第八十九話 護衛ギルド発足
俺は重厚な木製の扉を開け、応接室へと足を踏み入れた。
部屋の奥には、ガルードが、少しやつれた顔で
長机の前の椅子に腰掛けて待っている。
いつもは品の良い衣服を端正に着こなしているガルードだが、
今日ばかりは心労のせいか、肩の線が落ちていた。
俺を見るなり、彼は慌てて立ち上がり、
申し訳なさそうに何度も深く頭を下げた。
「八起殿、お忙しいところすみません。部屋の引っ越しの直後だと
ルナリア様から聞きまして……本当に申し訳ないのですが、
緊急の案件でして」
「おう、気にしないでくれ。現場にトラブルは付きもんだ。
それで、何かあったのか?」
俺は汚れた作業着を一瞬だけ気遣いながらも、
革張りのソファーへとどっかと腰を下ろした。
対面するガルードは困り果てた顔で、机に広げられた
数枚の書類を指先で示す。
「実は最近、キャベッツァ農国との街道に、
商隊を襲う悪質な野盗が現れまして……。
私どもの商隊も荷馬車をやられ、ご相談に伺った次第です」
「キャベッツァ? そりゃあ、どこの国だ?」
聞き馴染みのない名に、俺が首を傾げてルナリアを見る。
秘書官のルナリアは、抱えていた厚い資料を片手で叩きながら、
気風のいい口調で解説を付け加えた。
「昔から多種多様な作物を生産している、東の農産国よ。
魔王国の食糧難はおじさんの改革で解消されたけど、
あちらの野菜や果物は、貿易で絶対に手に入れたい資源なの。
美味しい野菜が届いた方が、おじさんも嬉しいでしょ?」
なるほど、と俺は深く頷く。
これからの魔王国の食文化を豊かにし、民の生活水準を上げるには、
新鮮な青物や果物といった栄養素が不可欠だ。
東の農産国との物流確保は、今後の内政に極めて重要だった。
「その野盗ってのは、そんなに手ごわいのかい?」
「多勢に無勢でして……。一筋縄ではいかない集団です。
そこで八起殿、これが今後計画していた『護衛ギルド』
発足の、良い足掛かりになればと思いまして」
ガルードの提案に、俺は腕を組んで考え込んだ。
ここで野盗を確実に退治し、護衛としての信用を確立できれば、
今後あらゆる国との交渉が早くなる。
余剰戦力を平和的なインフラへ転換する、絶好の現場だ。
「八起殿、その話わしらに任せんか」
部屋の入り口から、地響きのような低い声が響いた。
振り返れば、人狼族の老雄であるガルム将軍が腕を組んで立っている。
その後ろには、全身土まみれのまま、鋭い瞳を崩さない
聖騎士のセシリアが静かに控えていた。
ガルムは牙を覗かせて不敵に笑うと、俺のすぐ側まで
足音を荒く立てて歩み寄る。
「特訓だけでは、真の戦士にはなれん。セシリアに、
本物の戦闘を感じさせたいのだ。実戦に勝る現場など、
この世界には存在せぬからな」
「将軍……」
俺はセシリアの若い横顔を盗み見た。
人間の国を追われ、土まみれになりながらも、ひたむきに
ガルムの過酷な実戦特訓に耐えて鍛え上げている少女だ。
しかし、相手は綺麗事の通じない野盗の集団である。
「え、えぇっと、将軍……。あいつらも人間だ。
死なない程度に済ませることは、なんとかできないだろうか?」
俺が少し歯切れ悪く尋ねると、ガルムは一瞬で表情を
険しく変え、激しく一喝した。
「甘いっ!!」
鋭い怒号が応接室の壁を震わせ、ルナリアが小さく肩を跳ね上げる。
ガルムは八起の目の前に立ち塞がり、冷徹な武人の視線を突き刺した。
「殺すことをなんとも感じていない相手に、そんな生温い対処法では
こちらが死んでしまう! 戦場を舐めるな」
俺は顔を歪め、無言で拳を強く握り締めた。
地球での長い何でも屋人生で、命の奪い合いなど経験したことはない。
誰かを殺さなければ生き残れないという冷酷な世界の現実に、
言葉にならない激しい怒りとやるせなさが胸を突き上げる。
しかし、ここで自分が綺麗事を並べれば、若い命を危険に晒すだけだ。
俺は絞り出すような沈黙の末、感情を飲み込んで静かに告げた。
「………………任せる、将軍」
「うむ。殺意を持った相手には、純然たる殺意で対抗しなければ、
生き残った奴らの恨みが募り、後々手に負えなくなるのだ」
俺の重い決断を受け止め、ガルムは深く頷いた。
老雄はゆっくりと自らの後ろに控える少女を振り返り、
その大きな背中で、セシリアに無言の圧力をかける。
「セシリア、お前はその覚悟が出来るか?」
問われ、セシリアは一歩前に出ると、土に汚れた拳をきつく握り締め、
真っ直ぐに将軍を見つめ返した。
「あります。私は、己が成すべき役目を果たすために来ました。
あの過酷な訓練で土にまみれた意味を、不当に人の営みを
脅かす者たちに、身を以て示して見せます」
セシリアの折れない瞳を見て、ガルムは満足そうに鼻を鳴らす。
老雄は鋭い爪の先で、ガルードが広げていた書類を乱暴に指し示した。
「ガルード、必要な規模と荷馬車の数はどれほどだ」
「は、はい。荷馬車が三台に、護衛としては十名もいれば
防衛線は作れます」
ガルードが慌てて答えると、ガルムはセシリアに向き直り、顎を引いた。
「聞いたな、セシリア。この任務はお前に任せる。
魔王国の兵の中から、手足として動く部下を十名、
お前自身の手で選んで揃えろ。でき次第、出発だ」
「……私が、部隊を揃えるのですか」
驚くセシリアに対し、ガルムは不敵に牙を覗かせる。
「そうだ。わしも同行するが、戦うのはお前たちだ。
信頼に足る部下を集め、隊を率いることもまた、
武人としての現場の修行だ」
「分かりました。私の初陣にふさわしい、頑強な部下を
必ずや揃えてみせます」
セシリアは土に汚れた胸を張り、力強く頷いた。
おじさんはそんな少女の背中に少しの安心と、
それ以上の心配を抱き、ソファーから立ち上がる。
「分かったよ。手続きはルナリアとガルードに任せる。
セシリア、無理のない規模でしっかり人選を頼んだぞ。
無事で戻ってこいよ」
俺は実戦の準備へと赴く二人の背中を、静かに見送る。
こうして、東の街道を巡る新たな戦いへ向けて、
現場の歯車が噛み合い始めた。




