水平に構えた右手一本の刺突。
《右片手平突き・壱式》。
一体目を貫き、そのまま横薙ぎで二体目を斬る。さらに最後の一体との距離を一瞬で詰め、斬撃を放つ。
悠斗「ヤバくね?」
信太「……まあ、そこそこ?」
悠斗「そこそこじゃねえよ!」
信太「教室だぞ。声でかいって」
悠斗は慌てて声を落とした。
悠斗「こいつCランクなんだぞ」
信太「うん」
悠斗「お前、反応薄くない?」
信太「Cランクなら、それくらいできるんじゃないのか?」
悠斗「俺だって探索者じゃないから詳しくないけど、コメント欄じゃ『普通のCランクじゃない』ってめちゃくちゃ言われてるぞ」
信太「そうなのか?」
悠斗「しかも本人がずっと『普通です』みたいな顔してんのが面白い」
信太「…………」
信太は何とも言えない気持ちになった。
目の前の親友は、本人へ向かって本人の配信を熱弁している。
当然、悠斗は信太が探索者だとは知らない。
信太は大学へ通いながら、家族だけではなく大学の友人にも探索者活動を隠していた。
探索者資格を持っていること自体は犯罪でも何でもない。しかし父親に知られたくない以上、余計なところから情報が漏れる可能性はできる限り減らしたかった。
悠斗「俺、チャンネル登録した」
信太「早いな」
悠斗「だって面白そうじゃん。まだ登録者三百人くらいだぞ? 今から追えば古参名乗れる」
信太「古参って……」
悠斗「有名になってから『俺は初期から見てた』って言うんだよ」
信太「有名になるとは限らないだろ」
悠斗「なるね」
即答だった。
信太「なんで言い切れるんだ?」
悠斗「強いから」
信太「単純だな」
悠斗「ダンジョン配信なんて、強いか面白いか珍しいかだろ。このシンタは強いし、戦い方が珍しい。しかも本人がなんか天然っぽくて面白い」
信太「天然……?」
悠斗「ほら、ここ」
別の切り抜きが再生される。
映像の信太が視聴者から身体強化について質問されていた。
映像の信太『全部強化すると魔力がもったいないので。動く順番に合わせて、脚、腰、肩、腕って感じで流してます』
コメント欄が静止する。
映像の信太『……?』
悠斗「ここ最高」
信太「どこが?」
悠斗「いや、明らかに視聴者と認識ズレてるだろ」
信太「そうか?」
悠斗「お前まで同じ反応するなよ」
信太「…………」
危ない。
どうやら自分は想像以上に配信者としての自覚を持った方がよさそうだ。
その後、講義が始まっても信太の頭には悠斗の言葉が残っていた。
◇ ◇ ◇
昼休み。
大学の食堂で信太と悠斗が昼食を取っていると、悠斗はまだ《シンタ》の話を続けていた。
悠斗「次いつ配信するんだろうな」
信太「さあ」
悠斗「今日やらないかな」
信太「今日は……どうだろうな」
悠斗「なんでお前が考えるんだよ」
信太「いや、配信者にも予定があるだろ」
危うく「今日は講義があるから無理」と言いそうになった。
悠斗「でも昨日の配信、結構伸びてるからな。この勢いで今日もやった方がいいと思うんだよ」
信太「毎日ダンジョン潜るのも大変だぞ」
悠斗「そうなのか?」
信太「そりゃ身体使うし」
悠斗「妙に詳しいな」
信太「一般論だよ」
適当に誤魔化しながらカレーを口へ運ぶ。
その時だった。
悠斗「あ、水城さん」
悠斗の視線の先を追う。
一人の女子学生が友人と一緒に食堂へ入ってきた。
水城香澄。
信太より一学年下の二十歳で、同じ大学に通う後輩だ。
肩まで伸びた黒髪を揺らしながら友人と話している姿は、大学内でもそれなりに目立つ。
信太も何度か話したことがあった。
ただし、香澄には信太の知らない一面がある。
彼女もまた、探索者だった。
もっとも、この時点で信太はその事実を知らない。
香澄もまた、信太が探索者だとは知らなかった。
悠斗「水城さんって可愛いよな」
信太「いきなり何だよ」
悠斗「事実だろ」
信太「俺に言われても知らん」
悠斗「信太ってそういう話、本当に興味薄いよな」
信太「普通だよ」
悠斗「お前の普通は信用できなくなってきた」
信太「なんでだよ」
その言葉に信太は眉を寄せたが、まさか数時間前まで悠斗が熱弁していた配信者と同じような評価をされているとは思わなかった。
一方、少し離れた席へ座った香澄は、友人との会話を続けながらスマートフォンを取り出していた。
通知が一件届いている。
探索者仲間から送られてきた動画だった。
『香澄、この人見た? Cランクらしいよ』
香澄「Cランク……?」
イヤホンを片耳につけて動画を開く。
映ったのは、刀を持った探索者。
配信者名。
香澄「…………」
右手一本で繰り出された刺突。
その直後の横薙ぎ。
さらに、最後のゴブリンとの距離を詰めた身体運用。
