第34話 岩鱗の巨獣、斬鉄剣の威力
《秩父西部渓谷ダンジョン》第二階層の岩場に、低い咆哮が響き渡った。
信太とレイナの前に現れた大型ロックリザードは、全長四メートルを超える巨体を持ち、背中から尾にかけて岩のように硬い鱗で覆われていた。太い四肢には鋭い爪が生え、その重量を支えるだけの強靭な筋肉が備わっている。
信太は刀を構えながら、相手の動きを慎重に観察した。
ロックリザードは頭を低く下げ、二人を威嚇するように尾を左右へ振っている。単純な突進だけでなく、尾による薙ぎ払いにも注意が必要そうだった。
隣に立つレイナが双剣を構え、落ち着いた声で尋ねた。
「シンタさん、予定どおり私が注意を引きつけますね?」
信太は頷いた。
「お願いします。ただ、尾の攻撃範囲が広そうなので、無理に近づかないでください」
レイナは笑みを浮かべた。
「了解です。シンタさんも気をつけてくださいね!」
その直後、ロックリザードが地面を蹴った。
巨体からは想像できないほどの速度で突進してくる。
レイナは素早く左へ跳び、信太も反対方向へ移動した。
ロックリザードの巨体が二人の間を通過し、岩壁へ激突する。
鈍い衝撃音とともに、細かな岩片が周囲へ飛び散った。
レイナは着地すると、すぐに側面へ回り込んだ。
「まずは動きを見ます!」
左手の剣で相手の注意を引き、右手の剣で後脚を斬りつける。
しかし、硬い鱗に刃が弾かれ、金属音が響いた。
レイナはすぐに距離を取った。
「やっぱり硬いですね!」
信太はその様子を見ながら、静かに頷いた。
「鱗そのものを斬るのは難しそうですね。関節を狙いましょう」
ロックリザードが再び咆哮し、太い尾を振り回した。
レイナは後方へ跳んで回避する。
信太も尾の軌道を見極め、地面を蹴った。
身体を低く沈め、尾の下をくぐるように移動する。
そのまま後脚の付け根へ刀を突き出した。
「右片手平突き・壱式」
鋭い突きが鱗の隙間へ入り込み、ロックリザードの脚を傷つけた。
巨獣が苦痛の声を上げ、身体を大きく揺らす。
信太はすぐに刀を引き、距離を取った。
レイナはその動きを見て、感心したように声を上げた。
「すごい! あの隙間を正確に狙えるんですね!」
信太は落ち着いて答えた。
「動きが大きいので、狙う場所は分かりやすいです。ただ、無理に攻めると危険ですね」
その間にも、配信用ドローンは二人の戦闘を撮影していた。
コメント欄には、驚きの声が次々と流れている。
『でかすぎるだろ!』
『第二階層で大型ロックリザード!?』
『レイナさんの剣が弾かれたぞ!』
『シンタさん、普通に鱗の隙間を突いてるんだが』
『あの精度どうなってるの!?』
信太はコメントを確認する余裕もなく、ロックリザードの動きに集中していた。
◇ ◇ ◇
ロックリザードは傷ついた後脚をかばうように身体を低くした。
しかし、戦意を失った様子はない。
むしろ、先ほどよりも激しく尾を振り回し、周囲の岩を砕き始めた。
レイナは双剣を構え直しながら、信太へ声をかけた。
「シンタさん、このまま関節を狙っていきますか?」
信太は少し考えた。
関節を狙えば確実にダメージを与えられるが、相手の巨体が暴れ続ければ、周囲への被害も大きくなる。
それならば、できるだけ短時間で決着をつけた方が安全だろう。
信太は静かに答えた。
「いえ。少し試したいことがあります」
レイナは興味深そうに目を輝かせた。
「もしかして、あの技ですか?」
信太は苦笑した。
「斬鉄剣ですね」
その言葉に、コメント欄が一気に盛り上がった。
『斬鉄剣きたああ!』
『待ってました!』
『岩みたいな鱗を斬るのか!?』
『これ本当にBランクの技なの?』
レイナは少しだけ真剣な表情になった。
「分かりました。私が相手の注意を引きつけます!」
信太は頷いた。
「お願いします。無理に攻撃せず、距離を保ってください」
「了解です!」
レイナは地面を蹴り、ロックリザードの正面へ回り込んだ。
双剣を交互に振るい、相手の注意を引きつける。
ロックリザードが大きく口を開き、レイナへ噛みつこうとした。
しかし、レイナは軽やかな足運びで攻撃をかわし、すぐに側面へ移動する。
巨獣の視線がレイナを追った。
その瞬間、信太は静かに呼吸を整えた。
刀を両手で握り、余計な力を抜く。
足裏から伝わる地面の感触を確かめ、股関節と骨盤の動きを連動させる。
