第22話 人気Aランク配信者との作戦会議
午後八時。
夕食と入浴を済ませた俺は、自室の机にノートパソコンを置き、神崎レイナさんとのオンライン打ち合わせに備えていた。
合同探索は翌週の日曜日。探索者協会を通して日程は決まっているものの、肝心のダンジョンや探索ルートについては、まだ最終決定していない。
今回は登録者百万人を超える人気配信者との合同探索だ。九条さんとの共闘とは違い、最初から二人で配信することを前提としているため、撮影方法についても相談する必要があった。
俺が資料を確認していると、予定時刻ちょうどに通話の着信が入った。
画面に映ったのは、明るい茶色の髪を肩の辺りで揺らした女性だった。配信で何度も見た顔だが、こうして一対一で話すのは初めてになる。
レイナさんは笑顔で軽く手を振った。
「こんばんは、シンタさん! 神崎レイナです。今日はよろしくお願いします!」
俺も軽く頭を下げた。
「こんばんは。シンタです。こちらこそ、よろしくお願いします」
レイナさんは俺の顔を見て、少し首を傾げた。
「今日は仮面なんですね」
「はい。配信活動では素顔を出していないので、念のため」
今回の通話には、協会の担当職員も参加する予定だ。本人確認は協会側で済んでいるが、普段の活動と同じ姿にしておいた方が都合がいい。
レイナさんは納得したように頷いた。
「なるほど。もちろん、その辺りは尊重します。合同配信でも素顔が映らないように気をつけますね」
「ありがとうございます。助かります」
その後、埼玉支部の黒崎さんが通話に加わった。
黒崎さんは挨拶を済ませると、早速本題に入った。
「それでは、合同探索の打ち合わせを始めます。今回は双方とも配信許可を取得する予定ですので、安全管理と撮影範囲についても確認します」
画面に候補となるダンジョンの資料が表示された。
最初の候補は、埼玉県内にあるB級ダンジョン《秩父西部渓谷ダンジョン》だった。
渓谷と森林が入り交じる地形で、足場の悪い場所が多いものの、比較的見通しのよい戦闘区域も存在するらしい。
黒崎さんが資料を指しながら説明した。
「このダンジョンは協会の定期調査が完了しており、現在のところ特別な異常は確認されていません。今回の合同探索では第一階層から第三階層までを候補とします」
俺は画面の地図を確認した。
「通路が広い場所もありますね。二人で動くなら、連携しやすそうです」
レイナさんも頷いた。
「そうですね。私の双剣は動き回る戦い方なので、狭い洞窟より相性がよさそうです」
黒崎さんは別の資料を開いた。
「主な出現モンスターはブラックウルフ、アーマーオーク、ロックリザードなどです。第三階層では大型個体の目撃例もありますが、通常のB級ダンジョンの範囲内です」
俺は少し考えてから尋ねた。
「第三階層まで進むかどうかは、当日の状況で判断してもいいですか?」
黒崎さんは即座に頷いた。
「もちろんだ。無理に予定階層まで進む必要はない」
レイナさんも笑顔で答えた。
「私も賛成です。配信のために危険を増やすのは違いますからね」
その言葉を聞いて、俺は少し安心した。
人気配信者ということで、派手な戦闘を重視する人なのかと思っていたが、どうやら安全に対する考え方は俺と近いらしい。
黒崎さんは続けて説明した。
「撮影については、それぞれのドローンを使用して構いません。ただし、一般探索者が映り込んだ場合は本人の許可が必要です。許可が得られなければ、その部分は公開しないようにしてください」
「分かりました」
俺とレイナさんが返事をすると、黒崎さんは満足そうに頷いた。
こうして探索先は《秩父西部渓谷ダンジョン》を第一候補として、協会の最終確認を待つことになった。
◇ ◇ ◇
協会との打ち合わせが終わった後も、俺とレイナさんは少しだけ通話を続けていた。
レイナさんが、どうしても聞きたいことがあると言い出したからだ。
「シンタさん、以前から気になっていたんですけど、あの剣術って独学なんですか?」
俺は首を横に振った。
「いえ、基本は剣道で身につけました。あとは身体操作や魔力の使い方を、自分なりに工夫している感じですね」
レイナさんは興味深そうに身を乗り出した。
「やっぱり! 普通の身体強化とは動きが違うんですよね。特に、攻撃する瞬間だけ魔力を集中させるところが」