Eランク探索者として実際にダンジョンへ潜っている香澄には、一般視聴者よりもはっきり分かった。
香澄「……強い」
ただ速いだけではない。
身体強化魔法を使っているにもかかわらず、動きに無駄がない。
むしろ魔法が剣術を邪魔していない。
探索者になったばかりの人間ほど、身体強化魔法を使えば力任せになりやすい。
身体能力そのものが上昇するため、それだけで魔物を倒せてしまうからだ。
しかし、この《シンタ》という探索者は違う。
元々完成度の高い身体操作があり、そこへ身体強化を組み込んでいる。
香澄「この人、本当にCランクなの……?」
友人「香澄、どうしたの?」
香澄「ううん。ちょっと面白い配信者を教えてもらって」
友人「ダンジョン?」
香澄「うん」
香澄は映像をもう一度再生した。
不思議だった。
どこかで似た動きを見たことがある気がする。
しかし、それが誰だったのかまでは思い出せなかった。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
講義を終えた信太は自宅へ帰ってきた。
玄関を開ける。
信太「ただいま」
美咲「おかえり」
リビングから母の声が返ってきた。
信太が靴を脱いでいると、階段から莉奈が降りてきた。
莉奈「お兄ちゃん」
信太「ん?」
莉奈はじっと信太を見た。
信太「……何だよ」
莉奈「ちょっと右手出して」
信太「なんで?」
莉奈「いいから」
意味が分からないまま右手を出す。
莉奈はその手を眺めた。
手のひら。
指。
そして手首。
信太「何なんだ?」
莉奈「お兄ちゃんって、剣道やってるじゃん」
信太「やってるな」
莉奈「片手で突く技とか使える?」
信太の心臓が、一瞬だけ強く跳ねた。
信太「……急にどうした?」
莉奈「今日、面白いダンジョン配信者見つけたんだよね」
嫌な予感がする。
非常に嫌な予感がする。
莉奈「《シンタ》っていう人」
信太「へ、へえ」
莉奈「刀使っててさ」
信太「そうなんだ」
莉奈「右手一本で、すっごい速い突き使うの」
信太「珍しい人もいるんだな」
莉奈「…………」
莉奈が目を細めた。
信太「何だよ」
莉奈「なんか、お兄ちゃんと動き似てるんだよね」
信太「…………」
まずい。
初配信から一日。
まだ登録者数は数百人程度。
有名配信者でも何でもない。
それなのに、すでに妹が正体へ近づき始めている。
信太「剣道やってる人なら、似た動きになることもあるんじゃないか?」
莉奈「そうかなあ?」
信太「そうだろ」
莉奈「でも名前も《シンタ》だよ?」
信太「世の中にシンタなんて何人いると思ってるんだ」
莉奈「フルネームじゃないけど」
信太「だろ?」
莉奈「うーん……」
莉奈はまだ納得していないようだった。
するとリビングから美咲が顔を出した。
美咲「二人とも、玄関で何してるの?」
莉奈「お兄ちゃんが怪しい」
信太「何も怪しくない」
美咲「信太が?」
母の視線が向けられる。
信太「莉奈が変な配信者と俺を一緒にしてるだけだよ」
莉奈「変じゃないよ。強いんだから」
信太「はいはい」
信太はなるべく自然にその場を離れ、二階の自室へ向かった。
ドアを閉める。
信太「……危なかった」
まだ初日だぞ。
信太はベッドへ腰を下ろし、スマートフォンを取り出した。
配信チャンネルを確認する。
登録者数――四百八十七人。
信太「増えてる……」
さらに通知も大量に届いていた。
『次回配信待ってます!』
『右片手平突きもっと見たい』
『Cランクでこの強さなら、もっと深いところ行けそう』
『次はC級ダンジョン行ってほしい』
『身体強化の解説お願いします』
『斬撃速すぎて見えなかった』
信太はしばらくコメントを眺めた。
どうやら思っていた以上に楽しみにしてくれている人がいるらしい。
ならば、もう一度くらいやってみてもいいだろう。
信太「次は……C級にするか」
自分と同じランクのダンジョンなら、配信としてもちょうどいいはずだ。
そう考えて、探索者協会のダンジョン情報を開く。
いくつか候補を確認したところで、信太は一つの場所に目を留めた。
埼玉県西部にあるC級ダンジョン。
森林型。
推奨探索者ランク、C以上。
信太「ここならいいかな」
その判断が、また新たな出会いへつながることになる。
そして信太はまだ知らない。
同じダンジョンへ、Eランク探索者である水城香澄も仲間たちと向かう予定を立てていることを。
さらにその先で、本来ならEランク探索者が遭遇するはずのない危険が待ち受けていることも。
配信者の二度目の探索は、信太が思っているほど平穏には終わらないのだった。




