第15話 Bランク昇格試験、最後の課題
《奥秩父訓練ダンジョン》第二層。
市河信太たち第一班は、負傷した探索者役の協会職員を安全地点まで搬送していた。
先頭を歩く宮野彩花が周囲を警戒し、最後尾では高瀬直人が槍を構えている。藤堂健は魔力を温存しながら索敵を続け、信太は負傷者を背負って歩いていた。
高瀬「市河、本当に代わらなくていいのか?」
信太「大丈夫です。まだ余裕がありますから」
宮野「でも、この先で戦闘になったら困りませんか?」
信太「その時は安全な場所に下ろします。今は俺が運んだ方が全体の消耗を抑えられますから」
実際、信太は必要な部分だけを身体強化していた。脚と腰を中心に魔力を循環させ、余計な力を使わずに歩いている。
藤堂「それにしても、ずいぶん楽そうですね」
信太「身体の使い方を工夫してるだけですよ」
高瀬「その『だけ』が難しいんだろうな……」
そんな会話を交わしながら進み、やがて第二層の安全地点へ到着した。
そこには協会職員が待機していた。
職員「負傷者の搬送を確認しました。こちらで引き継ぎます」
宮野「お願いします」
負傷者を引き渡すと、職員は四人へ新しい指示を伝えた。
職員「試験は継続中です。第三層の指定地点を目指してください」
信太「分かりました」
四人は装備を確認し、再び探索を開始した。
◇ ◇ ◇
第三層へ続く階段を下りると、周囲の雰囲気が変わった。
それまでの岩肌とは違い、壁には青白く光る鉱石が埋まっている。通路も広くなり、複数の分岐が続いていた。
宮野「ここからが本番でしょうね」
高瀬「敵も強くなるはずだ」
信太「まず周囲を確認しましょう」
四人は慎重に進む。
しばらくすると、前方に三体のオークが現れた。
宮野「敵三体!」
藤堂「援護します!」
信太「俺が左を引き受けます!」
戦闘は短時間で終わった。
信太はオークの攻撃を受け流して倒し、残り二体も仲間との連携で撃破する。
高瀬「順調だな」
信太「そうですね。ただ……」
宮野「何か気になります?」
信太「敵の配置が少し不自然です」
藤堂「不自然?」
信太「さっきから、通路の中央にばかり出てきます。まるで俺たちを誘導しているみたいで」
高瀬「試験用ダンジョンだからじゃないか?」
信太「その可能性もあります。でも、念のため警戒しましょう」
宮野「分かりました」
その直後だった。
奥の通路から重い足音が響いた。
ドシン、ドシン。
高瀬「……何だ?」
暗がりから現れたのは、巨大な戦斧を持つオークだった。
通常のオークより一回り大きく、全身には分厚い防具を身につけている。
藤堂「オーク・ジェネラル!?」
宮野「第三層に出る相手じゃないでしょう!」
信太は相手を観察した。
以前戦ったブラックオーガ・ジェネラルほどではないが、明らかに通常のCランク探索者が四人で挑むには危険な相手だった。
高瀬「どうする!?」
信太「……撤退しましょう」
三人が信太を見る。
高瀬「倒せないのか?」
信太「倒せるかもしれません。でも、今は試験中です」
宮野「確かに、無理して戦う必要はありませんね」
信太「それに、指定地点へ向かうことより全員が無事に帰ることの方が大事です」
藤堂「賛成です!」
高瀬「分かった!」
四人は隊列を崩さず後退を始めた。
だが、オーク・ジェネラルが咆哮を上げる。
次の瞬間、巨体が一気に距離を詰めてきた。
宮野「速い!」
信太「全員、下がって!」
信太は前へ出た。
戦斧が振り下ろされる。
まともに受ければ危険だ。
信太は身体を半歩ずらし、刀の角度を調整して攻撃を受け流した。
轟音とともに戦斧が地面へ突き刺さる。
高瀬「すげえ……!」
信太「今のうちに!」
宮野「撤退します!」
信太は敵の注意を引きながら、仲間たちが距離を取る時間を稼いだ。
オーク・ジェネラルが再び斧を構える。
信太は刀を水平に構えた。
右片手平突き。
壱式。
踏み込めば急所を狙える。
だが、その必要はない。
信太「……倒すことが目的じゃない」
小さく呟き、足元へ転がっていた石を蹴り上げる。
石がオーク・ジェネラルの顔へ当たり、一瞬だけ視線が逸れた。
その隙に信太は後退する。
信太「全員、走って!」
四人は通路を駆け抜けた。
◇ ◇ ◇
監視室。
九条蓮司は画面を見ながら笑っていた。
九条「やるじゃねえか」
黒崎「戦わずに退きましたね」
