第九十五話 凶悪!最強の魔獣騎士
「とりあえず、試さないわけにはいかないよな」
八起はメルの手にある奇妙な金属片を見つめながら言った。
「メル、なにか効果が付与されたガラクタを持ってきてくれ。
周囲に危険がないよう、広いところで実験をするぞ」
メルは表情を変えず小さく頷くと、部屋の隅にある金属の塊を拾い上げてきた。
実験の場に選んだのは、八起たちが開墾した荒野の畑だ。
ここなら遮るものもない。万が一何かあっても、土が衝撃を吸収してくれるだろう。
「ところでメル、それには何の付与効果があるんだ?」
八起が尋ねると、メルは二つの金属を押し当てて見せた。
「くっついた……取れない……」
「どれ、貸してみな」
八起が受け取って鑑定してみると、それは魔力を流すと強力に吸着し、
魔力が完全に切れるまで絶対に離れないという効果だった。
「なるほど、試すにはちょうどいいな。
じゃあ行くぞ。メルは危ねえから少し離れてろ」
金属の塊を地面に置き、八起はメルの作った『柄』を
しっかりと握りしめて息を整えた。
「『シャット!』……っ? ん??」
叫んだ瞬間、八起の手の中から無色透明な波動が走り、地面の金属塊を包み込んだ。
カツンと乾いた音がして、それまで頑なに結合していた二つのガラクタが、
嘘のように離れて転がった。
「おおっ、本当に離れた! メル、大成功だ。すごいぞ!」
「クックックッ……我が叡智の……申し子に……失敗など……存在……無い」
メルは口元を歪めて勝ち誇ったが、八起はすぐに冷静になった。
「で、これ、だいたいどのくらいの距離まで届くんだ?」
尋ねた瞬間、地面のガラクタは再びカチリと音を立て、強力にくっついてしまった。
メルは転がったガラクタを見つめたまま、淡々と言った。
「……5歩」
「近っ」
射程の短さに思わず声が出たが、八起はすぐに思い直した。
「まあでも、そのくらいの間合いなら、他への危険は少なくて済むか。
よし、早速セシリアに試そう」
八起はメルを連れて、裏庭の放牧地へと足を向けた。
柵を越えて白いモフモフたちが集まる広場へ向かうと、
そこには成牛級の巨体を誇る白い魔獣、サンを巨大な枕にして、
気持ちよさそうに目を閉じているセシリアの姿があった。
「セシリア! ちょっと起きろ、解決策が見つかったぞ!」
八起が声を張り上げると、セシリアは弾かれたようにシャキッと立ち上がった。
「寝てなどいませんっ!」
背筋を限界まで伸ばして言い張る姿に、八起は苦笑いを堪えきれなかった。
「はっはっはっ……。いや、寝起きで悪いんだが、この持ち手。メルがな、」
「柄っ!」
背後からメルのフラットな訂正が入る。
「お、おう、この『柄』な。こいつを握って『シャット』って唱えると、
10秒間だけあらゆる付与効果が消失するんだ。
さっきの実験でも問題なく効力を発揮した」
八起はセシリアの漆黒の鎧を見据えて説明を続けた。
「これで一時的に鎧の無効化を消せば、回復魔法も
受けられるようになるはずだ。今からノエルを呼んでくる、
ここで一度試してみてくれ」
八起は一度城へ引き返し、シオリの部屋で裁縫の特訓中だったノエルを伴って、
再び裏庭へと戻ってきた。
しかし、そこで目にしたのは、先ほどまで大人しかったはずのセシリアが、
サンと激しく取っ組み合っている光景だった。
巨大な白い毛並みに漆黒の鎧が弾かれ、泥が舞い散る。
「おいおい、何やってんだ! ガウラにどやされるぞ!」
八起が慌てて割って入ると、セシリアはサンの首を極めるような体勢のまま、
顔を引き攣らせた。
「あ、八起殿、これは違うんです。その、少しでも自分の体力を減らして
実験に備えようと、じゃれていたら、つい、その……」
「ま、大した怪我もないなら問題ない。ちょうどいい、実際に使ってみてくれ。
ノエル、準備はいいかい?」
「はい、いつでもいけます!」
セシリアは呼吸を整え、メルから渡された金属の柄を強く握りしめた。
「――『シャット』!」
短い発声とともに、セシリアの全身を包んでいたあの威圧的な闇の魔力が、
目に見えて霧散していく。
「ノエル、今だ!」
「はいっ! 『ヒール』!」
ノエルの掲げた手から柔らかな聖なる光が放たれ、
漆黒の鎧の隙間へと滑り込んでいった。
「おおおおっ、傷が、体力が回復していく……!」
セシリアの顔に驚きと歓喜が広がる。実験は完璧な大成功だった。
しかし、その嬉しさが極限に達した瞬間、彼女の行動は
八起たちの予想を遥かに超えた。
「素晴らしい……っ!」
セシリアは勢いそのままに、目の前にいたサンの背中へと跳躍し、
その白い巨体に跨がった。
友の喜びを察したのか、サンもまた「ウォオォォォン」と声を上げ、
凄まじい速度で裏庭を駆け出し始めた。
「「「えっ……」」」
八起も、ノエルも、発症中のメルすらも言葉を失い、
ただ呆然とその光景を見つめるしかなかった。
夕暮れの光の中、白い巨大毛玉の背に乗って、縦横無尽に爆走する
漆黒の暗黒聖騎士。
それは、最強の魔獣騎士として産声をあげた瞬間だった。




