第九十七話 ここで、一度まとめよう
「よし、全員揃ったな」
魔王城の大食堂。八起は並べられた長いテーブルを見回し、
満足そうに頷いた。一堂に会したのは、今の魔王国を支える
主要メンバーたちだ。
軍師ゼフェル、秘書官ルナリア、軍事の重鎮ガルム将軍、
魔獣犬をまとめるガウラ、アラクネの使用人シオリ、
勇者コウタロウ、暗黒聖騎士のセシリア、聖女ノエル、
そして中二……いや、魔導技術士のメル。
「……ベルモンド商会会長、ガルード。お前、いつの間に
そこに座ってんだ?」
俺が視線を向けると、ちゃっかり席に着いていたガルードが、
商人の笑みを浮かべて軽く会釈した。
「いや失敬。コウタロウ殿の頼まれていた胡椒を届けに参りましたが
何か商人の勘に『ピン』ときましてな」
「さすがガルード、美味いものと儲け話への嗅覚は抜け目ねえな」
俺が苦笑していると、大食堂の広い入り口付近から
地響きのような大合唱が響いた。
「「「「ウゥゥゥバウッッ!!」」」」
「お、すまんすまん。もうお前たちもうちの立派な仲間だな」
テーブルの脇――その少し離れたスペースには、巨体を誇る
一匹と白い毛玉三匹が、行儀よく前足を揃えて並び、
巨大なシッポをぶんぶんと振っていた。
「ガウラ、お前『サン』以外にもちゃんと名前をつけたんだろ。
改めて紹介してくれよ」
俺が促すと、ガウラは胸を張って一番大きな個体を
パシッと叩いた。
「おう、一番デカいやつが『ワン』で、残りの子分たちが
『トウ』『サン』『シイ』だ!」
ワン、ツウ、スリー、フォー、ということか。あまりにも
適当すぎるネーミングに俺は脱力したが、この異世界では
何か深遠な意味があるのかもしれない。何より呼びやすいから
良しとした。
ふと見ると、メルの腕に抱かれた使い魔の『ボックン』の様子が
いつもと違っていた。どこかビシッとした、仕事の出来そうな
作業着姿に進化している。メルが誇らしげに小さな胸を張った。
「……作って……もらった……」
「クックックッ、闇より呼び出し我が眷属、精霊ボックンの
真の姿!」
メルとボックンが息を合わせて怪しげなポーズを決める。
それを見た全員が、生温かい微笑みを浮かべたまま静かに固まった。
どうやらシオリが特訓の合間に、ボックン専用の小さな衣服を
縫って仕立ててくれたらしい。
「さて、コウタロウのラーメンもついに完成した。今回は店を
出す前の、身内だけの試食会だ」
俺が声を張り上げると同時に、調理場の奥からガラガラと
小気味よい音が響いた。
「その前に……ジャッジャァァァン! ラーメン屋台の完成だ!」
コウタロウが押してきたのは、木製の見事な移動式屋台だった。
のれんには「拉麺」の文字が躍り、スープの芳醇な香りが
大食堂いっぱいに拡散する。
「ボスーッ、早く、早くっ食わせてくれよぉ! この匂いで
おあずけを食らうのは生殺し、いや拷問だ!」
ガウラが机を叩いて身悶えし、脇に控える四匹の巨大な犬たちも、
期待に満ちた唸り声を上げながら床を激しく引っ掻いている。
それどころか、厳格なはずのガルム将軍までが、滝のような
よだれを口端から垂らして屋台を凝視していた。
「はっはっは、将軍、すっかりこちら側だな」
八起のからかいに、ガルムは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「うるさいわいっ! 身体が勝手に反応するのだ!」
「コウタロウ、みんな待ちきれないようだ。どんどん作るぞ!」
「はいっ、師匠!」
コウタロウが威勢よく麺を大釜に放り込む。俺は集まった
一同に向かって注意を促した。
「あぁ、みんな。この麺は水分を吸ってふやけやすいから、
出来上がったものから遠慮せずにどんどん食べてくれ!」
熱々の器が次々とテーブルへ運ばれていく。程よく脂ののった
分厚いドラゴン肉のチャーシュー、黄金色に輝く極上のスープ、
彩りを添える見慣れない青菜。シナチクこそないが、日本の名店に
引けを取らない完璧なラーメンがそこにあった。
