第28話 合同配信まであと五日、親友の疑惑が深まる
火曜日の朝、俺はいつもどおり大学へ向かっていた。
神崎レイナさんとの合同探索まで、あと五日。探索先の《秩父西部渓谷ダンジョン》については協会から正式な許可が下りており、装備の準備もほとんど終わっている。
最近は配信チャンネルの登録者数が増え続けていて、昨日の夜には六万人を突破していた。
もっとも、俺自身の生活は以前とそれほど変わっていない。大学で講義を受け、空いた時間に訓練し、休日にダンジョンへ潜る。そんな日常を送っている。
ただ一つ、以前と違うことがあるとすれば、親友の悠斗が妙に鋭くなってきたことだろう。
大学の教室へ入ると、先に到着していた悠斗が俺を見つけて手を振った。
「おう、信太! ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
俺は鞄を机に置きながら答えた。
「おはよう。何だよ、いきなり」
悠斗はスマートフォンを取り出し、画面をこちらへ向けた。
そこには、俺の配信動画が映っていた。
「昨日、シンタさんの過去動画を見返してたんだけどさ。やっぱりお前に似てるんだよな」
俺は内心で身構えたものの、表情には出さないようにした。
「またその話か?」
悠斗は真剣な顔で頷いた。
「声もそうだけど、喋り方が似てるんだよ。特に、戦闘が終わった後の落ち着いた感じとか」
「そんな人、他にもいるだろ」
「まあ、そうなんだけどさ」
悠斗は少し考え込んだ。
「それに、シンタさんって剣道経験者だろ? お前も剣道四段だし」
俺は苦笑した。
「剣道四段なんて、探せば結構いるぞ」
悠斗は腕を組んだ。
「でもなあ……」
そのとき、講義開始を知らせるチャイムが鳴った。
俺は内心で安堵しながら教科書を取り出した。
「ほら、講義始まるぞ」
「おっと、そうだった」
悠斗は慌ててスマートフォンをしまった。
どうやら、ひとまず追及は終わったらしい。
しかし、悠斗の疑惑が完全に消えたわけではなさそうだった。
◇ ◇ ◇
昼休み、俺は香澄と大学の中庭で昼食を取っていた。
最近はこうして一緒に過ごす時間が増えている。
香澄は弁当箱を開きながら、楽しそうに話しかけてきた。
「先輩、合同探索まであと五日ですね」
「うん。準備はだいたい終わったよ」
香澄は安心したように微笑んだ。
「よかったです。レイナさんとは、もう何度かお話ししてるんですよね?」
「そうだね。探索の打ち合わせ以外にも、剣術について少し話したよ」
香澄は箸を止め、興味深そうに尋ねた。
「どんなお話だったんですか?」
「身体操作とか、双剣の使い方とか。レイナさんもかなり研究熱心な人みたいだね」
俺がそう答えると、香澄は小さく頷いた。
「そうなんですね……」
少しだけ声が小さくなった気がした。
俺が首を傾げると、香澄は慌てて笑顔を浮かべた。
「いえ、何でもないです! ただ、先輩って本当に剣術の話になると楽しそうだなって」
「まあ、好きだからね」
俺は苦笑した。
すると、香澄は少しだけ頬を赤くしながら言った。
「……私も、もっと強くなりたいです」
「香澄は十分頑張ってると思うよ」
「でも、先輩と一緒に探索できるくらいにはなりたいので」
俺は少し驚いた。
香澄は現在Eランク探索者だ。Bランクの俺とは、探索できるダンジョンの難易度に差がある。
もちろん、無理に高難度のダンジョンへ連れていくつもりはない。
俺は少し考えてから答えた。
「それなら、今度はE級かD級のダンジョンで一緒に訓練してみる?」
香澄はぱっと顔を明るくした。
「いいんですか?」
「もちろん。実戦でしか分からないこともあるからね」
香澄は嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます! ぜひお願いします!」
その笑顔を見ていると、俺まで嬉しくなってきた。
◇ ◇ ◇