斬鉄剣。
それは単純に力任せで硬いものを斬る技ではない。
刃筋を正確に合わせ、身体全体の力を無駄なく刀身へ伝えることで、対象を斬り裂く技術だ。
信太はロックリザードの側面へ踏み込んだ。
狙うのは、肩から背中へ続く硬い鱗。
通常の剣では弾かれる場所だった。
しかし、信太の動きには迷いがなかった。
「……斬鉄剣」
短い呟きとともに、刀が振り抜かれた。
次の瞬間、鋭い金属音が岩場に響いた。
硬い鱗が割れ、ロックリザードの肩口に深い傷が刻まれる。
巨獣は苦痛の咆哮を上げ、身体を大きくよろめかせた。
レイナは思わず目を見開いた。
「えっ……本当に斬った!?」
信太は刀を構え直しながら答えた。
「少し抵抗はありましたけど、何とかなりました」
レイナは驚いたように信太を見つめた。
「いやいや、何とかなったって……!」
コメント欄も大騒ぎになっていた。
『斬ったあああ!』
『あの鱗を普通に斬ったぞ!?』
『レイナさんでも弾かれたのに!』
『斬鉄剣って本当に存在するんだな』
『シンタさん、絶対Bランクの実力じゃないだろ!』
しかし、戦闘はまだ終わっていなかった。
◇ ◇ ◇
傷を負ったロックリザードは、最後の抵抗とばかりに尾を大きく振り上げた。
信太はその動きを見逃さなかった。
「レイナさん、下がってください!」
信太の声に、レイナは即座に後方へ跳んだ。
直後、巨大な尾が地面を叩きつけ、岩片が飛び散る。
信太は身体を低く沈め、飛来する破片をかわした。
ロックリザードが再び頭を持ち上げる。
その瞬間、信太は地面を蹴った。
余計な予備動作を省き、一気に間合いを詰める。
右手一本で刀を水平に構え、鋭い突きを放った。
「右片手平突き・四式」
ほとんど予備動作のない突きが、ロックリザードの首元にある鱗の隙間へ突き刺さった。
四式は威力よりも速度と正確性を重視した技だ。
しかし、すでに深い傷を負っていたロックリザードにとって、その一撃は決定的だった。
巨獣は大きく身体を震わせ、やがて地面へ崩れ落ちた。
信太は刀を引き抜き、周囲の安全を確認してから静かに息を吐いた。
「……終わりましたね」
レイナは双剣を下ろし、信太へ駆け寄った。
「シンタさん! 今の、本当にすごかったです!」
信太は少し照れくさそうに笑った。
「ありがとうございます。でも、レイナさんが注意を引きつけてくれたおかげですよ」
レイナは嬉しそうに笑った。
「そう言ってもらえると嬉しいです! でも、あの斬鉄剣は本当に驚きました!」
信太は刀身を確認しながら答えた。
「刃筋が合えば、硬いものでも斬れることがありますから」
その言葉に、レイナは思わず苦笑した。
「……それ、普通の人にはできませんよ?」
◇ ◇ ◇
戦闘終了後、二人は大型ロックリザードの素材を回収した。
硬い鱗や魔石は高値で取引されるため、協会へ持ち帰ればそれなりの報酬になるだろう。
レイナは素材を確認しながら、楽しそうに話しかけた。
「シンタさん、今日の配信、すごいことになってますよ」
「そうなんですか?」
信太が配信画面を確認すると、同時視聴者数が大きく増えていた。
レイナのチャンネルでは十万人を超え、信太のチャンネルでも数万人が視聴している。
コメント欄には、斬鉄剣への驚きが次々と書き込まれていた。
『今日の名場面確定!』
『斬鉄剣の切り抜き絶対伸びる』
『シンタさん、Aランク昇格待ったなし!』
『レイナさんとの相性も抜群だな』
信太は少し困ったように笑った。
「……何だか、大変なことになってますね」
レイナは楽しそうに頷いた。
「ふふっ、これからもっと人気が出ると思いますよ!」
信太は苦笑しながら刀を鞘へ納めた。
人気が出るのはありがたいが、今は探索を無事に終えることが先決だ。
信太は周囲を確認し、レイナへ声をかけた。
「それじゃあ、少し休憩してから第三階層へ向かいましょうか」
レイナは笑顔で頷いた。
「はい! でも、無理はしないでくださいね!」
「もちろんです」
二人は安全な場所を探し、休憩を取ることにした。
大型ロックリザードとの戦闘を終えたことで、合同配信はさらに盛り上がっていた。
しかし、信太にとって大切なのは、視聴者数でも登録者数でもない。
無事に探索を終え、家族の待つ家へ帰ること。
その思いだけは、これからも変わることがなかった。




