第21話 Aランク探索者との合同配信が決まりました
神崎レイナとの合同探索が決まった翌日の朝、俺はいつもどおり大学へ向かう準備をしていた。
昨夜はレイナさんから届いたメッセージを何度も読み返してしまった。登録者数百万人を超える人気配信者であり、現役のAランク探索者でもある彼女と、まさか自分が一緒にダンジョンへ潜ることになるとは思っていなかったからだ。
しかも、合同探索の予定は翌週の日曜日。場所や配信方法については、これから打ち合わせをすることになっている。
俺がスマートフォンを確認していると、制服姿の莉奈がリビングへ入ってきた。
莉奈は俺の顔を見るなり、妙に楽しそうな笑みを浮かべた。
「お兄ちゃん、おはよう。ところで、昨日の発表って本当なの?」
俺は首を傾げた。
「発表って?」
莉奈はスマートフォンの画面をこちらへ向けた。
そこには、レイナさんの公式チャンネルに投稿された告知が表示されていた。
『近日中に《シンタ》さんとの合同探索を予定しています! 詳細は後日発表します!』
俺は思わず目を瞬かせた。
「……もう告知してたんだ」
莉奈は呆れたように肩を落とした。
「お兄ちゃん、本人なのに知らなかったの?」
「いや、合同探索することは知ってるけど、告知まで確認してなかった」
莉奈は画面を操作しながら、興奮気味に続けた。
「コメント欄、すごいことになってるよ。レイナさんのファンも、お兄ちゃんの視聴者も大騒ぎなんだから!」
画面を覗いてみると、確かに大量のコメントが並んでいた。
『レイナ様とシンタのコラボ!?』
『双剣と日本刀とか絶対面白いやつ』
『九条さんの次はレイナさんかよ!』
『シンタの人脈どうなってるんだ』
『頼むから右片手平突き・参式を見せてくれ』
最後のコメントには、なぜか大量の高評価がついていた。
俺は小さくため息をついた。
「みんな、参式が好きだな……」
莉奈は嬉しそうに笑った。
「だって、まだ配信で見せてないんでしょ? 私も見たいもん」
「必要な場面があれば使うけど、わざわざ危険な状況を作ってまで披露する技じゃないからな」
その会話を聞いていた母さんが、キッチンから顔を出した。
美咲は穏やかな声で言った。
「信太、合同探索が決まったのはいいけど、相手がAランクだからって無理に合わせちゃ駄目よ」
「分かってるよ。自分の判断で動くつもりだし、事前に役割も確認する」
美咲は安心したように頷いた。
「それならいいわ。帰ってきたら連絡することも忘れないでね」
「もちろん」
そのとき、新聞を読んでいた父さんが顔を上げた。
隆一は莉奈のスマートフォンをちらりと見ながら尋ねた。
「またダンジョン配信か? 最近、本当に人気なんだな」
莉奈は一瞬だけ動きを止めたが、すぐに普段どおりの調子で答えた。
「うん! 今度、人気のAランク探索者とコラボするんだって!」
隆一は感心したように頷いた。
「へえ、そんなに有名なのか。ただ、危険な仕事なんだから、見る側も面白半分に無茶を期待しちゃいかんぞ」
父さんの言葉に、俺は内心で苦笑した。
まったくもって正論である。
ただし、その配信者が目の前で朝食を食べている息子だとは、夢にも思っていないだろう。
母さんと莉奈が一瞬だけ視線を交わしたことには、気づかないふりをしておいた。
◇ ◇ ◇
大学へ到着すると、いつもの講義室で悠斗が待ち構えていた。
俺が席に着くより早く、悠斗はスマートフォンを突き出してきた。
「信太! お前、昨日のニュース見たか!?」
「……何のニュースだ?」
悠斗は興奮を隠そうともせずに言った。
「シンタさんと神崎レイナさんが合同配信するんだよ! あの二人が一緒に戦うところを見られるんだぞ!」
俺は鞄を机に置きながら頷いた。
「へえ、すごいな」
悠斗は眉をひそめた。
「反応薄っ! お前、これがどれだけすごいことか分かってるか?」
「Aランク探索者とBランク探索者の合同探索だろ?」
「そういうことじゃないんだよ!」
悠斗は椅子を寄せ、声を潜めた。
「レイナさんって、基本的に誰とでもコラボする人じゃないんだ。相手の実力も判断力も見てる。つまり、シンタさんはAランク探索者から正式に認められたってことなんだよ!」
なるほど。そういう見方もあるのか。
俺としては、単純に一緒に探索してみたいと言われただけなのだが。
悠斗はさらに続けた。
「しかもシンタさん、まだBランクになったばかりだぞ? この勢いなら、そのうちAランクになるんじゃないか?」
