第八十六話 ひらめいたっ!!
魔王城の最深部にあるガラクタ部屋の中央。
敷布団のすぐ横に置かれた平机を囲み、八起は手帳を開いていた。
コウタロウと並んで座り込み、鉛筆の芯をじっと見つめながら、
白紙のページに文字を書き込んでいく。
二人はこれから城下町の市場へ買い出しに行くにあたり、
この世界で手に入る材料の候補を一つ一つ洗い出し、
検討している最中だった。
「麺に適した粘り気を出すには、小麦粉の性質や種類から
きちんと選定しなきゃならん。一番の肝はラーメンスープだ」
「スープですか。こっちの世界で手に入る肉や骨を、
端から試していく感じですか?」
「ああ。そこらの骨じゃ日本の濃厚なスープには勝てねえ。
もっとガツンとくる素材が必要だ。
どんな材料が揃うか、市場をこの目で確かめよう」
俺とコウタロウが熱く意見を交わしている間、
広い部屋は静まり返っていた。
ただ一人、壁際に積まれた用途不明の塊の山の前で、
メルが微動だにせず座り込んでいる。
メルは俺が「触っても大丈夫だ」と仕分けた、
ただの円筒にしか見えない塊を見つめていた。
穴が空きそうなほど凝視し、
他人が見れば廃棄を待つだけのゴミ塊でしかないそれを、
細い指先で何度もその歪な表面に触れ、
飽きることなく観察し続けている。
沈黙がしばらく続いた後、メルは好奇の目を見開いた。
「……閃いたっ……」
メルがぽつりと、しかし確実に通る声で、
非常に薄い感情の言葉を発した。
表情こそいつもの無機質なままだが、
その瞳の奥には異様な光が宿っている。
メルは触れていた塊を両手で包み込むように持ち上げると、
俺の方へゆっくりと振り返った。
「師匠……ここ凄い……何かいろいろ頭に入ってくる……
これが何かわかる……うれしい」
「「へっ??」」
俺とコウタロウは同時に間抜けな声を上げ、二人で顔を見合わせた。
俺は手帳の上に置いた鉛筆から手を離し、
怪訝そうに眉をひそめる。
メルは手に持った塊を見つめたまま、淡々とした口調で言葉を重ねた。
「わたし……すごい……褒めていい」
最初は何の事だか全く分からなかったが、
俺は彼女の言葉を聞いてピンときた。
メルが手にするその塊は、
先ほど俺が触れて「魔力を曲げる」と見抜いた代物だ。
何に使うための道具かは誰にも分からないが、
何も教えていないはずのメルが、
その内部に眠る魔力の精密な効力を正確に口にし始めたのだ。
どうやらメルは、このガラクタ部屋に満ちる雑多な魔力と
俺の存在に触発され、物の鑑定ができるようになったらしい。
職人の親方として弟子が固有の才能を開花させたことは、
俺にとって純粋に喜ばしい成果だった。
「よくやったな」と言葉をかけようとした、その瞬間だった。
メルは手に持った塊を掲げ、
どこか遠くを見るような虚ろな目をしてみせた。
「深淵を覗く魔眼を手に入れた我に恐れるものは何もない」
(いや、そっちの方向かよ!?)
俺は心の中で激しく突っ込みを入れた。
メルの無表情で淡々とした無機質なトーンのまま放たれた、
あまりにも対象年齢の低そうなセリフ。
魔導具の構造を見抜く精密な鑑定能力と同時に、
どうやら違うものにも目覚めてしまったようだ。
隣にいるコウタロウも、
元魔法使いの変わり果てた格好いいポーズを前にして、
引きつった笑いを浮かべて固まっている。
「……メル、それ、中二病ってやつじゃ」
メルはコウタロウの言葉をよそに遠くを見つめた。
「深淵の啓示。魔道の真理を縛る鎖を、我が魔眼が解き放つ」
メルは表情一つ変えないまま、自らの片目を片手で覆い、静かに呟いた。
どうやら本人は大真面目らしく、その瞳の奥には魔導の異常な熱量と、
少し痛々しい独自の宇宙が広がっている。
俺は手帳を一度引き寄せ、少し呆れつつも頼もしそうに笑った。
「まあ、何に目覚めたかは分からねえが、その眼が本物なら
現場じゃ大助かりだ。メル、お前が良いと言った安全なやつから、
どんどんその調子で効力を調べてみな」
「……御意。我が魔眼の導くままに、我羅苦蛇の真実を暴く」
メルは小さく頷くと、再びガラクタの山の前に座り込み、
独自の格好いい世界観に浸りながら淡々と塊を見つめ始めた。
その言葉の割に確かな職人気質で無機質な背中からは、
不思議と一端の風格が漂っている。
何に使うか分からない歪な塊も、
メルの新能力があれば、未知の効果を完璧に洗い出すことができる。
俺の「現場主義」を支える魔導技師としての確かな一歩が、そこにはあった。
「よし、それじゃあコウタロウ。
俺たちは予定通り、材料の買い出しに行くぞ。
メルに負けてられねえからな。まずは市場で必要な粉と、
かんすいの代わりになりそうな植物の灰を手に入れる」
「はい、師匠! 僕も負けてられません!」
コウタロウは再び熱い炎を瞳に灯し、八起の手帳に注目した。
地球から持ってきたラーメンの知識と、
これから手に入れるこの世界の材料。
全く対照的な二人の弟子がそれぞれの未来に向かって歩みを進める中、
ガラクタ部屋の熱気は心地よく燃え上がっていくのだった。
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