第11話 後輩に戦い方を見抜かれました
《雁坂深層洞》でブラックオーガ・ジェネラルと戦った翌日。
月曜日の朝。
市河信太は、いつもより少しだけ早く目を覚ました。
ベッドの上で身体を起こし、右肩をゆっくり回す。
信太「……痛くはないな」
続いて右腕。
手首。
腰。
膝。
ブラックオーガ・ジェネラルとの戦闘では、九条蓮司の援護があったとはいえ普段以上に身体強化を使った。
特に最後の《右片手平突き・壱式》から《斬鉄》へつないだ場面では、かなり強引に身体を使っている。
魔法による身体強化は便利だ。
だが強化されるのは、あくまで肉体そのもの。
関節の可動域を無視したり、無理な姿勢から強引に力を出したりすれば、当然ながら身体を痛める。
信太「筋肉痛が少しあるくらいか」
これなら問題ない。
信太はベッドから立ち上がった。
着替えを済ませ、一階へ下りる。
リビングではすでに朝食が並んでいた。
隆一「おはよう」
信太「おはよう」
美咲「おはよう、信太」
莉奈「……おはよう」
信太「…………」
莉奈の視線が妙に鋭い。
昨日からずっとこんな感じだ。
信太「何だよ」
莉奈「別に?」
信太「絶対何かあるだろ」
莉奈「何もないよ」
信太「じゃあ見るなよ」
莉奈「見てないし」
信太「見てるだろ」
隆一「朝から何やってるんだ、お前ら」
美咲「仲がいいのよ」
莉奈「よくない」
信太「そこは否定するのかよ」
いつもの兄妹のやり取り。
ただし、信太には分かっていない。
莉奈が見ているのは兄の顔ではなく、その動きだった。
箸を持つ右手。
椅子から立つ時の重心移動。
物を取る時の肩の使い方。
昨日までなら気にも留めなかった動作が、《シンタ》の配信を意識して見ると驚くほど重なる。
莉奈「…………」
信太「だから何だよ」
莉奈「お兄ちゃんさ」
信太「うん?」
莉奈「右肩、ちょっと張ってない?」
信太の箸が一瞬止まった。
信太「……昨日、山歩いたから」
莉奈「山歩いて右肩だけ?」
信太「荷物持ってたからな」
莉奈「へえ」
信太「その『へえ』やめろ」
美咲「莉奈」
莉奈「分かってるって」
莉奈はそれ以上追及しなかった。
信太は内心で安堵する。
だが今度は母が口を開いた。
美咲「信太」
信太「何?」
美咲「身体に違和感があるなら無理しないこと」
信太「大丈夫だよ」
美咲「そう」
信太「…………」
昨日から母の言葉が妙に引っかかる。
何かを知っている。
いや。
かなりのところまで気づかれているのではないか。
信太はそう思い始めていた。
それでも、父の隆一は何も知らない。
今ここで下手なことを言えば、すべてが一気に明るみに出る。
信太「大学行ってくる」
隆一「気をつけてな」
美咲「いってらっしゃい」
莉奈「いってらっしゃーい」
信太「……莉奈」
莉奈「何?」
信太「俺の部屋入るなよ」
莉奈「入らないよ」
信太「絶対だぞ」
莉奈「そんなに言われると入りたくなるんだけど」
信太「やめろ」
莉奈「冗談だって」
信太は不安を残したまま家を出た。
玄関が閉まる。
隆一も出勤準備のため席を立つ。
その姿が二階へ消えてから、莉奈は母を見る。
莉奈「今の絶対怪しいよね?」
美咲「そうね」
莉奈「部屋に探索装備あるんじゃない?」
美咲「たぶんね」
莉奈「見れば一発じゃん」
美咲「勝手に入るのは駄目」
莉奈「分かってるけど……」
美咲「本人が話すまで待ちましょう」
莉奈「お母さん、意外と待つよね」
美咲「信太にも事情があるもの」
美咲はそう答えながら、息子が出ていった玄関へ視線を向けた。
ただし、いつまでも待つつもりはない。