「さすがに早すぎるだろ。昇格試験だってあるんだし」
俺がそう返すと、悠斗は得意げに笑った。
「お前、前にも似たようなこと言ってたよな? それで俺が昼飯を賭けたら、シンタさんは本当にBランクになっただろ?」
「……そうだったな」
あの賭けについては、完全に俺の自業自得である。
悠斗は腕を組んで宣言した。
「よし、次は半年以内にAランク昇格候補になる方に賭ける!」
「もう賭けはしないぞ」
俺が即答すると、悠斗は残念そうに笑った。
そのまま講義開始のチャイムが鳴り、俺はようやく話題から解放された。
もっとも、隣の悠斗が講義中まで合同配信の予定を調べていたことには、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
◇ ◇ ◇
昼休み、俺は大学の中庭で香澄と合流した。
香澄は俺の姿を見つけると、小さく手を振ってくれた。
「市河先輩、こんにちは」
「こんにちは、香澄。今日は講義、もう終わり?」
「午後にも一つあります。でも、その前に先輩に聞きたいことがあって」
香澄は少しだけ身を乗り出した。
「神崎レイナさんとの合同探索、本当に決まったんですか?」
「うん。来週の日曜日になった。まだ場所は決まってないけど」
香澄は驚いたように目を丸くした。
「すごいです……。九条さんに続いて、今度はレイナさんまで」
「俺も驚いてるよ。Aランクの人と一緒に探索できるのは、勉強になると思う」
そう答えると、香澄は少し考えるような表情になった。
「先輩、レイナさんって双剣使いですよね?」
「ああ。動きの速さと連続攻撃が持ち味らしいな」
「先輩の剣術とは違う戦い方ですから、相性が気になります」
確かに、九条さんとの共闘では大剣の一撃を活かす立ち回りが中心だった。
一方、レイナさんは機動力を重視する探索者だ。互いの動きを妨げずに連携するには、事前の確認が欠かせない。
俺は頷いた。
「だから、打ち合わせでは戦い方も相談するつもりだよ」
香澄は安心したように微笑んだ。
「先輩なら大丈夫だと思います。でも、無理はしないでくださいね」
「ありがとう。気をつけるよ」
すると香澄は、少し照れたように視線を逸らした。
「それと……この前のお食事、楽しかったです。また、ご一緒できたら嬉しいです」
俺も素直に頷いた。
「俺も楽しかったよ。また時間が合えば行こう」
香澄はぱっと表情を明るくした。
「はい! 約束ですよ?」
どうやら、また美味しい店を探しておいた方がよさそうだ。
◇ ◇ ◇
その日の夕方、自宅に戻った俺のスマートフォンに、レイナさんから新しいメッセージが届いた。
『シンタさん、お疲れさまです! 合同探索について、今夜少しお話しできますか?』
俺はすぐに返信した。
『大丈夫です。二十時以降なら空いています』
ほどなくして返事が届く。
『ありがとうございます! 候補のダンジョンをいくつか考えておきました。せっかくなので、二人の戦い方を活かせる場所にしましょう!』
その文章を読んで、俺は思わず笑みを浮かべた。
九条さんとの合同探索では、Aランク探索者の実力を間近で見ることができた。
今度は双剣使いのレイナさんだ。
どんな連携ができるのか、正直なところ楽しみだった。
ただ、一つだけ気になることがある。
レイナさんの登録者数は百万人を超えている。
そんな人と合同配信をすれば、俺のチャンネルにも相当な数の視聴者が訪れるだろう。
俺は机の上に置いた仮面を見つめた。
「……父さんにバレないといいんだけどな」
母さんと莉奈には正体を明かしたものの、父さんにはまだ何も話せていない。
いつかは伝えなければならないと分かっている。
それでも、できれば自分の言葉で説明したかった。
俺がそんなことを考えていると、再びスマートフォンが震えた。
レイナさんからの追伸だった。
『ちなみに、シンタさんの《右片手平突き》、実際に見るのを楽しみにしています!』
俺は苦笑しながら返信を打った。
『期待に応えられるか分かりませんが、よろしくお願いします』
すると、すぐに返事が届いた。
『こちらこそ! 最高の合同配信にしましょう!』
画面の向こうからでも、彼女の明るい声が聞こえてきそうだった。
こうして俺は、初めてとなる神崎レイナさんとの合同探索に向けて、準備を始めることになった。
もっとも、このときの俺はまだ知らなかった。
Aランク探索者との二度目の共闘が、俺の配信活動をさらに大きく変えるきっかけになることを。