午後の講義を終えた俺は、探索者協会へ向かった。
今日は黒崎さんから、合同探索に関する最終確認を受ける予定になっている。
管理課へ入ると、黒崎さんが端末を操作していた。
「市河、来たか」
「お疲れさまです。よろしくお願いします」
黒崎さんは頷き、資料を机の上に置いた。
「合同探索まであと五日だ。現時点では、予定どおり実施できる見込みだ」
俺は資料を確認した。
探索対象は第一階層から第三階層。出現モンスターの記録にも、大きな変化はない。
ただし、黒崎さんは一つだけ注意事項を付け加えた。
「最近、秩父方面の一部ダンジョンで魔力濃度の変動が観測されている。今回の探索先では異常値は確認されていないが、念のため現地で再確認する」
「分かりました。何かあれば中止も考えます」
俺がそう答えると、黒崎さんは満足そうに頷いた。
「その判断ができるなら問題ない。神崎にも同じことは伝えてある」
黒崎さんは少しだけ笑った。
「それにしても、お前も随分有名になったな。登録者六万人だそうじゃないか」
「ありがとうございます。でも、まだ実感がなくて」
「だろうな」
黒崎さんは苦笑した。
「人気が出るのは悪いことじゃない。ただ、探索者としての判断まで視聴者に合わせる必要はないぞ」
「はい。そこは気をつけます」
俺は真剣に頷いた。
◇ ◇ ◇
夕方、自宅へ戻ると、リビングでは莉奈がスマートフォンを眺めていた。
俺の姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん! 登録者六万人突破、おめでとう!」
「ありがとう。よく見てるな」
「当たり前でしょ! 私、初期からのファンなんだから!」
莉奈は得意げに胸を張った。
そのとき、父さんがリビングへ入ってきた。
「何の話だ?」
俺は一瞬だけ身構えた。
しかし、莉奈は慌てることなく答えた。
「好きなダンジョン配信者の話だよ。登録者が六万人を超えたんだって」
父さんは少し驚いたように眉を上げた。
「六万人か。それは大したものだな」
そして、俺の方を見た。
「信太も、そういう配信を見るのか?」
俺はできるだけ自然に答えた。
「まあ、たまにはね」
父さんは頷いた。
「そうか。ただ、探索者の真似をして危険なことはするなよ」
「分かってるよ」
俺がそう答えると、父さんは安心したように笑った。
隣では莉奈が笑いをこらえていた。
まったく、心臓に悪い。
◇ ◇ ◇
夜、自室で翌日の予定を確認していると、悠斗からメッセージが届いた。
『なあ信太、ちょっと聞いていいか?』
俺は返信した。
『何だよ?』
すると、少し間を置いて返事が届いた。
『お前、今度の日曜日って暇?』
俺は思わず画面を見つめた。
合同探索の予定日と重なっている。
『悪い。その日は予定がある』
そう返信すると、すぐに悠斗から返事が届いた。
『そっか。実はシンタさんの合同配信を一緒に見ようと思ってたんだけどな』
俺は小さく息を吐いた。
『また今度な』
『了解! でもさ、何となく気になるんだよな』
続けて届いた文章を見て、俺は眉をひそめた。
『お前、最近シンタさんの話になると妙に落ち着いてるよな』
俺は少し考えてから返信した。
『そんなことないだろ』
悠斗からは、笑っているスタンプが送られてきた。
『まあ、気のせいかもしれないけどな!』
俺はスマートフォンを机に置き、天井を見上げた。
どうやら、悠斗は少しずつ何かを感じ取っているらしい。
今のところ決定的な証拠はないはずだが、これから配信が大きくなれば、いつか気づかれる可能性もある。
俺は小さくため息をついた。
「……本当に、秘密を守るのも大変だな」
神崎レイナさんとの合同探索まで、あと五日。
楽しみな気持ちはもちろんある。
けれど、それとは別に、俺の日常にも少しずつ変化が訪れ始めていた。
その変化がどこへ向かうのか、このときの俺にはまだ分からなかった。