次に命へ関わるような無茶をしたら、その時は本人を問い詰める。
母親として、そこだけは譲るつもりがなかった。
◇ ◇ ◇
午前九時過ぎ。
駿我代大学。
講義室へ入った信太は、自分の席へ向かおうとして足を止めた。
悠斗がいる。
それはいつものことだ。
問題は、その悠斗がスマートフォンを両手で持ち、満面の笑みを浮かべながらこちらを待っていることだった。
信太「……嫌な予感しかしない」
悠斗「信太!」
信太「やっぱり来た」
悠斗「昨日の配信見たか!?」
信太「見てない」
悠斗「見ろ!」
信太「朝から声でかい」
悠斗「九条蓮司とシンタだぞ!?」
信太「知ってる」
悠斗「見てないのに?」
信太「SNSで見た」
悠斗「なるほど」
危ない。
最近こういう小さな失言が増えている。
悠斗「それよりこれ!」
スマートフォンを突き出される。
表示されているのは昨日の切り抜き動画だった。
タイトルは。
『Aランク《剛剣》九条蓮司&新人Cランク《シンタ》、ブラックオーガ・ジェネラル撃破』
再生数はすでに五十万を超えていた。
信太「……増えるの早くない?」
悠斗「そりゃ伸びるだろ! 九条さんとの初コラボで、いきなり上位個体討伐だぞ!」
信太「コラボっていうか調査だろ」
悠斗「細かい!」
信太「大事じゃない?」
悠斗「見ろよ、ここ!」
動画が再生される。
九条がブラックオーガ・ジェネラルを正面から押さえる。
シンタが懐へ入り、《壱式》を傷口へ突き込む。
最後に九条が背後から巨体を押し込み、刀がさらに深く刺さる。
そこから《斬鉄》。
信太「改めて見ると、九条さんすごいな」
悠斗「そこ!?」
信太「だって俺なら正面からあの戦斧受けたくないし」
悠斗「俺なら、って何だよ」
信太「俺が探索者だったらって意味」
悠斗「お前今日おかしくない?」
信太「寝不足なんだよ」
悠斗「山で疲れた?」
信太「まあな」
悠斗「そういや昨日山だったな」
信太「…………」
悠斗の言葉が止まった。
信太も止まる。
数秒。
悠斗「昨日?」
信太「何?」
悠斗「シンタも昨日、山の中のダンジョンだったな」
信太「日本のダンジョンなんて山に多いだろ」
悠斗「それはそうだけど」
悠斗が信太をじっと見る。
信太「……何だよ」
悠斗「いや」
悠斗は首を傾げた。
悠斗「まさかな」
信太「何が?」
悠斗「お前がシンタだったら面白いと思って」
信太の心臓が跳ねた。
信太「は?」
悠斗「冗談だよ。お前がブラックオーガ・ジェネラルと戦えるわけないだろ」
信太「……そうだな」
悠斗「でも声はちょっと似てるんだよな」
信太「似てる声くらいいるだろ」
悠斗「まあな」
どうやらまだ冗談の範囲らしい。
だが家族だけではない。
大学でも少しずつ危険になってきている。
信太は本気で、配信時の声をもう少し変えた方がいいのではないかと考え始めた。
◇ ◇ ◇
午前中の講義を終え、信太が廊下へ出たところで声をかけられた。
香澄「市河先輩」
信太「水城さん」
香澄は信太の正面まで来る。
そして。
香澄「右腕」
信太「え?」
香澄「出してください」
信太「なんで?」
香澄「昨日、怪我してないって言ってましたよね?」
信太「してないよ」
香澄「確認します」
信太「何を?」
香澄「腕」
信太「ここ大学なんだけど」
香澄「じゃあ放課後、訓練施設で」
信太「結局今日も訓練するの?」
香澄「します」
信太「即答だな」
香澄は真剣だった。
昨日の配信を見て、本気で心配してくれたらしい。
信太「本当に大丈夫だよ。筋肉痛が少しあるくらい」
香澄「それならいいですけど」