「よく分かりましたね」
「何度も動画を見ましたから!」
レイナさんは嬉しそうに笑った。
「九条さんとの戦闘も見ましたけど、シンタさんって必要以上に力を使わないですよね?」
「そうですね。ずっと身体強化を維持すると魔力がもったいないので、必要な部分に必要なだけ流すようにしています」
俺にとっては、ごく普通の工夫だった。
剣道でも、常に全身へ力を入れていたら動きが鈍くなる。肩や腕の余計な力を抜き、足腰から生まれた力を刀へ伝える方が、効率よく動けるのだ。
レイナさんは感心したように息を吐いた。
「それ、言葉にするのは簡単ですけど、実際にできる人は少ないですよ」
「そうなんですか?」
「はい。特に戦闘中は緊張しますから。強い魔物を前にすると、どうしても全身に力が入っちゃうんです」
なるほど。確かに、緊張すると身体が硬くなることはある。
俺は少し考えてから答えた。
「それなら、最初は呼吸と足裏の重心を意識するといいかもしれません。無理に速く動こうとするより、力を抜いた状態から動き始める方が安定します」
レイナさんは目を輝かせた。
「それ、当日少し教えてもらってもいいですか?」
「俺でよければ、もちろん」
「やった! ありがとうございます!」
Aランク探索者に剣術を教えることになるとは思わなかったが、俺も双剣の使い方には興味がある。
そこで、こちらからもお願いしてみた。
「代わりに、双剣の連携について教えてもらえませんか?」
レイナさんは不思議そうに瞬きをした。
「私の双剣ですか?」
「はい。片手ずつ違う動きをする戦い方は、俺にはあまり経験がないので」
レイナさんは嬉しそうに笑った。
「もちろんです! じゃあ、お互いに技術交換ですね!」
こうして合同探索には、戦闘技術の交流という楽しみも加わった。
◇ ◇ ◇
通話を終えた頃には、午後九時を少し過ぎていた。
俺がノートパソコンを閉じると、部屋の扉が軽くノックされた。
莉奈の声が聞こえてくる。
「お兄ちゃん、入っていい?」
「いいよ」
扉を開けた莉奈は、俺の机を見て目を輝かせた。
「もしかして、今までレイナさんと話してた?」
「うん。合同探索の打ち合わせ」
莉奈は羨ましそうに声を上げた。
「いいなあ! 私もレイナさんと話してみたい!」
「仕事の打ち合わせだからな」
「分かってるよ。でも、すごいよね。お兄ちゃん、いつの間にか有名人と普通に話すようになっちゃった」
俺は苦笑した。
「普通に話してるだけだよ」
莉奈は腕を組んで、じっと俺を見つめた。
「そういうところがお兄ちゃんらしいんだけどね」
そして、ふと思い出したように尋ねてきた。
「ところで、合同配信って何時から?」
「まだ正式には決まってないけど、午前中からになると思う」
「絶対見る!」
「学校の宿題もちゃんとやれよ」
莉奈は頬を膨らませた。
「日曜日なんだから大丈夫だよ!」
その様子がおかしくて、俺は思わず笑ってしまった。
莉奈が部屋を出ていった後、俺はスマートフォンを手に取った。
香澄からメッセージが届いていた。
『先輩、打ち合わせは終わりましたか?』
俺は返信した。
『今終わったよ。探索先もだいたい決まった』
すると、すぐに返事が届いた。
『よかったです! 日曜日、楽しみにしています。でも、無理はしないでくださいね』
俺は少し笑みを浮かべた。
『ありがとう。安全第一で行ってくるよ』
送信すると、香澄から可愛らしい応援のスタンプが返ってきた。
最近、こうして誰かに心配してもらえることが増えた気がする。
以前は探索を終えても、家族に詳しい話をすることはできなかった。
今は母さんと莉奈が知っているし、香澄も応援してくれている。
もちろん、父さんにはまだ秘密だ。
それでも、少しずつ自分の居場所が広がっているように感じられた。
俺は机の上に置いた刀の手入れ道具へ目を向けた。
「……日曜日までに、しっかり準備しておこう」
どれほど実力のある探索者と一緒でも、ダンジョンで何が起きるかは分からない。
大切なのは、無事に帰ってくることだ。
俺はそう自分に言い聞かせながら、翌日からの訓練内容を考え始めた。
神崎レイナさんとの初めての合同探索まで、あと数日。
人気Aランク配信者との共闘を前に、俺の胸には静かな期待が膨らんでいた。




