第30話 合同配信前日、Aランク探索者との最終確認
土曜日の朝、俺は自室で探索装備の最終点検をしていた。
神崎レイナさんとの合同探索は、いよいよ明日だ。探索先は埼玉県内にあるB級ダンジョン《秩父西部渓谷ダンジョン》。探索者協会から正式な許可も下りており、現時点では予定どおり実施できる見込みだった。
机の上には、愛用の日本刀と予備の装備品が並んでいる。
俺は刀を鞘から抜き、刃の状態を確認した。刀身に目立った損傷はなく、柄にも緩みはない。続いて防具の留め具や配信用ドローンの動作を確認し、必要な消耗品を鞄へ収めていく。
明日はAランク探索者との合同配信だが、だからといって特別なことをするつもりはない。
普段どおり、安全を最優先に探索するだけだ。
装備の確認を終えたところで、スマートフォンが震えた。
画面にはレイナさんからのメッセージが表示されていた。
『シンタさん、おはようございます! いよいよ明日ですね!』
俺は少し笑みを浮かべて返信した。
『おはようございます。そうですね。準備は順調ですか?』
すると、すぐに返事が届いた。
『もちろんです! 今日は装備を確認して、午後は軽く身体を動かす予定です!』
どうやら、レイナさんも俺と似たような一日を過ごすらしい。
俺がそう考えていると、さらにメッセージが届いた。
『午後に少しだけ通話できますか? 明日の動きを最終確認したいです!』
『大丈夫です。何時頃にしましょうか?』
『午後三時でお願いします!』
俺は了承の返事を送り、スマートフォンを机に置いた。
明日の合同探索に向けて、準備は着実に進んでいた。
◇ ◇ ◇
昼食を終えた俺は、庭で軽い自主訓練をしていた。
今日は身体に疲労を残さないよう、激しい動きは控えている。
木刀を手に、ゆっくりと足を運ぶ。
右片手平突きの基本となる構えから、踏み込みと同時に刀を前へ伸ばす。
意識するのは、速度ではなく身体の連動だ。
足裏で地面を押し、その力を股関節、骨盤、背骨、肩へ伝える。余計な力を抜くことで、少ない動作でも刀を滑らかに動かせる。
俺が何度か動きを確認していると、縁側から声が聞こえてきた。
莉奈だった。
「お兄ちゃん、明日はいよいよレイナさんとの合同配信だね!」
俺は木刀を下ろして振り返った。
「そうだな。準備はほとんど終わったよ」
莉奈は嬉しそうに笑った。
「絶対見るからね! コメントもいっぱいするつもり!」
「変なことは書くなよ」
「分かってるってば!」
莉奈はそう答えたものの、その笑顔を見る限り、少し不安が残る。
俺が苦笑していると、莉奈はふと思い出したように尋ねた。
「そういえば、お兄ちゃん。レイナさんって実際にはどんな人なの?」
「明るくて、剣術にすごく真面目な人だよ。配信で見る印象とあまり変わらないかな」
莉奈は感心したように頷いた。
「へえ。やっぱりAランク探索者ってすごいんだね」
「努力してる人なんだと思うよ」
俺がそう答えると、莉奈は少しだけ笑った。
「お兄ちゃんも十分すごいと思うけどね」
「まだまだだよ」
「そういうところが、相変わらずなんだよなあ」
莉奈は呆れたように笑いながら、家の中へ戻っていった。
俺は木刀を片づけ、午後の打ち合わせに備えることにした。
◇ ◇ ◇
午後三時。
俺は自室のノートパソコンを起動し、レイナさんとの通話に参加した。
画面に映ったレイナさんは、いつもの明るい笑顔で手を振ってきた。
「こんにちは、シンタさん! 明日はよろしくお願いします!」
俺も軽く頭を下げた。
「こんにちは。こちらこそ、よろしくお願いします」
レイナさんは早速、明日の予定を確認し始めた。
「集合は午前八時半、現地管理所の前で大丈夫ですよね?」
「はい。協会からも同じ連絡が来ています」
「配信開始は午前九時半を予定しています。最初に軽く自己紹介して、それから探索を始めましょう!」
俺は頷いた。
「分かりました。ただ、探索前に少しだけ連携の確認をしたいです」
レイナさんは嬉しそうに笑った。
「もちろんです! 私もそのつもりでした!」