信太「心配してくれてありがとう」
香澄「…………」
信太「水城さん?」
香澄「何でもありません」
また少し顔を逸らした。
信太には理由が分からない。
そこへ悠斗がやってきた。
悠斗「何の話?」
香澄「何でもないです」
悠斗「市河の腕とか聞こえたけど」
信太「昨日、山で荷物持って筋肉痛になった話」
悠斗「水城さんがなんでお前の筋肉痛を心配するんだ?」
信太「…………」
香澄「…………」
また二人で黙ってしまった。
悠斗「やっぱりお前ら最近怪しくない?」
信太「気のせいだ」
香澄「気のせいです」
悠斗「また揃った!」
信太は頭を抱えた。
◇ ◇ ◇
放課後。
埼玉探索者協会支部に併設された訓練施設。
信太と香澄は、前回と同じ個人訓練スペースにいた。
香澄は探索用の軽装へ着替え、愛用の槍を持っている。
信太も動きやすい服装だった。
香澄「まず腕を見せてください」
信太「本当に確認するんだ」
香澄「当然です」
信太は諦めて右腕を出す。
香澄が肩から肘、手首まで確認する。
香澄「腫れてないですね」
信太「だから言っただろ」
香澄「肩は?」
信太「ちょっと張ってる」
香澄「昨日、最後に無理な姿勢から斬り上げましたよね」
信太「よく見てたね」
香澄「先輩の配信ですから」
信太「…………」
香澄「何ですか?」
信太「いや」
何となく嬉しくなっただけだ。
それを口に出すのは少し恥ずかしい。
信太「今日は水城さんの訓練だろ?」
香澄「誤魔化しましたね」
信太「ほら、槍構えて」
香澄「はいはい」
香澄は訓練スペース中央へ移動する。
槍を構えた。
前回とは少し違う。
肩から余計な力が抜けている。
信太「練習した?」
香澄「毎日少しずつ」
信太「いい感じ」
香澄「本当ですか?」
信太「うん。前より肩が上がってない」
香澄「やった」
小さく喜ぶ。
信太「じゃあ前回の続き。今日は身体強化を一か所だけじゃなく、順番に移してみよう」
香澄「先輩がいつもやってるやつですか?」
信太「簡単な形だけね」
信太は標的の横へ立つ。
信太「まず後ろ脚」
香澄「はい」
信太「踏み込む瞬間に強化。次に腰が回るタイミングで脚の強化を弱めて、腰へ移す」
香澄「同時に強化しないんですか?」
信太「慣れるまではしない方がいい。全部を強化しようとすると、前の水城さんみたいに身体が固まるから」
香澄「なるほど」
信太「腰から背中、最後に肩と腕」
香澄「……難しそう」
信太「難しいよ」
香澄「先輩、前は簡単そうに言ってませんでした?」
信太「自分でやるのと教えるのは違うって分かった」
香澄「やっと分かってくれました?」
信太「はい」
二人で笑う。
香澄が構える。
呼吸。
脱力。
後ろ脚へ魔力を集める。
香澄「いきます」
信太「どうぞ」
一歩。
脚。
腰。
背中。
肩。
腕。
香澄「はっ!」
槍が突き出される。
ドンッ!
標的が揺れた。
前回より明らかに威力が高い。
香澄「……できた?」
信太「途中までは」
香澄「途中?」
信太「腰から肩へ移す時、一瞬だけ全身強化になった」
香澄「分かるんですか?」
信太「見ればだいたい」
香澄「先輩、本当にそういうところおかしいですよ」
信太「水城さんまで言うの?」
香澄「だって魔力の流れを見ただけで分かる人、そんなにいませんよ」
信太「慣れれば分かるんじゃない?」
香澄「またそれです」
信太「……最近、俺が何か言うとみんな同じ反応するな」
香澄「先輩が原因です」
再び練習。
二回。
三回。
五回。
香澄の魔力移動が少しずつ滑らかになる。
十回目。
槍が鋭く標的へ突き刺さった。
ドンッ!