九条「ああ。あいつなら倒せただろうな」
黒崎「でしょうね」
九条「でも、仲間を守るために撤退を選んだ」
黒崎は評価用紙へ視線を落とした。
今回の最終課題は、強敵との遭遇に対してどう判断するかを見るものだった。
戦闘を選んでも即座に失格になるわけではない。
だが、仲間の状態や敵の強さを考えずに突撃すれば、大きな減点となる。
九条「雁坂の時、俺が撤退した理由をちゃんと理解してたみたいだな」
黒崎「本人は無自覚でしょうけど」
九条「そこは相変わらずだな」
二人は苦笑した。
◇ ◇ ◇
第一班が無事に地上へ戻ったのは、午前十一時半を過ぎた頃だった。
出口では協会職員が待っていた。
職員「第一班、全員帰還を確認しました。お疲れさまでした」
宮野「終わった……」
藤堂「最後は本当に焦りましたね」
高瀬「市河がいなかったら危なかったな」
信太「皆さんがすぐ撤退してくれたからですよ」
高瀬「いや、あの戦斧を受け流せる時点で普通じゃないから」
信太「角度を合わせただけですけど」
宮野「それができないんですよ」
藤堂「配信で見た時も思いましたけど、本当に自覚ないんですね」
信太「……最近よく言われます」
四人は笑い合った。
その後、第二班の試験が終了するまで待機することになった。
◇ ◇ ◇
午後二時。
全受験者が会議室へ集められた。
黒崎と九条が前に立つ。
黒崎「これよりBランク昇格試験の結果を発表する」
室内に緊張が走った。
黒崎「今回の試験では、戦闘能力だけでなく、連携、救助、危険判断を総合的に評価した」
信太は静かに結果を待つ。
黒崎「まず第一班。宮野彩花、合格」
宮野「ありがとうございます!」
黒崎「高瀬直人、合格」
高瀬「よっしゃ!」
黒崎「藤堂健、合格」
藤堂「ありがとうございます!」
そして。
黒崎「市河信太」
信太「はい」
黒崎は一瞬だけ九条を見る。
九条は笑いながら頷いた。
黒崎「合格だ」
信太「……ありがとうございます」
ようやく実感が湧いてきた。
Bランク。
上級探索者。
自分がそこへ進むことになるとは、探索者登録をした頃には想像もしていなかった。
黒崎「市河」
信太「はい」
黒崎「お前の戦闘能力については、試験官全員が高く評価している」
信太「ありがとうございます」
黒崎「だが今回、最も評価されたのは最後の撤退判断だ」
信太「……あれですか」
九条「そうだ。倒せる相手だからって、必ず倒す必要はねえ」
信太「はい」
九条「いい探索者になってきたな」
信太は少し照れくさそうに笑った。
信太「九条さんのおかげです」
九条「そういうことにしといてやる」
◇ ◇ ◇
試験終了後。
信太は受付で新しい探索者証を受け取った。
沙耶「おめでとうございます、市河さん」
信太「ありがとうございます」
カードには、はっきりと記されていた。
探索者ランク――B。
沙耶「ついに上級探索者ですね」
信太「……本当になっちゃいました」
沙耶「なっちゃいましたって」
信太「いや、Cランクになった時もそうだったんですけど」
沙耶「はい?」
信太「気づいたらBランクになってました」
沙耶は数秒黙った。
そして額へ手を当てる。
沙耶「……市河さん」
信太「はい?」
沙耶「その台詞、他の探索者の前では言わない方がいいですよ」
信太「なんでですか?」
沙耶「本気で怒られるかもしれませんから」
信太「えぇ……」
協会を出た信太は、香澄へメッセージを送った。
『Bランク、合格したよ』
返信はすぐに届いた。
『おめでとうございます! 約束のお祝い、忘れてませんよね?』
信太は笑いながら返信する。
『覚えてるよ。今度予定合わせよう』
続いて悠斗との賭けを思い出した。
信太「……昼飯、おごることになるな」
本人がシンタだと知らない親友に、自分の昇格試験を予想されて負けたのだ。
何とも妙な話だった。
そして、もう一つ問題がある。
信太「……家で何て言おう」
家族にはCランクだったことすら話していない。
それなのに、とうとうBランクになってしまった。
信太は新しい探索者証を財布へしまい、帰りの電車へ乗った。
家族に内緒で探索者になった大学生は、今日から正式にBランク探索者となった。
しかし本人にとって最大の難関は、ダンジョンでも昇格試験でもない。
すでに正体へ気づき始めている母と妹に、どう説明するかという問題だった。