その後、俺たちは戦闘中の役割について話し合った。
基本的には、俺が正面から敵の攻撃を受け流し、レイナさんが側面へ回り込んで攻撃する。
ただし、状況によっては役割を入れ替えることもある。
俺は資料を見ながら尋ねた。
「レイナさんは、敵の右側と左側なら、どちらへ回り込む方が得意ですか?」
レイナさんは少し考えてから答えた。
「どちらも対応できますけど、左側へ回る方が自然ですね。右手の剣で攻撃しやすいので」
「なるほど。じゃあ、俺はその動きを邪魔しないように位置を取ります」
レイナさんは感心したように頷いた。
「シンタさんって、連携のことをすごく考えてくれるんですね」
「一人で戦うのと、二人で戦うのは違いますから」
俺がそう答えると、レイナさんは嬉しそうに微笑んだ。
「そういう考え方、好きです!」
俺は少し照れくさくなりながら笑った。
さらに、配信用ドローンの位置や緊急時の対応についても確認した。
モンスターとの戦闘中は無理に視聴者へ話しかけず、必要な場合は配信よりも安全確保を優先する。
何らかの異常が確認された場合は、探索を中断して協会へ報告する。
その方針について、俺たちの意見は完全に一致していた。
打ち合わせが終わる頃、レイナさんは少しだけ真面目な表情になった。
「シンタさん、明日は本当に楽しみにしています」
「俺もです。レイナさんの双剣術を間近で見られるのが楽しみです」
すると、レイナさんは嬉しそうに笑った。
「それなら、お互いにいいところを見せられるように頑張りましょう!」
「はい。ただし、安全第一で」
「もちろんです!」
俺たちは笑い合い、通話を終了した。
◇ ◇ ◇
夕方、俺はリビングで家族と一緒に過ごしていた。
父さんはソファに座って新聞を読み、母さんは夕食の準備をしている。莉奈はスマートフォンで何かを見ていた。
俺は少し考えてから、父さんに声をかけた。
「父さん、明日は朝から出かけるから」
隆一は新聞から顔を上げた。
「そうなのか。大学の友達とか?」
「うん。ちょっと予定があって」
嘘をつくことには少し抵抗があったが、今はまだ本当のことを話す勇気がない。
父さんは特に疑う様子もなく頷いた。
「分かった。気をつけて行ってこいよ」
「ありがとう」
そのやり取りを聞いていた母さんが、キッチンから声をかけてきた。
「信太、明日は早いんでしょう? 今日は早めに寝なさいね」
「うん。そうする」
莉奈はスマートフォンから顔を上げ、意味ありげに笑った。
「お兄ちゃん、明日は楽しみにしてるからね!」
父さんは首を傾げた。
「莉奈も一緒に出かけるのか?」
莉奈は慌てて首を横に振った。
「違うよ! ちょっと楽しみにしてることがあるだけ!」
父さんは不思議そうにしながらも、それ以上は追及しなかった。
俺は内心で安堵した。
◇ ◇ ◇
夜、自室に戻った俺は、最後にスマートフォンを確認した。
配信チャンネルの登録者数は、六万人を超えたまま順調に増え続けている。
明日の合同配信を楽しみにしているというコメントも多かった。
その中には、九条さんからの応援メッセージも届いていた。
『シンタ、明日は楽しんでこいよ! レイナにもよろしくな!』
俺は笑みを浮かべて返信した。
『ありがとうございます。安全第一で行ってきます』
続いて、香澄からもメッセージが届いた。
『先輩、明日は頑張ってください! 配信、楽しみにしています!』
『ありがとう。無事に帰ってくるよ』
そう返信すると、香澄から嬉しそうなスタンプが返ってきた。
俺はスマートフォンを机に置き、窓の外を眺めた。
明日は、神崎レイナさんとの初めての合同探索。
Aランク探索者と一緒に戦うのは九条さん以来だが、今回は配信者同士の正式なコラボレーションになる。
どんな戦いになるのか、今から楽しみだった。
俺は部屋の明かりを消し、ベッドへ横になった。
「……明日も、いつもどおりやるだけだな」
小さく呟き、静かに目を閉じる。
そして翌日、俺と神崎レイナさんによる合同ダンジョン配信が、いよいよ始まろうとしていた。