香澄「……!」
信太「今の」
香澄「分かりました」
香澄自身も手応えを感じたらしい。
香澄「前と全然違う」
信太「今のはよかった」
香澄「身体強化を強くした感じはしないのに」
信太「魔力量はたぶん前より少ないよ」
香澄「なのに威力は上がってる」
信太「身体そのものの力をちゃんと使えてるからね」
香澄は自分の槍を見る。
香澄「……先輩」
信太「何?」
香澄「昨日のブラックオーガ・ジェネラル戦でも、ずっとこれをやってたんですよね?」
信太「まあね」
香澄「だから魔力が七割も残ってたんだ」
信太「そこまで配信に映ってた?」
香澄「最後の協会での会話まで配信されてましたから」
信太「ああ……」
香澄は少し考える。
香澄「先輩の強さって、魔力量じゃないんですね」
信太「ん?」
香澄「もちろん魔力量も普通より多いんでしょうけど」
香澄は信太を見る。
香澄「無駄がないんです」
信太「無駄?」
香澄「魔力も、動きも」
信太は黙った。
香澄「九条さんはすごい魔力で全身を強化してました。でも先輩は必要な場所に必要な瞬間だけ使ってる」
信太「うん」
香澄「だから長く戦える」
信太「そうなるね」
香澄「それって」
香澄は少し笑った。
香澄「すごく先輩らしいです」
信太「俺らしい?」
香澄「無駄なこと嫌いそうだから」
信太「そこ?」
香澄「褒めてますよ」
信太「本当に?」
香澄「たぶん」
信太「たぶんって」
訓練室に笑い声が響いた。
その後も一時間ほど訓練を続けた。
終了する頃には、香澄は後ろ脚から腰までならかなり滑らかに身体強化を移せるようになっていた。
信太「今日はここまで」
香澄「もう少しできます」
信太「駄目」
香澄「どうしてですか?」
信太「魔力操作は疲れてから続けると雑になる。変な癖がつくから」
香澄「……分かりました、先生」
信太「先生はやめて」
香澄「じゃあ師匠」
信太「もっとやめて」
香澄「先輩」
信太「それでいい」
香澄「はい、先輩」
妙に楽しそうだ。
信太「何で笑ってるの?」
香澄「秘密です」
信太「最近、俺の周り秘密ばっかりだな」
香澄「先輩が言います?」
信太「…………」
何も言い返せなかった。
◇ ◇ ◇
訓練を終えて受付フロアへ戻る。
信太が探索者証を取り出そうとしたところで、受付から声が飛んできた。
沙耶「市河さん」
信太「あ、橘さん」
橘沙耶。
埼玉支部で受付と素材査定を担当している職員だ。
信太がFランクだった頃から顔を合わせているため、すっかり顔馴染みになっている。
沙耶「昨日は大活躍だったみたいですね」
信太「九条さんのおかげですよ」
沙耶「そういうことにしておきます」
信太「なんですか、その言い方」
沙耶「市河さん、昔から自分の成果を小さく言いますから」
信太「そんなことないですよ」
沙耶「Fランクの時、ゴブリン十二体分の魔石を持ってきて『ちょっと多かったです』って言ったの誰でしたっけ?」
信太「……俺ですね」
沙耶「Eランクの時、単独でオーク三体倒して『運がよかったです』と言ったのは?」
信太「俺です」
沙耶「Dランクになって一週間で素材査定カウンターをいっぱいにしたのは?」
信太「…………俺です」
香澄「先輩」
信太「何?」
香澄「やっぱり昔からだったんですね」
信太「何が?」
香澄「無自覚」
信太「それ悪口?」
沙耶「事実だと思いますよ」
信太「橘さんまで……」
沙耶は楽しそうに笑った。
だがすぐに仕事の表情へ戻る。
沙耶「それと市河さん。黒崎課長から伝言です」
信太「黒崎さんから?」
沙耶「近いうちに連絡するから、探索者協会からの通知は見落とさないように、とのことです」
信太「何かありました?」
沙耶「私は伝言を頼まれただけです」
信太「……怪しい」
沙耶「何がですか?」
信太「橘さん、絶対何か知ってますよね?」
沙耶「さあ?」
信太「目が笑ってますけど」
沙耶「気のせいです」
信太「今日そればっかりだな」
香澄「何の連絡でしょうね」
信太「雁坂深層洞の調査結果じゃない?」
香澄「だったら九条さんにも連絡するんじゃ?」
信太「確かに」
考えても分からない。
信太「まあ、来たら分かるか」
沙耶「市河さんらしいですね」
信太「?」
沙耶「何でもありません」
信太は首を傾げた。
まさか自分がBランク昇格候補として正式な推薦審査へ回されているとは、少しも考えていなかった。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
市河家。
夕食後、信太は自室で配信チャンネルを確認していた。
信太「……二万八千?」
登録者数。
二万八千四百人。
昨日の九条との合同探索で、一気に増えている。
