第18話 Bランク初配信、岩窟の奥で見つけたもの
《秩父北部岩窟ダンジョン》第一層。
市河信太は岩壁の向こうから聞こえてくる物音に耳を澄ませていた。
金属がぶつかるような音に混じって、魔物の唸り声が響いている。どうやら通路の先で戦闘が起きているらしい。
信太「……誰かが戦ってるみたいですね」
『いきなり戦闘?』
『他の探索者かな?』
『B級ダンジョンだし、普通にありそう』
信太はドローンを少し後方へ下げ、慎重に歩き始めた。
角を曲がると、広い空間が見えてきた。
そこでは三人組の探索者が、四体のアーマーオークと戦っていた。
盾を構える男性、剣を持つ女性、後方で魔法を使う男性。連携は取れているものの、敵の数が多く、少しずつ押されている。
信太「……苦戦してるな」
その時、盾使いの男性が大きく体勢を崩した。
アーマーオークの斧が振り上げられる。
信太「危ない!」
信太は地面を蹴った。
身体強化を脚へ集中させ、一瞬で距離を詰める。
刀を抜き、斧の軌道へ滑り込ませた。
甲高い金属音が響き、攻撃が横へ逸れる。
盾使い「なっ!?」
信太「大丈夫ですか!」
盾使い「あ、ああ!」
信太「援護します!」
信太は一歩踏み込み、アーマーオークの胴を斬りつけた。
魔物が倒れる。
『速っ!』
『いきなり助太刀!』
『今の踏み込みどうなってんだ』
剣士の女性が驚いた声を上げる。
女性剣士「あなた、シンタさん!?」
信太「はい。話は後で!」
残り三体。
信太は敵の位置を確認した。
信太「俺が正面の二体を引き受けます! 右の一体をお願いします!」
盾使い「分かった!」
信太は刀を構え直した。
アーマーオークが突進してくる。
斧を受け流し、首筋へ一撃。
続いてもう一体が横から迫った。
信太は身体を回転させ、刀を斜めに振り下ろす。
右片手平突き・弐式。
鋭い突きが防具の隙間を捉えた。
魔物が崩れ落ちる。
最後の一体も三人組が連携して倒した。
盾使い「……助かった」
信太「怪我はありませんか?」
盾使い「大丈夫だ。ありがとう」
女性剣士「本物の《シンタ》さんですよね?」
信太「そうですけど」
女性剣士「配信、見てます!」
信太「ありがとうございます」
魔術師「まさか本人に助けてもらうとは……」
信太は少し照れくさそうに笑った。
◇ ◇ ◇
三人組はCランク探索者で、B級ダンジョンの第一層へ挑戦していたらしい。
盾使いの男性は佐伯、女性剣士は真鍋、魔術師は小野と名乗った。
佐伯「普段なら二体ずつ相手にするんだが、今日は四体まとめて出てきてな」
信太「なるほど」
真鍋「シンタさんは一人なんですか?」
信太「はい。今日は浅い階層を探索する予定なので」
小野「一人でB級ダンジョンって、すごいですね」
信太「Bランクになりましたから」
佐伯「いや、Bランクでも単独探索は簡単じゃないぞ」
信太「……そうなんですか?」
三人が顔を見合わせた。
真鍋「配信で見た通りの人ですね」
『安定の無自覚』
『本人だけ基準がおかしい』
『佐伯さんたちの反応が正常』
信太はコメントを見て首を傾げた。
信太「とりあえず、皆さん無事でよかったです」
佐伯「ああ。本当に助かった」
三人は礼を告げ、安全地点へ戻ることにした。
信太は彼らを見送ってから探索を再開した。
◇ ◇ ◇
第一層を進むうちに、岩窟の景色が少しずつ変わっていった。
壁面には淡い青色の鉱石が露出し、天井からは細い鍾乳石が垂れ下がっている。
信太「綺麗ですね」
『幻想的だな』
『こういう景色好き』
『戦闘ばっかりじゃなくて探索も見たい』
信太「今日は素材も少し集めたいと思ってます」
信太は岩壁へ近づいた。
青白く光る鉱石。
協会の資料によれば《青燐鉱》という魔力を含んだ鉱石らしい。
信太「これ、加工用の素材として需要があるみたいですね」
『ダンジョン考察ニキ:青燐鉱は魔導具の補助素材として使われます。品質によって買取価格が変わります』
信太「詳しいですね。ありがとうございます」
携帯用の採掘道具を取り出し、露出した鉱石を慎重に採取する。
しばらくして、小さな袋が半分ほど埋まった。
信太「これくらいで十分かな」
その後もロックリザードやブラックウルフと遭遇したが、危なげなく対処できた。
ただし、必要以上に魔物を追いかけることはしない。
昇格試験で学んだことを意識しながら、周囲の地形と退路を確認して進んでいく。
◇ ◇ ◇
第二層へ下りる階段の前。
信太は一度足を止めた。
信太「ここから少し敵が強くなるみたいですね」
