第17話 母と妹が、俺の配信を見守ることになりました
母と妹に探索者であることを打ち明けた翌朝。
市河信太は、いつもより少しだけ気楽な気分で朝食を食べていた。
少なくとも、家族全員に秘密を抱えている状態ではなくなった。
もっとも、父の隆一にはまだ話していない。
莉奈「お兄ちゃん」
信太「何だよ」
莉奈「次の配信いつ?」
信太「……朝からそれ?」
莉奈「だって気になるじゃん!」
隆一「何の配信だ?」
信太の箸が止まった。
莉奈「最近見てるダンジョン配信!」
隆一「またか。危ない仕事をわざわざ見なくてもいいだろう」
莉奈「見るだけならいいでしょ」
隆一「まあ、見るだけならな」
信太「…………」
美咲は何事もなかったように味噌汁を飲んでいる。
隆一「信太、お前は興味ないのか?」
信太「……何に?」
隆一「ダンジョン配信だよ」
信太「たまに見るかな」
莉奈「たまに?」
信太「…………」
莉奈が笑いを堪えている。
美咲「莉奈、学校に遅れるわよ」
莉奈「はーい」
どうやら母は、父に知られるまでは協力してくれるらしい。
信太は内心で安堵した。
◇ ◇ ◇
大学の昼休み。
信太は学食で悠斗と向かい合っていた。
悠斗「シンタの次回配信、まだ告知ないな」
信太「そうだな」
悠斗「Bランクになったんだから、次はB級ダンジョンだろ!」
信太「どうだろう」
悠斗「絶対そうだって!」
信太は少し考えた。
Bランク探索者になった以上、正式にB級ダンジョンへ単独で入れるようになった。
ただし、いきなり高難度の場所へ挑むつもりはない。
信太「安全なところから慣れた方がいいんじゃない?」
悠斗「お前、シンタの保護者かよ」
信太「違うけど」
悠斗「まあ、本人も慎重そうだしな」
信太「……そう見える?」
悠斗「強敵が出たら戦うけど、無茶はしないタイプだろ」
信太「なるほど」
悠斗「それに九条さんが認めた探索者だし」
信太「九条さんの評価、高いな」
悠斗「当たり前だろ。Aランクだぞ?」
信太は苦笑した。
九条の実力が本物なのは、自分が一番よく知っている。
◇ ◇ ◇
放課後。
信太は埼玉探索者協会支部を訪れていた。
受付には橘沙耶がいる。
沙耶「こんにちは、市河さん」
信太「こんにちは。今日は次の探索先を相談したくて」
沙耶「B級ダンジョンですか?」
信太「はい。できれば比較的安定しているところがいいです」
沙耶「分かりました」
沙耶は端末を操作した。
沙耶「現在、埼玉県内で一般探索が許可されているB級ダンジョンはいくつかあります。ただし《雁坂深層洞》は調査中のため制限が続いています」
信太「ですよね」
沙耶「おすすめは《秩父北部岩窟ダンジョン》ですね」
信太「どんなところですか?」
沙耶「岩窟型のB級ダンジョンです。第一層から第三層までは比較的安定していて、探索者の利用も多いです」
信太「出現する魔物は?」
沙耶「アーマーオーク、ロックリザード、ブラックウルフなどですね。深層にはさらに強力な個体もいますが、今回は浅い階層に限定するのがいいと思います」
信太「分かりました」
沙耶「配信する予定ですか?」
信太「はい」
沙耶「それなら管理施設で事前に申請してください。一般探索区域なら配信可能です」
信太「ありがとうございます」
沙耶「それと、市河さん」
信太「はい?」
沙耶「Bランクになったからといって、無理に強い敵を探さないでくださいね」
信太「分かってます」
沙耶「本当ですか?」
信太「信用ないですね……」
沙耶「これまでの実績を考えると、少し心配なんです」
信太は苦笑した。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
信太は自室で配信予定を作成していた。
『第5回 BランクになったのでB級ダンジョンを探索します』
配信予定日は木曜日。
