第31話 人気Aランク探索者との合同配信、いよいよ開始!
日曜日の午前七時。市河信太は普段より早めに朝食を済ませ、探索用の装備を確認していた。
今日はAランク探索者、神崎レイナとの合同配信当日だ。
探索先は埼玉県内にあるB級ダンジョン《秩父西部渓谷ダンジョン》。協会の管理下にあるダンジョンで、今回の探索は第一階層から第三階層までを予定している。
信太が玄関で靴を履いていると、母の美咲が顔を覗かせた。
「信太、お弁当は必要ないの?」
信太は鞄を肩に掛けながら答えた。
「ありがとう、母さん。でも今日は携帯食料を用意してあるから大丈夫だよ」
美咲は頷き、少しだけ真剣な表情になった。
「そう。無理だけはしないでね。莉奈と一緒に配信を見ているから」
「分かってる。ちゃんと帰ってくるよ」
そこへ、まだ寝間着姿の莉奈が階段を下りてきた。
「お兄ちゃん! 今日こそ参式を見せてね!」
信太は苦笑した。
「状況次第だって。見せるためだけに技を使うつもりはないよ」
莉奈は不満そうに頬を膨らませたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「分かってるよ! 頑張ってね!」
信太は二人に手を振り、家を出た。
父の隆一には、大学の知人と出かけると伝えてある。母と妹が事情を知っているとはいえ、父親にだけ秘密を抱えていることには、やはり少し後ろめたさがあった。
それでも、今は目の前の探索に集中しよう。
信太はそう考えながら、集合場所へ向かった。
◇ ◇ ◇
午前八時二十分。
信太が《秩父西部渓谷ダンジョン》の現地管理所へ到着すると、入口付近に一人の女性が立っていた。
肩まで伸びた明るい茶色の髪に、動きやすさを重視した軽装の防具。腰には二本の剣を携えている。
Aランク探索者、神崎レイナだった。
レイナは信太の姿を見つけると、笑顔で手を振った。
「シンタさん! おはようございます!」
信太も軽く頭を下げた。
「おはようございます、レイナさん。今日はよろしくお願いします」
レイナは嬉しそうに笑った。
「こちらこそ! やっと直接お会いできましたね!」
これまで何度かオンラインで話していたが、実際に顔を合わせるのは初めてだった。
レイナは信太の腰にある日本刀へ視線を向けた。
「それが、いつも配信で使っている刀ですね?」
「はい。普段から使っているものです」
「やっぱり実物を見ると格好いいですね!」
レイナは興味深そうに刀を眺めていたが、すぐに表情を引き締めた。
「それじゃあ、まずは管理所で手続きを済ませましょうか」
「そうですね」
二人は受付へ向かい、探索者証と配信許可証を提示した。
担当職員は端末を確認すると、丁寧に説明を始めた。
「本日の探索許可は確認できています。対象は第一階層から第三階層までです。ただし、異常を確認した場合は速やかに撤退してください」
信太は頷いた。
「分かりました。最新の出現情報に変更はありますか?」
職員は資料を確認した。
「現在のところ、特別な異常は報告されていません。ただし、第三階層では大型ロックリザードの目撃情報があります」
レイナは落ち着いた様子で答えた。
「ありがとうございます。無理な交戦は避けます」
手続きを終えた二人は、管理所に併設された訓練スペースへ移動した。
◇ ◇ ◇
午前八時四十五分。
信太とレイナは、配信開始前に軽い連携確認を行っていた。
レイナが双剣を構え、信太が訓練用の木刀を手に取る。
レイナは笑顔で尋ねた。
「シンタさん、まずは私が動いてみますね。間合いを見てもらえますか?」
「お願いします」
レイナは軽く地面を蹴り、右斜め前へ踏み込んだ。
続けて左へ切り返し、二本の剣を交互に振るう。
その動きは非常に滑らかだった。
信太は彼女の足運びと剣の軌道を注意深く観察した。
「なるほど。左へ回り込むとき、右手の剣が先に出るんですね」
レイナは驚いたように目を見開いた。
「一回見ただけで分かるんですか?」
信太は首を傾げた。
「動きを見れば、何となく」
レイナは思わず笑った。
「九条さんが言ってたとおりですね。シンタさん、やっぱり普通じゃないです!」
「そうですか?」
「そうですよ!」
信太は苦笑しながら木刀を構えた。
「じゃあ、今度は俺が正面を担当する形で合わせてみましょう」
二人は互いの間合いを確認しながら、何度か動きを合わせた。
信太が正面から踏み込み、レイナが側面へ回り込む。
続いて、レイナが敵の注意を引きつける想定で動き、信太が空いた間合いへ突きを放つ。
初めて組む相手とは思えないほど、連携は自然だった。
レイナは双剣を下ろすと、感心したように息を吐いた。
「すごい……。私の動きに合わせて、ちゃんと攻撃の軌道を変えてくれてますよね?」
信太は頷いた。
「はい。お互いの武器がぶつからないように、少し調整しています」
レイナは嬉しそうに笑った。