信太「増えすぎじゃない?」
初配信からまだ四回。
自分としては、探索ついでに始めた配信だった。
それが今では、一回配信するだけで数千人が同時に見るようになっている。
ブラックオーガ・ジェネラル戦の切り抜きはさらに伸び、百万再生へ近づいていた。
信太「九条さん効果すごいな」
本人は、まだほとんど九条のおかげだと思っている。
その時。
通知が一件届いた。
信太「ん?」
チャンネル関連ではない。
SNS。
認証済みアカウントからの通知だった。
信太「……また九条さん?」
違う。
表示された名前を見て、信太が固まった。
《神崎レイナ》。
Aランク探索者。
二十四歳。
双剣を使う国内トップクラスの女性探索者であり、登録者百万人を超える人気配信者。
《REINA Dungeon Live》。
探索者配信を見ている者なら、知らない方が珍しい。
その神崎レイナが。
《シンタのダンジョン探索》をフォローしました。
信太「…………」
何度か画面を確認する。
間違いない。
信太「なんで?」
本人は知らなかった。
数時間前。
神崎レイナが自分の配信スタジオで、ブラックオーガ・ジェネラル戦の映像を何度も見返していたことを。
そして。
レイナ「九条さんが気に入るわけね」
映像を一時停止する。
シンタがブラックオーガ・ジェネラルの懐へ潜り込んだ瞬間。
レイナ「普通なら、あそこで四式を使いたくなる」
スタッフ「使わなかったですね」
レイナ「使えなかったのよ。正確には、使わなかった」
スタッフ「違いが?」
レイナ「四式は直線的な加速技。あの距離で使えば戦斧を避けられない」
映像を少し戻す。
レイナ「だから直前で踏み込みを変えた」
スタッフ「戦闘中に?」
レイナ「そう」
レイナは楽しそうに笑った。
レイナ「この子、速いだけじゃない」
もう一度再生する。
踏み込み。
回避。
懐への侵入。
壱式。
九条との即席連携。
そして斬鉄。
レイナ「判断が速い。それに、自分の技を無理に使わない」
スタッフ「Cランクですよね?」
レイナ「今はね」
レイナはスマートフォンを操作した。
《シンタのダンジョン探索》。
フォロー。
レイナ「次の配信、見てみようかな」
◇ ◇ ◇
同じ頃。
信太の部屋。
信太「……Aランクの人って、そんなに新人配信見るのか?」
やはり認識がずれていた。
スマートフォンを置こうとする。
その時。
コンコン。
ドアがノックされた。
信太「はい?」
莉奈「私」
信太「何?」
莉奈「入っていい?」
信太は反射的に部屋を見る。
探索装備は収納済み。
刀も隠してある。
ドローンも見えない。
信太「いいよ」
扉が開く。
莉奈が顔を出した。
莉奈「お兄ちゃん」
信太「何?」
莉奈「シンタ、神崎レイナにフォローされたよ!」
信太「……らしいな」
莉奈「なんで知ってるの?」
信太「…………」
莉奈「今、通知来たばっかりだよ?」
信太「SNS見てたから」
莉奈「へえ」
信太「またその顔」
莉奈は部屋へ入ってくる。
そして兄の机を見る。
スマートフォン。
画面はすでに消えている。
莉奈「お兄ちゃん」
信太「何?」
莉奈「シンタのチャンネル登録者、今何人?」
信太「二万八千――」
言った瞬間。
信太「…………」
莉奈「…………」
沈黙。
莉奈の目が細くなった。
信太「……くらいじゃない?」
莉奈「私、人数言ってないよね?」
信太「さっき見た」
莉奈「いつ?」
信太「SNSで」
莉奈「チャンネル登録者数を?」
信太「…………」
苦しい。
莉奈が一歩近づく。
莉奈「ねえ、お兄ちゃん」
信太「何だよ」
莉奈「本当に何も隠してない?」
信太は答えられなかった。
莉奈はそんな兄を数秒見つめる。
だが。
莉奈「……今日はいいや」
信太「え?」
莉奈「おやすみ」
信太「お、おやすみ」
莉奈は部屋を出ていった。
扉が閉まる。
信太「…………」
数秒。
信太「まずい」
ようやく本人も理解し始めた。
妹には、かなり疑われている。
母には、おそらくそれ以上に。
大学では親友の悠斗まで冗談半分とはいえ正体へ近づき始めた。
香澄にはすでに完全に知られている。
そのうえ探索者としては、九条蓮司に続いて神崎レイナにまで注目されている。
信太「……俺、静かに配信するつもりだったんだけどな」
もはや静かとは程遠かった。
そして翌日。
信太のスマートフォンへ、埼玉探索者協会から一通の正式通知が届く。
『市河信太様。探索者ランク昇格に関する推薦審査について、埼玉支部までお越しください』
家族に内緒でFランク探索者として活動を始め、いつの間にかCランクまで上がっていた大学生。
そんな彼の肩書きから。
もうすぐ「Cランク」の文字さえ消えるかもしれなかった。




