第九十九話 師弟男二人旅
俺は魔導軽トラの舵を握り直した。耳に挟んだ鉛筆の位置を
指先で確かめ、バックミラーを覗き込む。
後ろには連結魔導客車、さらにその後ろには
連結魔導荷車と木造りの
ラーメン屋台が連結されている。キャベッツァ農国までは、
この軽トラで三日の距離だ。
普通の車ならこれだけの重量を牽引すれば、
クラッチが焼き切れるかシャフトがへし折れるかのどちらかだろう。
だが、自分の計算通り、完璧に組み上がった機械の挙動を体感するのは、
職人としてこの上なく気持ちがいい。
アイアンウッドの作用で抵抗なく動き出す。
これだけの荷物を引っ張っているにもかかわらず、
手元の舵に伝わる手応えは驚くほどに軽い。
滑るように荒野を進むその光景を見て、
俺は内心で苦笑した。日本でやったら捕まるな。
過積載どころの騒ぎではない、あからさまに無理がある。
「どうだコウタロウ、なんのしがらみもなく異世界旅行だ」
助手席に声をかけると、
コウタロウは窓の外を流れる赤茶けた大地の景色を眺めながら、
どこか照れくさそうに小さく笑った。
「そうですね……。なんだか、不思議な感じです。
魔王城を出て、こうやって師匠と二人だけで遠出するなんて」
「いつもは周りに誰かしら張り付いてるからな。
たまにはこういう、男所帯の現場移動も悪くないだろ?
全員で行ければホントは良いんだが、今が一番大事な時だからな。
ワクワクバーガーは、ルナリアとガルードがうまくやってくれる」
「ルナリアさんもガルードさんも、
仕事の時は本当に頼りになりますからね」
「ああ、だから俺たちは俺たちの現場に集中すりゃいい。
次はコウタロウのラーメン屋だ、店の名前考えておけよ」
俺が言うと、コウタロウは待ってましたとばかりに
ハキハキとした声を返してきた。
「はい、師匠。もう考えてあります。――『魔界ラーメン』です!」
「いや、ダメだろそれ。クックック」
思わず鼻で笑うと、コウタロウは不満そうにシートの上で
体を乗り出してきた。
「ええ? ダメですか?
いかにも異世界の料理って感じでインパクト大ですよ」
「インパクトだけならそうかもな。だがな、コウタロウ。
これから俺たちが仕掛けるのは、魔王国の中だけの商売じゃねえ。
いずれは人間の領地や、他の国にもフランチャイズを広げていくんだぞ。
そんな物々しい名前、普通の人間が怖がって入らねえだろ」
「ダメかあ。じゃあ、師匠はどんなのがいいと思います?」
「そうだなぁ、『勇者ラーメン』はどうだ?」
「いや、それはやめてください、恥ずらしすぎます」
「そうかぁ、これもインパクトがあっていいと思うんだけどなぁ。
世界を救う勇者が作る、至高の一杯、とか適当な文句をつけときゃ、
それだけで客寄せのパンダにはなるだろ」
「絶対に嫌です! 看板を見るたびに恥ずかしくて死んじゃいますよ!
もっと普通で、親しみやすい名前にさせてください!」
顔を真っ赤にして全力で首を振る若者を見て、
俺はニヤリと笑いながら舵を操作した。
長旅だ。そんな他愛のない掛け合いを挟みながら、
軽トラは一本道をひたすら進んでいく。
俺とコウタロウは今までの事、元いた地球での事、これからの事、
多くの事を話しながら旅路を進む。あっちの世界で何をしていたか、
こっちに来て何に戸惑ったか。
「俺なんか裸よ、裸」
「あははは、なんで裸なんですかあ」
ドラゴンの魔核が放つ微かな魔力波の響きに混ざって、
これまでの記憶が次々と溢れ出てくる。やがて、荒野の地平線に
ゆっくりと夕闇が降り、一日目が終わろうとしていた。
「このあたりで野営するか、軽トラじゃ寝にくいからワゴンに移るぞ」
「はい!」
街道の脇、少し開けた岩陰に車を止める。俺たちは運転席を降り、
後ろに連結された連結魔導客車へと移動した。
今回はキャンピングカー的に改造した試作車を持ってきている。
内装は左右にベッド兼ソファー、中央にテーブルというシンプルな作りだ。
無駄な装飾を一切省いた現場仕様だが、男二人で寝泊まりするには
十分すぎる広さがある。外装はシオリの織る特殊繊維の複合素材、
ちょっとやそっとの攻撃では破壊できない装甲車だ。
試作段階でこれを見たガルードは、目の色を変えて
「これを量産して貴族や大商人に売り出せば大儲けですぞ!」と
鼻息を荒くしていたが、あまりにも素材が特殊すぎて
まともな販売金額をつけれず御蔵入り。
結局、俺の完全なプライベート用としてここに引っ張り出してきた代物だ。
そんな安全地帯で食事を済ませ、横になる。
外からは、異世界の夜特有の不気味な魔獣の遠吠えが
微かに聞こえてくるが、この箱の中にいる限り、
それが脅威になることはない。
頭の下に腕を組み、天井を睨みつけていたコウタロウが、
ふと静かに声を漏らした。
「師匠、この世界……何かおかしくないですか?」
唐突にコウタロウが口を開く。昼間の明るいトーンとは違う、
どこか腑に落ちない、冷めたような低い声だった。
「コウタロウは気付いていたのか。俺はなぜか気付かなかった。
異世界だからと流していたのか、当たり前のように思っていたよ。
……メルの魔道具を使ってからは、逆にそれが目に付くようになった」
俺は上体を起こし、暗がりのなかで弟子の横顔を見た。
言葉にしきれない多くの不自然が、胸の奥で燻っている。
何がどうおかしいのか、その正体はまだ掴めていない。
だが、この世界に漂う違和感だけは、確かに二人の間に
存在していた。
明日は第百話記念に3話分投稿します!
第百話 12時30分
第百一話 17時30分
第百二話 21時00分
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