第26話 休日の自主訓練と、人気配信者の意外な一面
日曜日の朝、俺はいつもより少し早く目を覚ました。
神崎レイナさんとの合同探索は、ちょうど一週間後に迫っている。探索先は《秩父西部渓谷ダンジョン》に決まり、協会からの正式な許可も下りていた。
今日は特に予定がないため、午前中は自宅で身体を動かし、午後は装備の最終確認をするつもりだ。
俺は着替えを済ませると、庭へ出た。
朝の空気は少しひんやりとしていて、身体を動かすにはちょうどいい。
まずは軽い準備運動から始める。首や肩、股関節をゆっくり動かし、筋肉の緊張をほぐしていく。
俺が普段から意識しているのは、必要以上に力を入れないことだ。
身体を速く動かそうとすると、つい筋肉に力を込めたくなる。しかし、力みが強すぎれば動きは硬くなり、次の動作へ移るまでに余計な時間がかかってしまう。
だからこそ、脱力と身体の連動が重要になる。
俺は足裏の重心を確認しながら、ゆっくりと前へ踏み込んだ。
地面を押す力を股関節から骨盤、背骨へ伝え、最後に肩と腕を動かす。
手にした木刀が、滑らかに前方へ伸びた。
右片手平突き・壱式。
もちろん、庭での訓練なので速度は十分に抑えている。
続いて、足の運びだけを変えながら同じ動作を繰り返した。
今回の合同探索では、レイナさんの双剣術に合わせた連携が必要になる。相手の動きを妨げず、自分の攻撃範囲も確保するためには、普段以上に位置取りを意識した方がいいだろう。
俺がそんなことを考えながら木刀を振っていると、背後から声が聞こえた。
「お兄ちゃん、朝から何やってるの?」
振り返ると、パーカー姿の莉奈が縁側に立っていた。
どうやら起きたばかりらしい。
俺は木刀を下ろして答えた。
「ちょっと身体を動かしてた。来週の探索に向けた確認だよ」
莉奈は興味深そうに庭へ降りてきた。
「へえ。ねえ、せっかくだから参式を見せてよ!」
「朝から庭で使う技じゃないだろ」
俺が苦笑すると、莉奈は不満そうに頬を膨らませた。
「えー、ちょっとだけでも!」
「参式は跳躍を使う技だからな。ここでやったら危ないし、庭の物を壊しかねない」
そう説明すると、莉奈は渋々頷いた。
「分かったよ。でも、いつか絶対見せてね!」
「安全な場所で機会があればな」
莉奈は満足したように笑った。
そのとき、家の中から母さんの声が聞こえてきた。
「二人とも、朝ご飯できたわよ!」
俺は木刀を片づけ、莉奈と一緒に家へ戻った。
◇ ◇ ◇
朝食の席では、父さんが新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。
俺が椅子に座ると、父さんは顔を上げた。
「信太、朝から庭で稽古してたのか?」
「うん。少し身体を動かしてた」
隆一は感心したように頷いた。
「大学生になっても剣道を続けてるのは立派だな。ただ、無理して怪我するなよ」
「分かってるよ」
父さんは俺が昔から剣道を続けていることを知っている。
そのため、庭で木刀を振っていても特に不思議には思わないらしい。
もっとも、実際にはダンジョンでモンスターと戦うための訓練でもあるのだが。
莉奈は隣で味噌汁を飲みながら、何やら楽しそうに笑っていた。
俺が視線を向けると、莉奈は小声で囁いた。
「お兄ちゃん、秘密が多いね」
「……余計なこと言うなよ」
俺も小声で返す。
そのやり取りを見ていた母さんが、呆れたように微笑んだ。
「二人とも、朝ご飯くらい静かに食べなさい」
俺たちは揃って返事をし、朝食を続けた。
◇ ◇ ◇
午後になり、俺は自室でレイナさんの過去の配信動画を確認していた。
来週の合同探索に向けて、彼女の戦闘スタイルをもう少し詳しく知っておきたかったからだ。
画面の中では、レイナさんが二本の剣を使い、複数のブラックウルフを相手にしていた。
左手の剣で攻撃を受け流し、右手の剣で素早く反撃する。
さらに、相手の側面へ回り込みながら連続攻撃を繰り出していた。
俺は動画を一時停止し、動きを確認した。
「なるほど……。左右への切り返しが速いな」
九条さんが言っていたとおりだった。
レイナさんの強みは単純な攻撃速度だけではない。相手の攻撃を誘い、空いた場所へ素早く移動する判断力にも優れている。