『Bランク初の本格探索!』
『参式くる?』
『まだ参式見せてくれないの?』
信太「参式は使う状況があれば、ですね」
『またそれ!』
『ずっと待ってるんだぞ!』
信太「無理に使う技じゃないので」
苦笑しながら階段を下りる。
第二層は第一層よりも通路が広く、ところどころに大きな岩柱が並んでいた。
しばらく歩いたところで、信太は不思議なものを見つけた。
岩壁に、深い傷が刻まれていたのだ。
信太「……何だこれ?」
近づいて確認する。
傷は三本。
まるで巨大な爪で引っかいたような形をしている。
『魔物の爪痕?』
『かなり大きくない?』
『ロックリザードじゃ無理そう』
信太「確かに大きいですね」
信太は傷の深さを確認した。
岩肌が数センチほど削れている。
相当な力だ。
ただし、周囲には争った形跡がない。
信太「……古い傷なのかな」
『ダンジョン考察ニキ:岩窟型ダンジョンには大型の爪を持つ魔物もいます。傷だけでは種類を特定できません』
信太「そうですよね」
信太は傷の位置を撮影し、協会へ報告するために記録を残した。
危険な魔物の痕跡かもしれないが、現時点では断定できない。
信太「今日は無理に探さないでおきましょう」
『えらい!』
『ちゃんと撤退判断できるシンタ』
『成長したなあ』
信太「何で皆さん、保護者みたいなんですか?」
コメント欄が笑いで埋まった。
◇ ◇ ◇
探索開始から約二時間。
信太は第二層の安全地点へ到着した。
予定では第三層まで進むつもりだったが、ここで一度休憩を取る。
信太「魔力はまだ十分ありますけど、今日はこの辺りで戻ろうと思います」
『えっ、もう?』
『珍しい』
『でも安全第一だな』
信太「さっきの爪痕も気になりますし、初めてのダンジョンなので」
信太は水を飲み、周囲を確認した。
異常な魔力反応は感じない。
魔物の気配もない。
それでも、知らない場所を無理に進む理由はなかった。
信太「Bランクになったからって、何でもできるわけじゃないですからね」
『それを本人が言うのか』
『いい判断だと思う』
『九条さんの影響かな?』
信太「九条さんにはいろいろ教えてもらいましたから」
その時だった。
コメント欄に見覚えのある名前が流れた。
『九条蓮司:おう、ちゃんと考えて探索してるじゃねえか』
信太「……九条さん!?」
『本人きたwww』
『Aランクが見守ってる!』
『九条さん、いつからいたんですか!?』
『九条蓮司:最初からだ』
信太「最初から!?」
九条からさらにコメントが届く。
『九条蓮司:さっきの爪痕は協会に報告しとけ。岩窟型は大型個体も出るからな』
信太「はい。写真も撮ってあります」
『九条蓮司:なら問題ねえ。今日は無事に帰れよ』
信太「分かりました」
信太は小さく笑った。
Bランクになっても、九条から見ればまだ後輩なのだろう。
それが少し嬉しかった。
◇ ◇ ◇
午後四時過ぎ。
信太は無事にダンジョンから帰還した。
管理施設で魔石と青燐鉱を提出し、第二層で発見した爪痕についても報告する。
職員「情報提供ありがとうございます。既存の出現記録と照合しておきます」
信太「お願いします」
その後、施設の外で配信を終了した。
信太「今日はここまでです。見に来てくださってありがとうございました」
『お疲れ!』
『Bランク初配信おめでとう!』
『次こそ参式!』
信太「……参式、人気ですね」
苦笑しながら配信終了ボタンを押した。
スマートフォンには、美咲からのメッセージが届いていた。
『配信、少し見ていたわ。無事に終わったら連絡してね』
信太はすぐに返信する。
『無事に終わったよ。これから帰る』
すると、すぐに返事が届いた。
『お疲れさま。気をつけて帰ってきなさい』
信太「……何か、不思議な感じだな」
これまでは、探索が終わっても家族に何も言えなかった。
だが今は、母に無事を伝えられる。
それだけで、帰り道が少し違って感じられた。
信太は装備を整え、駅へ向かって歩き出す。
Bランク探索者としての初配信は、大きな事故もなく終了した。
もっとも、第二層で見つけた巨大な爪痕については、まだ正体が分かっていない。
信太は協会の調査結果を待つことにした。
今はただ、家に帰って夕食を食べ、ゆっくり休もう。
そして週末には、香澄との昇格祝いの約束もある。
信太「……土曜日、楽しみだな」
本人は何気なく呟いた。
それが香澄にとって、どれほど特別な約束なのか。
鈍感なBランク探索者は、まだ気づいていなかった。




