第19話 後輩との昇格祝いは、どうやらデートらしい
土曜日の午前九時。
市河信太は自室の鏡の前で、珍しく服装に悩んでいた。
今日は大学の後輩、水城香澄と昼食を食べる約束をしている。Bランク昇格のお祝いということで、駅前に新しくできた洋食店へ行く予定だった。
信太「……これでいいか」
白いシャツに紺色のジャケット、黒いパンツ。普段の大学生活ではあまり着ない組み合わせだが、そこまで堅苦しくもない。
財布とスマートフォンを確認して一階へ下りると、リビングにいた莉奈が顔を上げた。
莉奈「お兄ちゃん、今日どこ行くの?」
信太「大学の後輩と昼飯」
莉奈「へえ。男の人?」
信太「女の子だけど」
莉奈「……えっ!?」
莉奈が勢いよく立ち上がった。
莉奈「お母さん! お兄ちゃんが女の子とデート!」
信太「デートじゃない!」
キッチンから美咲が顔を出す。
美咲「あら、そうなの?」
信太「Bランク昇格のお祝いで食事するだけだよ」
美咲「二人きりで?」
信太「うん」
莉奈「それ、デートじゃん!」
信太「だから違うって」
美咲は楽しそうに微笑んだ。
美咲「相手は探索者の子?」
信太「Eランクの後輩。前にダンジョンで助けたことがあって、それから時々訓練を一緒にしてる」
莉奈「何それ! 出会い方からして恋愛イベントじゃん!」
信太「ゲームじゃないんだから」
莉奈「お兄ちゃん、本当に鈍いね……」
なぜか呆れられてしまった。
美咲「帰りが遅くなるなら連絡してね。それと、相手の子を大切にしなさい」
信太「分かってるよ」
莉奈「絶対分かってない!」
信太は苦笑しながら家を出た。
◇ ◇ ◇
午前十一時四十五分。
待ち合わせ場所の駅前広場に到着すると、すでに香澄が立っていた。
普段の大学や訓練施設とは違い、淡い水色のブラウスに白いスカートを合わせている。肩まで伸びた髪も綺麗に整えられていた。
信太「水城さん、お待たせ」
香澄「先輩! こんにちは!」
信太「早かったね」
香澄「楽しみだったので、少し早く来ちゃいました」
信太「俺も楽しみにしてたよ」
香澄「……え?」
信太「気になってた店なんでしょ?」
香澄「あ、はい。そうですね」
香澄は少し頬を赤くした。
信太「それに、今日の服、似合ってるね」
香澄「……っ!」
信太「どうしたの?」
香澄「い、いえ! ありがとうございます!」
香澄は嬉しそうに笑った。
信太には、なぜそこまで照れているのか分からなかった。
二人は並んで歩き始めた。
◇ ◇ ◇
目的の洋食店は、駅から徒歩五分ほどの場所にあった。
木目調の落ち着いた店内には、焼きたてのパンとデミグラスソースの香りが漂っている。
窓際の席へ案内され、二人はメニューを開いた。
香澄「私、ここのオムライスが気になってたんです」
信太「美味しそうだね。俺はハンバーグにしようかな」
香澄「先輩って、結構食べますよね」
信太「探索するとお腹が空くからね」
香澄「身体強化って、魔力だけじゃなく体力も使いますもんね」
信太「そうそう」
注文を終えると、香澄が改めて頭を下げた。
香澄「先輩、Bランク昇格、本当におめでとうございます」
信太「ありがとう」
香澄「初めて会った時はCランクだったのに、もうBランクですね」
信太「自分でも驚いてるよ」
香澄「でも、先輩なら当然だと思います」
信太「そうかな?」
香澄「はい。私を助けてくれた時も、訓練してくれる時も、いつもすごいですから」
信太は少し照れくさくなった。
信太「水城さんだって、最近かなり上達してるよ」
香澄「本当ですか?」
信太「うん。身体強化の切り替えも滑らかになってるし、槍の踏み込みも速くなった」
香澄「先輩のおかげです」
信太「俺はきっかけを教えただけ。練習したのは水城さんだから」
香澄は嬉しそうに目を細めた。