特に、二本の剣を別々に使いながら、身体全体の動きを乱さないところが見事だった。
俺が感心していると、スマートフォンが震えた。
レイナさんからメッセージが届いていた。
『シンタさん、こんにちは! 今、お時間ありますか?』
俺は返信した。
『こんにちは。大丈夫ですよ』
すると、すぐに通話の着信が入った。
俺が応答すると、画面には普段の配信とは少し違う、ラフな服装のレイナさんが映った。
レイナさんは笑顔で手を振った。
「こんにちは、シンタさん! 急にすみません!」
「いえ、大丈夫です。どうしました?」
レイナさんは少し照れくさそうに笑った。
「実は、来週の合同探索が楽しみすぎて、つい連絡しちゃいました」
俺は思わず笑ってしまった。
「そんなに楽しみにしてくれてるんですか?」
「もちろんです! 九条さんからもシンタさんの話を聞いてますし、動画も何度も見てますから!」
どうやら、九条さんは俺のことを随分話しているらしい。
俺は少し気恥ずかしくなりながら答えた。
「ありがとうございます。俺もレイナさんの双剣術を楽しみにしています」
レイナさんは嬉しそうに笑った。
「そう言ってもらえると嬉しいです!」
その後、俺たちはしばらく剣術について話した。
レイナさんは双剣を使い始めた頃、左右の手を別々に動かすことが難しかったらしい。
レイナさんは当時を思い出したように苦笑した。
「最初は本当に大変だったんですよ。右手に集中すると左手が止まるし、左手を動かそうとすると足が止まっちゃって」
「それは難しそうですね」
「でも、毎日練習していたら、少しずつ自然に動かせるようになったんです」
俺は感心した。
やはり、どれほど優れた探索者でも、地道な訓練を積み重ねているのだ。
レイナさんは少し真面目な表情になった。
「だから、シンタさんの身体操作には本当に興味があるんです。あれだけ無駄のない動きができるなら、双剣にも応用できると思って」
「そうですね。基本的な考え方は共通していると思います」
俺は頷いた。
「ただ、無理に俺の動きを真似する必要はないですよ。レイナさんにはレイナさんの戦い方がありますから」
レイナさんは少し驚いたように目を瞬かせた。
そして、嬉しそうに微笑んだ。
「……ありがとうございます。そう言ってもらえると、何だか安心します」
俺は首を傾げた。
「そうですか?」
「はい。強い人って、自分の戦い方が正しいって押しつけてくることもあるので」
なるほど。そういうこともあるのか。
俺は苦笑しながら答えた。
「俺は、自分に合った動き方が一番だと思ってますから」
レイナさんは満足そうに頷いた。
「やっぱり、シンタさんと一緒に探索するのが楽しみです!」
◇ ◇ ◇
通話を終えた頃には、夕方になっていた。
俺はノートパソコンを閉じ、椅子の背もたれに身体を預けた。
レイナさんは、配信で見ると明るく華やかな印象が強い。
しかし、実際に話してみると、剣術に対して非常に真面目で、努力を惜しまない人なのだと分かった。
人気Aランク探索者という肩書きだけでは分からない一面を知ることができた気がする。
そのとき、スマートフォンに香澄からメッセージが届いた。
『先輩、今日はゆっくり休めましたか?』
俺は少し考えてから返信した。
『午前中は自主訓練して、午後はレイナさんと剣術の話をしてたよ』
しばらくして、香澄から返事が届いた。
『レイナさんとお話ししてたんですね! 楽しそうです』
『うん。双剣の話が聞けて勉強になったよ』
すると、香澄から少し間を置いてメッセージが届いた。
『私も、また先輩と一緒に訓練したいです』
俺は自然と笑みを浮かべた。
『もちろん。また時間を合わせよう』
すぐに嬉しそうなスタンプが返ってきた。
俺はスマートフォンを置き、窓の外を眺めた。
神崎レイナさんとの合同探索まで、あと一週間。
準備は順調に進んでいる。
あとは当日、互いの動きを確認しながら安全に探索するだけだ。
俺はそう考えながら、明日からの大学生活と訓練の予定を確認した。
そして、少しだけ楽しみになっていた。
Aランク探索者の双剣術と、俺の右片手平突き。
二つの異なる剣術が組み合わさったとき、どんな戦い方ができるのだろうか。
その答えが分かる日まで、あと七日だった。