場所は《秩父北部岩窟ダンジョン》。
探索範囲は第一層から第三層まで。
無理をせず、B級ダンジョンの雰囲気を紹介する予定だ。
信太「……これでいいかな」
公開ボタンを押す。
すぐにコメントが集まり始めた。
『Bランク初配信きた!』
『待ってました!』
『また普通に探索しますとか言って強敵倒すんでしょ?』
『名無しの剣道民:新ランクでの剣術解説、楽しみにしています』
『ダンジョン考察ニキ:秩父北部岩窟は地形が複雑なので注意してください』
信太「……今回は普通に探索するだけなんだけどな」
その時、部屋の扉がノックされた。
莉奈「お兄ちゃん!」
信太「何?」
莉奈「配信予定見た!」
信太「早いな」
莉奈「通知設定してるもん!」
信太「……そうだったな」
莉奈が部屋へ入ってくる。
莉奈「木曜日って大学終わってから?」
信太「午後の講義がないから、昼過ぎから」
莉奈「私、学校だからリアルタイムで見られないじゃん!」
信太「学校優先しろよ」
莉奈「分かってるって!」
そこへ美咲も顔を出した。
美咲「信太、少しいい?」
信太「うん」
美咲「次の探索、B級ダンジョンなのね」
信太「……もう見たんだ」
美咲「莉奈が教えてくれたわ」
莉奈「えへへ」
美咲「危険度は大丈夫なの?」
信太「協会に確認した。浅い階層は比較的安定してるし、無理はしないよ」
美咲「そう」
信太「心配?」
美咲「当然でしょう」
信太「……ごめん」
美咲「謝る必要はないわ。ただ、約束してほしいことがあるの」
信太「何?」
美咲「危険だと思ったら必ず帰ってくること。それから、探索が終わったら連絡すること」
信太「分かった」
美咲「本当に?」
信太「約束する」
美咲はようやく微笑んだ。
美咲「なら、楽しんでいらっしゃい」
信太「……ありがとう」
莉奈「私も約束!」
信太「何?」
莉奈「次の配信で《参式》見せて!」
信太「なんでだよ」
莉奈「まだ一回も見てないじゃん!」
信太「使う状況がなければ無理だって」
莉奈「えー!」
美咲「莉奈、危険なことをお願いしないの」
莉奈「はーい」
信太は笑った。
これまで配信の話題が出るたびに、正体を隠すことばかり考えていた。
だが今は違う。
母と妹には、探索者としての自分を知ってもらえた。
まだ父には話せていないものの、それだけで随分と気持ちが軽くなっていた。
◇ ◇ ◇
木曜日。
午後一時。
《秩父北部岩窟ダンジョン》管理施設。
信太は受付で探索者証を提示した。
職員「Bランク、市河信太さんですね。配信申請も確認できています」
信太「よろしくお願いします」
職員「本日の探索予定は第一層から第三層までですね」
信太「はい」
職員「現在、特別な異常報告はありません。ただし、B級ダンジョンですので十分注意してください」
信太「分かりました」
手続きを終え、信太は探索用ドローンを起動した。
仮面を装着する。
刀を腰へ差す。
そして配信開始ボタンを押した。
信太「こんにちは、シンタです」
視聴者数が一気に増えていく。
『きた!』
『Bランク初配信!』
『昇格おめでとう!』
『待ってたぞ!』
信太「ありがとうございます。今日はBランクになって初めての通常探索なので、無理せず浅い階層を回ろうと思います」
『無理せず(強敵討伐)』
『普通に探索(普通とは言ってない)』
信太「……なんで信用されないんですかね」
コメント欄が笑いで埋まった。
信太は苦笑しながらダンジョンの入口へ向かう。
今回こそ、本当に普通の探索をするつもりだった。
しかし、その予定は第一層へ入って間もなく、少しだけ変わることになる。
岩窟の奥から、複数の魔物が争うような音が聞こえてきたのだ。
信太「……何かいるな」
信太は足を止め、刀の柄へ手を添えた。
Bランク探索者としての初めての通常配信。
その探索が、静かに始まった。