香澄「……そういうところ、好きです」
信太「え?」
香澄「教え方が、です!」
信太「ああ、なるほど」
香澄「…………」
なぜか香澄が小さくため息をついた。
信太は首を傾げたが、ちょうど料理が運ばれてきたため、それ以上は聞かなかった。
◇ ◇ ◇
食事を終えた二人は、近くの公園を散歩することにした。
秋の風が心地よく、木々の葉も少しずつ色づき始めている。
香澄「先輩、木曜日の配信見ましたよ」
信太「ありがとう」
香澄「また探索者を助けてましたね」
信太「たまたま通りかかっただけだよ」
香澄「先輩って、本当に困ってる人を放っておけないんですね」
信太「目の前で危なかったら、助けるでしょ」
香澄「……そう簡単にはできませんよ」
香澄は少しだけ真剣な表情になった。
香澄「私も、いつか誰かを助けられる探索者になりたいです」
信太「なれるよ」
香澄「そんな簡単に言っていいんですか?」
信太「水城さんは努力してるし、周りも見られる。あとは経験だと思う」
香澄「……ありがとうございます」
しばらく歩いたところで、香澄が足を止めた。
香澄「先輩、一つお願いしてもいいですか?」
信太「何?」
香澄「これからも、一緒に訓練してくれますか?」
信太「もちろん」
香澄「Bランクになって忙しくなっても?」
信太「時間が合えばね」
香澄「よかった……」
信太「そんなに心配だった?」
香澄「少しだけ。先輩、どんどん遠くへ行っちゃいそうなので」
信太は少し考えた。
信太「ランクが変わっても、俺は俺だよ」
香澄「……はい」
香澄は柔らかく微笑んだ。
◇ ◇ ◇
午後三時過ぎ。
駅前へ戻ると、香澄が名残惜しそうに立ち止まった。
香澄「今日はありがとうございました」
信太「こちらこそ。楽しかったよ」
香澄「私もです!」
信太「また行こうか」
香澄「……えっ?」
信太「他にも気になる店があるなら」
香澄「あります!」
返事が驚くほど早かった。
信太「じゃあ、また予定合わせよう」
香澄「はい!」
香澄は嬉しそうに手を振り、改札へ向かっていった。
信太はその背中を見送る。
信太「……いい後輩だな」
その言葉を本人が聞いていたら、きっと複雑な顔をしただろう。
◇ ◇ ◇
夕方。
帰宅した信太を、莉奈が待ち構えていた。
莉奈「お兄ちゃん!」
信太「ただいま」
莉奈「デートどうだった!?」
信太「だからデートじゃないって」
莉奈「楽しかった?」
信太「楽しかったよ」
莉奈「また会う?」
信太「また食事に行こうって話はした」
莉奈「それもう次のデートじゃん!」
信太「違うって」
美咲もリビングから顔を出した。
美咲「相手の子、喜んでた?」
信太「うん。楽しそうだった」
美咲「それならよかったわ」
莉奈「お母さん、お兄ちゃん鈍すぎる!」
美咲「ふふっ。そうね」
信太「何で二人ともそんな反応なの?」
答えは返ってこなかった。
その夜、信太が自室でスマートフォンを確認すると、香澄からメッセージが届いていた。
『今日は本当に楽しかったです。また二人でお出かけできたら嬉しいです』
信太は自然と笑みを浮かべた。
『俺も楽しかったよ。また行こう』
返信すると、すぐに可愛らしいスタンプが届いた。
信太「……何か、いい一日だったな」
ダンジョン探索も剣術の訓練もない、穏やかな休日。
こういう時間も悪くない。
一方、その頃。
自室でスマートフォンを抱えた香澄は、信太からの返信を何度も読み返していた。
香澄「……また行こう、だって」
頬を赤くしながら、嬉しそうに微笑む。
香澄「次は、ちゃんとデートだって気づいてもらえるかな……」
Bランク探索者となった信太は、強力な魔物を相手にしても冷静に戦える。
しかし、後輩の恋心を見抜くことだけは、どうやらまだ難しいらしかった。