「食べ方は、箸という二本の棒で麺をつかんで、口ですするんだ。
箸の使い方はこうな。ただ、初めは難しいから、無理をせず
皆はフォークを使ってくれ」
俺の手本を見ながら、皆がおもいおもいの方法で食べ始めた。
「熱いから気をつけろよ」
「熱っ、ひ、ひたが……」
コウタロウが最初に差し出した一杯を口にしたガウラが、
ハフハフと息を吐きながら叫んだ。
「うおぉぉぉぉっ、この程度のあつはれへほらへふほははひほとは!」
ガルム将軍が豪快に麺を口に放り込み、途中で熱さに悶絶して
言葉にならない声を上げている。
「将軍……だから無理すんなって」
俺が呆れ顔で視線を巡らせると、隣では軍師ゼフェルが
信じられないほどの勢いで麺をすすり、無言のまま感動の涙を
ボロボロと流していた。
「ゼフェル……お前、無言で泣くなよ」
ふと横を見ると、秘書官ルナリアが驚くほど器用に箸を
使いこなしていた。長い髪を片手でサッと掻き上げ、
美しい所作でズズッとラーメンをすすっている。
「ほー、ルナリアは箸の使い方が上手いな。サマになってるぞ」
「でしょ、おじさんにできることを真似るくらい
なんでもないですから」
ルナリアがフイッと顔をそむけ微笑む。それを見たコウタロウが、
麺を茹でながら思わず見とれてポカンと口を開けた。
「コウタロウ、惚けるな。後ろ、ノエルが怖いぞ」
俺の指摘にコウタロウがハッと我に返り、背後を振り返る。
そこには、全身から漆黒のオーラを立ち上らせたような、
底冷えのする笑顔のノエルが立っていた。
「コ・ウ・タ・ロ・ウ? 麺、伸びるよ?」
「ひっ、すみません!」
勇者が慌てて湯切りを再開する。その一方で、隣のシオリの席からは
凄まじい匂いが漂っていた。
「シ、シオリ、お前それは……」
「おじ様ぁ、この赤い粉をたっぷり入れると、刺激的でとっても
美味しいですぅ」
シオリの器は、真っ赤な激辛スパイスでスープの原型を留めて
いなかった。それを平然とした顔で、不器用ながらに箸を使いながら
すすっている。
その周りでは、ワン、トウ、シイの巨大な毛玉たちが、一心不乱に
専用の大きな木桶に顔を突っ込んでスープまで舐め尽くしていた。
そしてサンとセシリアは、一つの器を仲良く分け合うようにして
ハフハフと食べている。
「サンとセシリアは、本当に仲良しだな」
「はい、サンもこのお肉が気に入ったようです!」
セシリアが満面の笑みを見せる。その一方で、メルはレンゲの上で
麺を一本だけ持ち上げ、小さな口でふーふーと念入りに息を
吹きかけていた。
「メルも箸の使い方上手いな。だが、それじゃあ麺がふやけちまうぞ?」
「……熱い……無理……。でも……おいしい……」
メルは、熱さに苦戦しながらも、ちびちびと至福の表情で
ラーメンを味わっていた。
「みんな、お代わりはいくらでもあるからな! 遠慮せずに言ってくれ!」
俺が声をかけ、ふと忙しく立ち回る屋台へ視線を戻した。
「コウタロウ、注文が立て込んでるが大丈夫か? 俺が代わるぞ」
「いえ、大丈夫です、師匠!」
振り返ったコウタロウの顔は、湯気と汗でぐしょぐしょだった。だが、
これまでにないほど嬉そうに、そして誇らしげに麺を茹で続けていた。
自分の作ったラーメンで、魔王国の仲間たちがこれほど笑顔になっている。
それが何よりの報酬なのだろう。
「八起殿ぉ、勇者殿のラーメンはズズゥゥゥ、フハッ実に……見事ですな!
これならば、ズズズッいい商売にハフハフッ、なるじゃないですか!ハフゥゥ」
ガルードが口の周りを脂ギッシュにしながら、食べるか喋るか
どっちかにしろと言いたくなるような器用さでまくし立てた。
「おう、その通りだ。これでラーメン屋台の準備はすべて整った」
俺は全員の笑顔を見届け、力強く頷いた。ドラゴンの骨と肉が
もたらした最高の味、および仲間たちの絆。これだけの武器が
揃えば、もう恐れるものは何もない。
「次の目的地は、小麦の国、キャベッツァ農国だ! 一気に出陣するぞ!」
「「「「おおおおおっ!!」」」」
大食堂に、新たな内政開拓への咆哮が轟いた。