「これなら安心して一緒に戦えそうです!」
信太も自然と笑みを浮かべた。
「俺もそう思います」
◇ ◇ ◇
午前九時二十分。
二人はダンジョン入口前で、配信用ドローンの最終確認を行っていた。
信太のドローンは普段どおり、少し離れた位置から全体を撮影する設定になっている。
一方、レイナのドローンは複数の撮影角度を切り替えられる高性能な機種だった。
信太が感心していると、レイナが笑顔で説明した。
「これ、配信を始めてから少しずつ改良してもらったんです。戦闘中でも自動で距離を取ってくれるんですよ」
「便利ですね。俺のドローンにも参考になりそうです」
「よかったら、今度メーカーさんを紹介しますよ!」
「ありがとうございます」
そんな会話をしているうちに、配信開始時刻が近づいてきた。
レイナはスマートフォンを確認し、信太へ視線を向けた。
「シンタさん、準備はいいですか?」
信太は頷いた。
「はい。いつでも大丈夫です」
レイナは嬉しそうに笑い、配信開始の操作を行った。
午前九時三十分。
二人の合同配信が、ついに始まった。
「皆さん、おはようございます! 神崎レイナです!」
レイナの明るい声が、ダンジョン入口前に響いた。
配信画面には、次々とコメントが流れ始める。
『レイナさん、おはよう!』
『待ってました!』
『シンタさんとの合同配信きたああ!』
『今日は双剣と日本刀の共闘か!』
レイナは笑顔で続けた。
「今日は予告していたとおり、特別なゲストをお呼びしています!」
そして、隣に立つ信太へ手を向けた。
「Bランク探索者で、最近話題の剣士! シンタさんです!」
信太はカメラへ向かって軽く頭を下げた。
「皆さん、おはようございます。シンタです。今日はレイナさんと一緒に、安全第一で探索していきます。よろしくお願いします」
その瞬間、コメント欄が一気に加速した。
『シンタさんきたああ!』
『本物だ!』
『九条さんとの共闘以来の大物コラボ!』
『右片手平突きが楽しみ!』
『参式はまだですか!?』
信太は最後のコメントを見て苦笑した。
「参式は、必要な場面があれば使いますよ」
レイナは楽しそうに笑った。
「皆さん、参式が気になってるんですね!」
「妹にも同じことを言われました」
信太が何気なく答えると、コメント欄がさらに盛り上がった。
『妹さんいるの!?』
『シンタさんの家族情報きた!』
『妹さんも参式待機勢で草』
信太は一瞬だけ言葉に詰まった。
「……今のは忘れてください」
レイナは口元を押さえながら笑っていた。
「ふふっ、シンタさんって意外と天然なんですね」
信太は少し困ったように肩をすくめた。
◇ ◇ ◇
同じ頃、市河家のリビングでは、美咲と莉奈がテレビに配信画面を映していた。
莉奈はソファに座り、興奮した様子で画面を見つめている。
「お母さん! 始まったよ! お兄ちゃん、ちゃんと映ってる!」
美咲は微笑みながら頷いた。
「本当ね。落ち着いて話せているみたいで安心したわ」
莉奈はコメント欄を見て笑った。
「ほら、お兄ちゃんが私のこと話しちゃった!」
美咲は少し呆れたように笑った。
「まったく、あの子ったら……」
そのとき、二階から父の隆一が下りてきた。
「二人とも、朝から何を見てるんだ?」
莉奈は一瞬だけ固まった。
しかし、すぐに笑顔を浮かべた。
「好きなダンジョン配信者の合同配信だよ!」
隆一はテレビへ視線を向けた。
画面には、仮面をつけた信太とレイナが映っている。
「へえ。最近はこういうのが人気なのか」
莉奈は何とか平静を保ちながら頷いた。
「うん! すごく人気なんだよ!」
隆一は少しだけ画面を眺めた後、キッチンへ向かった。
「危険な仕事だろうに、大変だな」
美咲と莉奈は顔を見合わせ、ほっと息を吐いた。
どうやら、今日も父親には気づかれずに済んだらしい。
◇ ◇ ◇
一方、ダンジョン入口前では、信太とレイナが探索開始の準備を整えていた。
レイナは双剣の柄に手を添え、信太へ笑顔を向けた。
「それじゃあ、シンタさん。行きましょうか!」
信太は刀の位置を確認し、静かに頷いた。
「はい。よろしくお願いします」
二人は並んで、ダンジョンの入口へ足を踏み入れた。
薄暗い通路の先から、ひんやりとした空気が流れてくる。
信太は周囲の気配を探りながら、ゆっくりと歩き始めた。
その隣では、レイナが双剣を抜き、いつでも戦えるように構えている。
そして、入口から数分ほど進んだところで、前方の茂みが揺れた。
低い唸り声が聞こえてくる。
信太は足を止め、静かに刀へ手を添えた。
「……レイナさん、前方に三体います」
レイナは笑みを浮かべた。
「分かりました。最初の連携、試してみましょう!」
茂みの奥から、黒い毛並みの狼型モンスターが姿を現した。
ブラックウルフ三体。
こうして、Bランク探索者とAランク探索者《神崎レイナ》による、初めての合同戦闘が始まろうとしていた。




